作:幻影
ひとまず南十字島から帰ってきた健人としずく。
早人の死によって、しずくは1人部屋に閉じこもり、悲しみに暮れていた。
彼女はシュンの変わり様に混乱し、あおいを連れ去られ、早人を死に追いやった自分を責めていた。シュンたちを助けようという決意は固まってはいるものの、それでも悔やまずにはいられなかった。
「何とか・・・何とかしなくちゃね・・・」
気を落ち着けて涙を拭うしずく。しかし、流れ出る涙が止まらない。自分でも分かってはいるものの、心の中で悲しみを抑えきれずにいた。
そのとき、部屋のドアが開き、しずくが出入り口に振り返る。ゆっくりとドアが開け放たれ、健人が姿を見せた。
「健人・・・健人?」
しずくの顔が次第に硬直する。健人の様子がおかしい。腕をだらりと下げて、不気味な笑みを浮かべていた。
「健人・・どうしたの・・・!?」
ただならぬ健人の様子に、しずくが怯えだす。健人が体から紅いオーラをあふれさせてゆっくりと近づき、彼女に寄り添ってきた。
「健人・・・!?」
「もう我慢できない・・・お前を石化して、その体で楽しませてもらう・・・」
笑みを強めた健人の紅い眼に光が灯り始めた。本能に囚われた彼が、しずくに石化の力をかけようとしていた。
「健人!」
しずくが必死に叫んだそのとき、健人の動きが止まり、あふれ出ていた力が弱まった。我に返った彼は、しずくの両肩にかけていた手を離す。
「しずく・・!?」
「健人、いったいどうしたの!?今のは・・・!?」
理性を失っていた健人が、彼の異様な姿を目の当たりにしたしずくが戸惑う。
「しずく、オレは・・・」
困惑する健人が肩を落とし、しずくに背を向ける。
「しずく、実はオレ、力と本能を制御しきれないでいるんだ・・」
「えっ・・・?」
健人の言ったことの意味が分からず、しずくが戸惑う。
「全に殺されかけたのをきっかけに、オレはSブラッドの力を覚醒させた。だけど、オレにもシュンと似た症状が起きるようになってしまった。」
「シュンと・・!?」
「力が向上したと同時に、オレの心の中にある欲望や本能まで活性化してしまった。それらは次第にオレの自我の歯止めから外れようとしている。」
健人が胸を押さえて、悲痛に顔を歪ませる。
「オレは、強力な石化の力を与えて、きれいな女性の着ているものを引き裂いて裸のオブジェに変え、その体に触れて心を満たしている。流れ込んでくる相手の心の声を楽しみながら、その感触を楽しんでるんだ。」
「健人、何を言って・・・!?」
未だに健人の言葉を理解できずにいるしずくを気にせず、健人は話を続ける。
「このままじゃ、しずくにまで危害を加えてしまう!自分でも気付かないうちに、欲望を満たしているんだ!だから・・・!」
壁に両手を叩きつけ、うめく健人。欲と本能を抑えきれない自分を悔やみ、憤慨していた。
戸惑いを隠せないしずくの脳裏に、かつて見た夢の光景がよみがえる。
着ている服が破れ、さらけ出された肌が石に変わっていく自分の姿。その石の体を触れ、すがり付いてくる健人。普段見せないような表情で、石化していく彼女を弄んでいく。
全てを見られる自分と、異様な変貌を見せる健人に困惑していた彼女。夢で終わってほしかったことが、現実のものになろうとしていた。
しかし、しずくはそれほどの恐怖は感じていなかった。どうすることもできなかった夢の出来事に対し、彼女は不思議と穏やかな気分を感じていた。
「かまわないよ・・」
「えっ・・!?」
しずくの言葉に、今度は健人が疑問符を浮かべて振り返る。
「私を石にして、心を満たしてもいいって言ったんだよ、健人。」
「しずく!」
笑みを浮かべるしずくに、健人が声を荒げる。
「わたし、知らなかった・・健人がそんな辛い思いをしてたなんて・・・そんなことも知らずに、私はシュンを助けることばかり考えてた。早人の気持ちも、健人の悩みよりも、私のことを優先させてた。」
「しずく・・・」
決意を固めたしずくに、健人の顔に悲しみが映る。
彼女は健人の私欲のために、自らの体を差し出そうとしている。それでも彼女に手をかけることは、健人は不本意だった。たとえそれが彼女が望んだことでも。
「しずく、分かっているのか!?オレは君の全てをさらけ出すんだぞ!素肌を全て見られ、好き放題に触られても、体が石化して抵抗することができない!それを君は受け入れるというのか!?」
