作:幻影
アヤを逃がし、GLORYの責務を妨害したトモは、翌日リョウに呼び出された。
隊長室に訪れた彼女は、修道服を着用していた。これは彼女が決意をしたときの服装で、身のこなしの利くように施されている。
リョウも彼女の決意には察しがついていた。彼女はこのGLORYを脱退し、旅立とうとしていることを。
「その格好は、もう迷いのないことの表れなのだな?」
リョウの問いにトモは頷いた。
「あたしはあの人を救世主だと信じています。だから、もうここにはいられません。」
トモは左腕につけている隊員章を外し、隊長席の上に置いた。
「いろいろ、ご迷惑をおかけしました。」
振り返り部屋を出ようとするトモに、リョウは声をかけた。
「本日ただ今をもって、トモをGLORY正式隊員から除名する。そして、君がアヤという人物と行動を共にし、もしも我々に敵対する意思を見せるならば、アヤだけでなく、君も処罰しなければならなくなることを肝に銘じておけ。」
リョウにGLORY脱退を命じられ、トモは隊長室を後にした。彼女の眼から涙の雫がこぼれたのを、リョウは見逃さなかった。
トモを見送りに来る人は、正式隊員の中には1人もいなかった。そんな孤独の出発を強いられたトモは、出発の前に源三の研究室に訪れていた。
「そうか。もうトモとはお別れか・・」
事情を聞いた源三がトモとの別れを惜しむ。その態度にトモが頭を押さえて照れ笑いする。
「じいちゃん、またどっかで会えるわよ。大げさねぇ。」
「しばらくその胸が拝めなくなるとは、寂しいのう。」
この言葉にトモの表情が一変。拳が彼の顔面にめり込んだ。
「うくくく・・年よりはもう少しいたわるもんじゃぞ!」
「なに調子のいいこと言ってんのよ、このエロジジィ!」
うめく源三にトモは顔を赤らめてふくれっ面になる。2人のそのやり取りを見ていたサエも、不機嫌気味になった。
「もう、こんなときまで、おじいちゃんは!」
そしてトモに向き直ったサエの顔が曇る。
「でも、本当に行ってしまうの、トモ?」
「うん。でも、サエともどっかでまた会いたいとは思ってるわ。今のあたしには、やらなくちゃいけないことがあるのよ。」
「私も連れてって!」
「えっ!?」
サエの言葉に、トモが驚きの声を上げる。
「私も見てみたい。トモが何を求めて、何を掴むのか。」
「ダメよ。」
「トモ!」
拒否するトモにサエが声を荒げる。
「これはあたしが選んだ道。しかも危険と隣り合わせになるわ。そんな旅に、アンタを連れて行くわけにはいかないわ。」
「ネプチューンの整備はどうするの?」
サエのその指摘にトモはきょとんとなる。
「破邪の剣とブラッドテクノロジーのノウハウは、私も少しは知ってるわ。私が一緒なら整備は完璧ね。」
「今まで使い込んできたのよ。整備ぐらいお手の物よ。」
トモが上機嫌な態度を振舞ってみせる。サエが悲痛な面持ちを抱えてうつむく。
「私が選ぶ道だよ。トモと一緒にいきたいって、私が選んだんだよ・・・」
サエが涙ながらにトモに抱きついた。
「ダメっていっても行くわ・・」
サエの一途な想いに、トモは彼女を突き放つことができなかった。今まで自分を慕ってくれた彼女の想いを、トモは裏切ることはできなかった。
しばらく泣きじゃくるサエの姿を見つめて、トモは笑みを浮かべた。
「分かったわ。」
「えっ?」
「一緒にに行こう。」
「トモ・・」
サエの顔に笑顔が戻った。トモのそばにいられることが、サエにとっては喜ばしいことなのである。
トモのいる場所が、サエにとっての楽園なのである。しかし、トモの楽園は失われようとしていた。
「覚悟はできてるみたいね。」
「じゃ、準備してくるからちょっと待っててね。」
頷いたサエが慌しく研究室を飛び出し、その姿にトモは思わず笑みをこぼした。その様子に、源三も歓喜の色を隠せなかった。
「なんだか嬉しそうじゃな、トモ。」
「あの子のためを思って、あえて連れて行かないようにしたんだけど、すっかり負けちゃったよ。あの子のあたしに対する想いに。」
トモは嬉しかった。
危険を告げたにも関わらず、それでも自分についていこうとするサエに、トモの心に安らぎが満ちていた。
「ところで、これからどこにいくの、トモ?」
身支度を整えたサエが、イーグルスマッシャーに乗車して待っていたトモへ駆け寄る。
彼女は身動きの取れやすい格好に着替え、バックを1つ背負ってやってきていた。
「準備はいいの?なら、後ろに乗ってしっかり捕まっててね。」
トモが自分の後ろを指す。しかしサエは首を横に振る。
「大丈夫だよ。私にはこれがあるから。」
サエが指差すほうにトモが視線を移すと、そこにはバイクが1台置かれていた。
「もしかして、それで行くわけ!?アンタまだ15歳でしょ!?」
