永劫の繁栄

作:匿名希望
イラスト:K2さん


 一羽の鳥が優雅に蒼空を舞っていた。
 澄み渡る空と緑豊かな自然が広がる世界。
 ここ、魔法王国アルテリアにも平穏な時が流れていた。
 中世を思わせる城下町には今日も人が溢れ、賑わいを見せている。
 ある者は市で買い物をし、ある者は酒場で早めの酒盛りを楽しみ、ある者は恋人との一時を過ごす。
 人々が思い思いの時間を過ごす城下町の向こうには、天高く聳え立つ巨大な城があった。
 煌びやかな装飾と美しい構造で見る者を魅了するそれは、魔法文明によって繁栄を築いたアルテリアを象徴する城である。

 そんな繁栄の象徴たる城の奥には、数十枚に及ぶレリーフが飾られている。
 来賓室に飾られたこのレリーフは代々王族や貴族の鑑賞に用いられ、祝祭などの時には一般開放されることもある。
 そのレリーフはどれも等身大の女性が描かれており、その精密さは今にも動き出しそうな程であった。
 まるで生身の女性を壁に埋め込んだかのような精密さと美しさは、見る者の心を捕えて離さない。
 これはそんなレリーフに纏わる物語……


 時は数百年前まで遡る。
 当時のアルテリアは大陸の覇権をかけて他国と戦いを繰り広げており、ベルガード国もアルテリアと対立する国の一つだった。
 開戦当初は互角の戦いを繰り広げた両国だったが、国力で劣るベルガードは次第に疲弊し、女性兵の投入を余儀なくされていた。
 必死の抵抗も虚しく今度は魔法師団を送り込んだアルテリアの前にベルガードは苦戦を強いられ、連日多くの兵士を失うことになってしまった。
 そしてついにこの日、アルテリア第6魔法師団の前にベルガード城は落城し、敗戦が決まった。

 暗雲が空を覆い、不吉な空気を漂わせながら陽の光を遮り大地を暗く染める。
 敗戦国となったベルガードの女性兵の一人が、牢屋の僅かな隙間から見える空を今の自分と重ねていた。
 胸の辺りまで伸ばした青い髪が呼吸と共に静かに揺れ、生気のない瞳はただ暗い空を見つめるばかりだった。
 彼女の名はルフィア。
 17という若さながらもベルガード一の弓の名手として名を馳せ、開戦当初から弓兵として戦線に参加。
 自慢の弓で多くの兵を射抜き、アルテリアからは『魔弾の射手』として恐れられていた少女である。
 しかし先の戦いで魔法師団の圧倒的な力の前に敗れ、落城したベルガードの牢屋に入れられることとなった。
 両腕を繋がれ、足には枷をつけられた今の姿はとてもアルテリアに恐れられた兵とは思えぬ惨めな姿だった。
 
 「私、どうなっちゃうのかな……」

 ルフィアは俯きながら消え入りそうな声でそう呟く。
 先の戦闘で魔法師団に得意の弓を破壊され、絶体絶命に追い詰められた彼女は死ぬことを恐れアルテリアに降伏してしまった。
 しかし今の彼女は先刻まで自国であった城の牢に捕えられた敗戦国の捕虜でしかない。
 自らの姿を認識するたびに絶望し、今後の自分の処遇を考えると戦場で朽ちるべきだったとルフィアは激しく後悔した。

 「貴女にはアルテリアで裁判を受けてもらいます」

 そんなルフィアを鉄格子越しに見る者がいた。
 アルテリア第6魔法師団を率いた師団長エルネストである。
 長い金髪を揺らし、邪悪な笑みを溢しながら先刻まで戦場で見えていたルフィアに語りかけていた。

 「もちろん楽には逝かせませんよ。我が国の民の前で、晒し者として処刑されるでしょうね」

 エルネストは彼女を無視して話を続ける。
 魔法師団を率いる彼にとってルフィアという存在は障害であり、今まで何度も苦渋を舐めさせられた相手。
 しかも捕えてみればまだ少女といえる年齢だったのだ。
 その事でプライドは傷つけられたエルネストは、彼女を徹底的に虐げ、辱めることで今までの恨みを晴らそうというのである。
 もちろん今すぐに彼女の首を刎ねることも出来るが、エルネストは彼女が敵国の悪女として裁かれ、民衆の前で処刑されることで自らの行いを世に知らしめたかったのだ。
 そんな者を討ち取ったのであれば地位と名声は約束されたも同然で、想像を巡らせながらエルネストは気味悪く微笑む。
 しばらくしてエルネストの側に二人のアルテリア兵が駆けつけ、敬礼しながら報告を始める。
 
