Blood File.15 2人のカオス

作:幻影


「なる、マリア!」
 親友に呼びかけながら、いちごはワタルとともに静まり返った町を駆けていた。
 1件の家の中で見た、固められて動かなくなっていた女子中学生。抱えていた不安がさらに強まった。
「あっ!なる!」
 いちごたちはついに、なるとマリアの姿を発見した。しかし彼女たちは、眼前の男と対峙していた。
 長い白髪を1つに束ねて、紫色の瞳をした長身の男だった。
 男は悠然とした態度で彼女を見据えていた。
「待て!」
 ワタルは男に呼び止めの言葉を放った。男の視線がなるたちからワタルといちごに向けられる。
「お前たちはブラッドだな。ということは、あの子たちはお前たちの友達か。」
 男の憮然とした態度を見据えながら、ワタルが力を右手に集中させる。
 そのとき、男が右手を戸惑っているなるたちに向ける。
「な、何を・・!?」
 いちごが呼びかけた直後、男の右手からまばゆいばかりの光が放たれる。その光に、お互いを守ろうとかばい合うなるとマリアをのみ込んだ。
「なる、マリア!」
 声を荒げて飛び出そうとするいちご。
 やがて光が治まると、なるとマリアは真っ白になって動かなくなっていた。
 固められた彼女たちを見つめて、男が不気味な笑いを浮かべる。
「このひと時がまた心地よい。」
 ワタルの脳裏に家の中にいた女子中学生の姿がよみがえった。
 真っ白になって硬直した少女。なるとマリアも同じように固まって動かなくなっていた。
「貴様、なるとマリアさんに何をしたんだ!?」
 ワタルの荒げた声に、男は悠然と答える。
「フッフッフッ。時間を止めただけだよ。」
「何だとっ!?」
「私がディアスであることは分かっているはずだよね。その力であの子たちとこの町のほとんどの人たちはあのように止めてやったんだよ。」
 男が自分の力に優越感を感じている。
「人の最高の美とは、時の流れの一瞬一瞬にあると思っているんだ。だから人の時を止めて、その一瞬を永遠のものにしているんだ。君もすばらしいとは思わないか?」
「ふざけるな!人を何だと思ってるんだ!」
 怒号を上げながら、ワタルは紅い剣を出現させた。
「紅い剣・・そうか、君が保志ワタルか。かつてはカオスサンと呼ばれていたこともあったね。」
「カオス・・」
 その単語にワタルは思いつめる。
 かつて彼が倒したブラッド、ダークムーンとともに、ディアスの神ディアボロスにブラッドとして新たな命と力を与えられた彼は、同時に混沌の太陽、カオスサンの名も与えられた。しかし人として生きることを心に決めた彼はその名を捨て、保志ワタルとして今まで生きてきたのである。
「実に奇遇だよ。私の名もカオス。カオス・ブリーズだよ。」
 カオス・ブリーズと名乗ったその男は、ワタルたちに悠然とした態度を示す。
「君の噂は聞いているよ。ブラッドでありながら同士を裏切り、人として生きている愚かな存在だってね。同じカオスの名を持つ者として恥ずかしいよ。」
「オレはカオスの名を捨てた。オレは、保志ワタルだ!」
「カオスの名を捨てただって?それなら早くこの世から消えてくれ。」
 そう言ってブリーズがワタルに右手を伸ばした。
「せめて私の手で葬ってやろう。この世にカオスの名を持つ者は1人で十分だ!」
 ブリーズの右手からまばゆい閃光が放たれる。しかしワタルといちごは跳躍してそれをかわす。
 ブリーズを挟むような形で着地するワタルといちご。2人の手にはそれぞれ紅い剣が握られていた。
「今ここで、ブラッドがディアスの頂点から引きずり下ろされる瞬間が訪れるのだ。」
 ブリーズが両手を広げて、迎え撃つ体勢を整えていた。
「ワタル、ここは私に任せて、あゆみちゃんのところに行って!」
 突然いちごがワタルに呼びかけ、彼は少し驚いた様子を見せる。
「私だってブラッド。私にもワタルの力があるわ。それに、自分の中にあるこの力で、切り抜けてみたいの。」
 ワタルは少し戸惑ったが、しばらく沈黙した後に再び口を開いた。
「分かった。だけど、絶対に死なないでくれ。」
 ワタルの必死の願いに、いちごは笑みを浮かべて頷いた。
「そうはさせないよ!」
 ブリーズが構えて立ち去ろうとするワタルに狙いを定める。そこにいちごが割り込み立ちはだかる。
「私が相手よ!」
 いちごが剣の切っ先をブリーズに向ける。
「君が私を相手にして何ができるというんだ?時間を止められ、私の心を満たすことしか、君にできることはないよ。」
 ブリーズは悠然とした態度を崩さない。しかし、いちごの真剣な眼差しも揺るがない。
「私はワタルに血を吸われてブラッドになった。だから私の中にも、あなたの言うカオスの血が流れているのよ。私と、私の中にあるワタルの力で、あなたを倒す!」
 いちごが剣を構え、ブリーズを見据える。
「たとえ君がカオスの名を受け継いでいたとしても関係ない。言っただろ。この世にカオスは1人で十分だと。この、カオス・ブリーズがね。」
 ブリーズが再び時間を止める閃光を、いちごに向けて放った。いちごはこれもかわして、ブリーズに剣を振り下ろした。しかしブリーズが刀身を手で掴んで押さえる。
 いちごが押し切ろうと力を込める。カオスを賭けた戦いは、均衡した局面したものとなっていた。

