只一度の奇跡

作:牧師


 木々が生い茂り、昼間にもかかわらず、日の光すら届かない森の奥深く。
 そこに地下に続く石で出来た扉が、大きな口を開けていた。
「この遺跡の奥に封じられた財宝があるのね」
 先頭を行くレイカがカチャカチャとブレストプレートの音を響かせながら、期待に胸を躍らせながら尋ねた。
「古文書や伝記から調べた遺跡だけど、この場所で間違いないよっ」
 レイカの後ろに続く盗賊のリオは魔法使いでもある。
 魔法の研究の為、遺跡の調査などを重ねる内に、トラップの解除や開錠技術に長けた結果だった。
「リオさんの情報ですから信用してますわ。今回で冒険者を引退出来る程の財宝が手に入るって話ですし」
 僧侶のルシアは最後尾を進んでいた。
 彼女は今回の冒険で財宝が手に入れば故郷の村に小さな教会を建て、終生神に仕えるそうだ。
「何冊かの古文書の情報を組み合わせると、この遺跡の奥に黄金で出来た部屋に何かが封じてあるらしいの」
「何か?」
 リオの言葉にレイカが問い返す。
「うん、何か。宝石って書いてある古文書もあれば、古代の魔物って書いてある古文書もあるの」
 これまでの冒険で、宝物庫の中に番人たる魔物が潜んでいた事もあり、リオはその事だろうと説明した。

「此処だ、凄い!!黄金の扉だ・・・、ん?中身は銀か鉄で出来てるみたいね」
 リオがナイフで扉を削ると金の厚みは五ミリ程で、その下は他の金属らしい事がわかった。
「でも、この扉から金を全部剥がせば、かなりの量になるんじゃないの?」
 扉の大きさは縦横二メートル程、三人で分けるとしても十分な量だった。
「この扉の向うに何も無ければ皆で剥がそうよ、もしこれ以上の財宝があれば剥がすのは後でも良いし」
 リオはそう言いながら、扉に仕掛けられた罠の解除に神経を集中させる。
 辺りに緊張が走る。
「ふぅ・・・、解除成功」
 リオは額に流れる汗を手で拭うと、レイカとルシアに微笑みかけた。
「リオさん、お疲れ様でした。レイカさん、突入の準備をお願いします」
 レイカは剣を構え、ルシアはメイスを構えて戦闘に備えた。
「開けるよ!!」
 レイカが扉を蹴り開け、部屋に突入し、ルシアとリオもそれに続く。
「魔物は居ないみたいね・・・。凄い・・・」
 部屋の中には様々な宝石で出来た彫刻が、所狭しと並べられていた。
 いつの時代の物かはわからなかったが、服装のデザインから見てかなりの年代物のようだった。
「ルシア、これ全部売れば分け前で、教会なんかじゃなくて神殿が建てられそうだね」
「そうですわね・・・、あ?あれは何でしょうか?」
 ルシアが部屋の中心にある、魔方陣の様な物に気が付いた、中心には大きなルビーの柱がある。
「う〜〜〜ん・・・、複雑な術式の魔方陣だね。部屋全体に仕掛けられてるみたい・・・。え?」
 その時、魔方陣の中央にある大きなルビーの柱にヒビが入り、部屋が揺れ始める。
「な・・なに?地震?」
「レイカさん、リオさん、あ・・・」
 ルシアの目の前でルビーの柱が粉々に砕け散ると、部屋の壁と床に書かれていた魔方陣が輝き始めた。
 そして揺れが収まると、ルビーの柱のあった場所には幾つもの大きな黒い影が現われていた。
「何この魔物?今まで見た事も無い・・・。リオ、何かわかるか?」
 黒光りする蜘蛛の様な胴体に人の体、蟹の様な大きな鋏の付いた両手、そして蝿の様な頭。
 そんな魔族が数十対程、関節を動かす度に、ギチギチと音を響かせながら蠢いていた。
「わ・・・私だって知らないよっ」
 リオが今までにみた、いかなる古文書にも載ってはいなかった。
「ルシア、リオ、このまま戦うか、それとも全力で逃げるか決めないと・・・。あ・・・」
 レイカに向けられた魔物の複眼が怪しく光り、レイカの瞳を射抜いた。
「レ・・・レイカさん!!」
 ルシアとリオのの目の前でレイカの体が淡く光り、次第に紅く透き通るルビーへと変化していく。
『いったい何が?体が・・・動かない・・・』
 レイカは自らの体に何が起きたか理解する事無く、剣を構えた格好のまま、体をルビーの宝石像へと変えた。

