危険な研究結果 前編

作:牧師


此処はとある山奥の地下深くに建設された研究施設。
私はここで研究主任の地位についている。
名は嘉納葵(かのうあおい)年齢は十六。
身長百四十九センチ、スリーサイズは72/55/76、この辺りは未来に期待しよう。
襟元までの出した漆黒なまでの黒髪と、白く細い手足が自慢だ。
天才少女と呼ばれ、八歳の頃からこの場所で研究に没頭し、その間外に出た記憶すら無い。
おかげで可愛げの無い言葉遣いだとか、世間知らずだとか良いように言われている。

今、私の前に、スーツ姿の女が高圧的な態度で、研究の中止と、身分剥奪及び拘束、
そして、この私が心血を注いだ全サンプルの処分が記載された命令書を翳し立っている。
「今すぐこの書類にサインをして、私達と同行して貰えるかしら?元研究主任さん」
彼女にとって私は、既に解雇された元研究員に過ぎない様だ。
高清水麗子(たかしみずれいこ)、彼女の名前だ。
年齢は確か二十一、長い髪を栗色に染め上げ喜んでいる愚か者だ。
この研究施設に多額の融資をしている、高清水グループの令嬢。
全身を薄い紫のスーツでかため、黒いストッキングに真っ赤なハイヒール。
あのスーツ一着で、私の着ている研究所の白衣が百着は買えるのではなかろうか?
左右には黒服に身を包んだ二人の女性ボディガードが、彼女を護衛していた。
「その書類にサインをするまでは研究主任だ、物忘れが激しいのは年のせいか?」
私の台詞を聞き、見る間に麗子の顔が紅潮する。
お嬢な彼女は人を見下すのは当たり前だと思っているが、自分にそれを向けられると脆い。
「貴様!!お嬢様に無礼な物言いを!!」
「楓!!おやめなさい。椛もです」
どうにか自制心を働かせたらしく、左右の黒服を制止し、呼吸を整えていた。
「所詮は負け犬の遠吠えですわ、さあ、早くサインをしなさい」

暫く考えた末、これ以上の抵抗は無理と感じた私は、形式上の書類にサインを記した。
「これで私はお役御免だな。サンプルの処理をする少し待っていろ」
私は端末に向かい、次々にある命令を入力して行く。
お嬢様は人が自分に命じられれば、素直にそれに従うと思っているらしく、
私の所業にまるで気が付いていない。
「一つ聞きたい事がある、誰にあの書類に記されていた件を聞いたのか?だが・・・」
高速で端末に入力を続けながら、彼女にその事を聞き出そうとした。
「え・・・、まあ良いでしょう、教えて差し上げますわ。貴方の直属の研究員が、
 僅か一ヶ月で三人も行方不明になれば、調査機関も疑って当然ですわ」
やはり彼女達の一件が原因か、この研究機関に内調が存在したとは・・・。
「彼女達には研究の為に、その身を差し出して貰っただけだ。よくある事だろう」
全ての入力を済ませ、私は余裕の表情で後ろに立つ三人に視線を向けた。
「彼女達の尊い犠牲の成果だ、存分に味わってくれ」
私が最後のキーを押すと、彼女達の真上の天井が開き、ねっとりとした何かが落下する。
半透明で蠢くそれは、スライム(仮称)十五型、二ヶ月前に完成した新型だ。
「きゃああっ、貴方なんて事を!!え?あ・・・、痛っ!!ひゃあああっ、あああん」
麗子はスライムに包まれ、僅か三秒程で行方不明になった彼女達と同じ運命を辿った。
スライム(仮称)十五型に触れると、まず最初に焼けた針で刺された様な痛みに襲われ、
次に痛みは凄まじい快楽に変化し、その後、更にある変化が始まる。
「ふわあぁああっ、ダメッ!!駄目なのに気持ち良過ぎて、我慢でき無い!!」
「麗子お嬢様!!椛!!なっ・・・二人の体が灰色に変色して・・・、ひゃああん」
実際には灰色に変色しているのでは無く、体や服が石に変化しているのだが、
彼女達には、もうそれを判断する理性は残っていないだろう。
「きもちいいっ!!あああん、ふわぁぁぁぁっ、ひっ、やぁあああんんっ」
くちゅくちゅ、ニチャニチャとスライム(仮称)十五型が彼女達の体を貪る音の他に、
パキっ、パキャッと体や服が石化する乾いた音が混ざっている。
楓、椛と呼ばれた二人の黒服の女性は、一足先に全身を完全に灰色の石に変えた。
栗色に染めた長い髪も、高級な薄い紫のスーツも、今や灰色に染め上げられた。
麗子も程なく二人の後を追って、完全に冷たく硬い石の体を手に入れる事だろう。
「あはっ・・・、あ・・・あ・・・」
彼女の顔に無数の灰色の斑点が浮かぶ、ついに頭部まで石化が進行し始めたのだ。
黒目の部分が灰色の石に変わる。
その後、暫くパキ、パキッと、乾いた音だけが聞こえ、その後音が途絶えると、
やがてスライム(仮称)十五型は部屋の隅にある排気口へと消えた。
「石の体に変わった感想が聞きたかったのだが、返事は出来ないだろうな。
 以前実験を行った時の電気信号の反応から言えば石になっても生きている、
 いや、イキ続けているといった方が良いのか・・・、とにかく死んでは居ない筈だ」
後学の為、私は彼女の体に触れてみた。
柔らかかった頬も今はツルツルとした硬い石の感触、何故か折れない細い石の髪の毛、
弾力の無くなった石の胸、薄い石の生地で仕立てられたスーツ。
そして私は、麗子の細い指に光るある物に気が付いた。
「やはり一部の貴金属や宝石は石にならないな、今後の課題だ」
私は麗子の指から十カラットもあるダイヤの輝く、プラチナの指輪を強引に抜き取ると、
ポケットに仕舞い込んだ。
「この研究機関を去る前に、ここが壊滅する様を見せて貰おう」
机正面の壁面一杯にいくつかに区切られて表示された、監視カメラの映像に視線を向けた。
今から映るであろう、八年の研究成果に胸を躍らせて、私は画面を待った。
「さあ、実験の開始だ」

程なく、スピーカーから無数の嬌声、悲鳴、怒号、狼狽、懇願の声が響き渡った。

つづく


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