 気配を察知しながらあゆみの自宅を発見したワタルは、そこで驚愕を覚える。
 彼がそこで見たのは、幼さの残る少女が一糸まとわぬ姿で、背後からあゆみをおさえて首筋に鋭いはを入れていたのである。
「あ、あゆみちゃん・・」
 ワタルは困惑しながら悟った。あゆみを襲っている少女、いずみが吸血鬼であることを。
「あゆみちゃん!」
 声を荒げてワタルが飛び出した。突き出された紅い剣がいずみ目がけて飛び込むが、彼女はあゆみから離れてそれをかわす。
「あゆみちゃん、あゆみちゃん!」
 ワタルが崩れ落ちるあゆみを支える。
「あ・・ぁぁ・・・」
 あゆみは快楽に浸っているかのようにうなだれている。
「体が、変化していく・・」
 ワタルは顔を歪めた。
 いずみに血を吸われたことで吸血鬼として体が変化して、あゆみはその衝動であえぎ声を漏らしていたのである。
「アンタもブラッドなんだ。まさかこんなところで会えるなんて思わなかったよ。私以外のブラッドにね。」
 妖しい笑みを浮かべるいずみの体が、金属質に変わっていく。
「ブラッドなのか。しかし、自分の体を変化させる力は、相当の血を消費するはず。体の変化で血を生み出していても、今度は体そのものに負担がかかるはずだ。」
 ワタルは疑問をこぼした。
 ブラッドの力は、相当の血を代償にして発動される。蘇生術や自分の体を変化させるなどの強大な効果には、かなりの血を消費することになる。
 しかし、いずみはかなりの力を使用していても、その反動が全く感じられなかった。
「おかしいと思うのもムリないよね。私もこう考えるまでは苦労したわ。」
 いずみは金属質の右手を広げ、手のひらを上に向けた。手のひらが盛り上がり、人の形を成していった。
「まさか・・!?」
 驚愕するワタルに、いずみが妖しい哄笑を上げる。
「そうだよ。人を取り込んで血に変えてのよ。血となる人たちを取り込んで蓄えれば、長くこの力を使うことも不可能じゃなくなる。」
「それじゃ、突然空で姿を消したあの飛行機は・・!?」
「私が飛行機ごと取り込んだのよ。血の蓄えと、お姉ちゃんに復讐するために。お姉ちゃんは逃がしちゃったけど、友達や先生がいなくなっちゃったと考えたら復讐はできたと言ってもいいね。」
 彼女の言葉と態度に、ワタルが憤怒する。
「貴様、人間を何だと思ってるんだ!」
「お姉ちゃんたちへの復讐のためなら、私は何だってする。邪魔をするっていうんなら、アンタも私が倒す!」
 いずみの体が粘土のように形を変え、ワタルに迫っていく。ワタルは身構え、手に握られた紅い剣でいずみをなぐ。
 しかし剣が金属質のいずみの体に接触した瞬間に折れ、刀身が床に刺さる。
(なんという強度だ。斬り込んでは倒せない。それに、自分の体をここまで変形させているんじゃ、心臓や頭がどこにあるのか。)
 再び人の形をとったいずみに、ワタルは振り返って胸中で毒づく。
「私の体に武器は通じないよ。」
「何ともないのか!?これだけ体の形を変えて、脳や心臓に何の異常も起きないのか!?」
 悠然と笑ういずみに、ワタルは問いかけた。
「教えてあげるわ。今の私の脳と心臓は1つとなって、核として存在している。しかもその核は私の思いのままに、私の体を移動できるのよ。」
「バカな・・そんなことが!」
「人を私の血として取り込んでいるおかげね。これだけ完璧な私に、誰も勝つことはできないのよ。」
 いずみの振り上げた右手が伸び、ワタルの腹部を捉えて指が体にめり込む。痛烈な衝撃に吐血するワタル。そのまま戸棚に叩きつけられ、その反動で食器や皿が床に落ちて割れる。
(なんて早く重い力だ。ブラッドでもこれほどの力は出せない。人を代償にしているためか!)
 うなだれるワタルが毒づく。いずみが近づいてその姿を見下ろす。
「案外弱かったんだね、アンタ。もしかして私が強すぎたせいかも。」
 いずみが笑いながら、右手を鋭い刃に変形させた。
「この手は突き刺さった相手の血を一滴残らずに吸い取るのよ。同じブラッドの血を吸えば、私はさらに強くなることができるわ。」
 手刀の切っ先をうめくワタルに向けるいずみ。その刀身を、ワタルはうっすらと眼を開けて見つめる。
(このままじゃ、みんなこいつに食い潰される。みんなこいつの力に利用され、ブラッドにされたあゆみちゃんがさらに悲しみ苦しむことになる。いちごも、みんな・・)
 ワタルの中に、みんなを守りたいという強い意志が込みあがる。
「それだけは、絶対にさせない!」
 奮い立つような咆哮が上がると同時に、ワタルの体がまばゆいばかりに輝き始めた。
「キャッ!何なの!?」
 あまりの眩しさに眼を閉じかけるいずみ。いきり立ってワタル目がけて手刀を振り下ろした。
「キャアッ!!」
 光と刃が交わった瞬間、その刀身が砕け散り、いずみが激痛に叫ぶ。
 右手を押さえて顔を歪める彼女の眼の前で、光が徐々に治まっていく。
 その中に現れたのは紛れもなくワタルだった。その髪の色は真っ白になり、体から純白のオーラが立ち込めていた。

