作:幻影
先に眼を覚ましたのアヤだった。外からほら穴に明るい陽の光が差し込んできていた。
携帯電話の時計を見ると、時刻はすでに11時を回っていた。
ブラッドであるアヤを知ったトモの苦悩。そして互いの気持ちを確かめ合った長い抱擁。新たな決意を固めた夜だった。
間もなく眼を覚ましたトモに気付き、アヤは振り返った。
「おはよう。」
「うん、おはよう。」
互いに笑顔を見せる。
「さぁ、これから服の調達に行かないとな。いつまでもこんな格好じゃまずいだろ?」
アヤの言葉にトモが赤面しながら頷いた。
トモの衣服は、ゼンにかけられた石化によって全て剥がされてしまっている。ストリップ会場を飛び出してからも、彼女は一糸まとわぬ姿のままだった。
「何とかなるさ。」
不敵な笑みを見せながら、アヤは脱いだ服を身に付けた。
アヤはトモを連れて、近くの町に入った。トモは新しい衣服を手に入れるまで、薄汚い布を羽織って急場をしのぐこととなった。
そして2人は、洋服の販売店を発見した。
「いらっしゃい。」
穏やかそうな中年の店員が来店したアヤたちに挨拶をかけてきた。
「この子に合う服を探してるんだが。」
アヤがトモの頭に手を乗せる。
「なるほど。」
「えっ?」
いきさつを聞かずに頷いている店員に、アヤとトモがきょろんとなる。店員の顔から安堵の笑みが消える。
「お嬢さん、ゼンにやられたね。」
「えっ?なんで、そのことを?」
「彼の悪趣味は私にも十分に伝わってきているんでね。美人の服を破って石に変えるなど、ふてぶてしい限りだよ。」
店員は衣服をそろえるため、椅子から立ち上がった。
「いつも着ている服のサイズを教えてくれ。たいていのものなら、ここでそろえられるよ。」
「あ、はい。」
トモは店員に服のサイズを教え、店員はそれに合った衣服を何着か運んできた。トモはそれらを試着し、気に入ったものを選別して着ていくことにした。
青水色のジーンズに白いTシャツ、動きやすい服装である。
「なかなか似合ってるよ。それに免じて、お金は払わなくていいよ。」
「えっ?でもそんな・・」
店員の言葉にトモが戸惑う。すると店員は気さくな笑いを浮かべて、
「お嬢さんも、ゼンたちに好き放題にされていろいろ辛かったことだろう。そんな人に追い撃ちをかけるようなマネはしたくないんでね。遠慮しないで受け取ってくれ。」
笑みを見せる店員に、トモが満面の笑みを見せる。
「ありがとう!」
衣服の調達に成功したトモとアヤは、サエが待っているだろう大講堂に急いだ。道の険しい森はアヤがゲートブレイカーを押しながら進み、それを抜けた後は、トモと2人乗りして走らせたのである。
大講堂は未だに時間は止まっていた。2人が帰ってくるのを待っていたサエを除いて。
「トモ!アヤちゃん!」
無事に帰ってきた2人にサエが歓喜の涙を浮かべてトモにすがり付いてきた。
「やっぱりここにいたね、サエ。」
「よかったよ・・ホントによかった・・・」
泣きじゃくるサエの頭を、トモが手で優しく撫でる。その姿を見たアヤも安堵の吐息を漏らす。
「ほら。このとおりネプチューンは無事だよ。」
サエがネプチューンのスティックと携帯電話をトモに差し出す。そらを受け取ったトモは、ジーンズのポケットにスティックを入れる。
しかしサエはその直後、アヤに近づいてふくれっ面になる。
「それにしてもアヤちゃん、私を置いていくなんてひどいよ。」
愚痴を言われたアヤは思わず頭に手を当てる。
「すまない。サエを危険にあわせたくないと思ってやったことだけど、やっぱりまずかったな。」
苦笑するアヤに、トモは呆れ顔になる。
いつも冷静で落ち着きを払っているアヤだが、ガサツで性格的に不器用であるという実体を持っている。彼女の全てを知ったトモは、そのことに顔をほころばせていた。
そのとき、しまおうとしていたトモの携帯電話が鳴り出した。この携帯電話の番号を知っているのは、サエを含むGLORYの中で彼女と顔見知りのある人たちとアヤだけである。
緊急時にはこの携帯電話に連絡を入れてほしいと、彼女はサエの祖父である源三に頼んでいたのである。
「はい、もしもし?」
トモが携帯電話を開いて電話に出る。相手は源三だった。
「源三じいちゃん!どうしたのよ、何かあったの?」
トモの言葉にサエとアヤが振り向く。
“トモ、大変じゃ!GLORY本部が、ブラッドに襲撃されとる!”
