作:ガーネット
午前1時過ぎの山手線某駅。
他に接続路線が無いこの駅は、深夜と言う事もあって辺りは非常に寂しい雰囲気を醸している。
既に最終列車が出た後であり、ホームには乗り遅れた若いOLが3人いるだけだった。
ショートカットで活発な印象を抱く
勝田ゆう、
ロングヘアーで前髪を切りそろえた少し幼い顔立ちの 小山華、
同じくロングヘアーだが、他の2人より大人びた感じの
大宮彩野
3人は楽しい飲み会から一転して絶望的な状態に陥り、途方に暮れていた。
「これからどうしよう・・・」
最初に発言したのは、ベンチに座り寒さに身体を震わせてた華だった。
「とりあえず、近くの知り合いに電話してみるけど・・・ この時間じゃあ無理かもね・・・」
そう行って彩野は携帯を取り出し友人に電話を掛けはじめた。
ゆうも同様に友人に連絡をとっていたが、地方から越してきて友人の少ない華は2人を見守る事しか出来なかった。
・・・数分後
「だめ ケンジもみのりもみんな来れないって。 ゆうのほうは?」
「こっちもダメ のどかとかあすかとか掛けてみたけどお酒飲んでたりして迎えは無理だって」
「なごみは携帯つながらないし・・・やっぱり全滅かぁ。 こうなったらタクシーでも呼ぶ?」
「料金結構高いよね? 給料日前だからこれ以上の出費はちょっとヤバイかも」
「うーん・・・・・・」
その様子を不安げな表情で見ていた華はふと、遠くの方に動く小さな光を見つけ、2人に呼びかけた。
「ねぇ、あれって電車じゃない?」
「「え?」」
華が指差した方向を見ると、確かに暗闇の中をこちらに向かってくる光が見える。
「横の道を走る車じゃないの?」
「だよね・・・」
「でも、あそこ線路の上じゃない?」
遠くを見つめながら、正体を話し合っている間もどんどんそれは近づいてくる。
そして・・・
「やっぱり電車だよ! あれ」
百数十メートルくらいまで近づいた光は、確かに山手線の電車の物だった。
「回送電車じゃない?」
何度も現実的な発言で希望を打ち砕くゆうに華がムッとしていると、電車がホームに入ってきた。
戸袋の部分にラッピングが施された電車には室内灯がしっかりと点いており、
カーテンこそ閉められていたが先頭の何両かには人影も見えた。
走る電車からの風で髪を揺らす3人は、車内に人影が見えた事に安堵し
夜中にもかかわらずカーテンが下りている事に何の疑問も抱かなかった。
そして3人は知らなかった。
現在の山手線車両にカーテンは付いていないという事を・・・
やがて電車は停車し、ドアが開くと車内の灯りがホームを照らす。
それほど明るいわけではなかったが、3人にとっては希望の光のように見えた。
真っ暗なホームから逃げるように車内に駆け込んだ彼女達は笑顔で互いの顔を見あわせる。
「よかった〜。 これで帰れる」
だが、その表情はすぐに曇る事になる。
「あれ? 椅子が無い・・・」
乗り込んだ車内には椅子が全く取り付けられていなかった。
椅子だけではない。つり革や手すりなど、電車に必要な客室設備が一つもないのだ。
「やっぱり乗れないのかな? ねぇ・・・降りたほうがいいんじゃない?」
通常とは違う車内の様子に不安になった彩野がそう言って降りようとするが
プシュー ガタンッ
「あ・・・」
まるでタイミングを図ったかのようにドアが閉まり、電車は動き出した。
「あれ? ドア閉まるときチャイム鳴った?」
「そう言えば鳴ってないような・・・」
「もう、2人とも心配しすぎ。
前の方には人影も見えたし、大丈夫じゃない?
