Blood File.24 決して揺るがないもの

作:幻影


 家族も友達も死んで、どうにかなりそうだった。いつ自分の心が砕けちゃうか不安だった。
 そんなとき、私は1人の少女に出会った。
 霧原めぐみ。私と同じように、両親をディアスに殺されてひとりぼっちになっていた。
 私はめぐみちゃんを妹のように想った。私はブラッドであり、血はつながっていなくても、同じ境遇に立たされた人間としてそばにいたかった。
 だから、めぐみちゃんの願いには極力聞いてあげたいと思った。
 あの子に寂しい顔をさせたくない。でないと私自身も辛くなって、今度こそどうにかなりそうで怖かった。
 普段はめぐみちゃんが私に甘えていたように見えてるけど、ホントは私のほうがめぐみちゃんに甘えてたみたいだった。
 私はあの子を心のより所にしていた。あの子と接していることで、私は自分の弱さを心の奥に隠してきた。
 今が辛いから、今よりも幸せでありたい。誰でも思っていることを、私は誰よりも強く思っていたんだ。

 めぐみの力が生み出したロープに拘束され、動きを封じられるワタルといちご。呆然とした表情のままのあゆみを抱き寄せながら、その姿を見つめるめぐみ。
「私とあゆみお姉ちゃん、ずっと一緒にいたい気持ちは、私もお姉ちゃんも一緒なんだよ。ワタルお兄ちゃんもいちごお姉ちゃんも、一緒にいたいって気持ちは同じなんだよね?」
 めぐみは左手を自分の胸にあて、悲痛な面持ちで語り始める。彼女が言ったこととワタルといちごの気持ちに違いはなかった。
 しかし、ワタルたちの願う幸せとめぐみの願う幸せは、わずかな違いが生じていた。みんなの気持ちを尊重したいと願って作られていく幸せと、憎しみを束縛して得ようとする幸せ。その違いが、この心の戦いを引き起こしてしまったのである。
「あゆみちゃん、聞こえるか!?」
 ワタルが縛られる苦しみに耐えながら、あゆみに声をかける。
「あゆみちゃんは今、何を思っているのだ!?めぐみちゃんが言ったように、めぐみちゃんと一緒にいられるなら、君はどうなってもいいって言うのか!?」
 ワタルの悲痛の叫び。しかし、眼の焦点の定まっていないあゆみには届いた様子が見られない。
「そうだよ、あゆみちゃん!」
 ワタルに続いて、いちごもあゆみに呼びかける。
「あゆみちゃんがめぐみちゃんに、ホントは何をしたいのか、よく考えてみて!このままでいいのか、それとも今のこの状況を何とかしたいのか、答えを出して!」
「もう答えは出てるよ。あゆみちゃんは私と・・」
「オレたちはあゆみちゃんに聞いてるんだ!めぐみちゃんは黙っててくれ!」
 めぐみの言葉をワタルの罵声がさえぎる。ワタルは再び視線をあゆみに戻した。
「あゆみちゃん、君はめぐみちゃんに何をしたいのか、オレたちにその気持ちを教えてくれ!」
「私たちにできることだったら、力になってあげるから!」
「眼を覚ましてくれ、あゆみちゃん!」
「あゆみちゃん!」
 力の限り叫ぶワタルといちご。その想いを声にして、あゆみに必死に呼びかける。
 そして何度か呼びかけたそのとき、あゆみの瞳がわずかに揺らいだ瞬間をワタルは見逃さなかった。
「あっ!あゆみちゃん!」
「えっ!?」
 そのわずかな動きに、めぐみが振り向いて動揺する。
「あゆみお姉ちゃん!?どうして!?」
 めぐみはあゆみのこの行動が信じられなかった。
 自分とずっとそばにいたいと彼女が思い込んでいたあゆみの思いが揺らいだと感じたからだった。
「聞いてくれ、あゆみちゃん!オレたちの言葉を、自分自身の心の声を!」
 あゆみを呼び起こすため、ワタルはさらに声を張り上げる。
「私の・・心の声・・・」
 ワタルの声が届き、あゆみはもうろうとした意識の中、小さく繰り返した。その呟きを、ワタルといちごは聞き逃さなかった。
「そうだ!自分の心の声を聞くんだ!そして、君がホントはめぐみちゃんに何をしてあげたいのか、思い出すんだ!」
「いい加減にして!」
 めぐみが苛立ち、締め付けるロープがさらに締まり、ワタルといちごはその激痛にあえぎ声を漏らす。
「私とあゆみお姉ちゃんの邪魔をするなら、ワタルお兄ちゃんといちごお姉ちゃんでも許さない!」
「あ、あゆみちゃん・・・うぅ・・・」
 苦しみ悶えながらも、あゆみに声をかけるいちご。
 どうしてもあゆみを助けたい。忌まわしい戒めから彼女を解き放ちたい。ワタルといちごの気持ちは、決して揺るがないものになっていた。