「大丈夫だよ。毎日のように乗り回していたから。」
トモの驚きに、サエはあまり気にしない様子を見せていた。
源三の助手をしていた彼女は、彼の作ったマシンの実験台をさせられ、いつしか彼の作ったバイクに慣れてしまったのである。バイクは満16歳以上でなければ乗ることは許されていないのだが、サエのバイクの乗車ぶりを見て、源三は大丈夫だとお墨付きを与えたのであるが。
「もういいわ。アンタには勝てないわ。」
深くため息をついて、トモはイーグルスマッシャーを走らせ、その後にサエがついていった。
GLORY本部を出発してしばらく荒野の公道を走った後。
突然サエの乗っていたバイクがガス欠を起こしてしまった。
修理のできるサエでもガス欠相手には手が出ず、1番近いガソリンスタンドから燃料を購入することに思いついた。
しかし1番近いガソリンスタンドは、その場からバイクで片道3時間かかる距離があり、後はGLORY本部まで戻るしかなかった。
本部への立ち入りを禁止されているトモには、後者の案は使えない。
そのとき、サエは1つの提案を思いついた。それは公道を通りがかる人から燃料を分けてもらうといいうものだった。
「よおし!それじゃ、はりきってやってみましょう!」
すっかりその気になっているトモが、手を伸ばして通りがかる車を呼び止めようとする。しかし通りの少ない荒野では、それは困難を極めていた。なかなか車が捕まらない。通りがかる車があっても、そのまま素通りするばかりだった。
「もう!なんで止まってくれないのよ!」
苛立ったトモがじだんだを踏む。それをよそにして、今度はサエが呼び止めを試みる。
すると1台のバイクがサエの眼のまで停車した。
「と、止まったよ、トモ!」
喜びの声を上げるサエに、トモは嘆息するばかりだった。
「もう、なんであたしだと止まんなくて、サエだと止まるのよ?」
完全に呆れ果てた態度で、止まったバイクに近づくトモ。
「あの〜、すみません、燃料を分けてほしいんですけど・・・あっ!」
バイクの運転手の顔を見たトモが突然驚きの声を上げて指差す。
紅い短髪にバンダナ。そのバイクに乗っていたのはアヤだった。
「あ、あ、あなたは・・・!」
「トモ?」
トモの慌てぶりにサエが疑問符を浮かべる。
「お前、あのとき私をかばってくれたな。どうしてこんなところにいるんだ?」
「じゃ・・もしかして・・?」
サエもやっと察しがついた。
2人の好奇心に、アヤは最後まで疑問符を浮かべていた。
ゲートブレイカーから少量の燃料を分けてもらったサエ。
小休止を兼ねて、アヤはトモたちの事情を訊ねた。
自分をかばったことでのトモのGLORY脱退。そんな彼女についてきたサエ。
自分がまいた種に、アヤは無表情で沈黙するしかなかった。
「あぁ、気にしないで。これは私が選んだことなんだから。あなたが気に病むことじゃないわよ。」
トモが照れ笑いでアヤに弁解する。しかしアヤは表情を変えない。
「無愛想な人だね。」
サエが小声でトモに聞いてくる。トモも彼女の意見にうなずく。
しばらくの沈黙の後、アヤは重い口を開いた。
「これ以上、私には関わらないほうがいい。」
「えっ!?どうして!?」
立ち上がるアヤにトモが食い下がる。
「あなたはブラッドと戦ってる。あたしもブラッドが憎い。あたしの楽園を奪ったあいつらは、絶対に許すことはできない。」
「お前も、ブラッドに何かされたのか?」
問い返すアヤに、トモは背中を向けて呟くように答える。
「ちょっと、時間ある?」
「ん?」
トモの言葉にアヤが疑問符を浮かべる。
「特に急ぐ用事があるわけではないが・・」
「だったら、一緒に来てもらえる?見てほしいものがあるの。この際だからサエにも見せるね。」
「な、何を?」
アヤ、サエに物悲しい笑みを見せるトモ。
「あたしの、あたしたちの、楽園があった場所に・・」
アヤの発見を待ちながら、自室で休息をとっていたカオス。ベットで横になってはいたものの、彼は寝付けず物思いにふけていた。
彼は不条理と感じたかつての人間たちの世界を嫌い、ブラッドの因子を撒き散らしブラッドの支配を遂行した。未だに反乱分子が残っているが、それでもその支配は揺るぎなかった。
彼と同じ志しを持った人々からは同属同士の争いが消え、彼の理想郷となる平穏が作り上げられた。
しかし、それでも彼の心は満たされなかった。支配者の地位に上り詰めても、美女との抱擁を確実のものとしても、彼にはまだ求めるものがあった。
彼の求める完全なる支配と平穏。そのために、彼は多くのけがれなき美女の心身を、生贄として炭素凍結させてきたのである。
人間の能力を超えたブラッドとしての聴覚が、固められた女性たちのすすり泣く声を捉えていた。
