異世界格闘大会の裏側

作:G5


 異世界格闘大会。
 それは各世界から集められた武術家達が、ある者は力試しに、ある者は賭けでひと儲けするために、そしてある者は優勝者に与えられるという賞品を求めて集う異種格闘技の祭典。
 今回の大会は出資者が変わったことで優勝賞品も変わり、その商品を目的にあらゆる世界から腕に自信のある豪傑達が己の全てをかけて競い合っていた……

 ―― 運営本部 ――
 「フフフフ…さすが世界は広いわね、これほどの逸材が転がってるんだから…」
 監視カメラの映像が無数の画面に映し出される。
 オレンジと白のウェイトレス服を着て華麗にリングを舞う少女。
 身体から雷をほとばしらせて雄たけびを上げて突進えする獣みたいな男。
 はたや腰と頭からコウモリのような羽を生やして空を舞う女性。
 死神を連れた少女に青龍円月刀を振り回す黒髪の女。
 もう身体隠せてないんじゃない? というきわどい鎧の女剣士と、その能力や戦い方も様々な強者が互いに競い合っていた。
 中には空を飛ぶ相手に歯が立たない者もいたが、逆に飛び道具で撃ち落とす者もいた。
 はたから見るならば熱く心躍る戦いだろう、戦うものは己の全てを賭けて、見る者はその熱き魂に魅せられた。
 誰もが夢中になる中、一人その眼を鷹のように鋭く研ぎ澄ませ、まるで品定めをしているようだった。
 「男共は勝手に争っていればいいわ…私の狙いは最初から彼女達なんだから」
 そういって監視カメラの映像に映し出されたのはある姉妹だった。


 「勝者ぁ!! レイレイ!!」
 うぉぉぉぉぉあおおおおおおおおあおおおおお!!!
 「アイヤ〜、この程度じゃ私達には届かないよ?」
 リングで倒れている女性は無数のトゲ付の鉄球に下敷き状態で、気絶している。
 「この程度の奴らが相手なら優勝も楽勝だね、ねえさん」
 そういうと顔の前にあったお札がひとりでに剥がれて宙を舞い、やがて煙とともに山吹色の長身の女性が現れる。
 「満身は身を滅ぼしますよ、レイレイ」
 「でもあの程度の奴らなら闇の住人の中にもザラにいたじゃないか」
 不満を漏らすレイレイを姉リンリンは静かに諌める。
 「レイレイ、あなたはここに何しにきたか忘れたわけではないでしょう?」
 しばらく黙りこんでからレイレイは呟く。
 「…忘れないよ、それだけは……」
 「……」
 二人の間の沈黙はこれまでの二人の過去がその思いの深さを物語っている。

 それは昔のこと、彼女達姉妹と母親が引き離されることになったある事件。
 詳しい内容は調査不足のため不明。
 一説によると宇宙より飛来した災厄を祓うために占星術師だった母親が禁呪をしようしたとされている。
 この禁呪は発動者の魂を生け贄とし、発動者の魂は永遠に闇に囚われる。
 その母親を救うために彼女達姉妹は人の身を捨て、その方法を探し求めてきた……

 「なるほどね…これが彼女達のこの大会の参加の理由なのね」
 黒服から渡された資料に目を通しながら黒服を下がらせた。
 彼女こそこの大会の影の運営主、部下からはフェザーという名前で呼ばれているが本名は不明。
 そして彼女がこの大会を開いた目的は研究材料の発掘のためであった。
 彼女はある世界の研究者……の影の存在。
 彼女の主が望む次の研究には強靭な肉体と強い精神力を持つ強者が必要だった。
 影であるフェザーがやったことを主である彼女は知らない。
 だがこれも彼女の意思のひとつということには変わりはない。
 「彼女達なら研究対象にピッタリじゃない」
 暗くブラックライトの灯りが不気味さを余計に引き立てる部屋に押し殺した高い声が木霊する。