それに、あっちには椅子があるかも」
帰れない状況で一番不安がっていた華は、電車に乗れたことに安心しきっており
車内の様子を全く気にかけていない。
そして、人影の見えた車両へ向かって行ってしまった。
「あ、ちょっと〜」
1人で行ってしまった華の後を追って、2人も先頭へ向かって進みはじめる。
何両も通り抜けて行くが、やはり車内には何も付いていなかった。
「ねぇ、そろそろ次の駅着いてもおかしく無いんじゃない?」
「そういえばそうだよねぇ でもアナウンス無いよね?」
「どうなってるんだろう・・・」
車内だけでなく電車自体に疑問を抱いた2人は時折カーテンを開けて窓の外を見るが、灯りが電車以外に無く今どこにいるかもわからなかった。
やがて人影が見えた車両に着くと、入ってすぐのところで立ち止まっている華がいた。
「どうしたの? 他の人いた?」
と、ゆうが声をかける。
すると、
「ごめん・・・やっぱり、この電車何かおかしいみたい・・・」
と、震えた声で返事が帰ってきた。
2人は、何があるのか気になり華の肩越しから車内を覗いた。
そこにいたのは乗客ではなく何十体もの石像だった。
立ち並んだ石像達は電車の振動でゆらゆらと小さく揺れている。
「え? なにこれ? どういうこと?」
そのあまりにも奇妙な光景に彩野は思わず声を上げる。
「さっき見えた人影って・・・これだったの?」
思わぬ人影の正体に3人は戸惑いながら、並んだ石像達を見て周る。
倒れるのを防ぐ為なのか石像はすべてフィギュアに使うような丸いY字形をした接地面積の大きいスタンドに支えられていた。
車両の真ん中には
肩からバッグを提げたOL
手をつないだ若い母娘
大きな荷物を持ったミニスカートの女性
リュックを背負い、楽しそうな表情をした数人の小学生くらいの少女などの
立ったポーズをした像が並んでいる。
どれも大人はつり革に、子供など背の低い像は手すりにつかまる格好をしているが、
つり革も手すりも車内には付いて無いために宙をつかんだ状態であり、まるで集団でパントマイムをしているようである。
また、車両の両側には、
膝上にカバンを載せ本を読む三つ編みの女子高生
靴を脱いで膝立ちをしてカーテンでふさがれた窓の外を見る幼稚園児とそれに目をやる母親
座る途中なのか立つ途中なのか、腰を少しあげた女性
眠りつき、横の何も無いところにもたれるポーズをしたOLなど、
椅子に座ったポーズの像がスタンドに脚と腰を支えられて並んでいるが、椅子が無いために不自然な状態となっている。
他にも片脚を上げて靴下を直す女子高生や、
網棚の上の荷物を取ろうとしているのか、背伸びをして何もない所に腕を伸ばしたポーズの女性など、
多くは電車に乗っている時の姿をかたどっている。
だが・・・
「ひぃっ な、何よこれ・・・」
その中には恐怖の表情を浮かべた像も混じっていた。
必死に逃ようとするポーズのポニーテールの女性像
互いに抱き合った女子高生の像
子供とそれをかばうように覆いかぶさった母親の像
まるでなにかに襲われたようなポーズの像達はどれも迫力があり
また、電車内という不自然な場所にある為、かなり不気味な様子をしている。
その像達のあまりの迫力に押されてへたり込んだゆうが動けないでいると、彩野に震えた声で呼びかけられた。
「ね、ねぇ・・・ゆう・・・。 あ、あのさ・・・こ、こ、これってさぁ・・・。 なごみ・・・だよね?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
突然知り合いの名前を出され一瞬思考が停止する。
「ちょっと彩野、一体何言ってるの?」
そう言いながら彩野が指差した方向を見る。
指差したのは先ほど通った場所であった。
そこには、片方の靴が無い、もがくポーズをしたOLの石像が連結面の壁に背を当てて置かれていた。
腹部にはパイプを押し付けたような帯状の丸い凹みが付いている。
この像のすぐ横を通ったはずだが、正面に見えた石像達に気を取られて気付かなかったのだろう。
ゆうは、なごみの顔や特徴を思い出してその石像と見比べた。
2人が知っているなごみはウェーブの髪をしており、派手好きでピンクのスーツにネックレスなどのアクセサリーをいつも着けていたが、
目の前にある石像は灰色一色であり全く印象が異なっている。
また、石像の顔は恐怖で表情を歪めていた為、同じ顔かどうかもわかりにくくなっていた。
だが、よく見てみるとその石像にはネックレスやアクセサリー類がもがいた為なのか宙に浮いている状態でかたどられており
顔も確かになごみのものだった。
「本当に・・・なごみなの?」
ゆうは自分の目で確認してもまだ信じられなかった。
何故なごみの石像があるのか?
