お姫様と勇者の秘密
平和な王国に突如現れた魔王は、邪悪な魔法で大地を荒らし、手先の魔物で人々を苦しめ、さらに王国に住む者すべての敬愛を受けていたフェリエール姫に呪いをかけ石像に変えてしまった。
しかし、絶望に打ちひしがれる人々の前に現れたフランという娘は大地を蘇らせ、魔物を打ち破り、魔王にとどめを刺し、そして姫を呪いを解き放った。
そして平和を取り戻した王国、しかし魔王の最後の呪いか、姫と今や勇者と呼ばれるようになった娘の心にこの事件はちょっとした影響を与えていた。
「フラン、ねぇフラン」
「姫様、どうしたの?」
「フランってば、私のことはフェリエールって呼んでっていつも言ってるじゃない」
「フェリエール様、どうしたの?」
「様はいらないんだけど…まあいいわ、またお忍びで冒険がしたいの」
「フェリエール様、そんなにいつもいつもお忍びに出たらお父様が心配するじゃないですか」
「いいの、勇者フランさえいっしょなら大丈夫よ」
「しょうがないわね、それで今度はどこにするの、エルシアの鍾乳洞?水晶の塔?それともセリアの館?」
「魔王の城なんてどう?」
「わかったわ。それじゃ誰も見てないうちに転移の魔法を使うわよ」
「あ!フラン。準備はできてるの?」
「フェリエール様のお忍びはいつものことですからいつでも準備はできてますわ」
「さすがね、それじゃ行きましょう」
フランは呪文を唱えると彼女と姫は一瞬の光とともにその場から消え去り、次の瞬間には魔王の城の前に現れた。
主の無くなった魔王の城、魔王が健在の時ならば周囲の暗雲とともに底知れぬ不気味さを醸し出していたが、さんさんと降り注ぐ日光の元ではむしろその姿は滑稽なものにすら見えてくる。しかし魔物の姿は消えたもののフランを迎え討たんがために仕掛けられた罠の数々は健在で、あえて近づくものはこの二人だけであった。
そして通路に、部屋に、回廊に仕掛けられたいくつもの罠を手馴れた様子で避けていく二人。この二人にとって主無きこの城は何度も訪れたいわば格好の遊び場でもあった。
「フェリエール様、今日はどれにするの?」
「地の女王のいたところに行ってみるわ」
「それじゃこっちね」
魔王が大地を荒廃させたのは地火風水の4つの精の女王を宝石に変え自らの城に呪縛してしまったせいで、フランが魔王を破ることができたのも彼女たちを解放し、その力を借りて戦ったからである。そして今二人は地の精の女王を呪縛していた部屋に向かっていた。
その部屋は城の四隅に据えられた塔のうち、東の塔の最上階だった。階段を登った先には同心円状に描かれた魔方陣の文様が円形の部屋を覆っている。
「ようやくついたわ。魔王ももう少しこじんまりした城を建ててくれればこんな面倒もないのに」
「フェリエール様、ドレスが乱れてるわ」
姫がドレスを直している間にフランは周囲の魔方陣に間違いが無いかをチェックしている。姫の”冒険”に付き合わされるようになってからは姫の安全のためにもかなり魔法の勉強はした。そして間違いが無いことを確信する頃には姫はドレスの乱れもなおして魔方陣の中央に立っていた。
フランは突然厳しい顔になって呪文を読み上げる。そして姫は不安げな表情でフランを凝視する。二人とも気分を盛り上げるために演技をしているのだが、事情を知らぬ者が見ればあたかも勇者が第二の魔王になってもう一度姫に呪いをかけようとしているように見えるだろう。
フランの呪文の声が徐々に高まり、周囲の魔方陣が不思議な光を持つ。
「…我、汝を永遠に呪縛す!」
フランが叫んだときこの部屋に込められた魔力は姫に襲い掛かった。
魔法の力は魔方陣に直接触れている足の、それもつま先からじりじりと流れ込んでいく、フランはオパールの像に変わっていく姫をじっと見つめている。
魔王に石像にされたときにも感じていたこの感覚…体が動かなくなり、別の物に変わっていくこの感覚…フェリエール姫は恐怖の裏側に何か違った感覚を感じていることに気づいていた
そして石になっている間の何も見えない何も聞こえない、それでいて恐れも寂しさも感じなかったまどろみ、そして見知らぬ娘が放つ光が姫の中に満ちていた冷たいものを溶かしていく暖かさ。すべてもう一度、今度は何が起こるか承知の上でもう一度感じてみたいと思っていた。
「フェリエール様、二時間経ったら戻しますよ」
「ええ、お願い。フラン」
この自分が石になっている間に信じられないような冒険をして勇者と呼ばれるようになったフランという娘にある日とうとう勇気を出して「もう一度石になってみたい」と打ち明けた。そしてお忍びで今も魔物が潜んでいる鍾乳洞にいっしょに行き、フランが押さえ込んだトカゲの魔物と目を合わせた瞬間。もう一度石に変わっていく感触は明らかに気持ちいいものであった。
「もう腰まで宝石になってるわね。地の女王の時と同じきれいなオパールよ」
「そう…」
フランが危うく水晶に閉じ込められそうになったという罠にあえて踏み込み本当に水晶に封印されてみた時…。主を失った魔法使いの館に残された練金薬で黄金になった時…。そして4人の精霊の女王が受けた呪縛もすべてその身に受けてみた。そしてそのたびにそれぞれに違った、それでいてすべて心地よい感覚に襲われる。実際にフランも一度石にされかけた体験はあるが、姫のようにもう一度なってみたいとは思わないと言っていたので私はどこかおかしいのかもしれない。しかしこの秘密を知るのはフランと私だけ…