 「エルネスト師団長、魔法陣の準備が整いました!」

 「ご苦労。それではこの女を連行しろ。錠は解いても構わん」

 言われるまま二人の兵士はルフィアの錠を外し、力なく崩れ落ちる彼女の両腕を支えて無理矢理に起こす。
 そのままエルネストを先頭に、ルフィアを引き摺らるようにして薄暗い牢屋から外に運び出す。

 「ああ、ルフィア様……なんと御労しい……」

 「ルフィア様に何かあれば、私が容赦しません!」

 「ルフィア様、神のご加護はきっとありますわ!」

 外に移される途中、他の牢に入れられていた女性兵が一斉に騒ぎ出した。
 ベルガードの若き戦士ルフィアは他の兵士達の希望であり、特に同姓の兵士からは絶大な支持を得ていた。
 絶望し生気のないルフィアの姿を嘆く者、ルフィアの身を案じる者、神に祈りを捧げる者……
 それぞれがルフィアのために声をかけるが、彼女は何の反応も示さず、ただ俯き黙って外に連れ出されるだけであった。
 ルフィアが外に出された後、牢からは自らの処遇を考えた若い女性兵達の絶望に暮れる嗚咽だけが虚しく響いた。


 牢屋の外に連れ出されたルフィアの身柄は、ベルガード城の地下に作られた部屋に移された。
 そこにはルフィアの身の丈ほどもある大理石で出来た巨大な石版が幾つも並べられており、その下には魔法陣が描かれている。

 「これは一体……?」

 異様な光景を前に、ルフィアは思わず口を開く。
 側で聞いていたエルネストは不思議そうに石版を見つめるルフィアに顔を向けて答えた。

 「これから貴女をアルテリアに移送する。だが危険分子である貴女を移送するのに普通の方法では心許ない」

 ここで一度区切り、今度は石版の方に顔を向ける。

 「そこで武装解除してもらい、あの壁に埋め込もうと思う。これならば万が一何かあっても安全に護送できる」 

 得意げな顔でこれからルフィアに施す処置を説明するエルネストに、ルフィアはただ黙って聞いていることしか出来なかった。
 既に彼女は、武装解除の名目で全裸にされ、壁に埋め込まれた自分の姿を想像していた。
 抵抗する気力すらも失せていたのである。
 それでもこの場で凌辱されるよりはマシだろうと半ば諦めていた。

 「やるなら好きにして……私、もう抵抗する気もないから……」

 その言葉を聞くや否や、ルフィアを運んだ兵士達は彼女の鎧や服を丁寧に脱がし始めた。
 女性の服を脱がすのに慣れていないのか多少手間取ったが、全く抵抗しなかった為、程なくしてルフィアは生まれたままの姿となった。
 年相応に膨らんだ乳房や茂みのない下半身を露出しながらも、ルフィアは不思議と羞恥心を感じなかった。
 男性としてよりも敵の前で無防備な姿を晒すのに抵抗は感じたものの、ここで抵抗しても事態は変わらないことを悟っていたからだ。

 「兵士にしてはなかなか綺麗な身体をしているじゃないか?」

 エルネストはルフィアの裸体をまじまじと眺め、軽く肌に触れてみる。
 兵士として過酷な戦場を戦い抜きながらも、その身体には傷一つなかった。
 指を這わせて腹のラインを舐めるように撫でまわし、そのまま下半身まで持っていく。
 鎧すらも剥がされた彼女は、既に一人の女として扱われていた。
 ルフィアは一瞬頬を赤らめて目を伏せたが、すぐに何でもないような顔に戻った。

 「ゆっくり楽しみたい所だが、後も支えているのでな。処置を始めようか」

 ルフィアは石版の前まで運ばれ、石版を背に持たれ掛かるように立たされた。
 側で待機していた黒いローブを着た男はおもむろに本を開き、何やら呪文を詠唱し始める。
 するとルフィアの足元にあった魔法陣が怪しく輝きだし、同時に背後の石版からも魔力が放出される。
 刹那、ルフィアが持たれ掛かっていた石版がまるで液体のように軟らかくなり、彼女はバランスを崩して石版に吸い込まれるように溶け込んだ。
 ルフィアにとって初めて体験する感覚だったが、特に抵抗することもなく伸ばした髪と身体の後ろ半分を石版に預けた。
 丁度身体の半分が石版に溶け込んだことを確認した男は、ページをめくり別の呪文を唱えた。
 再び魔法陣が輝き出すと同時に、今度は煙のようなものまで噴出している。
 そして先ほどまで水のように柔らかだった石版が再び元の硬い石に戻ろうとしていた。
 乾いた音がルフィアの耳に木霊する。
 石版に溶け込んだ部分が次第に動かなくなっていく。
 
