風の魔女

作:永遠の憂鬱


人には無い力を自分が持っていたら・・・
または、手にしたら・・・
ほとんどの人はそれを忌み、隠し、生きるだろう。
しかし、人間の心には、傲慢である部分が必ずしも存在する。
自分は特別だと(ある意味ではその通りだが)、その力によって、自分は人より優れていると・・・
そして、他の人間は、自分より劣り、弱い生物で、自分はその上に立つのだと・・・
そう錯覚することもある。

そして、それは、多くの物語の「はじまり」である・・・

・・・息を殺し、ゆっくりと「魔女」の住む「ラボ」へと入るのは、軽装備の女性である。
年齢は20代ほどだが、凛々しい顔つきは大人びた雰囲気を漂わせる。
170cm以上の長身で、すらりと、しかし力強く見えるだけの筋肉を付けている。
関節部は鉄甲で守り、革製のグローブにブーツ、金属の糸を編んで作った軽鎧をまとっている。。
栗色の髪は邪魔にならないよう後ろに縛り、さらに肩より少し高い部分で切られている。
鞘に収められた剣は30cmほどと短く、薄く鍛えられている。鎧の関節部を狙って刺したり、相手の攻撃を受け流していく戦い方が主であるらしい。

彼女がここに来るまでの経緯を説明しよう。
田舎の中の都会、であるこの街に、突如「魔女」と名乗る女性が現れたのだ。
何の力も持たない、戦うことなどできはしない人々は、「魔女」の魔法を見た途端に降伏してしまったのだ。
「魔女」は別段支配すると言うことに関しては興味を持たなかったため、「ラボ」と呼ばれる施設を作らせるだけで、特に目立った行動はしなかった。
しかし、しばらくして「魔女」は、住民の何人かを選んでは、「ラボ」へと連れ去った。そして、帰ってきた人は1人もいない。
「魔女」を恐れる住民は、自分達では刃向かえず、結果、流れの傭兵を雇ったのである。
依頼内容は「行方不明者の救出」であるが、事実上には「魔女の暗殺」が本当の目的であることは、彼女も承知した。

「ラボ」の周囲を見るが、窓1つ無いこの施設に、1カ所しかない入り口以外に侵入できる場所はない。
なんとか魔女に気づかれずに入る方法は無いかと模索していると、
「そんな所で何しているのかしら?」
入り口のインターホンから、おどけたような女性の声が聞こえた。気づかれた?得物に手をかけ、様子を見る。
「この街で私にバレずに、なんて出来ないわよ? さぁ、風邪を引く前にお入りなさい」
ハッタリだろうか? しかし、見つかっているのは確かである。もし本当であれば、ここで逃げてもすぐに見つかるだろう。
ならば・・・
「じゃあ、失礼するわ」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、彼女は「ラボ」へと入る。
入ってすぐに中を見渡してみたが、窓が無い以外は普通の洋館の玄関の様である。
と、どこかにスピーカーがあるのだろうか、インターホンと同じ声が聞こえた。
「今はちょ・・・っと、お楽しみ中だから・・・待ってくれる?」
「ふざけないで。あんたが連れて行った人達はどこ? どうなったの?」
無論、素直に答えるとは思っていない。
「せっかちさんね・・・じゃあ、教えて上げるから、上がって? まっすぐ進んで、突き当たりの部屋にいるから。うふふ・・・」
「・・・わかった・・・」
剣を抜き、構え、進む。

少し進むと廊下は少し広くなったが、両脇にはドアの前以外の場所に石像が置いてあり、幅は大して変わらなかった。
(悪趣味・・・でも、なんでこんな・・・?)
石像は全て裸で、男性と女性の石像の比率は同じくらい。見た目の年齢は10〜20代に見える。
また、普通石像は硬く大きな石を削りだして加工し、磨くことで艶を出すが、この石像達は表面は硬そうではあるがザラザラで土色である。
と、前にドアが見えた。ドアノブに手をかけ、ひねる。結局何の罠も無かったが、一応隙間から中の様子を見る。
寝室だ。左側に見えるのは小さなライトと3面鏡の置かれた化粧棚、右側では、端しか見えないが、かなり大きいであろうベッドがある。
敵の姿は見えないが、危険は無さそうだ、と判断し、一気にドアを開けて中に入り込む。

「あら、騒々しい」
ベッドの方から声が聞こえた。すぐにそちらを見て、絶句した。
数日前にさらわれた1人か、横になっている少女は15歳ぐらいで、息は荒く、顔は上気し、ぐったりとしていた。
そして・・・「魔女」であろう女性は、きわどいボンテージスーツを着ており、さらにそれすらも胸のあたりをはだけ、半裸だった。
桃色の長髪はわずかに乱れ、さすが「魔女」と言うべきか、整った顔立ちは強烈な色気を感じさせる。
ふくよかな身体付きは女性のやわらかさを存分に表現しつつも、美しいプロポーションをたたえている。
「な、何を・・・」
その姿は女性から見ても妖艶で、思わず顔を赤らめ、目をそらす。
「あら? 私がこの子達で何をしてるか知りたいのでしょう? だったらちゃんと見ておかないと・・・」
そう言って立ち上がり、少女を抱き寄せゆっくり支えるようにして立たせる。
と、もはや訪問者などいないかのように、少女にささやきかける。
「ふふ・・・あなたは永遠に私の物になるの・・・ずっと、私と一緒にいるの・・・いや?」
「ううん・・・『ナタリー』様の好きにして・・・」
とろけた表情の少女が答えると、『ナタリー』と呼ばれた「魔女」は、引き出しからビン詰めの砂を取り出す。
その砂を少女に振りかけながら、呪文であろう言葉をつぶやいていくと、少女の場所だけ風が吹き、小さな砂嵐が発生する。
彼女の中では空想でしかなかった「魔法」を目の前で見せられ、驚愕のまま動けないでいる前で、ゆっくりと砂嵐は収まった。
そこには少女はおらず、土色の「少女の形をしたモノ」だけがあった。

直感的に、「マズイ」と感じた。生物の根本である「生命」の危機を彼女は感じたのである。
「魔女」がこちらを見る。ゆっくり後ずさりながら、距離を置く。
逃げようとする彼女に構うことなく、「魔女」は頼みもしない説明をはじめる。
「私は風を操れるの・・・風の力で出来ることは『風そのものの力を使う』こと、そして、『急激な風化をさせる』こと・・・この砂は、ゆっくりと有機物に反応して、溶け込むんだけど・・・私の魔法で急速にその反応を起こして、化石化させる・・・」
彼女はドアにたどり着き、そして走り出そうとして・・・出来ない。「魔女」から目が離せない。
「ふふ・・・魔女には、見た者を魅了する力がある・・・もう、あなたは私の『モノ』なの。さあ、こっちにいらっしゃい・・・」
「魔女」がゆっくりと近づいてくる。彼女の意思を無視して、ゆっくりと彼女の足も「魔女」へと向かう・・・
「私の名はナタリー・・・あなたの永遠のご主人様よ・・・」
言葉の1つ1つが彼女の意識を浸食していく。そして・・・

今宵、「ラボ」に2つの石像が増えた。


戻る