 いちごの振り払った紅い剣が、ブリーズの左肩をないだ。うめき声を漏らして、ブリーズが後退して間合いをとる。
「バカな!ブラッドとしての力を持っているとはいえ、元は人間!私の、時を凍らせる力が通じないなど!」
 苛立ちに顔を歪めるブリーズ。剣を少し下ろしたいちごが彼に鋭い視線を送る。
「言ったでしょ。私にもワタルの血が流れてるって。ブラッドの力は心の強さ。人を自分の道具としか思わないあなたに、私は倒せないわ!」
 剣を構えて切っ先をブリーズに向けるいちご。すでに息が上がっているブリーズに対し、彼女はほとんど息が乱れていない。
「おのれ!この私が、負けるわけがない!」
 ブリーズが突然、真っ白になったなるたちに右手を向け、力を集中させ始めた。
「な、何を!?」
「これから放とうとしているのは時間凍結の光ではないよ。生身の人間が無防備でこれを受ければ、確実に生きてはいられない。」
 ブリーズの言葉にいちごの構えが乱れる。下手に動けば、ブリーズの力がなるたちを確実に絶命させるだろう。
「時間を止められたものには何の抵抗もできない。そうなれば始末するなど簡単なことだ。」
 そう言ってブリーズが、狙いを定めていた右手をいちごのいる方向に向けた。しかし、そこにいちごの姿がない。
 周囲に視線を巡らせるブリーズの懐に、いちごが飛び込んできていた。
「あなたには、私もなるたちも手にかけられない!」
 いちごの振り上げた剣が、ブリーズの体を真っ二つにした。
「ギャァァーーー!!!」
 絶叫を上げるブリーズから鮮血が飛び散り、いちごにも降りかかり紅くぬらす。
「ブラッド・・これほどとは・・」
 小さな呟きを残して、ブリーズは仰向けに倒れて絶命した。血まみれになったいちごが剣を地面に突き刺し、その死骸を見下ろす。
「私も、自分の力に驚くことがあるの。でも、どんな力でも、しっかりと受け止めることが心の強さだと思うわ。」
 顔にかかった血を拭いながら呟くいちご。
 彼女が振り返ると、真っ白に固められていたなるとマリアが元の色を取り戻した。
「アレ?あたしたち・・?」
「どうしていたのですか?」
 なるとマリアが、何が起こったのか分からずに辺りを見回す。すると、紅い血にまみれたいちごの姿を発見する。
「いちご!」
「いちごさん、どうかしたのですか!?」
「何でもないよ。倒したときに出た血を浴びただけだよ。」
 血相を変えて駆け寄ってきた2人を、いちごは笑顔を作って迎える。
「ところで、ワタルさんは?」
 マリアに言われて、いちごが思い出したように振り返る。
「そうだ!ワタルはあゆみちゃんのところに向かったんだ!」
 いちごが慌てて駆け出し、なるとマリアもその後に続く。
 そのとき、向かおうとした方向、遠くのほうでまばゆい光の柱が立ち上った。
「何っ!?」
 その光を目撃して、いちごたちの足が止まる。
「何ですか、あの光は!?」
 なるとマリアが困惑する中、いちごがその光を鮮明に捉えていた。
「ワタル・・」
「えっ!?」
 いちごの呟きになるたちが振り向く。
「あの光から、ワタルの力を感じる。すごい・・今までこんな力を感じたのは初めてだよ。」
 魅入られているいちごの肩を、なるが優しく叩く。
「行こう!」
 いちごはなるに頷き、止めていた足を再び走らせた。

つづく


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