そう思っている間にも呪縛は胸にまで及ぶ。ふと自分の手を目の前にかざすと七色ののきらめきを秘めた乳白色へと色合いが変化しているのが分かる。フラン以外の誰にも見られないのだからと正装のまま出てきたがそのドレスの袖もまた手と同じ色あいへと変わっていく。どうにも不思議な気もするが人間を石にできるほどの魔法なのだから布も石に変わるのは当然だとフランは言っていた。そしてもし服が変わらなかったらその間に何物かに服を脱がされて元に戻ったときに狼藉されるかもしれないから服も石になる方が姫自身のためだとも…
そしてそんな手を見つめる顔も少しづつ宝石に変わっていく。始めは不安げな表情を作っていたはずが今では体に満ちる心地よい感触のせいで頬が緩んでいる。ティアラの重みも今は全く感じない。そして地面に近いところから体とともに変わっていっている髪…まるで上から塗り固めたかのように一塊になってしまった髪が頭のてっぺんまでオパールに変わった瞬間、自分のこんなにしてくれるフランのことを想いながら宝石と化した体に満ちあふれた安らぎと心地よさの中に姫は堕ちていった…
呪縛されて美しいオパールの像と化した姫をじっと見ていたフランだったが、しばらくすると我慢できなくなって姫の像に歩み寄る。
「ああ…姫様…こんなに固くなって…この温もりもしばらくしたら無くなってしまう…それでいてこんなに美しい…私はそんな姫様が一番好き…」
旅の途中、たまたま立ち寄ったこの王国。そして呪いで生きながら石と化した姫…それを見た瞬間フランの胸に突き刺さった見えない矢、この姫のためならいかなることでもしてあげたいというこの想い。それに突き動かされるように魔王との戦いに身を投じていった。しかしすべてが終わった後、彼女が身につけた解呪の力を浴びて姫の姿が元に戻って行くのを見ながらフランは安堵の裏にその思いが陽光を浴びた雪のごとく失われていくこともまた感じていた。
姫の顔の前にかざした手と頭の間に体を滑り込ませ、姫の七色の鈍い光をたたえたうつろな瞳をじっと正面から見つめてから頬を寄せて抱きしめる。
「私は姫様に…いや…姫様の像にこそ恋しているのです…いつも暖かく私に微笑みかけてくださる姫様ではなくて冷たくて物言わぬ姫様に…もしこれを聞いているならどうぞ笑ってください。…それでも私は今の姫様が…」
姫に抱きついたままフランは涙をこぼす。
「いっそのことこのままあの魔王のように姫様を像にしたまま永遠に愛でていたい…でもそんなことをしたら別の”勇者”が現れて私と姫様を永遠に引き裂いてしまうでしょう…ならばせめて永遠にご一緒を…」
姫に抱きついたまま呪文を口から紡ぎ出す。それに答えて魔方陣はもう一度光を放つがフランの声は途中で止まってしまい、魔方陣は不満げな唸りを残しながらその力を失ってゆく。
水晶の塔の時も姫を抱きしめながら封印の中央に踏み込もうかと思った、練金薬の時も銀に変わる薬の瓶を口に当ててはみた。でもそこから先に進めないのは自らの臆病さのせいか、それともこれが姫の本当の幸せではないと思うせいか…
もし姫の服が宝石にならなかったらこの場で引き裂いて姫に、いや姫の像に狼藉を働くだろう…それなら姫が次に石になりたいと言った時は生まれたままの姿でなってくれるように頼めば…。そんなことも一瞬は考えるが、そう思っただけでも恥ずかしさで頬が赤らみ、ましてや口に出すことなどできようはずがない。
結局姫が宝石になっている間フランは姫を見つめ、手を触れ、抱きしめて涙を流す以上のことはできずに約束の時間を迎えた…
「呪縛よ、退け」
魔王を倒す旅の終わり、精霊の女王達と姫を助けるために身につけたすべての呪いを破る力。それで姫に自らかけた呪縛をもう一度破っていく。
「フラン…もう2時間経ったの」
「ええ、早く帰らないとお父様もお母様も心配しますわ」
「…ね、フラン…私城には帰らないわ」
「フェリエール様!いけません!」
「どうして?それならフランだって私と一緒にずっといられるわ」
「しかし…」
「フランってきっと私のこと好きなんでしょう?きっと私を永遠に石にしたままでいたいとか一緒に石になりたいとか…もしかしたら私に狼藉したいとか思ってるんじゃないの」
「まさか…!」
「私だってフランにずっと見てもらえるならずっと石になったままでもいいし、フランと一緒に石になってみるのも良さそうだし、フランならもし狼藉されても許してあげるわ」
「フェリエール様!」
「とりあえず今晩は城には帰らないわ。次は水の女王のところに行きましょう」
「もう…フェリエール様ってばわがままね…それなら私もひとつわがまま言っていい?」
「何?フラン」
「水の女王の間で真珠の像になるときはその…生まれたままの姿で…」
「…恥ずかしいわ…」
「そう…」
「でもフランがそう言うのならそれくらいならいいかも」
「姫様…」
「だからフェリエールと呼んでってば!」
そして姫と勇者は行方不明になり、王国は大騒ぎになった。
執筆速度がのろい上にシリーズものがすっかり休眠(石化?)状態で申し訳ないflapですm(..)m
今回の作品のテーマは