作:幻影
シュンを落ち着かせた後、しずくと健人はひとまず家の玄関の前に出ていた。
弟の悪化する容態に、しずくは動揺の色を隠せないでいた。
「とにかく、明日にでも都会の病院に連れて行かないと。もう悠長な状態じゃないよ。」
「落ち着くんだ、しずくちゃん。姉である君がしっかりしないで、誰がシュンくんに力を与えてあげないんだ。」
涙の治まらないしずくの肩を優しく叩いて勇気付ける健人。
「あの子、音楽家か歌手になるのが夢なの。自分の奏でる曲、自分の口ずさむ歌が、自分と同じ弱い体の子供たちを勇気付けようって思って。だから、私もその夢を叶えてほしいって、心のそこから願ってる。」
「音楽かぁ・・・」
健人は雲の流れる青空を見上げた。
「実はオレ、ギタリスト同好会に入ってたんだ。けどいろいろあって、学校を辞めてからギターを弾いてないんだ。」
「ギターならシュンが持ってたのがあるよ。どうしてもほしいってねだって・・・今は押入れにしまってあると思うよ。」
しずくがそう言って家に戻り、シュンの部屋から1つのギターを持ってきた。しばらく使っていなかったため、少しほこりをかぶっていた。
「どんな感じなのか聞かせてもらえないかな?1度、聞いてみたいなぁ。」
しずくがきょとんとなっている健人にギターを差し出す。
「えっ!?ブランクがあるんだぞ!」
「いいよ、いいよ。とにかく聞いてみたいだけだから。」
「いいけど、後ががっかりするかもしらないぞ。」
健人が参りながら、しずくからギターを受け取った。近くの石畳に腰を下ろして、弦に指をかけた。
錆び付いていると感じている自分の腕を確認しながら、1曲弾いてみる。彼が同好会にいた頃に好きだった曲である。
あまり有名でない曲だったため、しずくは健人の奏でるギターを新鮮な気持ちで聞いていた。
彼女はその曲に、自分たちの中にある夢への憧れを改めて感じていた。自分の夢、シュンの夢、そしてその夢たちに力を貸そうとしている健人の思いが、彼女の中に込み上げてきていた。
しずくは健人の弾く曲に聞きほれていた。眼から涙を流していることにも気付かずに。
やがて曲を弾き終わり、健人はひとつ息をついた。
「ふう・・・やっぱり鈍ってるなぁ。しばらく弾いてなかったから仕方がないけど。」
自分の腕に不満を感じた健人が立ち上がる。すると泣き崩れたしずくの姿が眼に止まった。
「え、ちょ、しずくちゃん・・・?」
「えっ・・・?」
健人に声をかけられ、顔を上げるしずく。
「おいおい、オレなんかに感動しちゃっていいのか?1度夢を捨てたヤツの曲だぞ。」
健人が呆れるように言って、涙ぐんでいるしずくにギターを手渡す。
「だ、だって、何だか胸にジーンと響いてきちゃったんだもの・・・」
涙で紅くなった顔で答えるしずく。そんな彼女のまっすぐな気持ちに、健人は思わず笑みを浮かべていた。
「フーン、まだそんな曲が弾けるんだね。」
「だ、誰!?」
そのとき、突然声がかかりしずくが周囲を見回す。しかし、周りには誰もいなく、声だけが直接しずくと健人の耳に届いていた。
「健人、いつまでもそんな夢物語にすがってちゃいけないよ。私がちゃんとあなたの道を示してあげるから。」
「ふざけるな!」
妖しく語りかける女のその声に、健人が声を荒げて叫ぶ。
「これ以上、オレをアンタの好き放題にするのはやめてくれ、姉さん!」
「姉さんって・・・!?」
健人の言葉にしずくが動揺する。
「冷たいわね。お姉さんに向かって、そんな口を聞くなんて。」
「麻衣(まい)姉さん、オレはアンタの思い通りのものじゃないんだ!オレにかまわないでくれ!」
健人が空に向かって叫び続ける。これほど怯えた彼の表情を見るのは、しずくは初めてだった。
「フッフッフ・・そこまで言うならかまわないわ。だけどこれだけは一応言っておくわ。」
「何だと!?」
「そこのお嬢さん。」
「えっ?わたし?」
突然呼ばれたしずくが自分を指差す。
「あなたの弟さんは、思い心臓の病にかかってるみたいわね。私ならすぐにその苦しみから解放してあげられるわ。」
「ま、まさか・・!?」
麻衣のこの言葉に、健人が驚愕の声を上げる。
「私が強くしてあげる。心臓病なんかに負けないくらいにね。」
