バレンタインデーが幻想入り

作:G5


バレンタインデーが幻想入り

今日、それは年に一度の聖なる日……バレンタインデー。
しかし、あまりにもメジャーな行事のため、ここ、幻想郷ではあまり親しみのある行事ではなかった。
そう、この日までは……

2月11日

「フンフンフン〜♪」
一人の少女が人ごみを歩く。
「え〜と、里に降りてきたはいいけどあるかな?」
人里の商店街を歩く少女。
通称、緑の脇巫女『東風谷 早苗』が人間の里に買い物に来ていた。
「すいませ〜ん、ここにチョコって置いてますか?」
止まったのは一件の食品関係を仕入れる雑貨屋さん。いわゆるスーパーみたいな店。
「ああ、早苗さん。こんにちは。チョコね、たしか奥の方に残ってた気がするけど……あったあった。はいよ」
店の奥から小さな箱を持ってきたご主人はその中から1枚の板チョコを早苗に手渡す。
「しかし、女の子は甘いものが好きだね、そんなに食べてると太っちゃうよ?」
「大丈夫ですよ、これは私が食べるんじゃなくて、人(神だけど)にあげるんですから」
「へぇ〜、しかし一体どうして、甘いもの好きな早苗さんには珍しいね」
「だってもうすぐバレンタインデーじゃないですか」
「バレンタインデー?」
「あっ、そうか、まだ幻想入りするはずないですよね……バレンタインデーっていうのは好きな人やお世話になっている人にチョコをあげる日なんですよ」
「へ〜そうなんかい? じゃあ俺も女房に渡してみるかな」
「ふふふ、いいんじゃないですか? きっと喜びますよ?」
そんな和やかな話を影から聞いていた者……。
「ふふふ、これはいいネタになりそうですね……」
そういって飛び立つ黒い影。


2月12日
その日の朝刊、文々。新聞――

2月14日はバレンタインデー。
好きな人にチョコレートをあげる素敵な日。
あなたもこの機会にアタックしてみては?

その日、その新聞により広がった情報のせいで、チョコを置いている店ではチョコの品切れが続いた。
「「どうしよう、乗り遅れちゃったわ……」」
2人の少女が人ごみのなか呟く。

2月13日
―― 永遠亭 ――

「失礼するわね、ここにチョコは余ってない?」
そういって入って来たのは七色の魔法使い、アリス・マーガトロイド。
「残念、今お師匠様は出かけて居ないうさよ」
答えたのは因幡 てゐ。
「どうしてもチョコが欲しいのよ」
アリスの頼みに、てゐは怪しい笑みを浮かべた。
「分かったうさ、確かチョコじゃないけど奥にいいものがあった気がするうさ」
店の奥に入っていくてゐ。
しばらくして、てゐは奥から液体の入ったビンを持ってきた。
「これは一適垂らすだけで有機物だろうと無機物だろうとチョコに変える薬うさ。これを使えばチョコなんて造り放題!!」
どうどうと掲げたその薬はアリスには輝いて見えたそうな。
「そ、それでいいわ、それを頂戴」
「まいどうさ〜」
アリスは一見いつも通りだったが、その後ろ姿は上機嫌そのものだった。
「これでまたおもしろいことが起これば……ひひひ、楽しみになってきたうさ」
悪戯好きなウサギがまたひと騒動を巻き起こす。


