Blood File.1 BLOOD

作:幻影


BLOOD
ヴァンパイアの中でも最も能力の高いとされている
自分の血を媒体にすることで様々な力を自在に操ることができる
瞳の色が昼間は紅く夜は青くなるという特徴も持っている

「ねぇ、またキャンドルマスターが現れたんだって!」
 放課後の下校時、いちごがマリアたちに活気に話しかけてきた。
 天宮いちご。
 ふわりとしたブラウンの髪を肩まで伸ばした元気な16歳の女子高生である。
 彼女と、ポニーテールの金髪をした元気あふれる白石あかり、ショートヘアと男勝りな性格をした紺野なる、ピンクの長髪をしたおしとやかな椎名マリアは仲のいい親友同士である。
 今、1週間で十数人もの被害者を出している変質事件が起きていた。
 被害者はいずれも全身を蝋に覆われた状態で発見されている。数人は何とか一命を取り留めたが、ほとんどが蝋によって皮膚呼吸さえもままならなくなり、窒息死している。
 犯人の手がかりになるものはほとんどなく、警察は困難を極めていた。その犯行から、人々は犯人をキャンドルマスターと呼ぶようになった。
 人一倍正義感があり、ときどき探偵を気取ることもあるいちごは、あかりたちにその事件を持ちかけた。
「警官も何人かやらてたんだって!全くあなどれないわ!」
「いちご、あんまり事件に首突っ込むのやめたら?」
 なるが呆れたように息を漏らす。
「そうかな?私は好奇心あっていいと思うよ。」
 横からあかりが割り込む。
「やっぱりやめたほうがいいと思います。深追いして、犯人に出くわして被害にあったら・・」
 マリアが心配の声を出すが、いちごとあかりは聞いていない様子だった。
「はぁ・・あいつらは1度決め込んだら言うこと聞かないからなぁ・・」
 なるは顔に手を当てて呆れ果てていた。

「ようし!こうなったら、私がキャンドルマスターを目撃しちゃうんだから!」
 あかりたちと別れた後、いちごは街の裏路地にやって来ていた。
 キャンドルマスターは、毎回人気のない場所で犯行を繰り返していた。
「まぁ、万が一危なくなったら、即座に逃げればいいだけの話だし。」
「やめたほうがいいよ。」
 突然かけられた声にいちごは振り返った。サングラスをかけた蒼髪の青年が彼女を見つめていた。
「誰、あなた?」
「人に名前を聞くなら、まず自分から名乗るべきだと思うけどな。」
 青年のこの態度にいちごは憤慨する。
「私は天宮いちごよ。」
「オレは保志ワタルだ。」
「ところで、どういうこと?やめたほうがいいって・・」
「言ったとおりさ。この事件は君には余ることだ。手をひくんだ。」
「何を言っているの!?見たところ警察でも警官でもなさそうなのに、勝手なことを言わないでほしいわ!」
 いちごは声を荒げる。彼女の言うとおり、ワタルは私服警官にしても相応しくないような、最近の若者がよく着ている服装であった。
 いちごは苛立ってそのままその場を立ち去ろうとする。
「ダメだ!行くな!」
 ワタルがそんな彼女の肩を掴んで止めようとする。しかし彼女はその手を振り払い、歩き出していった。
 払われた手を押さえて、ワタルは呆然と消えゆくいちごの姿を見つめていた。
「ダメだ・・もう同じ思いをするのはたくさんだ。」