「や、やめろ!」
健人の叫びの中、哄笑を最後に麻衣の声は途絶えた。
健人はすぐさま家の中に駆け込んだ。
「ちょっと、健人!」
しずくも慌てて彼の後をついていく。佐奈が声をかけるのも聞かずに、健人たちはシュンの部屋の扉を開けた。
しかし、ベットで安静に寝ているはずのシュンがそこにいなかった。健人が辺りを見回すが、どこにもシュンの姿がない。
「シュン!」
しずくが血相を変えてシュンを呼んだ。しかし、それでもシュンの返事はない。
「まさか姉さん、シュンくんを・・・」
健人は再び部屋を、家を飛び出した。しずくもその後に続く。
一抹の不安を抱えながら、健人は麻衣とシュンの気配を探った。
何もない空間。
薄暗い空気だけが立ち込めている空間で、シュンは眼を覚ました。
彼の眼の前に1人の女性の姿が映った。黒い長髪をなびかせている長身の女性である。
「ここ、は・・・?」
「そんなことは気にしなくていいわ。」
呟くように問いかけるシュンに、黒髪の女性、麻衣が妖しく笑いながら答える。
「あなた、力がほしくない?」
「えっ・・?」
唐突な麻衣の言葉に、シュンは疑問符を浮かべる。
「知ってるわ。あなたは心臓が弱く、今は重い病にかかっている。大きな街の病院に行かないと治らない。でもたくさんのお金がかかる。治すのは不可能に近いと思っても不思議じゃないわ。」
麻衣の語る真実に、シュンは気落ちしてうつむく。そんな彼の頬に優しく手を当てる麻衣。
「でも、私ならあなたを強くしてあげられる。悪い病気になんか負けないくらいにね。でも何もいらないわ。」
「えっ!?でも・・・ホントに、そこまでしてもらっていいのでしょうか・・?」
「いいのよ。私がそうしてあげたいだけだから。」
麻衣がシュンから手を離して、仰ぎ見るように顔を上げた。
「私にも、弟がいるの。とっても無鉄砲でまっすぐな子なの。だけど、私があの子の好きにさせてあげようと思い始めた直後、周りがあの子を敵視するようになったわ。」
麻衣の笑みが悲しみに染まっていくのがシュンは気付いた。
「みんなはあの子や私の力を恐れたんだと思うの。でも、それで私たちが傷つけられる理由はどこにもない。何の危害も加えるつもりなんてなかったから。それでもみんなは私たちを迫害した。」
「そんなことが・・・」
麻衣の過去に共感を覚えるようになってきたシュン。さらに彼女の話に耳を傾ける。
「私は、あの子を幸せでいられるように何でもしてきたわ。でも、いつしかあの子は私を避けるようになってしまったわ。」
シュンの肩に手を乗せる麻衣。
「あなたを見てると、自分の弟の面影を思い出してしまうの。だからあの子やあなたみたいな子をどうしても助けてあげたいの。」
麻衣の語った悲しい過去と思いに、シュンは心を打たれた。
彼も彼女を、自分をいつも思ってくれている姉と重なるものを感じ取っていた。弟を助けたい。弟を守りたい。そんな姉の姿が、眼の前の女性と重なっていたのである。
シュンもそんな姉を守れる人間になりたいと思っていた。改めて決意した彼は、作り笑顔で麻衣に答えた。
「僕にも、強くなれる可能性があるなら、あなたがそんな強さを分けてくれるというなら、それでも・・・」
シュンは頷いた。麻衣が授ける力を受け取ることに。それを確認した麻衣は、ゆっくりとシュンに顔を近づけた。
シュンは麻衣に全てを預けた。麻衣はそんな彼の首筋に、ゆっくりと牙を入れた。
針が刺さる痛みの後、シュンは今まで感じたことのない気分を感じた。
「ぁ・・・ぁぁ・・・」
(大丈夫よ。すぐに慣れるから。)
あえぎ声を上げるシュンに、麻衣の心の声が届く。
麻衣は吸血鬼、ブラッドだった。シュンの弱りきった心臓にブラッドの力を注ぎ込み、新たな力を与えようとしていた。
やがてシュンが落ち着きを取り戻すと、麻衣は顔を離した。血のたれた口元を手で拭う。
「これで、あなたは強くなったはずよ。」
そう言って麻衣は、うずくまったシュンを見下ろした。すると麻衣は、彼からただならぬものを感じ取った。
(何なの、コレ!?私は普通にこの子をブラッドにしただけ!なのに何なの!?普通のブラッドじゃない!これは・・・!?)
