Blood -Chrono Heaven- File.1 仮面舞踏会

作:幻影


BLOOD
自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼
その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在

「な、何なの、コレ!?」
 自分の姿を見て驚愕するしずく。彼女の着ているシャツは半壊し、さらけ出された肌が灰色じみた白色に変わっていた。
 その肌を撫でるように触れる1人の青年、健人(けんと)。固く冷たくなった彼女の体を撫で回して、不気味な笑みを浮かべる。
「君は今、オレの力を受けて石になってるんだよ。オレの石化を受けた君は、もうオレの思うがままだよ。」
「ちょっと、健人!どうしちゃったの!?どうしてこんなことを・・・!?」
 石化していく自分に動揺しながら、しずくが健人に呼びかける。健人は笑みを消さないまま、
「君を導くためだよ。辛いことや悲しいことを服と一緒にみんな脱ぎ去って、きれいに楽でいられるようにと。永遠にね。」
  ピキッ ピキッ
 石化の進行によってスカートが引き裂かれ、しずくの下腹部がさらけ出される。これで彼女は一糸まとわぬ姿にされたことになった。
「つ、冷たい・・・体から力が抜けてくみたい・・・」
 顔を赤らめてあえぎ声を漏らすしずく。その姿を見て、健人の笑みがさらに強まる。
「どうだい?楽になっていくだろ?そう、何も怖がることはないよ。オレが君に安らぎを与えてあげるから。」
 健人がしずくの石の体を撫で回す。抗えない高揚感に、しずくはさらに顔を赤らめる。
「ちょっと、やめて、健人!あなたはこんなことする人じゃなかった!」
「これがホントのオレなんだよ。女の子を裸の石にして、その肌を触って感触や反応を楽しむ。それがオレの気持ちさ。」
 健人が手を撫で回して、しずくの体を触れていく。胸、手足、秘所、様々な部位に手をかけては、しずくの反応を確かめる。
 彼女は健人の接触に敏感に反応し、高まる感情を抑えきれず息を荒げている。
「そうだ!恥じろ!怯えろ!そして感じろ!変わりゆく自分を!」
 満面の笑みを浮かべて、健人が哄笑を上げる。その変貌ぶりに、しずくは快感とともに恐怖と困惑を感じていた。
 しかしもうどうすることもできない。しずくの体は首から上を残して全て白い石に変わってしまった。指一本動かすことのできない手足。健人の抱擁に身を委ねるしかなかった。
「さぁ、そろそろ仕上げだ。君がオレを想っているなら、その証を立ててあげるよ。」
「ちょっと、健人・・・!」
 戸惑うしずくに、健人は口付けを交わした。快感と高揚感が最大限に高められる。
 あまりの快楽と動揺に、しずくの頭の中は、石になった体のように真っ白になってしまった。
  パキッ ピキッ
 健人に唇を奪われたまま、石化はしずくの頬にまで及び始めた。
 しずくの意識が次第に遠ざかっていく。
  ピキッ パキッ
 健人と唇を重ねたまま、しずくの唇も石になった。
 涙を流すしずくの意識が、崩れるように消えていった。

「健人!」
 眼が覚めたしずくが慌てた様子でベットから起き上がる。少量の汗を流して大きく息をつく。
「今のは・・夢・・・?」
 夢と現実の隔てに多少の時間を要したしずく。悪夢にうなされていたみたいだった。
「なんで、あんな夢を・・・」
 不安を抱えたまま、しずくは寝癖のたった髪のまま、目覚まし時計を手に取った。
「えっ!?もうこんな時間!」
 しずくは乱れた髪を整えながら、慌てて部屋を飛び出した。時刻は8時を回ろうとしていた。

「おせぇよ、しずく。まぁ、君が朝に弱いっていうのは分かりきってることだから、あんま期待してなかったけどな。」
 フライパンを操る早人(はやと)が、慌ててキッチンに駆け込んできたしずくに振り向く。
 この日はしずくが調理当番だったのだが、彼女は早人とは対照的に早起きが苦手で、いつも早起きする早人が彼女の代わりに朝食を作っていたのである。
 テーブルには皿にのった食パンと目玉焼きが並べられていた。
「ごめん、早人。どうも朝は起きれなくて。」
「いいわけする余裕があるなら、もうちょっと早起きしてほしいもんだよ。」
 早人が苦笑いを浮かべてフライパンで焼いていた目玉焼きを皿に移した。

 真夏しずく。
 3年前に、何でも屋の看板を立てている早人に助けられ、彼の仕事を手伝うことになった。
 彼女は悪魔種族、ディアスの頂点にたつ吸血鬼、ブラッドである。瞳の色は昼間は紅く、夜は蒼く染まるのがブラッドの特徴である。
 しずくは行方不明になっている弟を探していた。早人の手伝いとしているのも、弟の手がかりを少しでも知るためでもあった。

