メイドのたしなみ

作:G5


 「いやぁぁぁぁぁあああああああ!!」
 賑やかな繁華街の裏路地に木霊する悲鳴。
 コンクリートに囲まれたこの狭い路地に響く悲鳴も繁華街の有象無象の雑音に遮られ、通りを歩く人々に聞こえることはなかった。
 路地には3人の人影。
 一人は少女だろうか、白と水色のセーラー服に赤を基調とした黒っぽいスカート、鮮やかなネクタイが一際存在感を出している。
 もう二人は同じような格好をしていた。
 黒いスーツとコートを纏って、手袋にサングラスと肌をあまりさらさないその姿は、路地の暗闇に溶け込むようにその場に馴染んでいた。
 二人は壁際に少女を追い詰め、無言で詰め寄る。
 この状況で事態を把握出来ないヤツはきっと平和なことで頭がパーになっているに違いない。
 このいかにもな黒づくめたちは、見ての通りいたいけな中学生を路地裏に追い詰めていた。
 「あ、あなたたち・・・私に何をするつもりですか・・・」
 少女は路地の行き止まりで追い詰められ、壁を背に内股気味に寄り掛かる。
 虚勢を張っているのは見え見えだろう。
 そして黒服の片方がサングラスを取って素顔を見せる。
 透き通るような髪を首のあたりで束ねて、それを腰まで垂らしている。
 女性はキッと少女を見て口を開いた。
 「とぼけるのはいい加減にしてください・・・あなたの正体は分かっています。早く出てきなさい」
 女性は敵を見るような冷たい目線を少女に送る。
 「なっ、なんのことですか・・・? 襲ってきたのはあなたたちじゃないですか!?」
 少女はなんのことか分からないといった感じで不安の色を浮かべる。
 それを見てもう一人の黒服はいらだちをあらわにする。
 「まだシラをきるつもりか! その姿で・・・そんな顔すんじゃねぇぇ!!」
 黒服の男は息を荒げて飛び出そうとするが、もう一人の女性がそれを制す。
 「落ち着きなさい、彼女を傷つける気?」
 「くっ・・・」
 男の方はグッと握りこぶしに力を入れて一歩身を引く。
 「・・・・・・」
 少女は黙りこんだあとゆっくりと口を開く。
 「なんだ・・・あんたたちこの身体の関係者か・・・じゃあこれ以上は無駄のようだね」
 そして少女は内股の足をまっすぐに伸ばして制服の乱れたところを直す。
 髪をかき挙げてたたずむ少女からはさっきまでの怯えた表情は消えていた。
 「とうとう正体を現したわね・・・その身体、返してもらうわよ!」
 女性は少女に向き直り左手の手袋をはずす。
 そのまま指先を少女に向けて叫ぶ。
 「撃て!!」
 女性の指先が青白い光に包まれると、そこから光が飛び出して流線型を形作る。
 それは一瞬で先を尖らせ無数に分裂し、勢いよく少女めがけて飛んで行った。
 ザシュッ
 刃は空を切りコンクリートの壁に突き刺さる。
 「!?」
 女性は見失った対象を探して辺りを見回す。
 するとどこからともなく少女の声が響く。
 「今日は引かせてもらうわね、今あなた達とぶつかるにはこちらもリスクを考えなくちゃいけないし」
 「待て!!」
 姿を追うが気配はすでにその場から消えていた。
 「くそっ!!」
 男はイライラしてその場を蹴っては自分の不甲斐なさを嘆いた。
 女性はビルの隙間から見える星を見て悲しげにつぶやく。
 「お嬢様・・・」
 

 ここはとある場所に立つお屋敷。
 広い庭に大きな豪邸が建ち、庭の真ん中には噴水と緑あふれる薔薇庭園がより優雅さを醸し出す。
 豪邸の一角にはテラスがあり、そこには白いテーブルとパラソルがあり、そこが上品な方の指定席とでもいう様に、他の者を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。
 しかし、その椅子に座るべき主人は今ここにはいない・・・
 テラスの入り口が開き、メイドが一人ゆっくりと歩いてくる。
 「・・・お嬢様・・・」
 メイドは椅子に手を当て、空席の場所に主の面影を探す。