「何だって!?」
血相を変えたトモに、アヤたちはただならぬものを感じた。
「分かったわ!今すぐそっちに向かう!だからそれまで無事でいて!」
源三に言い放ち、トモは電話を切ってイーグルスマッシャーに乗り込む。
「何があった、トモ!?」
問いかけてくるアヤに、トモが振り返る。
「GLORY本部が、ブラッドに襲われてるって。」
「えっ!?」
トモの言葉を聞いてサエが声を荒げる。
「GLORYの防衛システムは生半可なものじゃないわ。いくらブラッドでも攻めることは難しいわ。それなのに・・」
思いつめて沈痛な面持ちのトモの肩に、アヤが優しく手を乗せる。
「とにかく急ごう。ブラッドの襲撃を受けてるのは間違いない。助けるのが先決だ。」
アヤ、サエもそれぞれのバイクに乗る。3人はGLORY本部に向けて急行を開始した。
GLORYの本部内では、すでにレイ率いるブラッド部隊が侵入していた。隊員や内部の人間たちはブラッドに襲われ、一部は殺され、一部は血を吸われてブラッドにされてしまっていた。
組織は崩壊に向けて拍車をかけていた。
源三と数人の隊員たちは、彼の研究室に立てこもっていた。そして彼は連絡をとったトモたちを待ちながら、生き延びるための打開策を必死に練っていた。
「まさかここを襲われるなんてな。」
「隊員のほとんどはやられたと考えたほうが無難だな。」
「とにかく、オレたちは生き残らないとな。」
妙案を練り上げている隊員たち。時間がたつに連れて、焦りが増すばかりだった。
そのとき、扉が強い振動を受けて揺れ、中にいる人たちがいっせいに振り返る。
「とうとうここまで来たか!」
「窓から脱出するぞ!やられるわけにはいかないんだ!」
隊員の2人が外にいるブラッドに警戒心を向けて、源三を始めに隊員たちが脱出を開始する。外は未だに混乱が続いているものの、人の気配はなかった。
身構える隊員2人以外の全員が部屋を飛び出した瞬間、扉が蹴破られて光の武器を持ったブラッドたちが入り込んできた。
ブラッドたちは脱出を行おうとしていた隊員2人に襲いかかった。
「うおっ!ぐあぁぁ!!」
1人は2人のブラッドに血を吸われ、もう1人はブラッドの力によって作り出された剣や棒の攻撃を受けて命を失った。
研究室を脱出した源三たちは、すぐにブラッド部隊に発見され、GLORY本部の裏門に向けて必死に駆け出していた。正門はすでに部隊に占領されていた。
「源三おじいちゃん、がんばって!」
「分かっとる!君も頑張るんじゃぞ!」
避難してきた少年に励まされながら、源三は汗を流しながら部隊から逃亡していた。
そして裏門が見えてきたそのとき、
「うわっ!」
少年が足をつまずいて前のめりに転倒する。
「きみっ!あっ!」
足を止めて振り返った源三の視界に、不気味な笑みを見せるブラッドたちが迫ってくる。
「ここまでか・・!」
追い詰められた源三が歯ぎしりをする。
そのとき、彼らの後方から光の弾丸が飛び込み、ブラッド部隊の前線を一掃した。
源三が振り向くと、裏門の先に2つの機影が向かってきていた。トモの乗るイーグルスマッシャーとアヤの駆るゲートブレイカーである。トモが発動させたネプチューンの番号4と決定ボタンを押して、スティックの発射口から光の弾丸を撃ち込んだのである。
「じいちゃん!」
2台のマシンがそれぞれ、源三たちの側面で停車する。アヤはウラヌスのスティックに携帯電話をセットして、番号8と決定ボタンを押す。破邪の剣のエネルギーが、光の斧を形作った。
「これ以上、あたしたちの仲間を傷つけさせはしない!」
トモもネプチューンの番号7と決定ボタンを押して、光の鞭を出現させる。いきり立ったブラッド部隊が、アヤたちに向けてそれぞれの武器を構える。
向かってきたブラッドに向けて、アヤは光の斧を横なぎに振り回した。強烈な力と威力を持つその斧の攻撃を受けて、ブラッドたちが切り裂かれて倒れていく。
トモも光の鞭を振りかざして、ブラッドたちに叩きつける。
動けないでいた源三たちに向かっていくブラッドの姿を視界に入れたトモが、鞭を振りかざしてその進行を阻む。
その間に割り込んできたトモに向かって、ブラッドが力を振り絞って光の球を発射する。
「させない!」
トモは携帯電話の番号8と決定ボタンを押すと、ネプチューンの発射口から巨大な光の盾が出現して、光の球を防いだ。
