作:幻影
「そんな・・あかりが、ディアスだなんて・・」
ダークムーンの語った真実に、ワタルもいちごも愕然とした。
「バカな・・そんなバカなことが・・!!」
苛立つワタルを、ダークムーンがあざ笑う。
「でもこれが事実さ。彼女は人間の女と、人間に成りすましたディアスの男との間に生まれた最強のディアスさ。」
「ウソよっ!!」
いちごがかつてない憤りに叫ぶ。
「あかりがどうしてディアスなの!?私の友達を利用してまで、ワタルを倒したいっていうの!?」
その言葉に、ダークムーンは高らかと哄笑を上げた。
「勘違いしないでほしい。彼女は最初からディアスなんだよ。ただ、その力が眠っていただけの話さ。私はそれを呼び起こしただけだよ。」
ダークムーンが氷の剣、ブリザードの切っ先をワタルに向けた。
「さぁ、私も胸の内にある恨みを晴らさないとね。」
ワタルといちごは、あまりに衝撃的な真実に言葉がでなかった。
あかりが開けた部屋のドアの先には、家の大きさからはとても考えられないほどの空間が広がっていた。
中は果てのない空の風景で塗りつぶされており、天井も床も一面空だった。
その空間には、衣服を一切身に付けていない裸の女性の石像が並べられていた。いずれも脱力したように棒立ちをしていて、表情は虚ろだった。
「な、何なんだよ、この部屋は!?」
あまりに異様な光景に、なるが驚愕し混乱する。あかりが振り返り、なるに笑顔を向ける。
「いいでしょう、この部屋。鳥になった気分になるでしょ?」
自慢げに語るあかりを、なるは不審に感じ始めていた。
「あかり、いったいどうしたんだよ!?ここにある石像は・・!?」
困惑するなるに、あかりは石像の1つに近づき、石の肌に手を当てた。
「実はここにいるのは、元々は全員人間なの。あたしがこの人たちの力を奪って、裸のオブジェに変えちゃったわけ。」
「何を言ってるんだよ・・!?」
満面の笑みを浮かべながら語るあかりの威圧するような言葉に、なるはさらに恐怖を覚える。
「おかげで私の力は、とってもすごくなったの。それでも、まだ足りない気がするの。」
魅了するように妖しく笑うあかりに完全に怯え、なるはきびすを返して部屋から出ようとする。
その瞬間、あかりの眼が不気味に光ると、部屋のドアがバタンと音を立てて閉じた。
「あ、開かない・・!」
ドアノブに手をかけてドアを開けようとするが、ドアは全く開く気配がしない。
あかりが妖しい笑顔のまま、慌てるなるにゆっくりと近づいていく。なるはドアから離れ、逃げるようにあかりから遠ざかろうとする。
そして空に塗り潰されている壁に追い込まれるなる。恐怖で顔を歪める彼女に、あかりはさらに近づいていく。
そしてついに、あかりの腕がなるの体を捕らえる。
「あ、あかり、どういうことだよ!?説明してよ!」
怯えながらも必死に声を振り絞るなるに、あかりが笑顔で答える。
「ねぇ、なる、あたしたち、友達だよね?」
あかりが恐怖で引きつるなるの頬を優しく撫でていく。なるはあかりの言葉の意味が理解できなかった。
「あたし、まだ力がいるの。だからなるも力を貸してくれないかな?」
「おい、あかり・・!!」
怯えるなるの胸の辺りに右手を添えるあかり。
「なる、大好きだよ。」
あかりの手からまばゆい光が放たれた。顔が恐怖で満ちていたなるがその光に包まれて放心するような気分に陥る。
部屋を照らすように輝いた光が、やがてあかりの右手に収束されて吸い込まれていく。なるの顔から恐怖が消えて呆然になり、脱力して棒立ちになる。
「あ、あれ?力が入らない・・それに、何で怖がってたのか、分からない・・」
なるが無表情で小さく呟く。その様子をあかりが妖しく見つめる。
「力だけじゃなく、怖さとかも奪って力に変えたからね。今のなるはかなり気が楽になったはずだよ。」
あかりの言葉通り、なるは何を見つめているのか分からないような虚ろな表情をしていた。
ピキッ ピキッ ピキッ
パーカーが引き裂かれ、自分の胸が灰色に染まり、固く冷たくひび割れていることにも気にも留めていない様子だった。
「いちご、先に行け!ダークムーンはオレが相手する!」