何故こんなポーズで造られたのか?
なごみはこの像の事を知っているのか?
まさか、この石像がなごみ自身なんじゃ・・・
様々な疑問が浮かぶ中、ふと非現実的なことを考えるようになる。
すると
「さっき携帯がつながらなかったのはこれが原因・・・?」
同じことを考えていた彩野がホームでのことを思い出してそう言った。
なごみのことを知らない華は、いったい2人は何をおかしな事を言っているんだろうと思いながらなごみの像に近づく。
すると、ある事に気付いた。
「ねぇ、石像造る時にこんなところまで再現出来るのかな・・・?」
その発言に、彩野とゆうも駆け寄る。
華はなごみの肩から下げられたカバンを指差すと、そこには少し開いた口からいくつもの小物が入っているのが見えた。
そのほとんどが開口部から入れる事が不可能な大きさの物であり、その中には携帯もあった。
なごみは携帯にも派手なデコレーションをしていたが、この石の携帯もそれを忠実に再現している。
唯一違うのは単色の為に地味になっている事だけだった。
その異常なまでのリアルさと再現度に3人ともなごみが石になったんじゃ・・・と思うようになったその時。
キィーーーーーーーーッ
突然電車が駅でも無い場所で停止した。
その瞬間、車内の石像達も慣性で大きく揺れたがスタンドのおかげで転倒した物はなかった。
「どうしたんだろう」
「そう言えば、乗ってから結構経つけど止まったのは初めてのような・・・」
3人はなごみの像の横の窓に近づきカーテンを上げると外を見て現在地を確認した。
だが、辺りは真っ暗で何も見えず車内の灯りが地面をわずかに照らすだけだった。
照らされた部分は窓の形をしており、彼女達となごみの像の影が映っているのが見えた。
「ここはいったいどこなんだろう」
ゆうが、窓に顔を近づけ何か見えないと探していると
ガチャッ
と、前の方から連結面のドアが開く音がした。
3人は驚いて音のした方向を見ると、石像達の間から車掌らしき男が立っているのが見えた。
「車掌さん!」
彩野は大声で呼びかけ車掌のもとへ駆け寄る。他の2人も後を追う。
「どうしました?」
車掌はまるで車内の様子は当たり前の事であり彼女達だけがおかしいと言った感じで聞き返した。
「一体この電車は何なんですか? この石像達は? なんでなごみの、知り合いの石像があ・・・・・・・・・」
彩野は今までの疑問を一気に尋ねるが、途中で突然言葉が途切れる。
「彩野?」
様子がおかしい彩野にゆうが声をかけるが、彩野は口を開けたまま微動だにしない。
そして・・・
「「キ、キャーーーッ」」
指先から、つま先から、髪の毛の先から、動かない彩野の身体がパキッと乾いた音をたて服ごと灰色に染まり始めた。
灰色の侵食はとても早く、十秒ほどで周りの石像と同じように灰色一色となってしまった。
「あ、彩野ーーっ」
ゆうは叫びながら彩野の肩をつかんで揺らすが全く反応は無く、固くなっている為に全身が一緒に揺れるだけであった。
「そ、それじゃあ・・・こ、この石像達はやっぱり・・・」
「えぇ、そうですよ。 これらは全部元は人間でした。 どうやらお知り合いがいたようですねぇ。 変わり果てた姿での再会はいかがでしたか?」
車掌は落ち着いた声で答えたが、彼女達の反応を楽しんでおりニヤッと口元がゆがんでいた。
「「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーー」」
2人はこの異常な車掌から逃げようと電車の後方へ向かって走り出した。