「健人が望むんだったら、それでも・・・」
涙ながらに叫ぶ健人に、しずくは満面の笑みを浮かべて頷く。
「それに私、固められる人の気持ちを知ってみたいと思ってたの。前にミスター・ブロンズに固められたけど、そのときは意識がなくなっちゃったから。石になるのがどういうことなのか、動けなくなるのがどんなものなのか、自分自身で確かめたいの。そうすれば、時間を止められた島のみんなの気持ちも分かる気がしてるの。」
全てを受け入れることを決めたしずくが、両手を広げて健人を迎え入れる。
健人のかける力に触れることで、彼の気持ちを理解したい。そして自分の想いを彼に知ってほしい。今のしずくは、その気持ちだけを強く示していた。
「また元に戻れることを信じてる。健人が私を石化して、そのままにするはずないからね。」
再び笑顔を見せるしずく。彼女の想いを受け入れたい気持ちと、彼女を石化したくない気持ちが交錯していた。
しかし、彼女の覚悟を拒んではいけない。健人も覚悟を決め、彼女の想いを受け入れた。
「分かったよ、しずく。確かにオレの石化は、オレが力を解けば元に戻れる。だけど、それまではどんなことをされても、全く動くことは出来ない。」
健人の言葉に、しずくは眼を背けない。それを見て健人は再び口を開いた。
「じゃ、オレの眼を見てくれ。その光を受ければ、君に石化の力がかかる。」
健人に促され、しずくは彼の眼を見た。夜が更けた彼のブラッドとしての蒼い眼が次第に紅い光を現し、閃光となってしずくに向けて放たれた。
ドクンッ
しずくに強い高鳴りが響いた。彼女は思わず口を開き、倒れそうになった体を何とか踏みとどまった。
「これで君はもうオレのものだ。オレの思うがままに、君の体は石化する。」
ピキッ ピキッ ピキッ
健人の言葉の直後、しずくのシャツが引き裂かれた。あらわになった胸が、灰色じみた白色に変色していた。
「これって、夢のまま・・・!?」
しずくが変わり果てた自分の姿に驚愕する。その光景は、前に夢で見た姿そのままだった。
「じゃ、いくよ、しずく・・・」
健人が、石化して固まったしずくの胸に手を当てた。彼の手の暖かさが冷たくなった胸に伝わり、しずくは高鳴る感覚に襲われた。
彼がかけた石化は、意識や感覚は残るため、しずくは石の胸の冷たさと健人の手のぬくもりが混ざり合う温度の変化を感じ取っていた。
「ちょっと・・・健人・・・」
しずくが胸を触られて顔を赤らめる。それにも気に留めず、健人はさらに彼女の石の胸を撫でていく。
「このふくらみと感触・・・オレの心を満たしていく・・・」
健人は自分の欲望に身をゆだねていた。人としての心、しずくへの想いによって抑え付けられていた感情が、石化させていくしずくに向けて解き放たれていた。
(ホントに夢のまま・・・様子のおかしくなった健人に石にされて、その体を触られる。夢でも今でも、ヘンな気分だね・・・体を触られてるのに、何だか気持ちよくなってく・・・)
しずくの恐怖に包まれていた心が次第に穏やかになっていく。このような快楽を感じたのは、彼女は初めてだった。
しばらくしずくの胸や肌を撫で回した後、健人は手を離した。
「次は下半身だ。これで君の肌の全てがさらされる。」
健人の言葉に、しずくは戸惑いながらも受け入れの心構えをする。それを悟って、健人が彼女の下腹部を見やる。
ピキッ ピキッ
しずくのスカートが破れ、下半身にも石化が及ぶ。衣服が引き裂かれ、彼女は一糸まとわぬ姿になった。
「健人・・・」
しずくが困惑しながら赤面する。手足と首から上を残して、彼女の体は白い石になり、ところどころにヒビが入っていた。
「んくっ・・・ぅぅ・・・」
健人の手がしずくの石化した秘所に触れた瞬間、彼女がうめき声を上げた。こみ上げてくる快感が、石になって動きが封じられていく体を揺さぶっていく。
「ぁはぁ・・・けん・・と・・・」
しずくは健人のされるがままになっていた。胸も手足も肌も全てさらけ出されながら、石化されてそれを隠すこともできず、そのまま立ち尽くす以外に術がなかった。
「もう君はオレのものだ。石化が完全に君を包めば、君は白い石のオブジェだ。」
健人はしずくの見つめる中、上着とシャツを脱いで部屋の隅に放り投げた。そして棒立ちになっているしずくを優しく抱きしめた。