 いちごは次の事件現場となると思われる街の裏路地に入っていた。
 彼女は幼い時に、キャンドルマスターと同類とされている魔物の類、ディアスに両親を殺されていた。
 以来彼女は親戚に引き取られ、高校進学を期に1人暮らしをしたのである。これは親戚にこれ以上の迷惑をかけられないと感じたためと、自分を強くあろうと考えたためだった。
 そのため、ディアスに対する怒りを心の奥底に秘めていた。
「私が、事件の真相を暴いてやるわ。」
 いちごが事件に対して意気込みを見せる。特に護身用となるようなことはやっていないのだが。
 やがて日が落ち、夜の闇が街を包み始めた。
「さぁ、どこにいるのかな〜?」
 いちごが好奇心おう盛に辺りを見回す。数人の警官の監視をかいくぐりながら移動していく。
 そして、いくつかの角を曲がったとき、
「お嬢さん?」
 突然かけられた声に、いちごはびくりと反応する。恐る恐る彼女が振り返ると、警備している警官とは思えない青年が笑みを浮かべていた。
「あ、あ、あの・・・」
 完全に動揺してしまい、いちごは落ち着かなくなっていた。
「ここは危ないよ。早く帰りなさい。」
「す、すいません・・・」
「さもないと、襲われちゃうよ。」
「えっ?」
 何を言っているのか分からず、いちごがきょとんとなる。すると青年は不気味な哄笑を上げながら、体の形を変えていく。
「な、何っ!?」
 その変化にいちごは驚愕する。
 青年は蜘蛛のような不気味な怪人に姿を変えたのだった。
「街の人は私のことをキャンドルマスターと言っているそうだな。被害者は全て蝋に包まれて死傷しているからな。」
 怪人キャンドルマスターが不気味な声を出し、さらに口から白い粉のようなものをいちごに吹きかけてきた。
「わっ!」
 いちごは慌ててそれをかわすが、その拍子で足をつまづいて転ぶ。そこにキャンドルマスターの粉が降りかかる。
 いちごはゆっくりと立ち上がる。しかし、粉に吹き付けられて白くなった体が、固まったように言うことを聞かない。
「か、体が動かない。それに息苦しい。これってまさか・・!?」
 いちごがふらつきながらキャンドルマスターに視線を送る。
「その通り。これは蝋の粉。私はこれを吹き付けて人々を苦しめてきた。固まって蝋人形になっていく人間の恐怖。そして悶え苦しみながら上げる断末魔の叫び。それらが私を、ディアスとしての私の心を心地よくする。」
 キャンドルマスターが不気味な哄笑を上げる中、蝋の粉をかけられ白くなっていくいちごが小さく声を漏らす。
「そうだ。わめけ、苦しめ。だんだん死んでいくのだ。」
 体のほとんどに蝋が降り注ぎ、いちごはもはや声を出すこともできなくなっていた。そして彼女は真っ白な蝋人形となって、その場に立ち尽くす形をなった。
 その姿を、キャンドルマスターが悠然と眺める
「また心地よい体感を感じた。さて、すぐに新しい獲物を探さないとな。」
 そのとき、キラリと光るものをキャンドルマスターの視線が捉えた。その直後、数本の光刃が飛んできた。
 キャンドルマスターは後退してそれをかわす。光刃は小さく紅いもので、蝋人形にされたいちごの体にも突き刺さった。
 するといちごを取り巻く蝋の皮が剥がれて粉々になった。
「何っ!?」
 キャンドルマスターは驚愕の声を上げて辺りを見回す。蝋から解放されたいちごは脱力してその場に座り込んだ。
 そして路地の闇の中から、人影が現れた。人影はやがて星の光に照らされてその姿を明瞭にする。
「お前は・・?」
「あ、あなたは・・」
 いちごとキャンドルマスターがその人物に視線を送る。夜にはあまり相応しくないサングラスをかけた青年、保志ワタルだった。
「やっぱりこうなると思ってたよ。だからやめろって言ったんだ。」
 ワタルが呆然となっているいちごを見下ろす。
「何だ、お前は!?あの刃がお前の仕業なら、人間ではないな!」
 キャンドルマスターが声を荒げる。紅い光刃は地面に突き刺さったあと、音もなく消えていた。
「そうだな。オレはどっちかっていうと、人間ではなくお前と同じディアスに属するだろうな。」
「お前が私の同士!?ならばなぜ私の邪魔をする!?」
「イヤなんだよ。オレの心が惹かれた人が死ぬのはな。」
 そう言ってワタルはサングラスを外した。すると彼の眼は、夜の闇に溶け込むような青色だった。
「お、お前は・・ブラッド!?」
 それに対してキャンドルマスターが驚愕する。
「そう。オレはあらゆる力を操ることができるヴァンパイア、ブラッドだ。」
「ヴァ、ヴァンパイア・・吸血鬼・・!?」
 いちごは彼の言葉に唖然となる。血に飢えた悪魔、吸血鬼が自分の眼に前に現れたのだ。
「ブラッドであるお前がなぜ人間をかばう!?獲物を横取りするつもりなら、容赦はしないぞ!」
 キャンドルマスターが腕と爪を大きく広げる。ワタルは右手を上げてキャンドルマスターを見据える。
「オレは人間は襲わない。オレと同じ辛い思いをする人を作りたくないだけだ!」
 ワタルの右手から紅い光刃が出現する。先程の小さい刃ではなく剣として具現化されている。
 ブラッドは自らの血を媒体にすることで、ありとあらゆる力を使うことができる。ワタルはその力で紅い剣を作り出したのだった。
「見下げ果てたブラッドだな。人間のために力を使うとは。まぁいい。お前も蝋で固めてやる!人間の力を超越したブラッドならば、その苦痛もそれ以上だ!」
 不気味な咆哮を張り上げ、キャンドルマスターは口から蝋の霧をワタルに向けて吹き出した。ワタルは高く跳び上がりかわすが、キャンドルマスターは追い撃ちをかけてきた。
 後方に飛びのいてかわそうとするが、足に蝋の粉が降りかかり、ワタルの動きを止めた。
「ぐっ!」
 足を取られて動きを封じられたワタルがうめき声を上げる。
 その姿を悠然と見つめて、キャンドルマスターが哄笑を上げる。
「フハハハハ・・これで身動きは取れなくなった!さぁ、じっくりと楽しませてもらうぞ。苦痛にわめくお前の叫びを。」
 そう言ってキャンドルマスターはさらに蝋の霧を吹きかけてきた。
 ワタルは手に持った紅い剣を構え、霧を見据える。
「そんなんじゃ、オレは捕まえられないぞ!」
 ワタルは剣を勢いよく振り上げた。その風圧と摩擦が強力な熱気を生み出し、蝋の霧を焼き払いながら吹き飛ばした。
 膨張された空気によって、ワタルの足を取り巻いていた蝋が溶けて霧散した。
「バカな!?私の蝋はどんな炎や熱にも耐えられる!打ち崩せるはずなど・・!」
 キャンドルマスターが驚愕の声を上げる。剣を下ろし、ワタルが鋭い視線を向ける。
「オレの剣には炎の力が込められている。だが今オレは、振り抜いた剣の風圧で蝋を切り裂いたんだ。」
「な、なんということ・・これが、ブラッドの力・・」
「オレを、ブラッドを甘く見たお前の負けだ。」
 ワタルは跳躍し、素早い動きでキャンドルマスターの懐に飛び込んだ。キャンドルマスターが反応するよりも速く、ワタルはその頭部に剣を突き立てた。
「グアアァァーーー!!!」
 激痛にかん高い悲鳴を上げるキャンドルマスター。剣を取り巻く炎の力がその体を焼き尽くす。
 剣を下ろしたワタルの前で、キャンドルマスターが燃えて灰になる。
 彼が剣を消して振り返ると、座り込んでいたいちごが言葉を出せず、呆然とその出来事を見つめていた。
「大丈夫だったか?」
「えっ?・・うん・・」
 近寄ってきたワタルに声をかけられ、いちごがはっとして小さくうなずく。
「これで分かっただろう。ヤツもオレも魔物の類、ディアスなんだ。」
「ディアス・・・?」
「だから、君はあまり関わらないほうがいい。ディアスが関与している事件にも、オレにも。」
 背を向けたワタルに、いちごは立ち上がって声を大きくした。
「どうして!?私は人が苦しむのを見たくないのよ!私みたいな思いをする人を、これ以上出てほしくない。」
 悲痛に顔をそむけるいちご。ワタルは振り返りもせずに、
「君に何があったか知らないけど、やっぱりやめたほうがいい。オレはブラッド、血に飢えたヴァンパイアなんだ。これ以上オレに関われば、君は真っ当な生活を送れなくなる。下手をしたら、死ぬことだってあるんだ。」
「私は・・私は・・・」
 ワタルはサングラスをかけ、そのまま立ち去っていった。いちごは涙を流して立ち尽くすことしかできなかった。