並んだ石像達をよけ、時にはぶつかりながら走っていると
「きゃっ」
ドサッ
華が転倒してしまう。
それは何かにつまづいたからではなかった。
「あ、脚が・・・動か・・・ない」
華の脚は前後に大きく開き、走るポーズをした状態で全く動かなくなっていた。
そして、彩野の時と同様すぐにパキッと音をたて石になってしまった。
「あれ? 全身一気にやるつもりだったんだが・・・ エネルギー切れか?」
下半身しか石化していない華に不思議な顔をした車掌は手に持っている箱形の機械を見て独り言を呟く。
予想外の事態に、車掌としてではなく素の言葉遣いが出てしまっていた。
「は、華ッ」
ゆうが声を上げ駆け寄ろうとするが
「私はいいからっ! それにあの車掌さんに異変が起きたみたい。 今なら逃げ切れるかも。」
「で、でも・・・」
「早く行って!」
「う、うん・・・」
華に強く制止され、後ろ髪引かれる思いで再び走りはじめる。
すると突然
「ゆう! あれ!あれ! なごみさんの後ろ!」
「え・・・? あ!」
華が言った場所、なごみの後ろには非常用ドアコックの文字が見えた。
「あれを使えば・・・。あ・・・」
だが、ドアコックの扉はなごみによってふさがれている。
「そんな・・・・・・・・・。 なごみ、ごめん!」
わずかに考えた後、ゆうはなごみをつかんで力を入れるとグイッと手前側に引っ張る。
ゆうの手を離れたなごみはゴトンッと大きな音をたてて倒れるが幸いどこも壊れた様子は無かった。
「これで、外に・・・!」
さえぎる物がなくなったドアコックの扉を勢いよく開けるが・・・
「え? ウソ・・・ 何で?」
扉の中には小さな空間があるだけでドアコックも何も入ってはいなかったのだ。
希望を断たれたゆうは呆然と立ち尽くすしかなかった。
「そんな・・・・・・」
後ろでその様子を見ていた華も大きく落胆していると、横を通り過ぎる影に気付いた。
「!!!! ゆう! 逃げて!」
「え? きゃっ」
華の声に後ろを振り返ろうとすると、突然誰かに腰を抱きかかえられた。
「まったく・・・
知り合いなのにそんなに雑に扱うなんて、ひどいお嬢さんですね。
残念ですけど、車内にドアコックなんて物は付いてないですよ。
石像しか乗せないこの電車には必要無いですからね。」
抱きかかえたのは先ほどの車掌だった。相変わらず口元がゆがんでいる。
「イ、イヤッ! 離して!」
ゆうは車掌の腕から逃れようと必死にもがくが非常に強い力で抱きつかれており全く抜け出すことが出来ない。
やがて、車掌は抱きかかえたゆうをわずかに持ち上げ車両の中央を向く。
向きを変える途中、ゆうの足が横に転がるなごみにコツンと当たり、もがいている為に脱げ掛けていたハイヒールがなごみの上に落ちた。
「あ・・・」
ゆうはなごみの腹部に帯状の凹みがあった事を思い出した。
この凹みは今のゆうと同様抱きかかえられて付いた物だったのだ。
『きっと、なごみも同じように・・・』
今の状況がなごみの石化時と同じだと考えたゆうはなごみの像が自分の末路のように見え、大きく取り乱す。
「イヤーッ た、助けてっ! 石になんてなりたくない!」
「残念ながら、機械が動かないので石には出来ないですよ。」
「え?」
ゆうは華が脚だけ石化した時に車掌が機械を見て不思議がっていたのを思い出す。
『もしかしたら助かるかも。』
石に出来ないと聞いたゆうは淡い期待を抱いてしまうが、その期待はすぐに打ち消されることになる。
「代わりに別の物にしましょう。知り合いを倒してまで外に出たがった貴女にちょうど良い物がありますよ。」