「私の・・心・・・」
 薄らいでいる意識の中で、あゆみは眼を開いた。その先には、もうひとりの自分の姿があった。
 幼さの残る昔の自分と、一糸まとわぬ姿の今の自分。幼いあゆみが、無表情のまま口を開いた。
「私はあなた。あなたの心にある記憶が形となったあなた自身よ。」
「私、自身・・・!?」
 もうひとりの自分の姿に戸惑うあゆみ。もうひとりのあゆみはさらに話を続ける。
「私はあなたの辛さや悲しみを知ってるわ。そしてあなたがめぐみちゃんを強く想ってることも知ってる。私はあなたなんだから当たり前だけどね。」
 もうひとりのあゆみが、あゆみの裸の肌に寄り添う。その行為にあゆみが動揺する。
「大丈夫だよ。私はあなたに、自分の心の声を聞かせてあげたいの。」
「私の・・?」
「そう。あなたはディアスの神のディアボロスの力を持っためぐみちゃんに石にされ、心まで彼女に囚われている。彼女と一緒にいたいだけなら、それであなたの望みは叶えられているけど、それだと生きながら死んでいるのと同じ。彼女の操り人形と変わらないよ。」
「じゃ、私はどうしたらいいの!?生きるためにめぐみちゃんのそばを離れたら、めぎゅみちゃんが悲しむ!そんなの、そんなの私には・・」
 悲しみに顔を歪め、あゆみは大粒の涙をこぼして、もうひとりのあゆみにすがり付いて泣きじゃくる。
「それは違うよ。」
「えっ?」
 もうひとりのあゆみの笑みを浮かべながらの言葉に、あゆみがきょとんとなる。
「めぐみちゃんと一緒にいることは、あなたが石にされなくても、死ななくてもできることでしょ。」
「・・生きてても、できること・・・」
「そうだよ。めぐみちゃんと一緒にいることは、あなたが生きていてもできることでしょ。それに・・」
「それに・・?」
「あなたが家族や友達のことを想ってるなら、精一杯生きないと。天国にいるみんなも、あなたが笑顔で生きていく姿を見守ってるんだからね。」
 もうひとりの自分の笑顔を見て、あゆみは自分の胸を見下ろす。
 自分の命と魂、心は、もう自分ひとりだけのものではない。家族や親友、たくさんのすばらしい人たちに支えられて、今の自分がある。
「みんなが、私を想ってくれている・・」
「だから、今度はあなたが自分を信じる番だよ。」
 あゆみを抱き寄せたもうひとりのあゆみがまばゆいばかりに輝き、あゆみの中に溶け込んでいく。
「そうだよ。私はめぐみちゃんを守りたい。めぐみちゃんのそばにいたい。生きて、一緒に生きていきたい!」
 もうひとりの自分が入り込んだあゆみの体も、彼女の決意を表すかのように光り始めた。