「な、何だって・・・?」
シュンがうめきながらの呟きに、麻衣は驚愕する。
(私の心が、読まれてる・・・!?)
「ホントに僕を強くしてくれたの?確かに楽になった気分にはなれたけど、声が、僕の頭に響いてくるんだ・・・」
(ま、まずい!力が・・!)
麻衣が危機感を覚えて後ろに飛びのく。
「やめろ・・・やめろ!やめろぉぉーーーー!!!」
シュンが絶叫とともに、体から膨大なエネルギーを放出した。麻衣が抜け出した直後に、閃光はあふれて空間を破裂した。
空間を脱出したシュンは、自分の寝ていた部屋へと戻ってきた。その騒動に、佐奈が慌しい様子で部屋に顔を出してきた。
「シ、シュン!?」
シュンが虚ろな視線で佐奈を見つめる。現実なのか夢なのかはっきりしていなかった。
「シュン、どうしたんだい!?しずくも健人さんもアンタを探して家を出て行ったよ!」
佐奈が心配になってシュンに近づく。しかし、シュンの抱えている恐怖や不安はさらに募るばかりだった。
「こ、来ないで・・・」
「シュン・・?」
完全に怯えきった様子のシュンに、佐奈は足を止めた。彼の紅い眼光が小刻みに揺れる。
「来るなぁぁーーー!!!」
シュンは再び絶叫を上げ、閃光を発して佐奈を包み込んだ。
「な、何っ!?」
健人が強烈な力を察知した瞬間、しずくが指を刺して驚いていた。彼女の家の辺りから光の柱が立ち上がり、それが大きく広がってきていた。
「ま、まずい!」
健人は危機を感じて、困惑しているしずくを抱えて、右手に力を収束させた。
彼の右手から紅い光が灯り、しずくがその様に眼を見開く。
「こ、これは・・・」
しずくが呆然となっているうち、健人は光にさらに力を注ぎ込み、自分たちを光の玉の中に封じ込めた。
やがて拡大して迫ってきた光の柱が、健人の作り上げた光の玉に弾かれる。しかし柱はさらに広がり、彼らの背後にも及んでいく。
健人が力の使用で、うめき声を上げる。柱の巨大な力を、健人は何とか押さえ込んで防いでいたが、その媒体となる血の消費が激しく、健人にかなりの負担をかけていた。
まばゆいばかりの光が治まり、健人は防御壁を解く。その直後に、力の使用によってその場にうずくまる。
「健人!」
しずくが息を荒げている健人の体を起こす。
「健人!・・・今のは、何なの・・・あの光は・・・?」
しずくの中に様々な疑問が生まれていた。突如発生し拡大した光の柱と、健人が放った光の壁の衝突。いずれも普通の人間にはできない現実離れした出来事だった。
ある程度呼吸を整えた健人が顔を上げる。
「しずくちゃん・・・実はオレ、人間じゃないんだ。特殊な力を持った吸血鬼、ブラッドなんだ。」
「・・えっ・・・吸血鬼・・・?」
しずくは健人の言葉の意味が飲み込めなかった。
「自分の血を媒体にして、様々な力を使う、高度なレベルの吸血鬼なんだ。」
「それじゃ、健人のお姉さんも・・」