 
 あれは1年半年前のことだった。
 いつものようにお嬢様はこのテラスでご自分が大切に育てていた花々を眺めていた。
 私が紅茶のおかわりを取りに炊事場へ行って戻ってくるとお嬢様の姿はなくなっていた。
 もう一人のお嬢様の付き人だったシュウと共に街中を探したが見つからず、途方に暮れていたところにある情報が入った。
 「憑き神?」
 「憑き神」とは人に憑き、精神に寄生する。
 憑かれた人間を操って現世に残した未練を晴らすという。
 つまりは神と呼ばれているがただの悪霊らしい。
 「で、そいつがお嬢様に取りついたと?」
 「あぁ、その可能性が高い」
 何をバカな・・・と私が立ち去ろうとするとシュウが一枚の写真を出してきた。
 それは最近出来たばかりの新設中学の生徒の登下校の写真だった。
 そこで私が見たのは驚くべき光景だった。
 「お嬢様!?」
 そこに写っていたのはまぎれもなくお嬢様の姿だった。
 「なぜお嬢様がこんな場所に? いや、それよりもお嬢様の居場所が分かってるのならどうして連れてこないんですか!」
 「まぁ落ちつけ・・・」
 シュウは落ちついて胸元からたばこを取り出して火をつける。
 「実はその少女にはちゃんと家庭があるんだ、戸籍もある」
 「な・・・!?」
 「実は他にもいるんだ、この学校には」
 シュウが言うにはこの学校には他に行方不明になった少女達が多く通学しているという。
 「・・・それが憑き神の仕業・・・という訳ですか」
 「あぁ・・・」
 それから私達はお嬢様を監視し、隙が出来るのを待った。
 そして昨日の夜を迎えたのであった。
 
