氷中花

作:アッリア
イラスト:桃色河馬


雪山にスキー旅行に行ったピーチ、リリー、デイジーの三人が帰って来なかった。
サルビアとリモーネの二人は、彼女達が消息を絶ったと思われる雪山へと向う。
そこで待ち受けていたのは岩本剛三郎こと、石魔ペトラー。
心を一つにして戦う二人に苦戦したペトラーはリモーネを道連れに、消滅の渦へと消えていった。
愕然とするサルビアを残して・・・。


「くそっ・・・、この寒さはなんなのだ・・。頭がクラクラする・・・」
氷の城の内部に侵入したサルビアは、冷気と不快感に苛まれていた。
鈍く疼いてくる頭を抱えて、サルビアは必死に目を見開こうとする。
けれども身体に力が入らない。
思わずよろめいた時、足元から冷気が噴き出しまとわりつく。
「しまった・・・!!」
サルビアが足元を確認すると、彼女のミニスカートからすらりと伸びた美しい脚が、
膝のあたりまで氷に覆われていた。

「・・・私としたことが、とんだ甘ちゃんね」
サルビアは歯噛みしながら、自分の不甲斐なさを恥じた。
ふと人の気配を感じて、通路の先へと首をめぐらせ、サルビアは呆然とした。
通路の行く手に、黄色の髪をした少女の姿を見つけた。
それは、姉妹のように仲の良かった、フリージアと瓜二つの顔をしていた。
「闇にうごめく邪悪なる者め・・・姑息な真似をするなっ!」
幻を払おうとしても、寒さのためか身体に力が入らない。
「・・・サルビアお姉さま、お姉さまを迎えにきたの・・・」
少女は無邪気な頬笑みを浮かべて、優しく呼び掛ける。
「おまえは・・・フリージアか・・・それとも汚らわしい悪魔か・・・」
冷たく、鋭い冷気が身を凍えさせる。
手がかじかみ、セント・ピュアソードを落としそうになる。
「私はフリージアよ・・・。ずっとこの氷の世界でお姉さまが来るのを待っていたの。
この傷を見て・・・」
少女は恥じらいながら襟元を広げる。
彼女の胸元があらわになる。
その青白い肌に刻まれていた傷は、サルビアの痛恨と悲しみの記憶を呼び覚ました。
彼女の目前で悪魔の角に貫かれるフリージア。
(嘘・・・。フリージアは死んだはずだ。――私の腕の中で。)
しかし、目の前に立つ勝気そうな黒い瞳と眉をした少女はフリージアに間違い無かった。
「フリージアか・・・本当におまえなのだな」
「そうよ、サルビアお姉さま・・・。来て。また、昔のように抱きあえるのね。」
うっとりとした香りに酔っていた。
女のしなやかな指先が、サルビアの胸や腰を愛撫し、甘い息が唇に近づいてくる。
サルビアは瞳を閉じ、女の愛撫に身をまかせた。痺れるような快感が全身を駆け巡り
抗い難い誘惑と闘いつつも、サルビアは次第に息が荒くなってくるのを抑えることができなかった。
セント・ピュアソードが手からすり抜け、地面に突き刺さる。
「・・・フリージア・・・わたしを抱きしめて」
サルビアは全身の力を抜き、フリージアと瓜二つの顔をした少女へと身体を傾けていった。
「お姉さまの身体・・・暖かい・・・」
「・・・フリージア、わたしが暖めてあげるわ・・・」
少女の身体は冷たく冷え切っており、血の気を失った青白い肌をしていたが、
サルビアの執拗な愛撫にいつしか桜色に染まり嬌声をあげながらもだえ始めた。
サルビアと少女は唇をあわせた。
二人は十数分の間濃厚に舌を絡めあうとお互いを愛撫し始めた。
全身の痺れの中で、サルビアは冷たい氷が、自分の引き締まった腰や豊満な胸を覆っていく事にさえ
気づかずにいた。
サルビアの全身が氷で包まれていく。
そうとも知らず、サルビアは快楽の夢へと溺れていった。