ダークムーンを見据えたまま、ワタルがいちごに指示を送るが、彼女は困惑してその場を動かない。
「でも、ワタルは・・」
「能力はわずかにヤツのほうが上だけど、今は手負いの動物と同じだ!絶対に負けない!それに、あかりちゃんを止められるのは、君だけなんだぞ、いちご!」
ワタルに言いとがめられ、いちごは真剣な表情で振り返る。
「オレも後から追いかける!あかりちゃんを頼んだぞ!」
「分かったわ、ワタル。無事でいてね!」
そう言っていちごは走り去り、ワタルはその姿を見送って、ダークムーンに視線を戻す。ダークムーンは憮然とした態度でワタルを見据えていた。
「私も見くびられたものだな。でも、こんな状態じゃ、そう考えるのが当然だね。」
ブリザードを構えるダークムーンと、紅い剣を構えるワタル。
「おそらくこんな状態では、私は君に勝つことはできない。けど、君といちごを引き離せたのは好都合だよ。」
「それはどういうことだ!?」
「いちごもブラッド。最強のディアスがブラッドの力を得たとしたら、彼女はこの世界に敵はいなくなる。完全無比の存在として完成するんだよ。」
「いちごは簡単に負けるようなヤツじゃない。たとえ相手が親友でも、決して諦めたりしない。オレはそう信じてる!」
言い放ったワタルが剣を振り上げ、ダークムーンに飛びかかった。振り下ろされた紅い剣を、ダークムーンのブリザードが応戦する。
力を込めるワタルと剣を交えながら、ダークムーンが話を続ける。
「信じるか。その心の強さには敬服するよ。けど、最強のディアス相手にはそれが命取りとなる。なぜかは君も分かってるはずだよ。」
ワタルの剣を打ち払い、ダークムーンが攻撃に転ずる。
「ブラッドの力は使う人の心理状態と深く密接している。だからいちごは、その力を最強のディアスにぶつけることはできない!」
その言葉にワタルは驚愕する。その油断を捉えられ、ブリザードがワタルの左肩を貫いた。
なるは無表情であかりを見つめていた。
あかりに力を吸い取られ、胸が白みがかった灰色の石に変わっていた。
あかりがなるの石の胸に手を当てた。
「なるもけっこう胸大きいんだね。あたし、なかなか成長していないようだね。」
なるの胸を撫で回しながら、自分の胸に視線を向けるあかり。
「あ・・ぁぁ・・あかり・・・」
なるが小さくあえぎ声を漏らす。石化した体は感覚が鈍っていたが、自分の胸を触られている様子を眼に入れたことによって、快感が伝わってきていた。
「強気な女の子って、綺麗な体してるのが多いんだよねぇ。あたしももうちょっとガツンと言ったほうがいいのかなぁ?」
あかりの独り言にも、快楽に溺れたなるは答えない。
しばらく胸を撫でた後、あかりは手を離した。
「さて、下はどうなってるのかな?ちょっと見させてね、なる。」
パキッ ピキッ
あかりの言葉の直後、なるのはいていたスカートが破れ、尻と秘所がさらけ出される。なるは赤面しながらも、虚ろな表情を変えないでいた。
「いいなぁ。これならアイドルでも頑張れるよ。」
所々にヒビの入ったなるの体に、あかりは頬をすり合わせた。なるにさらなる快感が込み上げ、息が荒くなってきた。
紅い剣を左手に持ち替え、ワタルは右手で血みどろになった左肩を押さえてうずくまっていた。血塗られたブリザードを下ろして、ダークムーンが見下ろす。
「私が君に勝てないと言ったことを撤回しなくちゃいけないようだね。まさか君がこんな油断を見せるなんてね。これじゃ最強のディアスを相手にする前に、私に倒されてしまうじゃないか。」
ダークムーンがワタルの前まで近づき、ブリザードを振り上げた。
「遠近感が取れない私でも、こんな傷を負った君の息の根を止めることなんて簡単だよ。そして最強のディアスがいちごの力を奪って、それで終わりさ。」
ダークムーンがブリザードを振り下ろした。しかし、その刀身は何もない地面を叩いただけだった。
「何っ!?」
ダークムーンが驚愕の声を上げた。満身創痍のワタルがダークムーンの懐に飛び込み、紅い剣で腹部を貫いていた。
遠近感の乏しさと、勝ったつもりでいた思い込みが、ワタルに対する警戒心を鈍らせたのである。