その防御力に動揺したブラッドたちを、アヤは斧を振りかざしてなぎ倒した。
源三たちを襲ってきたブラッド部隊は、急行したアヤとトモによって壊滅した。サエが到着したのは、2人が破邪の剣のエネルギーを消した後だった。
その後、トモとアヤはGLORY本部内に潜入していたブラッド部隊を撃退。一時的に全滅を免れたのであった。
彼女たちとサエ、源三と生き残った隊員たちは、研究室の隣の休憩室に移動した。
「トモ、戻って来てくれたんじゃな。」
源三が笑顔のトモの手を取る。
「何言ってるのよ、じいちゃん。何かあったらすぐに駆けつけるって言ってたじゃない。」
「またこの胸が拝めるとはなんというさいわ・・ぐほっ!」
胸に手を伸ばしてきた源三の顔に、トモは拳を叩き込んだ。顔を押さえてうめく源三に、トモとサエが呆れる。
「相変わらず冷たいヤツじゃのう。死ぬ前に是非いい思いを・・」
「縁起でもないこと言わないの!」
甘えた態度を取る源三に、トモが顔を赤らめて言い放つ。その光景に、アヤも呆れの混じった笑みを浮かべていた。
そんな彼女たちの明るい対話の横で、GLORY隊員の視線は冷たかった。
当然である。GLORYを襲撃され、多くの仲間を手にかけられたのだから。
さらに彼らが苛立ちを抱いていたのには他に理由があった。それはアヤの存在である。
彼女の頭に付いている猫の耳のようなもの、今は腰に収めているウラヌスを使用していたため、彼女がブラッドであることは一目瞭然であった。
「おいトモ、そいつがお前の言っていた救世主ってヤツか?」
「そ、そうよ。」
鋭い口調で問いかける隊員に、トモが不機嫌そうに答える。その答えに隊員が鼻で笑う。
「はっ!寝ぼけたこというなよ。そいつはブラッドだぜ。」
「我らが敵対しているブラッドと手を組んで、何考えてんだよ!」
「そいつがお前をたぶらかして、ここの攻略法でも考えたんじゃないのか?」
苛立ちのあまり、アヤに対する暴言を好き勝手に言う隊員たち。その言動にトモは憤慨して机を叩いた。
「ふざけないで!アヤはあたしとずっと一緒だったのよ!そんなバカなことするわけないでしょ!」
「トモ、いいんだ。」
怒るトモの肩を押さえて、アヤが彼女をなだめる。
「アヤ、でも・・」
心配するトモに、アヤは物悲しい笑みを見せる。
「そういえば、お前もそうだぜ、トモ。」
「な、何よ!?」
不敵に笑う隊員に、トモが不機嫌そうに答える。
「だいたいお前も怪しいんだよな。普通の人間には扱えないはずの破邪の剣を、何の副作用もなく使いこなしてる。もしかしてトモ、お前もブラッドじゃないのか?」
隊員のこの指摘に、トモが言葉を詰まらせる。そしてアヤの顔から笑みが消えた。
アヤは憮然とした態度のむなぐらを掴んで鋭い視線を向ける。
「な、何をする!?」
「私を何と言おうとかまわない。だが、トモを愚弄することは許さない!」
そう言い放って、アヤが隊員を突き飛ばす。ふらついた隊員が、苛立ちのこもった視線を向ける。
「トモを悪く言わないで!身体検査でもトモが人間だってことは立証してるんだから!」
サエもトモを弁解する。しかし隊員は再び鼻で笑う。
「その身体検査も疑わしいんだよ!」
「・・どういうことよ・・!?」
言っていることの意味が分からず、トモが問いかける。
「そう言えば、隊長は!?リョウ隊長はどうしたのよ!?」
声を荒げるトモに、隊員は少し間を置いてから答えた。
「やられたよ・・隊長は。」
「えっ・・・?」
その答えに、トモが呆然となる。
「レイとかいうブラッドに血を吸われて、隊長もブラッドにされてしまった!こんなバカなことが!」
隊員が涙ながらに机を叩く。憤慨する彼らの前で、トモは心の整理が付かずその場に立ち尽くしていた。
そんな彼女を落ち着かせながら、アヤは源三に問いかけた。
「源三さん、どういうことなんだ?」
すると源三が沈痛な面持ちで答えた。
「GLORYを管理している上層部が、ブラッドのスパイだったんじゃ・・」
その答えに、アヤとサエも驚愕を覚える。
ブラッドの支配を解き、世界に真の平和をもたらすために結成されたはずのGLORY。それを取り仕切る上層部が、倒すべきだったはずのブラッドだった。
今まで戦ってきた意味を根底から覆した事実に、トモは体を震わせていた。