車掌はそう言うとゆうをわずかに持ち上げたまま、車両のドアと窓の間、戸袋部分に移動する。
「な、なにするの?」
「貴女を外に出してあげるんですよ。」
「な、なに言って・・・ここはドアじゃ・・・」
そう言い終わる前に、車掌は抱きかかえていたゆうを離し、壁に押さえつけはじめた。
「や、やめっ・・・」
ゆうは壁に手を当て必死に離れようとするが、強い力が掛けられており離れることが出来ない。
やがて・・・
「ウ、ウソっ こ、こんなことが・・・」
押さえつけられていたゆうの身体がだんだんと壁に沈みはじめた。
頭から沈みはじめ、胴体、腰、お尻と順番に沈んで行く。
最後まで残った脚がバタバタとしていたがそれも沈んで行き、ゆうの姿は完全に見えなくなってしまった。
この様子を見た華は完全におびえきっており、生身で残った身体を震わせていた。
石化した脚も一緒に揺れており、床に当たっている左のつま先がカタカタと音をたてている。
「ゆ、ゆう・・・。 一体なにをしたの・・・?」
「彼女の望みどおり、外に出してあげたんですよ。 電車のラッピングとしてね。 今頃は真っ平らになって張り付いていると思いますよ。
あぁ、それと、駅でこの電車の他のラッピングが見えたと思いますけどあれも元は人間ですので。」
車掌が言う通り先程の戸袋部分の壁の外側には、新しいラッピングとしてゆうが張り付いていた。
壁から逃れようとした腕、片方の靴が脱げた足、信じられないといった表情など沈む直前の姿を留めて平面になっていた。
そして、3人が一瞬見たラッピングもよく見れば、
ツインテールの女子中学生
黒タイツの若い女性
トートバッグを提げた目元に泣きぼくろのある女性など、
皆恐怖でゆがんだ表情をした女性達であった。
「さて、最後は貴女ですね。 今から運転室に戻って機械を充電するので待っていて下さい。」
そう呼びかけた車掌は、先頭車両へ向かって行った。
下半身が石になった状態ではあまり動けないと考えたのか非常にのんびりとしている。
『今のうちに・・・』
独り残された華は出来るだけ車掌から離れようと、電車の後へ向かって這って進む。
だが、脚が動かない上に非常に不安定な状態で固定されている為になかなか前に進まない。
接地している左のつま先が石像のスタンドに引っかかって進まなくなったり、
上がっている右脚の重さで横に転倒し、必死で体勢を立て直すことも何度もあった。
それでもなんとか転がったなごみの横、連結面のドアの手前まで進むことが出来た。
「あとちょっとで次の車両に・・・」
車両が変わったところで逃げられるわけでは無いが、華は石像が無い車両に行ければなにか変わるかもしれないという気がしていた。
だが・・・
「おや、私が離れてる間にここまで進むとは。 頑張りましたねぇ。」
「ひっっ!」
隣の車両に移る前に車掌が戻ってきてしまった。
必死で逃げようとするが、慌てているせいで手が床をすべり全く進まない。
「いやっ! いやっ! 進んでよー!」
一向に進まない為、這うのをやめて右腕を前に伸ばしはじめる。
何度も腕を伸ばしては正面のドアに触れようとするが、あとちょっとのところで届かず宙をつかむだけだった。
「あとちょっと、あとちょっとなのに!」
その様子を車掌は楽しそうに眺めていたが、やがて箱形の機械を取り出すと華に向けて構えた。
「それでは、終わりにしましょうか。」
車掌は華に向けて非情の言葉を放つと、機械を作動させた。
「い、いやっ 助け・・・」
