街角の石像

作:牧師


 吹き荒ぶ冷風が肌に染み込み、冷気がまるで無数の針のように肌を刺す十二月末の街角。
道行く人は暖かそうなコートを身に纏い、首にはにマフラーを巻き、手袋などをして、容赦無い寒気から身を守っている。
 夕暮れの街角で、そんな人々を道路脇で物静かに見守る灰色をした石で出来た二体の像があった。
一体は二十代半ば程の女性の石像で、肩にエコバックを下げ、石で出来た薄手のワンピースで身を包んでいた。
その石像は、軽いウエーブの掛かった髪を風に靡かせ、ふわりと宙を舞った姿を表現している程に精巧な石像だったが、
特に柵に囲まれていたり、台座に乗せられている訳でもなく、無造作に道端に飾られていた。
冬の寒い時期に、薄着の女性の石像を見ているだけで寒さがいっそう増す気がしたが、道行く人々は特に気にした様子も無く、
石像の横を白い息を吐きながら通り過ぎていった。
 もう一体の石像は幼い少女の石像で、小さな手で女性の石像のスカートの裾を掴んだ姿をしている。
少女の石像は、あどけなさの残る顔に不安とも恐れともとれない微妙な表情を浮かべ、女性の顔を見上げていた。
 二体の石像には雪が積もり、女性が肩に掛けたエコバックの中には水が溜まり、その表面が厚い氷に変わっていた。

 次の日の朝、二体の石像に近づく一人の少女がいた。
少女の名前は天城冬華、隣町にある私立黄百合女学院の二年生で、学校に隣接した寮に住んでいる。
 冬華は手に花束が入った小さなバッグを持ち、腰まで伸ばした長い黒髪を風に靡かせながら、ゆっくりと石像に歩み寄った。
「お母さん、夕夏。暫く逢えなくてごめんね。寮に住んでるからめったに外出許可が下りないの……」
 冬華の目の前に立ち並ぶ二体の石像は、十数年前、何者かに石に変えられた母親と妹だった。
良く見れば二体の石像と冬華は顔立ちも良く似ており、親子と言えばおそらく誰もが疑う事は無かっただろうが、
二体の石像が元は人間であった事については、おそらくその事を知る者意外は、信じる事は無かっただろう。

 冬華は二人の身体に積もった雪を丁寧に掃い落し、綺麗な布を何枚も取り出して二人の身体を隅々まで拭きはじめた。
二人の身体についている汚れを綺麗に拭き取った冬華は、持っていたカバンから小さな花束を取り出し、足元に置いた。
「お母さんと夕夏が石に変えられて、もう十二年になるんだよ……。見て、ずっと伸ばしてる髪はこんなに長くなったよ。
背だって、もうすぐお母さんに追いついちゃうんだから…。それに胸だって・・・」
 豊かに育った冬華の胸は、既に母親の胸より大きくなっており、黒目がちな瞳から流れ落ちる涙を拭う度に、プルプルと震えていた。
「次に逢えるのは、早くても春休みだね。遅くても夏休みにはまた逢いに来るよ……」
冬華は暫くその場で母親と妹の夕夏の顔をみつめていたが、二人に微笑みかけて軽く口付けをし、ゆっくりとその場を離れた。

 冬華が二人の石像から数メートル程離れた時、一人の女性が二人の石像に近づき、夕夏や母親の顔を何度も撫でて妖しく微笑んでいた。
はじめはそのまま立ち去ろうかと思った冬華だったが、その女性があまりにも長い時間二人の顔を撫でていたので踵を返し、二人の石像の下へ急いで駆け戻った。
「あの……、信じられないかもしれませんが、その石像、私のお母さんと妹なんです。だから、あの……あまり撫でたりとかは……」
 冬華は女性にこの石像が母親と妹だと説明し、顔を撫で回すのをやめるよう、それとなく伝えてみた。
目の前の石像が、実は元は人間であったという事を説明しても、信じて貰える保証は何処にも無かったが、冬華はその事を言わずにはいられなかった。
「ええ、知っているわ。他にも何人も石像に変わってるから。でも驚いたわ、よく似てるとは思ったけど、こんなに可愛らしい娘が居たなんて……」
 女性は冬華の顔を舐め回すかの様に眺め、妖しい微笑を浮かべて冬華の瞳を赤く光る瞳で射抜いた。
『え……、身体が…動かない。手も足も痺れて…、何が起きてるの?』
 女性は冬華の頬を優しく撫で、ゆっくりと顔を近づけて自らの赤い唇を、ピンク色のリップが塗られた冬華の形の良い唇へ重ねた。
唇を重ねた女性は、ぴちゅ……ちゅぷっ……と音を立てて冬華の唾液を啜り、そして唾液と一緒に冬華の身体から精気を吸い始めた。
 冬華の両手の指が一瞬淡く光り、そしてゆっくりとその光が手首、肘、肩へと移って行き、光が通り過ぎた冬華の身体は、灰色の冷たい石へと変わっていた。
両手と同じ様にパキッ…パキッと言う音を立てながら両足も灰色の石へ変わり、冬華はゆっくりと人から石像へと変えられようとしていた。

『なに?なんなの?どうしてこの人いきなりキスなんて……。それに…、身体が熱くって……、冷たくって……痺れて……、なんだか……眠……く………』
 冬華の身体は淡い光に包まれ、光が通り過ぎた後、引き締まった太ももや腰もパキッ……パキッという乾いた音を立てて、灰色の硬い石に変わった。
やがて柔らかかった冬華の乳房も淡い光に包まれ、胸を包んだ光はそのまま冬華の頭も一気に包み込み、そして光が収まると冬華は完全に石像へと変わり果てていた。
女性は石になった冬華の唇から自らの唇をゆっくりと離し、石になった冬華の顔に右手をあて、優しく頬を撫でた。
「ふふっ………。貴女の母親と妹は魔眼で一瞬で石像に変えたけど、かわいそうだから貴女はゆっくりと石像に変えてあげたの。感謝するのね」
 女性は自らの長い黒髪を指で梳き、満足した面持ちでその場を後にした。
女性が去った後、そこには冬華と母親と夕夏の石像が残され、冷たい十二月の風に灰色の硬い石と変わったその身を晒していた。
 薄い夏服に包まれた母親と妹の夕夏と違い、石と化した冬服に身体を包んだ冬華の石像は他の二人に比べ、ほんの少しだけ暖かそうに見えた。

 こうして街角の道路脇に一体の石像が増えた。
道行く人々は増えた石像にそれほど興味を示さず、数日も経てば気にする者など誰一人居なかった。
 そして、人々が三体の石像を気にかけなくなって長い年月が経った頃、石像は忽然と姿を消し、二度と現れる事はなかった。


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