「こ・・・これは!!じゃあ此処にある宝石像は全部・・・」
 室内には百体を超える宝石像がある、その全てがこの魔物に襲われた人の成れの果ての姿だった。
「リオさん!!ここは一旦引きましょう、風の壁をお願いします。きゃああっ」
 逃げる準備を整えるルシアの正面に別の魔族が回りこみ、輝く複眼でルシアの瞳を射抜く。
 レイカの後に続き、ルシアの体も透き通り、蒼く輝くサファイヤへと変化していった。
「リ・・・リオさんだけでも・・・」
 サファイヤに変わったルシアの瞳に映ったのは、別の魔物に襲われエメラルドに変わり行くリオの姿だった。
 魔物はレイカ達を宝石像に変えると、扉を潜り、遺跡の入り口から森へ飛び出して行った。

「なんだ?森がやけにざわめいているな・・・」
 最初に異変に気が付いたのは、狩人の男だった。
 空を黒く覆いつくすほどの鳥が一斉に飛び立ち、猪や鹿、リス等森の動物が一方向に走り抜けて行った。
「一体何が?何だコイツは?」
 男の前にレイカ達を宝石像に変えた魔物が現われ、男の瞳を射抜き、紅く透き通るルビーの宝石像に変えた。
 そして魔物の群れは男の住んでいた村へと姿を消していった。

 魔物の群れは村に辿り着くと、次々に村人をその複眼の餌食にして行く。
 突然の出来事に村人は為す術も無く、体を透き通り輝く色とりどりの宝石に変えていった。
 男達は手に斧や鍬を持ち、魔物に対抗したが魔物を一匹も仕留める事無く、反撃を食らいある者は骸を晒し、
またある者は複眼に射抜かれ、立ち向かった姿のまま、宝石像に変わっていった。
逃げ惑う子供を、それを庇う母親を、魔物は容赦なく複眼で瞳を射抜き、宝石像を増やしていった。
「神さま・・・助けて下さい・・・」
 石造りの家の一室に立て篭もった少女が、一心に祈りを捧げていた。
 少女の姉は家の前で彼女を逃がす為、魔物の一匹に棒で殴りかかり、エメラルドの宝石像にされていた。
「神様・・・」
 家の壁を魔物がカリカリと鋏で引っ掻く音が聞こえていた。
「神様助けて下さいッ!!」
 少女が祈りを捧げると、空間が揺れ、光が室内を包み込んだ。

「此処は何処だ?」
 少女が眼を開けると、身長百八十センチ程に成長した神道豪が目の前に立っていた。
「貴方が神様?お願いです助けて下さい!!」
 少女は目の前の豪に縋り付き、村に起きている事、襲って来た魔物の事を話した。
「人を宝石像に変えるのか?まるで魔族の様だな」
 少女の言葉を聞いても豪は動揺する事も無く、入り口に向かい歩を進めた。
「此処で待っていろ、直ぐに片付けて来る」
 豪はそう言い残すと、扉に掛けられた閂を外し、魔物の蠢く屋外へ姿を現した。