「これって・・!?」
 あゆみの決意は、驚きの声を上げるめぐみのいる彼女の心の世界にも現れ始めていた。
 彼女に抱かれていたあゆみの精神体が光り、ワタルたちのいるこの空間を照らしていたのだ。
「あゆみちゃん!」
 あゆみの異変に声を荒げるワタル。その直後、ワタルといちごを縛っていたロープが、閃光に照らされて砂のように消失した。裸の肌に圧力をかけていた拘束が解け、思わず安堵の吐息を漏らす2人。
「ロープが消えた。あゆみちゃんの力で・・」
「それもあるが、めぐみちゃんの動揺がロープを消したんだと思う。」
 いちごの呟きにワタルは答え、いちごがその言葉に振り向く。
「えっ!?めぐみちゃん自身が!?」
「ああ。ブラッドの力は、使う人の心理状態に大きく影響される。あゆみちゃんの異変が、めぐみちゃんの心を激しく揺さぶっているんだ。」
「それじゃ・・」
「そうだ。あゆみちゃんは、Sブラッドの力を発揮したんだ!」
 いちごが満面の笑みを浮かべ、ワタルも勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「さぁ、脱出だ!この光に巻き込まれたら、オレたちも無事じゃすまないぞ!」
「うんっ!」
 あゆみの進化を見届け、ワタルといちごは心の空間を脱出していった。
「ダメッ!ダメだよ、あゆみお姉ちゃん!このまま力を使ったら、私とお姉ちゃんは・・!」
 ひどく困惑するめぐみをも飲み込み、心の世界は広がる光に包まれた。