 ―― その日の夜、選手控え用のホテル ――
 「……ねえさん」
 「分かってる……」
 今日の夕方辺りから誰かの視線は感じていたがホテルに入ってからそれは確実なものとなった。
 「……」
 「……」
 二人は目で合図をするとほぼ同時に駆けだした。
 ホテルの中、フロントには人がうよゆよといるが、それを見て反応した影が1,2,3……6人。
 「けっこう居たね」
 「ええ、でもこの程度ならどうってことないでしょ」
 「当然」
 街頭のチラつく中で、町中では戦いにくいと思い、人気のない路地裏に逃げ込む。
 「こっちだ、挟み撃ちにしろ!!」
 黒服たちの声が狭い路地裏で反射する。
 そしてあっという間に挟まれてしまった。
 「我々の監視に気付いたことはほめてやる、だがこんなところに逃げ込んだのが運のつきだ…」
 二人は慌てるでもなく、ただ冷静に、さらに言えば呆れたように黒服達を見る。
 「……あんたたち、そんな雑魚が言うようなセリフ言わないでよ? 私達の強さが半減しちゃうじゃない」
 両手をあげてやれやれとしたポーズをとる。
 それを見た黒服は怒りを露わにして一斉に突っ込んできた。
 動かないリンリンに対してゆっくり動作に移るレイレイ。
 「天雷破!」
 その発動と同時に辺りを地震の波が包み、黒服達は足を止める。
 その後どこからともなく落ちてきた鉄球が黒服達を直撃した。
 地震で動きを止めた彼らにとってこの鉄球を避けることは不可能だった。
 地震が止んだあと、残ったのは鉄球の山だけだった。
 「たわいない…」
 そのままホテルに帰ろうとするレイレイとリンリン。
 「あら、まだ帰って寝るのには早い時間じゃないかしら?」
 「!?」
 振り返ると路地の出口の白衣を着た女性が立っていた。
 「私とちょっと、遊ばない?」
 ゾクッ
 その言葉を聞いた瞬間、背筋にゾォっと何かが走った。
 「レイレイ!」
 「姉さん!」
 一瞬の意思疎通により女性と距離を置く。
 そしてリンリンの身体が光り、お札に変身する。
 そのまま吸い込まれるようにレイレイの頭に飛んでいく。
 「ねえさん、この人、危険な感じがする…」
 (ええ、だから十分注意しなさい)
 「分かってる」
 白衣の女の方は特に構えるでもなく腰に手を当ててこちらを値踏みしているようだった。
  舐めやがって…
 「アイヤァーーーー!!」
 掛け声とともに一気に間合いを詰めるレイレイ。
 それを見てようやく動き始めた女は怪しげな手袋をはめる。
  いまさらそんなことしたって……
 間合いを詰めて一撃で仕留める気だったレイレイは驚愕の表情を浮かべた。
 その女のノドもとに向けて伸ばしたかぎ爪が女の左手一本で止められてしまったのだから。
 「なぁっ…?!」
 驚く間もなくそのまま壁に放り投げられるレイレイ。
 「かっ…」
 死人の身体にいくら鞭を打ってもそれほど響かない、だが身体は平気でも精神的ダメージは身体の動きを鈍らせた。
 ましてや信じられない力の差を一瞬のうちに身体に叩きつけられたのだから。
 「でも……」
 それでも彼女は諦めない、母の魂を解放するまでは絶対に倒れない。
 そうして腕に力を入れてもう一発突っ込もうとするが…おかしい、腕に力が入らない。
 「なんで……っこれは!!?」
 みると肘の部分が壁に埋まっていた。周りにひびはなく、まるで最初からそこに生えていたかのように自然に埋まっている。
 「どう? 動けないでしょう? あなたみたいな不老不死系の人とまともにぶつかったらいくらなんでもスタミナが持たない。いかがかしら、石の牢獄は?」
 女がゆっくり近づいてくる。
  どうしよう…このままじゃあいつを倒すどころか逃げることも……
 埋まっているのは肘と…腰もか。
 動かせそうなのは首とこの爪くらい。なら、
 レイレイは自分の爪を額のお札にひっかけると血が流れるのも恐れずに一気に引っ剥がす。
 そのままお札は路地の出口の方まで飛んでいき、そこで再び人のカタチを作る。
 「レイレイ!?」
 ヒトに戻ったリンリンはレイレイの考えを悟った。
 それを知っているレイレイは一言、
 「ねえさん、母さんのこと頼んだよ…」
 「…レイレイ!!」
 「あら、いさぎいいのね。もう少し粘るかと思ったんだけど?」
 「あんたがどこの誰だろうと知ったことじゃないけどね。これでも姉妹なんだ。姉を見捨てて生きていけるほど私は化け物じゃない」
 「……いいわ…最高よ! やっぱりあなたは最高の逸材ね。いいわ、そっちの姉の方、今は見逃して上げるわ、どこにでも行きなさい」
 リンリンは女の言葉を信じていいものか、そしてこのまま妹を見捨てていいのかと思いを悩ませていた。
 しかし、レイレイの目が語る。
 (行って!!)
 妹を見捨てるわけじゃない、この世界にはまだ頼れそうな人だっていないことはないのだ。
 そう、隣の黒髪の女性なんかは故郷が似ているせいか親近感がわく。
 彼女達の協力を仰げばきっと……