健人は頷き、光の柱に包まれた周囲を見渡す。何も変わらないように思われたその景色は、その一瞬のまま停止していた。
「しかし、これは姉さんの仕業じゃない。」
「えっ?でもこれは・・」
「これは時間凍結の力だ。ブラッドを超えたSブラッドの、時の流れを操る力。だが、オレも姉さんも、Sブラッドの力には達していない。」
周りを見渡す健人の表情がさらに険しくなる。麻衣が残した最後の言葉。彼の抱えていた不安がさらに強まった。
健人は慌ててその場を駆け出した。
「健人、待って!」
しずくも困惑しながら彼についていった。
「こ、これは・・・!」
健人としずくは家に戻る途中、町に足を踏み入れていた。そこで彼らは信じられない光景を目の当たりにした。
いつもと変わらない風景の中、町の人々の動きが完全に止まっていたのである。色を真っ白に染めて。
零れ落ちようとしている水も、遊び半分で壁から壁に飛んで渡ろうとしている子供たちも、光の柱の存在に気がついて逃げ惑う人々も、その動作を行っている途中でその動きを停止していた。
「やっぱり止まってる・・・町も人々も・・・」
健人としずくは後ろめたい気持ちを抑えて、再び家に向かって走り出した。
そして家にたどり着き、健人たちはそこでも驚愕を覚えた。
シュンの部屋の前で、佐奈が驚愕と恐怖の表情をしたまま立ち尽くしていた。
「おばさん!」
しずくが呼びかけて駆け寄るが、佐奈は全く反応しない。
「・・ねえ・・さん・・・?」
呟くように語りかけてきたその声に、しずくは恐る恐る振り返った。部屋の中で、シュンが紅い眼光を灯しながら、体から淡い光をまとっていた。
「シュン・・・?」
困惑するしずくに、シュンはうっすらと笑みを見せた。
「おばさん、僕のこと嫌なふうに思ってたみたいだよ・・・いつもは明るく振舞ってるけど、心の中では足手まといにしか感じてなかったみたいだよ。」
「そんな・・・シュン!」
困惑の広がるしずくが必死にシュンに呼びかける。しかしシュンは気に留めず話を続ける。
「だから止めたんだよ。僕の、この新しく手にした力でね。」
「・・・もしかして・・・シュンが・・・!?」
シュンの変わり果てた様子に、しずくは気が動転していた。シュンがそんな彼女に満面の笑顔を見せる。
「僕は強くなったんだよ。もう心臓病なんかに負けたりしないよ。これで、お姉ちゃんに心配をかけなくて済むんだよね?」
喜びをあらわにするシュン。しかししずくは悲痛と恐怖で満ち足りていた。
「どうしちゃったの、シュン・・・!?」
「えっ・・?」
涙ながらに呟くしずくに、シュンは疑問符を浮かべた。
「シュンが、こんなことを、佐奈さんにこんなことするわけないよ・・・シュンはどこにいっちゃったの・・・?」
「お姉ちゃん・・?」
「シュンを、私の弟を返してよ!」
涙をこぼしたしずくの悲痛の叫び。それが、満たされていたはずのシュンの心を凍てつかせた。
次第に彼から笑みが消え、逆に困惑と激情が込み上げてきた。
(まずい!)