―― 紅魔館 図書室 ――


ベッドで寝たままの少女とメイドが一人いた。
「ねぇ咲夜、あなたチョコ買いだめしてたでしょ?」
喘息気味なため、部屋から出れないパチュリー・ノーレッジは十六夜 咲夜を部屋に呼んでいた。
そして一人焦る咲夜。
「なぜそのことを?! 誰にもばれないように買ってきたはずですのに……」
パチュリーは呆れたように答える。
「あの天狗の新聞を読んだらあなたの行動なんて読めるわよ、黙っててあげるからそのチョコを分けて欲しんだけど……」
「ああ、魔理沙にあげるんですね?」
「べ、別に関係ないでしょ!! あなただってレミィにあげるんでしょう?」
「ええ、私の特別な愛情を込めた特製のチョコを」
「とにかく、大量に買い込んだんでしょうから少しくらい分けなさい!!」
「……分かりました、後でお持ちいたします」
そう言って咲夜は出て行った。
「ふぅ、ちょっと興奮しすぎたかしら、こあ、後はお願いね」
「あら、寝るのはまだ早いわよ?」
「?!」
突然の声にパチュリーは振り返る。
そこに居たのはアリスだった。
「あなた……一体どこから? こあは?」
「ふふ、正面からよ? 門番は寝ていたからね、あなたの使い魔には眠ってもらったわ」
「……で、一体なんの用?」
「ふふふ、知ってるのよ? あなたが魔理沙のこと好きだってこと?」
「!?」
「ふん、ばかばかしい。そんなこと……」
一瞬顔を避けたその瞬間をアリスは見逃さなかった。
静かにパチュリーに近づき、首筋にあの薬を垂らす。
「ひゃっ!!??」
いきなり冷たいものを首筋に感じて、声をあげるパチュリー。
「いきなり何をするのよ!!」
「ごめんなさい、でもあなたは邪魔なの。アリマリは最強よ」
首筋から茶色い染みが生地に染みわたるように広がっていく。
首が固まってもう動かせなくなっていた。
「こんなことして、一体私をどうする気……?」
「あなたをチョコにして、溶かして魔理沙にプレゼントするのよ、邪魔者は消えるし、一石二鳥よね」
「なっ!?」
一瞬驚くパチュリーだが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。
「ふふふ、あなた、なにも分かってないわ」
「な、なにがよ?」
余裕を見せていたアリスもパチュリーの怪しい笑みを見て焦りが見え始める。
「私はね、用心深いのよ。だから、私の身が滅びても“道連れ”にする魔法を自分にかけてるの」
「!? それはどういう!?」
反論しようとするが、なぜか首が動かない、触ってみると硬い感触が返ってくる。
「こ、これは!?」
「あなたがその薬を使ったってことは、永遠亭の薬でしょう? 一応あれにも反応するようにしといてよかったわ」
「そんな、私までチョコになったら……意味が……」
「残…念ね……もう私は……喋れそうにないけ……ど……あなたも終わりよ……」
パチュリーの口がチョコになり、次第に頭全部を染め上げる。
髪の毛の一本一本までチョコで出来た頭は精巧できれいに出来上がった。
次第にその小さな胸から下も染め上げられていく。
「そんな……魔…理……沙……」
アリスもパチュリーと同じ末路をたどった。
手を前に伸ばした格好で最愛の人物を思い浮かべながら。
ここにベッドで横たわったチョコのオブジェと、立ったまま悔しそうな表情のオブジェが完成した。
そしてなにも知らずに扉を開ける人影。
「パチュリー様、チョコをお持ちいたしました………あら?」
そこにはパチュリーの姿はなく、2体のチョコレートの像があった。

「まったく、用意されてるんなら最初から頼まないで下さいよ……」
咲夜は呆れながらチョコに近づく。
「でもすごいよく出来てるわね、このパチュリー様そっくりの像。こっちはアリスに似てるわね。二人で作ったのかしら? でも服を着せるなんてなんの趣向かしら?」
咲夜が見とれていると、足元にビンが転がっているのに気付いた。
「なにかしらこれ? ……いい香り……そうだ、これをあのチョコの香り付けに使いましょう」
咲夜は上機嫌になり、そのまま厨房に向かった。

2月14日

「お嬢様、今日はバレンタインデーということで、感謝の気持ちを込めてチョコレートケーキを作りました。どうぞ」
大きなパーティー用テーブル、それでもいつものように上座に座ったレミリアの前に切り分けられたケーキが置かれる。
「ありがとう、昨夜。そうね、これをあなたにあげるわ。大事に食べなさい」
そう言ってレミリアは袋に入った小さなチョコと手紙を渡した。
「お、お嬢様……ありがとうございます!」
「さっそくだけど、あなたのケーキを頂くわね」
レミリアはフォークを手に取り、ケーキの先端を切って、口に運ぶ。
「うん、おいしいわ。さすがね、咲夜……うっ?!」
いきなり胸を押さえて苦しみだすレミリア。
「お、お嬢様?! どうしましたか? お嬢様?!」
「さ……咲夜……苦しい……」
「待ってて下さい、今、永遠亭に連絡を…」
その時咲夜にとって信じられないことが起こった。
レミリアの顔がだんだんと茶色くなっていく。
最初は薄かった色も時間が経つにつれて濃くなっていく。
「さ……く……や……」
最後に咲夜の名前を呼んでレミリアは甘い香りのするチョコになった。
左手で胸を押さえ、右手を咲夜に伸ばして。
「そんな……どうしてこんな……!?」
咲夜はハッと思いつくと、ケーキを持って、門に向った。

――紅魔館 門 ――
「ちょっと美鈴、これ食べていいわよ」
「さ、咲夜さん、どうしたんですかいきなり?!」
「まぁ、あなたもいつもがんばってくれてるものね、バレンタインデーだしあげるわよ」
「ありがとうございます!!」

〜10分後〜
カチ―ン
そこにはチョコで出来た門番の像が出来ていた。
「やっぱり……これはこのチョコが原因なのね……でも変なものは何も……」
そこで咲夜は気付いた。
「そうだ、パチュリー様の部屋で見つけたビン!! あれが原因だったとしたら? ……となるとやっぱり永遠亭ね」
咲夜は急いで永遠亭に連絡して、ことの顛末を永林に伝えた。
「大丈夫よ、こっちも今てゐを問い詰めたとこだから。今から直すクスリを作って持って行くわ」
「そう、ではお願いいたします」
一通り落ち着くと、疲れがドッと来た。
ひとまず腰を落ち着かせる咲夜。
「まぁ、なんとかなりそうでよかったわ、そうだ、お嬢様から頂いたチョコを……」
一個口に入れる。
「あら、意外においしい、まるで私が作ったような……?!」
咲夜に嫌な予感が走る。
レミリアから貰った手紙を開く。