「トモ、とりあえず外に出よう。少し風に当たったほうが・・」
アヤに促され、トモは休憩室を出て行った。サエもその後に続いた。
外に出た3人は、出入り口の段差に腰を下ろした。雲ひとつない晴天は、3人の淀んだ心理状態を解きほぐすことまでには到らなかった。
「あたし、どうしたらいいの・・?」
「トモ・・」
「隊長がブラッドになっちゃった・・・もしかしたらアヤやあたしと戦うことになるかもしれない・・」
トモはリョウと戦えない不安はなかった。だが、かつての上司に刃を向けるのは、とても心苦しいことだった。
アヤが虚ろな表情で空を見上げて、トモとサエに語りかけた。
「この前、私の楽園がブラッドと人間の共存だって言ったよな?」
「え?うん、そうだよ、アヤちゃん。」
頷くサエ。顔を下げてうつむくアヤ。
「さっき、トモがブラッドだって言われたとき、私、ものすごく腹がたった。もしもそれが事実だとしたら、私の理想が、楽園が消えてしまうと思ったんだ。」
アヤの言葉が、トモの心を強く打った。
ブラッドと人間の共存。アヤはトモがそのかけ橋となってくれると信じている。もしもトモがブラッドだとしたら、アヤの楽園は崩壊してしまう。
自分の楽園を守るため、アヤはトモを弁解したのである。
トモは立ち上がり、拳を強く握り締めた。
「あたしは、隊長と戦うのは正直言って辛い。大講堂のみんなが凍らされて、ひとりぼっちだったあたしを助けてくれたのが、まだ隊員だったリョウ隊長だったの。恩師の恩をあだで返すようなことはしたくない。でも、あたしの楽園を取り戻すためなら、あたしは覚悟を決めるわ!」
「トモ・・」
トモの決意に、サエが笑みをこぼす。アヤも立ち上がってトモの頭に手を乗せる。
「迷いは、ふっ切れそうだな。」
アヤの言葉にトモは頷いた。
「戻ろう。源三さんが心配してる。」
「まさか。あのスケベジジィの心配なんてろくなことじゃないわよ。」
笑ってみせるトモ。
「でもアヤ、じいちゃんのこと知ってるの?」
「ああ。ゲートブレイカーを整備してくれたエントランスストアの店主が、源三さんの弟子だって。」
「ウソ!?弟子がいたなんて聞いてないわよ!」
トモとサエが驚く。どうやら初耳のようである。
「けど、その人もいい加減な性格だから、半信半疑だったけどな。」
アヤが苦笑を見せる。
その後、源三に訊ねてみたら、リュウとの師弟関係は本物で、彼に超マシンに関する知識と技術を教え、ゲートブレイカーを預けたということである。
炭素凍結された女性が立ち並ぶ地下室。その中心にブラックカオスは立っていた。
彼の支配は着々と進行していった。
上層部として身を置かせていたブラッドのスパイ。それらをついに始動させ、GLORY破滅のスイッチを入れたのである。
カオスの策略の中、GLORYは頂上からなだれ込むように崩壊の波にさいなまれた。
レイ率いるブラッド部隊によってGLORY隊員のほとんどは、ブラッドにされるか絶命の末路を辿ったのである。
悠然とした態度で支配を堪能しているカオスのいる地下室の扉が開き、帰還したレイが入ってきた。
「ただ今戻りました。」
「そうか、ご苦労だった。」
カオスが振り返り、レイに視線を向ける。
「ご命令どおり、リョウ隊長を血を吸い、ブラッドにしてきました。」
「いいぞ。これで私の支配の鍵は揃った。後はあの娘を生贄に捧げるだけ。」
「その、娘とは?」
疑問を投げかけるレイを通り過ぎ、カオスは答える。
「邪神の力を得るには、ブラッドの女だけでなく、けがれのない人間の女が必要だ。それはブラックナイトと行動を共にしてきた、サエだ。」
カオスの次なるターゲット。それはサエだった。
「彼女の捕獲は私自ら出向く。」
「いけません!カオス様が直接向かわなくても、この私が・・!」
声を荒げるレイに、カオスが笑ってみせる。
「慌てるな。私は戦いに行くわけではない。もっとも、2人の娘はそのつもりではないがな。決戦の舞台はちゃんと用意してある。もちろんレイ、お前がナイトと戦える機会もな。」
「まさかカオス様、ヤツらをここに招き入れるのですか!?危険です!下手をすればここは・・!」
「危険なのはむしろ彼女たちに降りかかるよ。ここは私の支配の中枢。いくらでも罠をかけられる。」
哄笑を上げながら、カオスは地下室を出て行った。
「プルートを用意しろ。出る。」