重厚な扉の先にある広い吹き抜けのホール。
室内は身を切るような凍気が充満しており、柱から調度品、絨毯に至るまで全て凍りついていた。
そして一定間隔で立ち並んでいる氷の柱。
どの氷柱にもひとつの例外無く、年齢も服装も様々な美しい少女が封じ込められていた。

ひとつの氷柱の前に、神主装束を身に纏った白塗りの糸目の男が立っていた。
「またひとつ、美しい花の誕生でおじゃるな」

その氷柱の中には、燃えるような赤い髪。瞳を閉じていてなおきつい印象を与える
女性にしては長身の、しかし均整の取れた肢体をした美女が囚われていた。
両手を胸の前で合わせている。肩と胸を守るための部分鎧。首、両腕、右の太股には金のアクセサリー。
引き締まった腰は白いミニスカートに覆われた彼女は、やや背中を反らして胸を突きだしたポーズで
その顔に陶酔した表情を浮かべていた。
しばらくの間、男は満足げな表情で美女を見つめていた。

「愛しい妹との久方ぶりの逢瀬は、いかがでおじゃる」
彼が氷漬けにした愛天使の一人、サルビアに囁いた。

彼女の傍らにある氷柱の中は、黄色の髪、幼いながらも整った成長すれば
さぞかし美人になるだろうと思わせる顔立ちをした小柄な少女が囚われていた。
両腕はだらりと落ち、脚は少し開き気味、そしてその瞳は大きく見開かれていた。
胸の真ん中には致命傷と思われる、何かに貫かれた穴がぽっかりと空いていた。


男は、彼女達の後ろに目を向けた。
そこには三本の氷柱が並んでおり、中にはサルビアと良く似た色違いの衣装を身に纏った
少女達が囚われていた。
男は、その三輪の花を摘んだときの事を思い出していた。

雪山にて雪之丞変化魔の妖術に翻弄される愛戦士達。
「うっ・・・ううう・・・」
デイジーがうめきながら立ち上がり、きっと雪之丞変化魔を睨みつける。
ピーチ、リリーもよろめきながらも何とか立ち上がる。
「あら、まあ。まだ立ち上がるだけのパワーは残っているようね。」
三方を取り囲んでいる愛戦士達を、やや驚きの表情で見る雪之丞変化魔。
「そうならそうといってくりゃりんせ。そ〜れっ!!」
掛け声とともに両手を高々とあげる。闇の波動が、雪之丞変化魔が浮遊している場所を中心に放射状に
伸びていった。四方八方に伸び広がった闇の波動によって、冷気が辺りを駆け巡る。


(今度は、何をする気なの?)
なんとか立ちあがると、雪之丞変化魔の挙動を注視しながら身構えるピーチ。
突如、足元がぐらつきバランスを崩して倒れそうになる。
「何よ、何よ、何よぉ〜!」
何とか倒れずにすんだが、ぴし、ぴし、と音がする足元を見て、驚愕の表情を浮かべるピーチ。
「ああっ!!」
ぱきぱきと音を立てて、ピーチの足元から氷が固まり始めた。

「な、なんだ、こりゃ!」
足元を凍らされて、バランスを崩しかけるが必死に持ちこたえるデイジー。

「足が動きませんわ!」
両足を氷から抜こうとして、身体を左右に振って懸命にもがくリリー。


「ああっ、大変!!」
足元からじょじょに氷が生き物のように這いずりながらピーチの体を包み込んでいき、
とうとう膝まで凍りつく。

「このままじゃ、氷のオブジェになっちまうぜ!!」
デイジーのすらりと伸びた健康的な脚をミニスカートごと飲み込んだ氷は、
続いて彼女のつつましやかな胸のふくらみを目指す。