咲夜、いつもありがとう。あなたが厨房で作っていたチョコを拝借して作って見たわ。

―――咲夜は血の気が引くのを感じたが、もうすでに遅かった。
咲夜の意識がだんだん遠のく。
(これはもう永林に任せるしかないわね)
そして紅魔館にまた一体、チョコの像ができた。


―― 山の上の神社 ――
「はい、神奈子様、諏訪子様、バレンタインのチョコですよ」
「おお、早苗、いつもありがとうな」
「早苗、ありがとう!!」
元凶?の早苗はいつものとおりにバレンタインデーを過ごしていた。
「あれ? これだけですか?」
「しかたないだろ、お前フラグブレイカーなんだから……」
「何気に回避しちゃいそうだからね」

―― 白玉桜 ――
「妖夢〜」
いつものごとく従者を呼ぶ主。
「はい、幽々子さま。どうしましたか?」
「はい、これ」
そう言って手渡されたのはチョコレートだった。
「あの、これは……?」
「今日はバレンタインデーといって、感謝の気持ちを伝える日なんですって」
「そんな、幽々子様……ありがとうございます!!」
「じゃあ、来月のホワイトデーは楽しみにしているからね♡」
「え、ホワイトデー?」
「バレンタインのお返しをする日なんですって、いっぱいお菓子を頂戴ね!」
満面の笑みを浮かべて去っていく主を不安の眼差しで見送る従者であった。

―― 博麗神社 ――
「なぁ麗夢、私達主役なのに全然出てないぜ」
「あんたはいいじゃない、名前出たんだし、私なんて全然よ?」
「まぁ来月に期待だぜ!!」

ホワイトデーに続くのか?


―― 紅魔館 ――

「いや〜、まさかこんなことになるなんて思わなくて……」
いきなり呼びつけられ、叱られている天狗の少女。
「まったく、今回の原因が誰にあるかは正直分からないけど、この状況を助長したのはあなたよ?」
薬を持ってきた永林は元凶と思われる新聞記者を呼びつけていた。
「あやややや、それを言われると痛いですね〜」
頭を抱えるふりをしながら、内心(よっしゃ! 新しいネタget!!)と燃えている文だった。
「……あなた、反省してないようね……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「!?」
なにかよからぬ気配を感じた文は一目散に飛び立とうとした。が、
「甘いですよ」
それよりも早く永林の弓が文を射抜く。
「ぎゃあああああああああああ」
飛ぶ鳥落とす勢いとはこのことで、あっという間に地面に落っこちてしまった。
「フフフフフフ、あなたには罰として今日1日彼女達と同じ目にあって貰いましょうか……」
「!!? マジですか……」
その日彼女が飛んだところを見たものはいない……

天狗のチョコが出来た頃
―― 永遠亭 ――

「くそ〜、師匠め……私は悪くないのに……」
「あんたがあんな薬渡すからいけないんでしょう?」
「こうなったら……」
「ちょ、てゐ?」
縛られていたてゐの手から何かが光ると、その場からてゐの姿は消えていた。
「……あのバカ……どうなっても知らないから」
また何か起きそうである。

―― 紅魔館 ――

天狗のチョコが出来た後、永林は全てのチョコを外に運び出していた。
文は何をされたのか身体をよじらせ、にやけながらチョコになっていた。
「これで全部かしらね……」
外に出されたのは苦しそうなレミリア、おいしそうな顔をした美鈴、寝たままのパチュリー、手を伸ばしたアリス、座って諦めた咲夜、扉を開けて不意打ちくらった小悪魔、悪戯で味見して固まった三月精、その他咲夜の配ったチョコを食べた妖精メイド達……
予想以上の犠牲者にため息をつく永林。
「ハァ……これは骨が折れる……でも」
永林は背後の気配に気づき、弓を再度構える。
茂みに向かって連射する。が、
目標は素早く、なかなか当たらない。
「フフフ、無駄うさ! そんなんじゃ当たらないうさ」
「てゐ、抜け出してくるなんていい度胸じゃない、覚悟はいいかしら?」
「それはこっちのセリフうさ! これであんたもチョコになるうさ!!」
茂みからでたてゐはビンの液体を永林に浴びせようとする。
(もらった!!)
「甘いんじゃないか? てゐ?」
(!?)
ブォォォォォ〜〜〜〜ン
ピチューンッ
いきなり横からマスタースパークを食らってピチュッてしまったてゐ。
「なっ、なんで、なんであんたがここにいるうさ?!」
そう、そこにいたのは紛れもなく、霧雨 魔理沙だった。
「別に、私はアリスに今日ここに来るように言われてただけだぜ? そしたら永林が手伝ってくれって言うからここで待機してたのさ」
「ありがとう、魔理沙。さぁてゐ? 覚悟はいいわね?」
「う、う、うさぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」
一匹のウサギの断末魔が鳴り、その後にはおいしそうなチョコの香りがしていたとさ。
めでたし、めでたし……


―― 博麗神社 ――
「ちょっと、なんで魔理沙ばっかり出てるのよ? 私も出しなさいよ?」
「出たら固めるよ?」
「うっ……」
チャンチャン!


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