氷の都 第一夜

作:アッリア


「いややぁぁぁぁぁ!!」
廃ビル内に、少女の悲鳴が響いた。
「いっ、いやぁあ・・・ぁあ!こ、こっちに来んとってやぁ・・・」
眼鏡をかけたおさげの少女が追われていた。
怯え、震えて、泣きじゃくり。ただ、じりじりとあとずさる。
そいつは笑っていた。
赤い目と鼻をゆらめかせて。
「お願いやさかい、なんでも言うこと聞くよって、ねえ・・・」
彼女の前に紙袋が投げ出される。
紙袋の中には、修道院や教会のシスターが着ているような修道衣が入っていた。
「え、これに着替えーと・・・はっ、はいっ」
赤い目でぎろりと睨みつけられた少女は怯えながらも、そそくさと制服を脱ぐ。
シルクのスリップドレス一枚残して冷え切った夜の空気に晒された彼女の身体が、ぶるっと震えた。
初めて着る修道衣に戸惑いながらも、なんとかブーツを履き終える。
顔を赤らめ無意識に両膝を固く閉じ、両手で胸を隠すように覆って怯える彼女を赤い目の視線が舐めまわす。
「も、もぉ堪忍してぇなぁ・・・いや、や・約束がちが・・・」
彼女の抗議の声は、真っ白な冷気によって掻き消された。
眼鏡に霜が付き、左右二つに縛ったおさげの揺れが止まる。
びきびきと音を立てて彼女の全身は凍りつき、真っ白となった。


全身、真っ白な厚い霜に覆われたおさげの少女の前に二人の刑事が立っていた。
彼女の表情は恐怖と驚きで彩られていて、眼鏡の奥の瞳は大きく見開かれていた。
「部長、これで四人目どすなぁ。カチコチに凍らされていまっせ」
若い方の刑事が言った。
「そんなぁ、アホな事を・・」
中年にさしかかった、小太りした刑事が応えた。
仕事柄、死体を見慣れているニ人だが、ここまで異常な変死体はこれまでお目にかかったことはない。
「正に雪女、ちゅうわけどすかなぁ・・・」
「やめとき。鑑識が今調べとるんや、二度とそんなアホなセリフ吐くんやない!」

公園の周りには、この寒い中にもかかわらず野次馬が多数集まっていた。
その中に、和傘をさした奇妙なニ人組み−少女が巨漢を伴っていた。
長い栗色の髪を片側にまとめて赤いリボンで結んだ少女はこの寒い中、素足もあらわな裾の短い
真っ白な着物を羽織って血のように赤い帯を結んでいた。
彼女の傍らで和傘をさしている巨漢は青いマントに全身を包み、顔は傘で隠れてよく見えない。
彼女達はしばらく殺人現場の方を見ていたが、やがて興味を失ったのかそそくさとその場を立ち去った。


京都の冬は、よそ者を寄付けないような寒さだ。しかも今この古都を、凍らされて死ぬという
「雪女事件」が騒がせていた。
私、一三子は渡りの霊媒師。
霊媒師。
そう一口に言っても、その行いは様々だ。
ただ、本当に強い霊力を持ってしまった者が生業にできる仕事は少ない。
実在も定かでない雪女に構っている暇はない。
−−−−そう答えただろう。あの少女に出会う前の私なら・・・。
私は「雪女事件」の原因調査という京都府観光公社の依頼を受け、四人目の被害者が
発見された現場を訪れていた。
繁華街の一角にある廃ビルは三階建てであった。元々は金融関係の事務所が入っていた
ようなのだが、不況の煽りで倒産しそのまま放置されているらしい。
ビルの中へと足を踏み入れると、錆びた鉄の匂いがした。
ここでも他の現場と同じ「気配」を拾った。−−−−怪異な者の気配を。
やはりこの事件の背後には神魔と呼ばれる怪物がいるかもしれない。
そして神魔のいる所には、私の捜し求めるヴァンパイアの少女がいるはず・・・。
そんな気がした。

被害者の共通項は女性であること・・・か。
職業はコンビニの店員、郵便局員、印刷所店員、女子高生の四人。
着ていた服を脱がされ、犯人が用意した衣装に着替えさせられている。
彼女達には何らかの関係があるのだろうか?
ふと、人の気配を感じて振り返ると高校生ぐらいの制服姿の少女がいた。
すらりと伸びた長い脚と、背中まであるつややかな黒髪にややきつめな顔が印象的だ。
鋭いまなざしで私を見た後、その場から立ち去った。
「ちょっと待って!!」
私は彼女のあとを追いかけて、その手を掴む。
「ちょお、手ぇ離しいや!!」
「どうせあんたも、貴美子先生と同類なんやろ!?」
彼女は私の手を振りほどいて、きっと睨み付ける。
「・・・何の事?」
「何しらこいこといいはるんや!?知ってるんやさかい!
けったいなことしてはるひとと何も話すことなんかあらへん!」
一方的に言い放つと、そのままくるりときびすを返し、雑踏の中に姿を消した。
私の勘が、何か重大な手がかりを得たと告げていた。

つづく


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