「逃げろ、しずくちゃん!」
シュンから湧き上がるただならぬ気配を感じ取り、健人はしずくの腕を引っ張った。
「シュン!シュン!」
しずくが弟の名を呼ぶのもかまわず、健人は彼女を抱きかかえて家を飛び出した。
シュンが絶叫を上げながら、再び時間を止める閃光を放った。家からまばゆいばかりの光があふれてくる。
健人はしずくを連れて、ひたすら光から逃れようとした。最初は何とか防ぐことはできたが、これ以上力を使えば、ブラッドの力の媒介となる血を使い果たし絶命することになりかねなくなる。
しかし、はじめは島全体を包み込んでいたシュンの光は、健人たちが海岸にたどり着いた直後に次第に弱まっていった。
「暴走している・・・」
健人が悲痛の表情で、治まっていく光を見つめていた。
「姉さんに血を吸われてブラッドにされたシュンが、一気に湧き上がった力を抑えきれずに暴走してしまっている。制御しきれなくなった力があふれ出して、島をまるごと包み込んでしまったんだ。」
「それじゃ、おばさんや島のみんなは・・・」
「ブラッドの力は、それを使った者が力を消すか、死なない限りは決して消えない。しかもこの時間凍結は、時を操ることのできるSブラッドの力だ。そうじゃないオレでは、シュンくんやみんなを助けることはできない・・・」
しずくの悲痛の問いかけに、健人は歯を食いしばりながら答えた。
自分と自分の姉がまいた火種が、幼い姉と弟の絆を引き裂いてしまった。その悔しさと苛立ちが、健人を歯がゆくさせていた。
「助けなきゃ・・・シュンを、助けに行かなくちゃ・・・」
もうろうとしながらも、しずくがシュンを求めて歩き出そうとする。そんな彼女の腕を掴んで止める健人。
「待て、しずくちゃん!」
「離して、健人!」
引き止めようとする健人から逃れようとするしずく。
「私はシュンを探すの!このままじゃ、あの子・・・」
健人の腕を振りほどこうとするしずくから力が抜けていく。
シュンを、弟を助けたい。しかしその気持ちを叶えるための力がしずくにはなかった。
何もできない自分を、しずくは悔やみ続けた。そんな彼女の姿を見かねて、健人は言葉を切り出した。
「しずく・・・強くなれる方法が1つだけある。」
「えっ・・!?」
健人の言葉に顔を上げるしずく。健人はためらいながらも話を続けた。
「ブラッドは吸血鬼だ。血を吸われた人間もまた吸血鬼になる。そうなれば、ブラッドの力を手にすることができる。」
「ホントに・・!?」
しずくが歓喜の混じった声を上げる。ブラッドの力に期待を寄せながら。
「ただし・・」
「えっ・・・?」
「ブラッドの力は、自分の血を消費しなくちゃいけない。力の使い方を間違ったら、確実に、死が待っている。」
健人のこの言葉に、しずくは息を呑んだ。
ブラッドの力は諸刃の剣。使い方を誤れば、自分の命を危ぶむ結果にもなりえる。シュンもその力を扱えず、暴走に走ってしまったのだ。
しずくは戸惑った。シュンを助けるために、自分も人間ではないものになってしまう。
しかし、それでもシュンを助けたいという強い思いが、そんな不安をかき消した。
「私は、それでも・・・」
「後悔、しないな・・?」
力を与える側になる健人も、しずくをブラッドにすることにためらいを感じていた。
純粋に弟を思う姉を、人間ではないものにして危険にさらそうとしている。
しかし、彼女の心の底からの願いを断るわけにもいかない。真剣な眼差しで頷いたしずくに、健人自身も覚悟を決めた。
健人はゆっくりと近づき、しずくの首筋に牙を入れた。
「うっ!」
その痛みにうめくしずくだったが、次第に変化していく自分の体に、今まで感じたことのない感覚を感じていた。
(何なの、この感じ・・・これが、人間からブラッドになるってことなの・・・?)
一抹の疑問を抱えながら、しずくは健人に全てを預けた。
やがて健人が顔を離し、しずくの体の変化の衝動が治まった。湧き上がる不思議な気分に、彼女は困惑していた。
「ありがとう、健人・・・」
うっすらと笑みを浮かべるしずく。悲しみと困惑に満ちていたその瞳は、血のように紅く染まっていた。