彫刻家セリアの製作記その3:せつな 永久(とわ)の刹那  ある町の小さな神社の巫女、せつなはにはもう一つの顔がある、彼女は人の世に仇なす魔物を退治する”退魔師”なのだ。そして今日もまた退治の依頼が彼女のところに舞い込んで来る。  ある日突然神社に駆け込んで来た少女はせつなに会うなりこう言った。 「あなた退魔師なんでしょう?お願いがあるの」 「いったいどうしたの?」 「女の子をさらう悪い魔法使いを退治して、私も狙われているの。ね、おねがい」 「わかったわ。それでどんな魔法使いなの?」 「名前はセリア、この町の美術館に潜んでいるの。これが写真よ」  その写真に写っているのは眼鏡をかけ、人間らしからぬ緑の髪と紫の瞳を持つ美女である。 「え?その魔法使い…?」 「どうしたの?」 「い、いえ、女の子をさらうと言うからてっきり男だとばかり…」 「それじゃせつなさん、よろしくおねがいします」 「は、はい」  助けを求めてきた少女は何者なのか?なぜ彼女を狙う相手の写真を持っているのか?なぜ自分の素性を知っているのか?しかし、写真を見た瞬間から、そんなことすらせつなの脳裏から消え去っていた。 (…!いけない、私、この人に…)  そんなせつなを薄紫の瞳を持つ少女は謎めいた微笑みを浮かべながら見つめているのであった… ---- (ここがそのセリアって魔法使いの根城ね)  その日の夕方、「本日休館」の札がかかった小さな美術館、街中で巫女装束はあまりに目立つのでその上から大き目の上着を着てロングスカートをはいた格好のせつなは退魔道具を入れたケースを片手に扉の前で様子をうかがった。  確かに中に誰かが、それも何らかの魔力を持った者がいるのが研ぎ澄まされた感覚から分かる。試しにドアを引くと鍵はかかってない。 (なるほど、てぐすね引いて待ち構えているってわけね。いいわ、その挑戦受けて立ちましょう)  意を決して扉を開いて中に滑り込む。そして上着とスカートを脱いで一族に代々伝わる巫女装束になりケースから弓矢を取り出す。この弓矢も古くからいわれのある破魔の弓矢だ。そして魔物に対して必殺の威力を持つ照魔鏡を袖に隠す。  戦闘態勢を整えるとわずかな気配も見逃さぬように注意しながら奥へと進んでいく。 (…あれ、おかしいわ?どうしてこんなに広いの!?)  そうして美術館の中をセリアを捜してさまようせつなであったが、いつのまにか道に迷ってしまう。本来迷うような建物でもないはずなのだが、外から見た大きさよりなぜか広いのだ。  ふとあたりを見まわすと周囲には石像、それも等身大の女性像ばかりが立ち並んでいる。 「あら。本日休館の札、見なかったの?」  突然の背後からの声に慌てて後ろを見ると、そこには写真で見た眼鏡をした女、セリアが立っている。 「あなたがいたいけな少女をかどわかす魔法使いのセリアね。覚悟!」  振り向きざまに弓に矢をつがえると一瞬のうちに放つ。戦いは先手必勝であることは退魔師としての代々の教えから身に染み付いている、この一矢で深手を負わせれば、あとは照魔鏡で封印してこの仕事も終わりのはず。しかし、その矢はセリアに近づくと少しずつ速度を落とし、当たる寸前で空中に一瞬止まるとかすかな音を立てて床に落ちてしまった。 「あらあら、それが挨拶なの?近頃の子はずいぶん物騒なのね」  そう言うとセリアはゆっくりとせつなに近づいていく。慌てて二の矢、三の矢を放つせつなだが、狼狽のあまりか矢はかすりもしない。先ほどまではまったく感じなかったセリアの気配も今は鳥肌が立ちそうなほど強烈なものだ。せつなは相手が悪かったことを悟った。 (やられる!)  セリアがすぐ目の前に迫った瞬間、せつなはそう直感した。しかし次のセリアの行動はせつなの想像を絶するものだった。 「あっ…」  一瞬のうちに背後に回り込んだセリアはせつなに抱きついてきたのだ。それだけでせつなの体から力が抜け、弓は音を立てて地面に落ちる。 「きゃあっ、やめて!」 「私に手を上げた罰よ、覚悟しなさい」 「そんな…」 「それにこういうの、結構好きなんじゃなくて?せつなさん」  それを聞いてせつなは顔を赤らめる。なぜ彼女は自分の名前を…それ以上に同性に恋しさらには欲望すら抱いている事まで!  写真を見た時に生まれ、一度は戦いのために心から追い払っていた感情、一目惚れ…がもう一度せつなの意識に浮かび上がってくる。が、刷り込まれた退魔師としての本能はせつなに今一度抵抗を試みさせる。  袖の中に隠した照魔鏡、これを突きつければいかに強大な相手とて一瞬は隙ができるはず。意を決して震える手を袖の中に収めると鏡を手探りで掴み上げ、一呼吸の後袖から手を抜いて肩越しに照魔鏡をセリアに向ける。 「あら?きれいな鏡ね」 「あ!効かない!?」 「あらあら、私が鏡で自分の顔を見ておののく化け物に見えて?それとも自分の瞳の力にやられるとでも思ったの?」 「え、瞳の力、どういうこと?」 「あらあら、私の瞳がどんなものかも知らずに私を倒そうとしてたの?」 「!?」 