 藤木早人(ふじきはやと)。
 何でも屋を営んでいる青年である。
 しかし依頼は少なく、しずくを巻き込んでいつも生活資金に悩まされていた。
 彼は日本史に関する知識が豊富でありながら、機械に関する技術も持っている。しずくのブラッドの力を補助する道具などの開発も行っている。
 楽な生活を送ることが、早人の密かな夢である。

 その日の夕方、しずくと早人はとある人物からの依頼を受けて、豪邸内の仮面舞踏会に紛れていた。
 依頼者はその豪邸の執事をしている老人で、彼の主人である支配人、ミスター・ブロンズの娘である白鳥あおいを連れ出してほしいという依頼だった。
 あおいとブロンズは本当の親子ではなく、ブロンズが里親となって彼女を引き取ったのである。その理由は、彼女の隠された力にあった。
 あおいは人間の中でも、ごくまれにしか存在しない高度な精神エネルギーの持ち主である。その力を解放した彼女の姿は、まるで翼を広げた天使のように見えるという。
 その中の1つの予知能力をブロンズは利用して、選りすぐりの美女、美少女を連れ出しているのである。
 ミスター・ブロンズ。その名のとおり、美女、美少女のブロンズ像のコレクターである。その裏で本物の美女たちを連れさらっているという噂が流れているが、その確証は浮かび上がってはいない。
 しかし早人の情報網は、ブロンズの実態を探り出していた。彼は連れ去った美女たちをカプセルに入れて、凝固液で固めているのである。
 そんな彼を危険と悟った執事は、あおいを安全な場所に連れ去ってほしいと早人たちに依頼したのである。
「あの子が白鳥あおいか。かわいいねぇ。」
「バカなこと言ってないで、早く行くわよ。この団体さんに紛れて、あおいちゃんに近づくのよ。」
 あおいに見とれている早人の腕をしずくが引っ張る。
 彼女たちも紳士服やドレスを調達して、マスクで顔を隠して仮面舞踏会の参加者に紛れ込んでいた。
「ホラ、ちゃんと踊らないと怪しまれちゃうよ。」
 緊張している早人をなだめるしずく。
 舞踏会に招待された人たちは、それなりの礼儀やしきたりを身につけている人ばかりである。あまり下手な行動は失礼に値し、怪しまれる要因になりかねないのである。
「ダメだ。緊張してきちゃった。ちょっとトイレ。」
「えっ!?・・・んもうっ!」
 慌てて会場を離れる早人に、しずくは呆れ果てる。孤立する羽目になった彼女は、なす術がなくなってしまった。