「はぁ、あの子のためとはいえ、ひどいことを言っちまったなぁ・・」
 事件現場から少し離れた公園の広場で、ワタルはため息をついていた。間違っていないことだと思いながらも、後ろめたい気持ちを拭い去ることができないでいた。
 そのとき、品のない音が響く。ワタルの腹の虫が鳴ったのだ。
「そういえばハラ減ってたんだよなぁ。バイト探さないとなぁ。けど、こんな体質だし、眼の色で気味悪がる人も少なくないしなぁ・・・」
 ブラッドであるワタルはその体質と能力ゆえに、行える仕事が限られている。そのため彼の所持金はあまり多くない。
「やっぱりお金に困ってたのね。」
 突然の声にワタルが振り返る。そこにはいちごが笑顔を向けていた。
「君、なんで・・」
「実は私、ヴァンパイアに憧れてたころがあったのよ。恋焦がれた相手がヴァンパイアで、血を吸ってもらうことで愛を交わす。今じゃバカバカしいと思うわ。おとぎ話でもこんな展開はありえないもんね。」
 いちごが気さくな口調で話す。
「ちゃんとバイトできる方法を1つだけ知ってるよ。よかったらどう?」
「そんなもん、あるわけないだろ?」
 いちごの提案にワタルが呆れる。
「助けてくれたお礼も兼ねて、今夜は私の家に泊まっていったら?それとも、自分の力だけで稼いでみる?」
 いちごに言いとがめられて、ワタルは言葉が出なくなってしまう。
 人との関わりを持つのはその人に不幸をもたらしてしまうと感じていたのだが、懐の乏しさを考えると背に腹を代えている場合ではなかった。
「決まりね。さぁ、そうと決まったら早く帰りましょ。」
「お、お、おい、ちょっと・・」
 ワタルの抗議を聞かずに、いちごは彼の腕を引っ張り出した。しかし、彼は悪い気分はしていなかった。
 呪われた体を持つ自分にここまで入れ込んでくれることに、ワタルは安心感を覚えていた。
(オレはいつしか人を信じられなくなっていたのかもな。たまには信じてみるのも悪くないな。)
 胸中でそう呟き、ワタルはいちごに引っ張られながら、彼女のまかないに招かれることとなった。

つづく


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