ピキキッ パキッ
抱擁に対する困惑の広がりに反応するかのように、小刻みに震えていたしずくの手足の先まで石に変わった。人の生を失い、別の物質に変化した手足が微動だにしなくなった。
「しずく、オレはこの瞬間、ホントにいい気分だ。君の意思にかまわず、こうして君を抱きしめていたい。」
「健人・・・」
虚ろな表情で語りかける健人に、しずくが物悲しい笑みを浮かべて答える。
「無理やりだね、健人。でも、それほど私と一緒にいたかったってことなんだね・・・」
「ああ・・・」
健人に抱き寄せられ、さらに心地よくなるしずく。石化は彼女の首筋に達していた。
「健人・・・私は・・・わたし・・・は・・・」
ピキッ パキッ
完全に脱力したしずくの唇にも石化が及び、声を発することができなくなる。何を語りたいのか、彼女の眼から涙がこぼれる。
その表情を見ないまま、健人は石になっていくしずくを抱きとめていた。
フッ
そして瞳さえも石化し、しずくは完全な石のオブジェとなった。
抱擁をやめ、健人は虚ろな表情のままのしずくの、命の輝きを消したその瞳を見つめる。
「これでもう君は、完全な石像になった。もう指一本動かすことはできない。」
(ホント・・・手も足も動かせない・・・瞬きひとつできないよ・・・これが、固まるってこと・・・石になるってことなんだね・・・)
「ああ・・・」
しずくの心の声に健人は頷いた。意思のない、ただの物体と化していれば分からないが、意識や感覚の残っている彼女は、まるで細胞のひとつひとつを拘束されているような束縛を感じていた。息の詰まるような。
しかし彼女は今、自分でも分からないくらいの快楽をも感じていた。相手が健人だからなのか、自分がこうなることを望んでいたからなのか。不思議と恐怖をそれほど感じてはいなかった。
(でも、ブロンズ像にされたときや、時間凍結されたみんなには、意識がないから、この気分は分からないのかもしれないね・・・)
「そうだな・・・だから、気がつかないうちにいろんなことをされているのかもしれない・・・」
健人は再び、しずくの石の胸に手をかけた。心を突かれるような感覚に揺さぶられるしずく。
(け・・けん・・・と・・・)
胸中でうめくしずくにかまわず、健人はさらに彼女の体を撫で回していく。
「君は石像だ。たとえどんなことをされても、声を出すことさえできない。」
(アハァ・・・ァァ・・・)
高鳴る鼓動に思わず心の声を上げるしずく。実際に声も出せない彼女に、快感の海に押し流されるがままだった。
健人に、彼女の声が響いてくる。息を荒げる心の声が。
石の体の感触とともに、健人は彼女の反応をも楽しんでいた。
「これでもう分かっただろ?オレも気がすんだ。元に戻すよ。」
健人はしずくから体を離し、右手に力を込めた。すると彼女から石の殻が剥がれ落ち、人としての素肌があらわになる。
力を失って倒れるしずくを、健人は両手を伸ばして受け止めた。しずくがすがりつくように、健人の腕に手をかけた。
「しずく・・・」
「・・・健人・・・」
困惑する健人の言葉に、しずくが呟くように答える。
「わたし、体が石になっていくのに、怖かったり辛かったりするはずなのに、逆に気分がよくなってきちゃって・・おかしなことだよね。」
「しずく・・オレは・・・」
健人は再びしずくを抱きしめた。人としての生身のぬくもりが彼の体に伝わる。
「今は私、こうして健人にもっと抱きしめてほしいと思ってる。今、私は健人の気持ちを知ることができた。だから、もっともっと健人の心を知りたい。そして、私の気持ちも、健人に知ってもらいたい。」
しずくも健人を強く抱きしめる。そして2人はそのままベットの上に倒れ込む。
「ずっと、健人のそばにいたい。2度と離れたくない!」
「しずく・・・ダメだ。」
健人は戸惑いながら、しずくを離した。彼の拒否に、彼女は驚きの声を上げる。
「今はこうして心を満たすことができた。だけど、いつまた欲望が暴走して・・そしたらまた君を石化して、弄んでしまう・・・」
健人の表情が悲痛で歪む。
このまましずくのそばにいれば、再び彼女を石に変えてしまうかもしれない。健人は未だに、自らの心の闇を恐れていた。
戸惑いを隠せないでいる健人の手を取り、しずくは自分の胸に当てさせた。
「し、しずく・・!?」