 音楽にあわせて舞う男女をよそに、しずくは壁にもたれかかって、昔を思い返していた。
 弟と過ごした日々。そしてあの人との、健人との出会い。
 健人もしずくと同じブラッドである。というよりも、彼こそがしずくの血を吸ってブラッドにしたのである。
 行方知れずとなった弟を助けるため、それを可能とする力を得るため、しずくは健人にブラッドにしてほしいと願い出たのである。
 同じブラッドたちとの紛争に巻き込まれて、彼はしずくの眼の前で姿を消した。彼女は彼はもう生きてはいないと確信していた。
 親しかった人たちを失い、よりどころとしている弟の手がかりさえ見つけられず、期待外れな仕事を繰り返していた。心に穴が開いたような気持ちをかけながら、しずくは何もできないでいた。
 気落ちしているしずくの前に、鼻から上を隠したマスクを付けた青年が現れた。髪は雪のように真っ白で、長身で若々しそうだった。
「君、1人か?」
「えっ!?あ、はい・・」
 青年に声をかけられ、しずくは慌てて頷いた。早人が離れていることも忘れて。
「よかったら、一緒に踊ってくれないか?相手がいなくて困ってるんだ。」
「で、でも、私、あんまり踊りできないし・・」
「オレがうまくサポートするから。さぁ、行こう。」
「あ、あの・・!」
 答えを切り出せないまま、しずくは青年に引っ張られて会場に連れ出される。
 青年に導かれて、しずくは踊り始めた。彼女は踊りにはあまり自信がなく、最後に踊ったのも、中学校のダンスパーティであった。
 恥ずかしがりながら、しずくは足を進めていく。青年に促されていくうちに、彼女は動きがよくなっていると感じ始めた。
 軽いステップ、きれいな振る舞い、絡み合う指。
 しずくはいつしか、本物のダンサーになったような気になっていた。
 笑みを浮かべたしずくが、青年の顔を見つめた。マスクによって顔は隠れていたが、その姿が健人と重なって見えた。
「健人・・?」
 彼女の呟きに、青年が一瞬首をかしげる。
「そ、そんなわけないよね。あの人はもういないもんね。何言ってるんだろ、私・・・」
 自己完結してしまうしずく。青年はそんな彼女に疑問を抱いていた。
「あなた、誰なの?って聞くのはいけないよね、ここじゃ。」
 問いかけておいて諦めるしずく。
 青年は考え込んでいた。彼女の声色、口調、振る舞い。
 彼には覚えがあった。誘った少女が誰なのか。マスクの裏に隠れた素顔を。
 やがて音楽が途切れ、男女が足を止める。
「君、ちょっとこっちに。」
「えっ!?何っ!?」
 再び引っ張られ、しずくは青年に会場と廊下を隔てる場所に連れて行かれる。
「何なのよ、いったい!?」
 わけが分からず、しずくが青年に問いかける。
「お前、しずくだろ?」
 青年の突然の言葉に、しずくは動揺する。戸惑っている彼女のマスクを青年は外した。
 ふわりとした金の短髪をした少女の素顔がさらけ出される。
「あっ!ちょっと!」
「ふう。やっぱりか。」
 慌てるしずくをよそに、青年は納得した様子だった。
「あなたいったい何なのよ!?どうして私の名前を・・!?」
 青年が外したマスクを取り戻し、しずくが問いかける。
「どうかしたか?」
 そのとき、この豪邸を見回っていた警備員3人がしずくたちに訊ねてきた。
「ぬっ!?お前、ここの招待客じゃないな!?」
「やばっ!」
 しずくが慌ててその場から逃げ出す。青年の腕を引っ張っていることにも気づかずに。
「お、おいっ!引っ張るなって!」
 青年の抗議も聞かずに、しずくは追ってくる警備員から逃げる。
 何とか廊下の陰で警備員をやり過ごしたしずくに、青年は改めて問い詰めた。
「な、何で逃げるんだよ!?お前、何かしたのか!?」
 青年の緊迫した表情を見て、しずくは事情を話すことを決めた。
「この豪邸の所有者のミスター・ブロンズの娘の、白鳥あおいちゃんを連れ出すために来たの。」
「お前、誘拐犯か?」
「そんなんじゃないわよ!私たちは何でも屋で、そういう依頼を受けたの。欲に満たされたブロンズが彼女の能力を利用していて、そんな彼女を解放してほしいって気遣いだと思うの。」
 しずくの事情に青年が鎮痛な面持ちになる。
「そんな・・・あおいちゃんにそんな力があるなんて聞いてないぞ。あの子から何も感じなかったし。力を抑えているのか・・・?」
「感じた?」
 青年の言葉にしずくが疑問符を浮かべる。
「オレはここであおいちゃんのボディガードと保護を任されたんだ。力を感じたのはむしろブロンズ氏のほうだ。」
「そうね。彼は何か、邪悪な気配がするのよね・・・って、えっ!?」
 しずくが突然驚きの声を上げる。
 人間の能力を超えたブラッドである彼女は、ミスター・ブロンズから発せられた気配を感じ取っていた。同じように彼の気配を感じ取ったこの青年に、しずくは驚愕を覚えたのである。
「おい、いたぞ!」
 そのとき、警備員の1人がしずくを発見し、数人の警備員が続々と駆け込んできた。
「あっ!見つかっちゃった!」
 慌てるしずくと青年の前後を、大勢の警備員が取り囲む。
「よく押さえてくれましたね、椎名くん。あとは我々にお任せを。」
 警備員を取り仕切る長身の男が笑みを見せて青年を手招きする。
「椎名・・・?」
 しずくは椎名という名前にも覚えがあった。
「まさか、あなた!?」
 しずくが突然大声を上げた。声色、名前、性格。彼女の中で、とある人物が定まった。
「・・・悪いが、それはできない。」
「んんっ?」
 青年の言葉に男が疑問符を浮かべる。
 顔に付けていたマスクを外し、その素顔を明かす。
「いろいろ事情を聞いちまったんで、この仕事を下ろさせてもらうぞ。」
 青年が不敵な笑みを見せて、右手を伸ばした。手に紅い光が集まり、剣が具現化される。
「やっぱり・・健人なのよね・・・」
 しずくが眼に涙を浮かべて、喜びの声を上げる。白髪の青年、健人が振り向いて頷く。
 黒かった髪の色は白くなっていたが、間違いなくその青年が健人であると彼女は確信した。
「ど、どういうつもりだ、貴様!?ブロンズ様の授けてくださった仕事を放棄するばかりか、我々に敵対するというのか!?」
 男が驚愕の声を上げて、銃を引き抜いて健人に銃口を向ける。他の警備員も、手に持っている武器や道具を構える。
「まぁ、そういうことになるな。それに、そんな武器じゃブラッドの力には勝てないぞ。」
「何っ!?ブラッドだと!?」
 健人のこの言葉に、警備員の何人かが恐れて後ずさりする。
「恐れるな!相手は男女2人だ!しかも我々が取り囲んでいる!このまま攻め立てて拘束しろ!」
 男の指揮によって、警備員たちに再び覇気が戻る。困惑するしずくの横で、健人は気おされる様子さえ見せない。
「伏せろ、しずく。」
 健人の指示にしずくは従い、その場でしゃがみ込んだ。健人は紅い剣を振りかざして、彼女の上を行き過ぎて、周囲の警備員たちの持つ武器、道具を弾き飛ばす。
「今のうちだ、しずく!」
 今度は健人がしずくの腕を引っ張る。体勢の崩れた警備員たちを置き去りにして、廊下を駆け抜けていく2人。
「ホントに・・ホントに、健人なんだね・・・」
「感動の再会のところ悪いが、今は急ぐぞ。早くあおいちゃんのところにいかないとな。」
 歓喜に打ち震えているしずくの言葉をさえぎる健人。豪邸内を駆けている合間も、健人自身、心の中で喜びを感じていた。