 「・・・・・・」
 シュウは今あいつの情報を集めに行ってくれている。
 私は誰も居なくなったこのテラスでただお嬢様のことを思っていた。
 「・・・お嬢様・・・」
 「呼んだかしら?」
 「!?」
 後ろから声がしてとっさに距離を取る。
 そこにはお嬢様・・・いや、奴がいた。
 「どうしてここに・・・」
 「どうしても何も、ここはもともと私の家よ。帰ってきちゃ、悪い?」
 「ふざけるな! ここはクロナお嬢様の御屋敷だ! 貴様の屋敷などではない!」
 激昂するメイドと余裕の笑みで見つめるクロナ。
 「そんなに怒らないでよ、ね、咲?」
 咲と呼ばれたメイドはとっさに左手に魔力を集中する。
 「もう逃がしません、あなたはここで倒します。そしてクロナお嬢様を助け出します!」
 咲は魔力を弓状にしてそれを構える。
 「いいの? あなたの大事なお嬢様も傷つくわよ?」
 挑発するクロナの言葉を聞いても咲はただクロナを見つめる。
 そして静かに、冷静にその右手を離した。
 放たれた矢はまっすぐクロナの元へ飛んでいく。
 矢はまた空を切り、クロナのいた場所には何もなく、標的を見失った矢はテラスの淵に突き刺さる。
 すかさず矢を構えて感覚を研ぎ澄ませる。
 「・・・・そこ!」
 咲が再び矢を撃ったのは自分の後ろのテーブルの方だった。
 「・・・くっ」
 何もいない場所からうめき声がして、空中から血が滴り落ちる。
 そしてだんだんと色が鮮明になり、クロナがその姿を見せた。
 「・・・どうして分かったの・・・」
 クロナは先ほどの矢で足を痛めたせいか足を押さえてしゃがんでいる。
 「前に会った時、貴方は私達の前から消えた。けど気配は感じられたわ。つまり貴方はあの場にいたということ。なら今回貴方が消えたらどうするか、おそらく背後からの奇襲だろうと読んだだけのこと」
 「・・・なるほど、どうやらただの人間と侮りすぎたようね・・・でも」
 クロナは不敵に笑うとじっとこちらを見つめる。
 咲は奴から目を反らすまいとそれに怯えることなくじっと睨みつける。
 だがクロナは全身の魔力を右目に込める。
 そしてその眼を見つめていた咲がその異変に気がついた時にはすでに遅かった。
 「!? 身体が・・・動かない?」
 「ふふ、魔法が使えるのがあなた達だけじゃないのよ? 私の右目は見たものの身体の動きを封じるの・・・」
 そしてクロナは右目に集中していた魔力を左目に集約する。
 咲は矢を構えて睨んだ姿勢のまま身動き一つできない。
 「そして左目の力は見たものの魂を封じる・・・」
 左の魔眼から放たれた波動とそれに飲み込まれる咲。
 「くっ・・・」
 身動きとれない咲はそれをまともに浴びる形となった。
 矢を構える指先から次第に冷たい感覚と共に灰色が浸食していく。
 魔力で出来た弓と矢はその媒体たる指輪が石へと変わることでその制御を失い、霧散する。
 「これであなたに戦う術はもうない・・・」
 咲にとって、クロナの眼を見た瞬間からこの運命から逃れることは出来なかったのだろう。
 クロナを助けるため、自分の身を捧げる思いだった咲にとって、クロナを助ける前にやられてしまうことは、全てにおいて耐えがたい屈辱だった。
 咲のしなやかな腕も、筋肉を最低限だけ残したきれいな足も、その姿を残したまま石となる。
 だが咲は最後の力を振り絞り、耳につけていたピアスに魔力を込める。
 そしてひとつの刃を作り出し、クロナに向けて放った。
 「・・・射って・・・」
 刃は一直線に飛んでいき、眼に魔力を集中していたクロナはよけきることが出来ず、刃は心臓に突き刺さった。
 「なっ!? どうして?! あなたの媒体は無効化したはず!」
 「メイドのたしなみですよ・・・このイヤリングは保険のためのもの、一回きりだけど、魔力を集約することが出来ます・・・」
 すでに顔と一部の髪を残して咲の身体は石に変わっていた。
 「そう・・・」
 クロナはつまらなそうにつぶやいた。
 「あ〜あ、この身体は意外と気にいってたのにな・・・残念。でも私は消えないわよ? 私達は無念が晴れるまではこの世を去らないのだから・・・」
 「別に貴方がどうなろうと・・・私はお嬢様が無事ならそれでいい・・・」
 「そう、じゃあ・・・・またね♡」
 クロナの身体から黒い霧が飛び立つ。
 そのまま重力に身を任せて地面に倒れるクロナ。
 それを確認すると咲は安心したようにそっと頬笑み、魂は暗闇に沈んでいった。
 
 帰って来たシュウがその光景に気がついたのはあれから1時間後のことだった。
 石になっている咲と床に倒れているお嬢様を発見し、事態が飲み込めなかったがとりあえずお嬢様をベッドへと運んだ。
 
 「・・ん・・ここは・・・?」
 「気がつかれましたか、お嬢様」
 「シュウ? 私は・・・」
 「あなたは夢を見ていたのです、長い長い夢を・・・」
 喜ばしいことのはずが、シュウの顔には笑顔がなかった。
 「ねぇ、咲は? 咲はどこにいったの?」
 「咲は・・・」
 シュウは伝えるべきか迷った。
 本当のことを伝えればこの方はきっと自分を責める。
 それは自分にとっても辛いこと・・・なら・・・
 「咲はお暇をもらいました・・・」
 「暇?」
 「えぇ、ご実家の都合だそうです・・・」
 「・・・そう」
 クロナは窓の外を眺めて、今まで自分のために尽くしてくれた大事な人のことを考えていた。
 
 咲の石像はお屋敷の地下に保管されている。
 いつの日かまた、日の下に出せることを信じて、シュウはその扉を閉じた・・・


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