「そんなの、仕方ないことだよ・・健人が望んでいることなんだから・・」
困惑する健人に、しずくは笑みを見せて語りかける。自分の胸を揉ませる彼女と、彼女に胸を揉まされている彼の息が荒くなる。
「人間、誰だって欲の1つくらいあるよ・・それがなかなか叶わないと、自分がどうかなっちゃうのも当たり前・・でも、私は健人のそんな望みに付き合ってもいい!また石化したくなったら、私を石化してかまわない!」
しずくが健人を力の限り抱きしめた。彼女の胸の感触、温かいぬくもりが、健人の鼓動をさらに高まらせる。
「でも、これだけは覚えていて!私は、あなたは、もう、ひとりじゃないから!」
しずくのこの言葉が、健人の心を打った。
彼女の強い想いが、彼の中にある恐怖や不安、戸惑いをかき消した。
もうひとりぼっちじゃない。離れ離れになった3年間の孤独は、もう訪れないと信じる。
しずくに励まされ、健人も彼女を強く抱きしめた。
「ありがとう、しずく・・・オレは、心の中で甘えを持ってたのかもしれない・・・」
「甘え?」
「オレのために手段を選ばない姉さんに嫌気が差し、オレは1人出て行った。だけど、姉さんを嫌いだと思いながら、心のどこかで姉さんにすがってたんだ。その気持ちが、オレの力を暴走させ、女性を裸の石像にする行為をさせていたのかもしれない。」
「健人・・・」
「オレは強くない。自分の気持ちさえ逆らえず、君にまで危害を加えてしまった。君の気持ちまで無視して、君を弄んで・・・都合がよすぎるよな・・・自分の気持ちだけ、押し付けるなんて・・・」
「それは私だって同じだよ。シュンを助けたいという気持ちばかり頭にあって、そのせいで早人は・・・それに、あなたは私よりもずっと強いよ。あなたの力がなかったら、シュンを探す手がかりさえ見つけられなかった。あなたのおかげだよ、健人。」
しずくが耳を当てるように、健人に顔を寄せた。体の温かさと心臓の鼓動が彼女の耳に届く。
「私にできることだったら、何でもする。また私を石にしてもいい。だから・・・私のそばにいて!私をひとりにしないで!」
健人を抱きしめたまま、涙を流すしずく。
シュンとあおいを助けること以外に、絶対に叶えたい願いを彼女は見つけた。これからも健人のそばにいることを。
「・・・それは、オレの願いでもあるよ・・・」
しずくの髪に手を当てて、抱き寄せる健人が笑みを浮かべる。
「シュンとあおいを助けたい。そして、お前と一緒にいたい。それはお前だけの願いじゃない。オレの願いでもあるんだ。」
「健人・・・!」
「行こう。シュンとあおいを助けて、時間の戻ったあの島に帰ろう。」
健人の優しい言葉に頷くしずく。
2人の下腹部には、ベットを濡らす愛液があふれていた。それにもかまわず、2人は夜の冷たさにも負けないぬくもりの中、抱き合ったまま眠りについた。
計画の準備と休息を行っている全たちをよそに、メロは暇を弄んで、窓から外を見上げていた。
外は朝日が昇ろうとしており、日の光が差し込もうとしていた。
「もうちょっとで、あいつらが仕掛けてくるよ〜。でも、こっちもそれまでには準備が終わるけどね。」
メロが幼さの残る笑顔で窓から離れた。
昇っていく太陽には、人類がかつて見たことのないほどの大きさの、大黒点が出現していた。
「神なんかの勝手にはさせないよ〜だ。メロたちはこの世界で生きていくんだよ〜。」
メロがふくれっ面になりながら、客室ではしゃいでいた。
天使であるあおいを連れ去った全たちブラッドの行為。それは神への冒涜であり、神の怒りを世界に振りまく火種となっていた。
健人としずくを連れてくる役目を自ら買って出た麻衣は、南十字島の浜辺に再び足を踏み入れていた。青の広がる東の海からまばゆい朝日が昇ってきていた。
麻衣はその陽を見つめて、悲しい笑みを浮かべる。
(メロの言うとおり、太陽から不吉な力が流れ込んできている。これが、神の力・・・多分、あと1日といったところね。)
麻衣は朝日に背を向け、浜辺を離れた。
「とにかく、健人には伝えておく必要はあるわね。あの子は聞かないとは思うけどね。」
麻衣はためらいながらも、健人たちに全の企てる計画の旨を伝えることを決めた。たとえ健人たちが賛同しなくても、世界の運命を左右するだろうこの計画を伝えることが必要だと彼女は思っていた。
太陽の黒点は、日に日にその大きさを拡大させていた。