 「行っちゃったわね、じゃああなたにはとどめを刺さないとね」
 「残念ね、私は並みのことじゃ死なないよ」
 「別に殺すわけじゃないわ、あなたは大事な研究材料、大事な身体ですものね」
 「研究材料?」
 疑問を質問にかえる前に自らの身体の異変を知る。
 「これは…!」
 壁に接している部分から後ろのコンクリート色の染みが自分の身体を染めていく。
 「あなたには研究所に運ぶ間その壁と同化してもらいましょうか、その方が運びやすいですし」
 女は淡々というが、レイレイには受け入れがたい現象だった。
 ある程度の拷問や痛みには耐えられると思っていた。
 でもこれはなんだ?
 自分の身体が自分じゃなくなっていくようなこの感覚。
 神経の先からだんだんと麻痺していって最後には麻痺という感覚さえも消えて行く。
 「ふざけるな!! なんだこれは!? 一体私になにをした?!」
 焦っているのが丸わかりの形相で女を見る。
 女はその表情を見てニヤリと笑うと冷酷にそして冷徹にいった。
 「あなたは壁埋めのレリーフとなってこれから研究の時間以外は美術品として飾るわ」
 レイレイの頭はもう自分のことはどうでもいい。もう助からないのならせめて逃げた姉が無事ならそれでいいと、そう思っていた。
 「……ククリ、そこにいるんでしょ?」
 女は突如誰もいない暗闇に目をやると誰かの名前を呼んだ。
 すると闇の中に赤い目がギラリと光るとその輪郭がだんだんと見えてくる。
 「ニャハハハ、バレてたか。気配は完全に消してたんだけどね」
 「あなたの趣味を知っていれば誰だって分かるわよ、こんなイベントに首を突っ込まない訳ないわ」
 「ニャハ、ご明答。それで? さっき逃げた彼女はいいの? いいなら私が貰っちゃうよ?」
 「別にいいわ、本当は二人ともが良かったのだけれど彼女一人で十分よ」
 二人の会話の間にもレイレイの浸食はすすんでいた。
 もうすでに首から上と膝下以外は完全に石となり、叩けばコンクリートのツルっとした固さが帰ってくるだろう。
 「おい、約束が違う! ねえさんは見逃してくれるって言ったじゃないか!」
 「ええ、私は見逃したわよ? でもこのククリが追う分にはその約束は意味がないじゃない」
 女の表情は勝ち誇った、そして見下した目をしている。
 「お前……最初から見逃す気なんてないじゃないか!!」
 「……うるさいわね、もういいからそこで固まってなさい」
 女が指を鳴らすと浸食が一気に進み、レイレイはそれに驚いた表情で石になってしまった。
 首はガクンとさがり、口はポカンと空いたままだった。
 「まったくあんたも気が短いね、フェザー」
 「いいのよ、こいつはもうただの研究材料、必要がなくなればすぐに捨てるモルモット、だから必要以上に関わる必要はないわ」
 「ふ〜ん、そんなもんかね、じゃあ私はさっきの彼女を貰いに行くよ? あとでよこせって言っても上げないからね」
 「どうぞご勝手に」

 はぁ、はぁ、はぁ……
 複雑に入り組んだ路地裏を必死に走る人影。
 「まったく、ここの路地は入り組んでて全く出口が掴めない…」
 こうしてる間にもレイレイがどんな目にあっているか……
 「教えてあげようか、出口?」
 ピタッ
 足が止まる。
 後ろを振り向くと紫の魔女帽に同じく紫と白の服を着た少女が立っていた。
 さっきまで何の気配も感じなかったのに…
 「まぁ出口は出口でも行きつく先は無限の生き地獄。あ、もう死んでるんだっけか。ニャハ」
 少女……といっていいのだろうか、確かに見ためは中学生くらいの感じで、ちょっと胸の成長がいいかなという感じだが…
 「お嬢ちゃん、こんなとこで夜遊びは危ないわよ…?」
 それを聞いた少女は顔を真っ赤にして反抗する。
 「お嬢さんって……これでも私は21! ちゃんとした大人なんだからね? 見ためは確かに子供っぽいかもしれないけど胸だってFあるんだから!!」
 「 うそっ!?」
 リンリンはわざとらしく目を見開いて驚く。
 この少女(やっぱり見た目は少女)からはさっきの女と同じ危険なにおいがする。
 ここはこっちのペースに乗せてそのまま……
 「なぁんて考えてるんでしょう?」
 「!?」
 さっきまでそこで赤くなっていた少女がいつのまにか私のすぐ横で笑っている。
 その笑いに邪気はなく、ただその状況を楽しんでいるかのようだった。
 「おねいさんは知恵が回りそうだからさっさとやっちゃった方がいいね」
 少女の手が私の顔に迫る。
 「とりあえず君には私のコレクションにでもなってもらおうかな? ねぇ、何がいい? お人形? 石像? それとも洋服とかかな?」
 だめだ、この子からは逃げられない…そんな気がした。
 「う〜ん、あなたは長身だしスタイルもまぁいいからマネキンにして着せ替え人形にしてあげる!」
 そして彼女が私の顔に手を乗せた瞬間、私の意識は…途絶えた…

 ふんふんふん♪
 上機嫌な鼻歌が部屋に響く。
 そしてワンピースやフリルのスカートを持って服を選ぶ少女のとなりには美しく光沢を放つ一体のマネキンが次の服を待っていた。
 この後の姉妹の運命は語る必要はないだろう・・・


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