カオスがふと変えあだを起こしたとき、部屋のドアをノックする音が響いた。
「誰だ?」
カオスが声をかけると、ドアはゆっくりと開いた。白いシャツと蒼いジーンズを着用し、長い黒髪を1つに束ねた長身の女性が入り込んできた。
「レイでございます。」
「どうした?ナイトの行方は分かったのか?」
ベットから起き上がったカオスがレイに問いかかり、レイは頷いた。
「カオス様、私にナイトの始末を任せてもらえませんでしょうか?」
「何?」
レイの申し出にカオスが眉をひそめる。
「たとえ破邪の剣の1本、ウラヌスの使い手だろうと、カオス様の手をわずらわせるまでもありません。ヤツの始末は、どうか私にお任せください。」
レイはひざまずき、見下すカオスに一礼する。
カオスに惹かれた彼女は彼の側近になることを願い出て、彼のために全身全霊を尽くしてきたのである。
故に彼女は、カオスの心を奪うものは何であろうと許さなかった。今彼が注目しているブラックナイトの存在を消すため、彼女は先行を志願したのである。
「・・いいだろう。ナイトの始末はお前に任せよう。」
「ありがたき幸せ。」
「ただし、私の立てる計略に従ってもらう。」
「カオス様のご命令なら、何なりと。」
レイは立ち上がり、部屋を出ようとするところをカオスが呼び止める。
「ナイトは強いぞ。油断するな。」
「油断?愚問ですよ。私に油断などありはしません。」
不敵に笑うレイに、カオスも思わず笑みを見せた。
剣を握りしめて、不気味に笑う自分がいた。その剣はウラヌスではなく、ブラッドの力で出現させた紅い剣であった。
眼の前には恐怖して怯えるトモの姿があった。ブラッドの姿をさらけ出した自分にひどく動揺しているようだった。
剣を闇の広がる夜の空に向けて高らかと振り上げる自分の姿があった。
勢いよく剣を振り下ろし、トモの体を真っ二つにする自分があった。
絶望と激痛の混ざった断末魔の叫びを上げて、恐怖のこびりついた表情のまま倒れるトモ。
返り血や剣を滴る鮮血を見つめ、それを舐めて不敵に笑う自分の姿があった。
狂気に満ちた自分。紅く染まった月に、アヤは哄笑を上げていた。
「アヤ、アヤ?」
トモに呼ばれ、アヤははっとして我に返った。彼女はブラッドとしての本能に囚われた自分の姿を、心の中で描いていた。
話を聞いた彼女は、トモがブラッドを憎んでいることを知った。もしもトモが、自分がブラッドであることを知ったら。自分がブラッドの狂気に囚われたら。
アヤの中で、打ちひしがれるような不安がよぎっていた。
アヤはサエとともに、トモの導きのもと、人里離れた草原へとやってきていた。そこにかつての楽園があるとトモは言う。
自分をかつてないほどに慕ってくれる少女が明かそうとしている過去。そしてなぜブラッドに憎しみを抱いているのか。
いつしかアヤも、トモのことが気がかりで仕方がなくなっていた。
「そこに何があるんですか?」
バイクから降りたサエがトモに訊ねる。
「いいから、あたしについてきて。ここからは歩きになるわ。」
トモに言われ、アヤもゲートスマッシャーから降りた。
整備された歩道はさほど険しくなく、3人は難なく進むことができた。
そして草原の真ん中に立つ1件の屋敷にそばでトモは立ち止まった。
「ここよ。」
「ここに何があるんだ?」
「入ってみれば分かるわ・・」
アヤが疑問を投げかけると、トモは物悲しい笑みを見せた。
中に入ると屋敷は大講堂だった。古ぼけてはいるが、広さは持っているようだった。
「ここはいったい何なんだ?」
周囲を見回しながら廊下を進み、アヤが再び問いかけてきた。
「ついたら話すわ。」
そう言ってトモはさらに奥へと進んでいく。アヤとサエもその後をついていく。
やがて3人はこの大講堂の中で1番広い第1講堂へと足を踏み入れた。そこでアヤとサエはその光景に驚愕を覚えた。
そこにはたくさんの人影があった。しかしその少年少女は、微動さえせずにその場に留まっていた。
「どうなってるんだ、これは・・!?」
アヤが呟く中、サエが恐る恐る近づいていく。不気味な陰りを残す子供たちの1人の少女に触れてみる。
その感触は、石とも金属ともいえなかったが、固く冷たくなっていることだけは確かだった。
「トモ、これはどうなってるの!?」
焦り混じりのサエの問いかけに、トモは悲痛の面持ちで答えた。
「ブラッドの、ブラックカオスの仕業よ・・」
「ブラックカオスだと!?」
トモの言葉に、アヤが過敏に反応した。
ブラックカオス。ブラッドに虐げられてきた人間たちにとって、最も憎むべき支配者である。
「あいつは、ここにいるあたしの仲間に、時間凍結の実験を行ったのよ!」
トモの涙ながらの叫びが、講堂にこだました。そこから表れる彼女の悲しみに、アヤの顔も曇っていった。