「はあっ・・・、ああっ・・・」
身体を小刻みに震わせて、怯えるリリー。
氷は情け容赦無く彼女の豊満な胸を覆っていく。

固まった氷によって完全に身動きが取れなくなり、素肌に密着した極寒の氷が
容赦無く体温を奪っていく。
怖い・・・怖い・・・怖い!!!
「ようすけーーーーっ!!!」
叫んだ。
愛する人の名前を。
来てくれるはずもないコトはわかってるけど、叫ばずにはいられなかった。
その絶叫の後、ピーチは意識を失った。

「ピーチ・・・!!」
ピーチが全身を氷に覆われるのを見て、叫ぶデイジー。
「ちくしょう!!」
何も出来ない自分に対する不甲斐なさと悔しさで、涙がこぼれそうになる。

リリーの首から下を覆い尽くした氷は、彼女の首筋を覆い始める。
目から生気が無くなり、唇が見る見るうちに紫色に変色した。
「あ、ああっ・・・。つ、冷たいぃ・・・」

「おい、しっかりしろ。リリー・・・」
リリーを励ますデイジーだが、その声に先ほどまでの元気はもう無い。

デイジーの声はリリーの耳に届いていなかった。
「・・・柳葉・様・・・私は・・・あなたと・・・。
いつまでも・・・一緒に・・・。」
うわごとのように自分の思いを吐露した後、リリーは目を閉じて眠るように意識を失った。


冷たさで遠のく意識の中、デイジーは二人が最後に残した言葉に思いをはせていた。
(ももこにはようすけ、ゆりには柳葉先輩か。オレにはそんな相手は・・・)
デイジーの脳裏に、眼鏡をかけた幼馴染の顔が浮かんだ。
(・・・・・・おいおい、よりにもよってたくろうかよ。)
「デイジー!!」
(・・・へへっ、たくろうの声が聞こえやがる。畜生〜・・・オレももう駄目か・・・)
デイジーの背後から、彼女を呼ぶ声があがった。
「デイジー!!」
ハッと目を見開き、首を後ろに振り向けるデイジー。
「たくろう?」
そこには、こちらに駆け寄るたくろうの姿があった。
なれない雪に苦戦しながら、じょじょに近づいて来る。
「デイジー!!」
「馬鹿野郎、来るな〜っ」
「おやおや、邪魔しちゃ駄目よ」
雪之丞変化魔が、たくろう目掛けて黒い衝撃波を放つ。
たくろうは、衝撃波の直撃を受けて倒れる。
「たくろう〜っ」
デイジーの叫びが届いたのか、たくろうは肩を押さえて立ちあがり、こちらに近づいて来る。
再び、衝撃波が放たれ、もんどりうって雪の上に倒れ伏す。
「逃げろ、こっちに来るんじゃねえ〜」
(よわっちいくせに・・・、無茶しやがって・・・)
「デイ・・ジー・・・。デ・・イジー・・・」
たくろうはデイジーの名前を繰り返しつぶやきながら、ふらふらと立ちあがり
こちらにゆっくりと近づいてくる。
「あらまあ人間風情がしぶといでおじゃるな。でもこれでとどめよ、そーれっ」
これまでとは桁違いの衝撃波がたくろうを襲う。
スキーウェアをずたずたに切り裂かれ、血まみれで倒れ伏す。
「たくろう、たくろう、たくろ・・・」
幼馴染の名前を呼びつづけるデイジー。氷は無情にもその口を塞ぐ。
全身が氷に閉ざされ、意識を失う直前、デイジーは心の中で幼馴染に思いを告げた。
(今のお前なら・・・好きだぜ、たくろう・・・)

凍りついた室内に、今では懐かしいダイヤル式の黒電話の音が鳴り響く。
回想を中断して、電話を取る雪之丞変化魔。相手は天使界の重鎮リモーネ。
「リモーネ殿ではござらぬか。ちょうどお主より頂いた花達を愛でていたところでごじゃるよ」
哀れ、愛天使達は信じていた者に裏切られたとも知らずに、冷たい氷の中で眠り続ける。


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