 「うっ……ああ……!」

 強く拘束されたことで喘ぎ声にも似た声を出してしまう。
 石版に溶け込んでいる部分が酷く痛んだが、不思議と次第に感覚がなくなっていった。
 拘束されていることを実感するルフィアだが、そこで思わぬ現象が起きた。
 石版に取り込まれていない部分の身体も、次第に石のように硬くなっていくのである。
 いや、現実に彼女の身体は石版と同じ大理石になろうとしていた。

 「あっ……」

 あまりのことにルフィアは思わず目を見開き、声を出してしまう。
 石版に拘束されるとは聞いていたが、まさか自分の身体まで石と化し、石版と一体になるとは想像もしていなかったからだ。
 そのまま石版に侵食されるように身体中が石化していき、その身体を灰色に染め上げていた。
 ルフィアの柔らかく温かい肌が、硬く冷たい石に変わる。
 既に逃れることの出来ないルフィアは自分の身体が変化していくという奇妙な感覚を味わいながら、唖然とした表情のまま完全に石化し、瞬き一つ出来ない身体となる。
 瑞々しいはずの肌も今や大理石と同じ光沢を放ち、見開いた瞳は何も映してはいなかった。
 こうして、ルフィアは一体のオブジェへと姿を変えた。

 

 「ふふっ、なかなか綺麗にできるじゃないか」

 一部始終を見ていたエルネストはルフィアの石版に近づき、そっと彼女の頬を撫でる。
 しかし肌の柔らかさも温かみも感じず、ただ冷たい石の感触が帰ってくるだけだった。

 「どうだい、石版と一つになった感想は?」

 手の甲で軽くルフィアを叩きながら、エルネストは意地悪く動けないルフィアの耳元で囁く。
 もちろんエルネストに聞こえたのは硬い石を叩く音だけだった。
 
 (本当に指一つ動かせないんだね。とても不思議な感覚……)

 表面は石となっていたが、意識は残っていたルフィアが心の中でそう答える。
 どれだけ身体に力を入れても、強い拘束力で全く動かすことが出来ない。
 その感覚に戸惑いながらも確実に今、自分が石であることを実感していた。
 それも次第に身体の中まで石化していく感覚を覚え、力を入れることすら出来なくなる。
 しかし心身ともに疲弊し切っていたルフィアは身体を動かせない苦痛よりも、動かさないで良いという快感の方が強かった。
 それは穏やかな眠りにも似ており、彼女の意識はまどろみの中に溶けていった。

 (もう、このままでいいかな……)

 意識も朦朧としてきたところで、ルフィアが最後に考えたのはアルテリアで受ける裁判のことだった。
 今は一時的に拘束されているだけで、アルテリアにつけば解放され裁判を受けることになる。
 どうせ死ぬのであれば、痛みもなく穏やかな気持ちのまま石となり永遠に過ごすのも悪くないと考えていた。
 そこまで考えて、彼女の思考は停止した。
 考えるのをやめたのか、それとも意識まで石化してしまったのかは定かではない。
 
 「さて、時間がない。次の者を連れて来い!」

 エルネストが指示すると、すぐに牢屋から別の女性兵が連れて来られた。
 彼女は泣き叫び激しく抵抗しながらもルフィアと同じ手順で服を脱がされ、その裸体を晒されている。
 そしてルフィアと同じような手順で石版に埋め込み、これを繰り返して数十名の女性兵をアルテリアに運ぶ事となった。
 
 
 この後、アルテリアに連れて行かれたルフィア達は裁判にかけられることはなかった。
 オブジェと化したルフィア達を見た一部の貴族が美術品としての価値を見出した事で、死刑ではなくオブジェとして数百年安置するという刑に確定したのだ。
 こうしてルフィア達はレリーフとして大衆に晒された後、来賓室に飾られ今日まで多くの者を魅了し続けているのである。
 時は流れ、戦争の資料の多くが破棄されたことでルフィア達の刑も有耶無耶となり、今ではルフィア達が亡きベルガード国の誇り高き戦士であったことを知る者は誰もいない。
 そして今日も、アルテリアでは貴族達がルフィア達のレリーフを鑑賞している。
 アルテリアの永劫の繁栄を謳歌しながら……


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