「それじゃ今から教えてあげるわ、あなたの身をもってね」  セリアはせつなの手から鏡を取り上げると片手でせつなの眼前に出し、二人の顔が写るように身を寄せると、もう片方の手で紫の瞳を隠す眼鏡を軽く持ち上げた。 (!)  眼鏡がセリアの瞳から外れた瞬間、せつなの全身に悪寒とともに重く冷たい感触が走る。  幸いセリアが次の瞬間に眼鏡を戻して悪寒からは開放されたものの、体には痺れにも似た感触がまだ残っている。さらにセリアがこれだけで済ましてくれるとはせつなも思ってはいなかった。 「これで私の力はわかったでしょう。それじゃせつなさん。先ほどの続きをしましょうね」 「…あ!」  いつのまにか鏡をしまうとセリアは両手でせつなの胸を揉みしだく。 「あっ、やめてっ!」 「駄目よ、これは罰なのよ。さっきも言ったでしょ」 「あっ、ひっ…」  セリアが片手をせつなの袴の上に滑らせるとそれだけでせつなの体に快感が走る。さらに巫女装束の中にセリアが手を差し込むと膝ががくがくと震え、セリアの支えが無ければへなへなと崩れ落ちそうになる。  あまりにも歴然とした力の差と瞳の力に対する恐怖、さらに愛撫の快楽と密かな恋慕はせつなの心から抵抗する意思を完全に奪ってしまい、完全にセリアのされるがままになっていた。 (…もうだめ!)  しかし、せつなが上り詰めるより早くセリアはせつなから手を引いて一歩下がる。 「えっ!どうして!?」 「さあ、これで罰は終わりよ。せつなさん」  せつなの前に回りこみつつ、意地悪く微笑みながらセリアは言った。 「そんな…」 「あらあら、さっきの威勢はどうしたの?ずいぶんだらしの無い退魔師だこと…。それとも今のがそんなに気持ち良かったの?」  せつなは恥ずかしさのあまりじっとうつむいている。 「そうね…まだして欲しいのなら私の目をよく見てごらんなさい」  そう言うとセリアは眼鏡を外して傍らの石像の手の上に置く。  一瞬、鏡ごしに目を合わせただけであれだけの悪寒を感じさせる瞳…それをもう一度、それも今度はまともに見る…どんな恐ろしい目に遭うのかせつなには想像もつかない。しかし、愛撫にとろけきった心と身体は、もう一度彼女に触れてもらうことを切望している、葛藤は一瞬と続かなかった。  先ほどと同じ冷たい感触がせつなを襲い、身体は金縛りに遭ったように動かなくなる、しかし意外にもとろけきった心と身体はそれすらも快く感じる。じっとせつなの瞳を見つめながら、セリアは満足したように抱き寄せ耳にささやく。 「さあ、これであなたは永久に私のものよ。そのかわりあなたを大いに楽しませてあげるわ、…永久にね」  せつなの身体を走る冷たい戦慄はじりじりとその度を増し、その感触は先ほどの愛撫にも勝る刺激をせつなにもたらしていく。 「せつなさん、この手で触られるよりずっと気持ちいいでしょう。」  セリアが先ほどまでせつなを玩んでいた指をせつなに示すとせつなは顔を赤らめる。 「ああ…いったいわたしどうなってるの!?」 「あなたは今、私の瞳の力で石に変わっているの。これで分かるでしょう?」  セリアはせつなの左手を取ると照魔鏡を握らせ、顔の高さまで持ち上げる。それに写るせつなの赤らんだ顔も、鏡を持つ手も、腕を覆う衣の袖も、そしてせつなの顔を写す鏡も徐々に灰色へと色あせていく。 「でもさっきので敏感になったあなたの体にはこの石化の刺激も気持ちいいはずよ」 「いいっ…わたし、こんなになってるのに…、いしになってるのに…いぃっ…」 「ふふふふ…、ずっと感じていなさい、せつなさん。ずっとね…」  体が別の物質に変わっていく、その感覚にすら快感を感じるせつなの心は、その快楽のまま先ほど逃した高みへともう一度舞い上がっていく。そしてその高みへ辿りついたとき、体は完全に石と化し、心はそこから戻ってくることはもう無かった… ----- 「乱れた着物といい切ない表情といい、ずいぶんと色っぽい作品になったわね。」  磨かれたように滑らかな灰色の石像と化したせつなを見ながらセリアはひとりごちた。  力が抜けたような体は今にもへなへなとへたり込んでしまいそうだが、石になってしまってはへたり込むことは無く、抱き寄せながらうまく釣り合いを取らせたからひっくり返ってしまうこともない。同じようにはだけかかった装束も石になった今はこれ以上崩れはしない。手に持つ鏡は石になっても滑らかな表面にそのまませつなの石と化した顔が写り、その顔には快楽の一線を超えた瞬間の、本来ならすぐ消えてしまう表情が今も保たれている。  傍らの石像の手から眼鏡を拾いながらセリアはふと考えた… (それにしても、誰がこんな子を私のところに…?)  「作品」を作るときは必ず「モデル」が存在したすべての痕跡をこの世界から消し去っているから、いかにこの子が退魔師とはいえセリアが「いたいけな少女をかどわかしている」事を知ることは出来ないはず。ならば彼女がここに来たのは何者かの差し金であることは間違いない。 「せつなさん、全てを忘れてこの刹那を永久に感じてなさい。そのうちあなたのような素敵な贈り物を贈ってくれた人も一緒に飾ってあげるわ。」  そうせつなの像の耳にささやくとセリアはこの作品を自らの館のどこに飾るべきかに思いをめぐらせるのであった。