 あゆみの心の世界から脱出し、自分たちの石の体に戻ってきたワタルといちごは、Sブラッドの力を発動し、時を操る力で自分の時間をわずかにさかのぼり、めぐみがかけた石化を解いた。ヒビの入った石の体にさらなる亀裂が生じ、石の殻が剥がれ落ちて生身の肌が現れる。
「すごい・・強くイメージしただけで石化が解けちゃった。」
「これがSブラッドの力だ。自分の肉体時間を、石化が始まる直前にまでさかのぼらせて、始めから石化がなかったことにしたというわけだ。」
 自分の力に感嘆するいちごに、ワタルがSブラッドの力を解説する。
 2人は、同じくSブラッドの力を覚醒させたあゆみに視線を向ける。光り輝く彼女に寄り添っていためぐみが吹き飛ばされ、背中の翼が散りばめられて羽が揺らめいて床に落ちる。
 決意を固めたあゆみは、めぐみの拘束を完全にはねのけたのである。
 やがて光が治まったその場所には、髪の色が真っ白になったあゆみが立っていた。めぐみにかけられた石化は解かれ、裸の体には淡い光が取り巻いていた。
 体勢を立て直しためぐみが、困惑の色を消さないまま、あゆみに声をかけた。
「お姉ちゃん、どうしたの!?まさか私のことが嫌いになったの!?」
 悲痛の叫びを上げるめぐみ。あゆみはめぐみに向ける真剣な眼差しを崩さない。
「めぐみちゃんが嫌いになったわけじゃない。私もめぐみちゃんと一緒にいたい気持ちは、絶対に変わらない。だけど、私は生きる。めぐみちゃんと一緒に生きていきたい!」
 あゆみの覇気とともに、彼女の体から旋風が巻き起こる。一糸まとわぬ彼女の背中から、めぐみと同じ白い翼が広がった。
「これは・・天使・・・」
 あゆみの神々しさに、いちごが感嘆の呟きを漏らす。その言葉通り、悪魔の力を放つ2人の天使が対峙していた。
「ダメだよ!あゆみお姉ちゃん、また辛い思いをすることになるんだよ!そしたら私も・・」
「辛いのはみんな一緒だよ。だけど、それに逃げて、誰かに甘えることのほうが、ホントの弱さだと思うの。だから、私はその辛さに立ち向かう。そして、ホントの笑顔が見せられるように強くなる!」
「お姉ちゃん!」
 めぐみは力を振り絞って、ディアボロスの力をあゆみに向けて発動した。激しい閃光があゆみに飛んでいくが、あゆみを覆うSブラッドの力によって、彼女に接触する直前で弾かれて消滅した。
 絶対に受け付けないことのないディアボロスの力が通用しない。自信を持っていためぐみの心は、その衝動に打ちひしがれた。
「効かない・・・私の、ディアボロスの力が・・」
 激しく動揺するめぐみ。その姿を、あゆみは物悲しく見つめていた。
「こうなったら、もう1度石にして・・!」
 めぐみは石化のイメージをあゆみに送り込んだ。
  ピキッ パキッ
 心乱れためぐみのかけた石化は狙いが定まらず、あゆみの手足と体をまだらに石に変えた。
 自らの体が石に変わっていく様にも動揺せず、あゆみも意識を集中した。時間の流れを操るSブラッドの力が、あゆみにかかっためぐみの石化を解いた。
「そんな・・・石にもできないなんて・・・」
 めぐみの動揺は混乱にまで発展していた。眼から涙をこぼしながら、あゆみはめぐみに歩み始めた。
 全く力が及ばない彼女に、めぐみは怯えて体を震わせていた。
「すごい・・・あゆみちゃん、すごいよ・・」
「彼女のSブラッドの力にもよるけど、めぐみちゃんがひどく動揺しているせいもある。いくらディアボロスの力でも、狙いが定まらなければ・・」
 形勢の逆転したその状況を見つめて、ワタルは呟く。
 ブラッドの力は、使う者の心理状態に大きく影響される。その者の心が乱れれば、その力も急激に弱まってしまう。ディアスの神であるディアボロスの力も例外ではない。
 めぐみの心はひどく乱れてしまい、Sブラッドの力を覚醒させたあゆみにその力を及ぼすことができなくなっていた。
 怯えて後退していくめぐみだが、ついに部屋の壁に追い詰められる。
「やめて・・来ないで・・・」
 めぐみはいつしかあゆみを、あゆみの持つ巨大な力を恐れ始めていた。そんな彼女にあゆみは詰め寄り、震える体を抱き寄せる。
「あゆみお姉ちゃん・・!」
 あゆみに抱かれて嫌がるめぐみ。しかしあゆみはその抱擁をやめない。
「私はめぐみちゃんと一緒にいたい。生きて、みんなと生きて幸せになりたい。」
 背中の翼が下がっためぐみが、戸惑いながらもあゆみの顔を見つめる。
「これが、私の絶対に譲れない願いだよ・・」
 あゆみの満面の笑顔に、めぐみの心は打たれた。2人の白い翼が散らばり、無数の羽根が部屋中を舞い飛び交う。
 めぐみに宿ったディアボロスの力は完全に消失した。それによって、石化されていたなるとマリアの体が元に戻った。
「なる、マリア!」
 ワタルのもとを離れ、石化の拘束から解放されて脱力した2人にいちごは駆け寄った。
「なる、マリア、大丈夫!?」
「い、いちご、あたしなら大丈夫だ。」
「めぐみちゃんにかけられた石化が解けたみたいですね。」
 いちごに介抱されて、なるとマリアが安堵の吐息を漏らす。2人の無事を確認したワタルは、視線を再びあゆみとめぐみに戻す。
 めぐみはあゆみにすがり付いて、優しい腕に抱かれていた。
「戻ってきたんだね・・めぐみちゃん・・・」
「お姉ちゃん・・あゆみお姉ちゃん・・・私・・・」
 泣きじゃくるめぐみをしっかりと受け止めるあゆみ。その姿は、まるで本物の姉妹のようにも見えた。

つづく


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