「言葉も通じない魔族、いや魔物か。仕方が無い、倒すしかないな」
 豪の手には紅いカブトゼクターが握られていた。
「変身!!」
 豪がカブトゼクターを腰のライダーベルトに装着すると、体中に光の粒子が集まり、
全身を銀色のマスクドアーマーで包み込んでいった。
 変身と同時に豪の体を中心に放たれた衝撃波が、周りに居た魔物を数メートルほど吹き飛ばした。
「キャストオフ!!」
 角を操作すると豪の全身を覆う銀色のマスクドアーマーが吹き飛び、近くに居た数体の魔族を巻き込んだ。
顎のローテートを基点にして真紅の角を競り上がらせ、完全にライダーフォームへの変身が完了した。
黒いライダースーツ姿、上半身を真紅のブレストプレートに身を包み、仮面ライダーカブトを模写していた。
「はぁっ!!」
 豪は手にした軍用ナイフほどの大きさのカブトクナイガンで、魔物の死角に回り込んでは一撃を加えていく、
しかし魔物は次々に押し寄せ、豪の周りを取り囲んでいた。
「きりがないな」
 既に十体以上の魔物を倒しているにも拘らず、魔物はまだ数十体蠢いていた。
 クロックアップして時間を止めて攻撃するにしても、魔物の数が多すぎた。
「仕方が無い、輝樹さんに時空の宝珠を借りるしかないか。この世界まで届くかが問題だが。クロックアップ」
 豪が腰のベルトの側面に手を触れると、次の瞬間、時間が停止した、そのまま魔族から少し距離を取ると、
豪は空に手を翳した。
「来い!!」
 豪の目の前に光り輝く宝珠が現われ、やがてそれは銀色に輝くハイパーカブトゼクターへ変化していった。
「クロックオーバー」
 豪は一旦クロックアップによる時間停止を解き、ハイパーカブトゼクターをベルトの左側に装着した。
その瞬間、豪の体を光が包み、銀色のカブテクターの覆うハイパーフォームへと変化していった。
「これでパーフェクトゼクターを使う事が出来る」
 豪は宝珠を使い一メートルほどの剣の形をしたパーフェクトゼクターを出現させた。
そして、新たに三つの宝珠をトンボの形を模したドレイクゼクター、蠍の形を模したサソードゼクター、
蜂の形を模したザビーゼクターに変化させ、パーフェクトゼクターに組み込んでいく。
「ドレイク、サソード、ザビー、カブト・・・」
 柄の部分にある、四色のフルスロットルを作動させ、パーフェクトゼクターをガンモードに移行させる。
「ハイパーキャストオフ!!ハイパーキャノン発射!!」
 パーフェクトゼクターの角を押すと、胸と背中のカブテクターがスライドし、背中から凄まじい神力が、
まるで光り輝く羽根の様な姿で放出される、そしてパーフェクトゼクターのトリガーを引いた。
 魔族に向けられたパーフェクトゼクターの先から放たれた光りの帯が、魔物を一匹残らず消滅させた。

「お姉ちゃん!!」
 少女は魔物に殴りかかった姿のままエメラルドの宝石像にされた姉に縋り付き涙を流していた。
「この世界の魔物に襲われた場合、魔物が倒されても襲われた人はそのままか・・・」
 カブトの変身を解いた豪は、手から一つだけ宝珠を出現させると、少女に差し出した。
「これを使えば一人だけ助ける事が出来る、誰を助けるかは好きにして良い」
 少女に宝珠を手渡すと、豪の姿はこの世界に現れた時と同じ様に光りが包み込んでいく。
「お姉ちゃんを助けてくれてどうもありがとうございます、あの・・・名前を聞かせて頂けますか?」
 少女の言葉を聞き、豪は人差し指を空に向け、答えた。
「神の道を行き、豪なる力を振るう者、神道豪だ」
「神道さん、ありがとうございます・・・、私の名前はノノカ、ノノカ・マリエーナです」
 豪はノノカの名前を聞き、何故自分がこの世界に呼ばれたかわかった気がした。
『なるほど、この子は別世界のノノカだった訳か・・・』

 豪が元の世界に戻り、手渡された宝珠を使い、ノノカは姉を宝石化から救い、また日常へと戻っていった。
 解放たれた魔物による危機は去ったが、その爪跡は決して小さい物ではなかった。
 その重量の為、動かす事の出来なかったレイカ達や村人の宝石像は、終る事のない時を静かに刻んでいた。


戻る