「お前も油断したな!けど、命取りになったのは、お前のほうだったようだな!」
ワタルがうめくようにダークムーンに言い放つ。肩の痛みに耐えながら、必死に紅い剣を握りしめる。
必死に笑みを浮かべながら、ダークムーンがワタルを見下ろす。
「そのようだね。けど、私に勝っても君たちの絶望は終わらない。むしろ本当の恐怖はここから始まるんだ。君もいちごも、彼女には勝てない。彼女こそ、本当の、や・・み・・・」
腹部に刺さった紅い剣から炎が上がり、ダークムーンの体を焼いていく。
高らかと哄笑を上げながら、紅い炎とともに消えていくダークムーン。その様を物悲しげに見つめるワタル。
ブラッドとして新たな命を吹き込まれた2人の男。その1人が消え、長きに渡った因果に終止符が打たれたのだった。
(オレは血塗られた破壊衝動に囚われたりはしない。オレはカオスサンではなく、1人の人間、保志ワタルとして生き続ける。これまでも、そしてこれからも。あかりちゃんは必ず救い出してみせる。オレといちごの力で。)
胸中で決意を固め、ワタルはあかりの家を目指して歩き出した。ワタルは彼女の家の場所を知らなかったが、いちごの気配を探りながら足を進めていく。
「ぐっ・・」
傷ついた左肩に激痛が走り、ワタルが顔を歪める。しかし、いちごとあかりを助けたいと思う彼の強い意志が、満身創痍の体に鞭を入れる。
体を引きずりながら、ワタルは必死にいちごたちを追いかけた。
「あかり!」
いちごは無我夢中であかりの家に駆け込み、見慣れない部屋のドアを発見した。ドアノブに手をかけたが、全く開かない。
「お願い!開いて!」
いちごは握るドアノブにブラッドとしての力を込めた。するとドアノブから紫がかった光があふれてきた。
光はいちごの力を受けて、霧のように霧散して消失した。そしていちごがドアノブをひねると、ドアは勢いよく開け放たれた。
「あかり!」
いちごは部屋の中の異様な光景に言葉を失った。
天井から床まで果てしない空で満たされ、裸の女性の石像が虚ろな表情で何体も立ち尽くしていた。
その片隅で、いちごはあかりとなるの姿を確認した。
なるは衣服を全て剥がされ、体は灰色の石に変わっていた。そんな彼女の体を、あかりが優しく抱き寄せていた。
「なる・・・!?」
いちごはこの状況に驚愕する。明らかになるを石化させていたのはあかりだった。
「いちご、来てくれたんだ。」
あかりがいちごの存在に気付き、笑顔を見せる。いちごはどうしたらいいのか分からなくなり、言葉が返せない。
「あたしたち、ずっと友達だよね?あたしはそう思ってるよ。」
あかりがなるから手を離し、困惑するいちごに視線を向ける。
「だから、あたしに力を貸してね。ワタルさんを、やっつけるためにね。」
あかりの笑みが徐々に妖しくなる。なるが呆然と2人を見つめる中、いちごは困惑を隠しきれないでいた。
「いちご・・・」
なるから漏れてくる小さな声に、いちごは我に返った。
「なる!」
いちごは駆け寄り、恐る恐るなるの石に体に手をかける。
「なる・・なんてこと・・」
石の両肩を掴むいちごの手に力が入る。石化したなるの体はすでに感覚が鈍っていた。
虚ろな表情のまま、なるが語りかけてきた。
「いちご、あたし、どうなっているの?辛いことがみんな吹き飛んじゃったみたいだよ・・肩の荷が下りたみたいに・・」
「なる、しっかりして!」
涙ながらに呼びかけるいちご。なるは物悲しげに小さな笑みを浮かべていた。
「なる、大丈夫だから!私が元に戻すから!あかりを助けてみせるから!」
涙が流れる顔に必死に笑みを作るいちご。
パキッ
そして首元で止まっていたなるの石化が再び進行し始めた。
「もう、いいよ・・あたしもいちごも、もうムリしなくても・・いいん・・だ・・・よ・・・」
ピキッ パキッ
笑みを作ったまま唇が石と化し、涙の流れる頬にもヒビが入る。
フッ
やがて瞳からも命の輝きが消え、なるも全裸の石像に変わった。
「なる・・なる・・・!」
悲痛に顔を歪めながら、いちごはうつむいて歯を食いしばる。その姿を、あかりが妖しい笑みを浮かべながら見つめていた。