 困惑を見せる少女の天井に巨大なカプセルが出現し、落下して少女を閉じ込めた。それを確認して不敵に笑う1人の男。この豪邸の所有者であり、この日の仮面舞踏会の主催者でもあるミスター・ブロンズである。
「イヤァッ!何なんですか、ブロンズ様!?ここから出してください!」
 カプセルに閉じ込められた少女が、声を荒げて必死にブロンズに願い出る。しかし、ブロンズは妖しい笑みを浮かべたまま、
「そうはいかないよ、お嬢さん。せっかくのかわいい娘さんなんだから、ぜひとも私のコレクションに加えたいと思っていたんだ。」
「コレクション?」
 ブロンズの言葉に、少女が困惑の声を漏らす。ブロンズの背後や部屋の周りには、たくさんの美女や美少女のブロンズ像が立ち並んでいた。
「私が女性のブロンズ像を集めているブロンズコレクターであることは知っているね。私の異名からもそれが分かるよね。実はここにある像は全て、元々は人間の女性たちだよ。」
 ブロンズの笑みがさらに強まる。彼の言葉の意味が分からず、少女の困惑がさらに広がる。
「舞踏会などのイベントを開いて、きれいさやかわいさを持った女性を見つけては、私のこの力を使って固めているわけだよ。もっとも、大体の目星は私の娘であるあおいの力が導いてくれるけどね。」
「そんな・・・そんなことって・・・」
 少女は恐怖して、カプセルを叩き出した。しかし頑丈に作られているそのカプセルは、少女の力ではビクともしなかった。
「もう説明はいいだろう。そろそろ始めようか。私のブロンズコーティングをね。」
 ブロンズが眼を見開いた瞬間、カプセルの上部から液体が流れ落ち始めた。その直後、少女はそのカプセルの中で悶え苦しみ始めた。
「あぁあ・・・何なの!?く、苦しい!・・・い、息が・・・アハァ・・・」
「苦しいだろう。今流れてきているのは、君を固めてしまう凝固液だよ。その液は温度が上がると変色して固まってしまうものでね。人間の体温ぐらいで次第に固まっていくよ。」
 悠然と説明するブロンズの眼の前で、少女はカプセルにもたれかかるようにふらつく。
 凝固液の効果を受けて、彼女の体は徐々に動きを失いつつあった。
 やがて恐怖と苦悶を見せていた少女の表情がほころび、だらりと腕をたらして体が完全に脱力して立ち尽くす。どこを見ているのか分からないような、虚ろな表情で棒立ちをしていた。
「もう痛みも感じなくなり、思考も止まるところまで進んだようだね。そうだ、その表情だよ。痛みも恐怖も忘れたその顔のまま固まってほしいものだよ。でないと客に見せるのに不安が残るからね。」
 不敵な笑みを浮かべるブロンズが指を鳴らした。眼の焦点の合わなくなった少女の足元から黒い煙が噴き出し、少女を包み込んだ。
 やがてカプセルが消失し、少量の黒煙があふれ出した。その中から変色して動かなくなった少女が姿を現した。
「フッフッフ・・・これでまた1人、かわいい少女が私のブロンズコレクションに加わった。」
 哄笑を上げながら、ブロンズが少女の頬に手を当てる。深緑に変色した少女は、わずかな反応さえ示さない。
 部屋のドアがノックされ、ブロンズに侵入者と健人の裏切りが伝わったのはその直後だった。

つづく


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