華は最後に今まで以上に大きな声を上げるが、途中で途切れてしまう。
右腕を正面のドア、向こうの車両に向けて伸ばし、口を大きく開け恐怖でゆがんだ表情をしたまま動かない。
やがて指先や先に石化した部分との境目から灰色に染まって行き一体の完全な石像と化した。
「ふぅ 終わった終わった〜 今回もなかなか楽しかったな。他の電車で固めて持って来るのもいいが、これからはここで襲うのをメインにするか。」
車内に生きた人間がいなくなり、車掌は言葉遣いを素に戻す。
そして、華の横に転がるなごみからゆうのハイヒールを退かすと、起こしてスタンドに立てかけ、ドアコックの扉をふさいだ状態にした。
「まさか、知り合いとわかってて倒すとは・・・。 まぁいいや、これからもドアコックに気付いた娘に倒される役よろしくね〜」
そう行って車掌はなごみのおでこを指ではじくと、華の方に目をやる。
「さて、この娘はどうやって置こう・・・」
半分ずつ石化させた事で、1体の像に走るポーズの下半身と、床に這ったポーズの上半身と言う2つのポーズが出来た事に車掌は悩んでいた。
試しに華を起こしてみると下半身は自然な状態になったが、顔や腕は上を向き、床に面していたお腹や胸は平面になっていた。
「これはこれでおもしろいが・・・。うーん・・・。先に向こうの娘にスタンドを付けるか。」
すぐには華の置き方は浮かばず一旦横に倒すと、彩野に使う立ちポーズ用のスタンドを取りに離れる。
しばらくして、スタンドを持って戻ると車両端の空いたスペースに設置する。
「あの娘はここで良いな。」
そう言って車掌は彩野のもとへ向かうと彩野の腰に腕を回して、持ち上げずに少し倒し、ヒールを引きずった状態で移動させた。
そして、彩野の脚にスタンドの丸いY字部分を引っ掛けて設置する。
「これでよし。後はさっきの娘だが、どうするか・・・。まぁいいさ、まだ数時間はいられるしゆっくり考えるとしよう。」
車掌は華に近寄り、再び起こすとしばらく考えて横に倒した。
その後も、何度も何度も起こしては倒して・・・を繰り返す。
この様子は外に照らされた灯りにも映っており、
ラッピングと化したゆうにもし意識が残っているなら、友人を何時間も弄られる様子を目をそらすことも出来ずに見続けていたことだろう。
結局、華の設置方法は夜明け前になってようやく決まり、立てて飾る事になった。
「横に置くと場所を取るし、胸が潰れたままなのもおもしろいし、これで良いかな。 おっと、もうこんな時間か、そろそろ出ないとな。」
そう言うと、先頭の運転室へ向かう。
車掌は運転士の服に着替えると運転席に座り、前方の信号が青なのを確認すると
「荷9999M、出発進行」
と指差喚呼し、マスコンを手前に倒して発車させた。
正規の列車では無いため列車番号など付いていないのだが、気分の問題なのだろう。
先ほどの車両では、石となった女性達が振動でゆらゆらと揺れ動いている。
今日新しく加わった彩野と華も、他の石像と一緒に揺れていた。
1人別の姿となったゆうは電車の側面で冷たい風を受けながら、平らな身体に塵やゴミを少しずつ付着させていった。
今はピカピカで一箇所だけ浮いているが、汚れて、他のラッピング化女性達のように馴染むのも時間の問題だろう。
女性のラッピングを身に纏った電車は、地面に車内の灯りとまったく動かない人影を映しながら真っ暗な空間を走り抜けて行く。
そして、テールランプの赤い光だけを残して暗闇の中に消えていった。
その行き先は運転している男しか知らない。