Blood -double black- File.11 目覚める殺意

作:幻影


 トモと別れたアヤは、サエを追い求めて長く続く廊下を駆け抜けていた。そんな中、彼女はただならぬ気配の接近を感じていた。
(近くに凄まじい殺気を感じる。どこだ・・)
 周囲に気を配りながら、さらに廊下を進んでいくアヤ。そして彼女が天井を見上げた瞬間、
「死ね、ブラックナイト!」
「レイ!」
 天井で待ち構えていたレイが、すぐさま身構えたアヤに飛び込んできた。
 アヤは光の刃を出しているウラヌスで、レイの振り下ろした刃を受け止める。弾き飛ばされたレイが後退して体勢を整える。
「待っていたよ、ブラックナイト!ここでお前の息の根を止めてやる!」
 レイはブラッドの力によって作り出した剣を振りかざして、再びアヤに飛びかかった。
 アヤとレイが剣を打ち合い、そしてつばぜり合いに持ち込んだ。するとレイが不敵な笑みを見せ、アヤはそれに危機感を覚えた。
 剣を押し付けて後退し、レイの次なる一手から回避する。レイは剣の形状を鞭に変えて、アヤの動きを封じようと考えていたのだ。
「さすがに同じ手は食わないか。だが私の攻撃はこの程度では終わらないよ!」
 笑みを見せるレイが鞭を再び剣に戻して、アヤの動きを見計らう。アヤもレイの出方をうかがう。
「私はサエを助ける。邪魔をするなら、誰であろうと押し通す!」
 レイとアヤが交えた2つの刃が、激しく火花を散らした。

 リョウの放った剣の突きに押し倒されるトモ。彼女は息を荒げながら、それでも立ち上がる。
 彼女は疲労や傷の痛みよりも心の痛みを強く感じていた。上司であり恩師だったリョウと敵対している現実を、無意識のうちに否定しようとしていたのだ。
「どうした!もう終わりか!GLORY隊員だった者が!それとも元上司には手が出せないか!?」
 平然と構えるリョウが、ふらつくトモに罵声を浴びせる。
「いいだろう。ならば戦う理由を君に与えよう。」
 リョウは剣を下ろして構えを解き、視線をトモからそらした。
「破邪の剣、ネプチューンを扱えたのは、GLORY隊員の中では君だけだった。不審に思った私は、上層部とともに君の身体検査を行った。履歴の調査も同時にな。すると驚くべき事実が分かったのだ。君の親族にブラッドが紛れていたことをな。」
「えっ・・・?」
 トモはリョウの言葉の意味が分からず、唖然となる。
「君はブラッドの父親と人間の母親の間に生まれたハーフだったのだ。」
「ウソよ・・・ウソよ!」
 必死に否定するトモ。それにかまわず、リョウは話を続けた。
「ディアスの一種であるブラッドは、人間との混血を行うと一時的に力を失ってしまい、覚醒するまで長い年月を要する。だから身体検査を行っても、ブラッドの反応は見られなかったのだ。」
 不敵に笑うリョウ。動揺を隠しきれず、恐怖と混乱を顔から滲ませるトモ。
「今まで真実を話さなくてよかったよ。君は破邪の剣を扱うことのできる唯一のGLORY隊員として、ブラッド部隊を駆逐し、真の目的であるもう1人の破邪の剣の使い手、ブラックナイトを導くまでに事が運んでくれた。君の功績の上昇によって、君をGLORYに導いた私の地位も上がり、とても仕事がやりやすくなった。ありがとう。」
 勝ち誇った笑みを見せるリョウの話を聞いているうちに、トモの中の恐怖と混乱は次第に怒りと苛立ちへと変わっていった。
「今でもあなたが言ったことは信じられません。しかし、あなたは今まであたしを利用していたのですか?自分の目的のために、あたしを!」
 トモに覇気が戻った。鋭い視線でリョウを睨みつける。
「そうだ。だがGLORYから離反した今、君は私にとってただの邪魔者!新しい世界の支配のため、ここで朽ち果てるがいい!」
「アンタだけは、絶対に許すことはできない!」
 ネプチューンを振り上げ、トモがリョウに向かっていく。しかし振り下ろされた刃を、リョウは簡単に受け止める。
「この程度か、君の力は!?」
 リョウが怒号とともに、トモの打ちつけた剣を返す。そして反撃に転ずる。
 次々と繰り出されるリョウの剣の攻撃に、トモは防戦一方になる。そして凄まじい剣の力は、トモの握るネプチューンを弾き飛ばした。
 トモの手から離れ弾き飛ばされたネプチューンは床に突き刺さった。携帯電話のバッテリーによって、エネルギーの放出は維持されていた。
 圧倒的な技量の差を痛感し、呆然とリョウの姿を見つめるトモ。彼女の眼前に剣の切っ先を向けるリョウ。
「失望の極みだな。破邪の剣の使い手がこの程度とは。」
 リョウは剣を横なぎに振り抜いた。トモの体を斬りつけてはいないものの、その剣圧に吹き飛ばされて転倒する。
 うめくトモに、再び切っ先を向けるリョウ。
「チェックメイトだ。天に旅立つがいい、トモ。」
 鋭い眼光を放つリョウを前に、トモの中に死の恐怖が込み上がってくる。圧倒的、絶対的な力と技量の差。それを痛感しながらも、眼の前の男を許すことはできない。
 その苛立ちと怒りが、彼女の中に殺意を生み、隠されていた力を呼び起こした。
「これは!?」
 リョウがトモから放たれる力に驚愕する。
 怒りに身を任せたトモが獣のようなうめき声を上げながら、体から紅いオーラを放っていた。
「ブラッドの力・・怒りのあまりに暴走している!?」
 リョウの思ったとおり、トモは湧き上がるブラッドの力を暴走させていた。その凄まじさが拾い上げたネプチューンの光の刃にも伝わっていた。
 殺意のこもった精神エネルギーは、破邪の剣の鮮明な光を紅く染め上げていた。
「なんという力・・これがトモの中に秘められていたブラッドの潜在能力か・・・だが、私もここで退くわけにはいかない!」
 リョウはいきり立って、剣を構えた。殺意満面のトモがネプチューンを振りかざし、リョウに向かって飛びかかった。振り下ろされた剣の力は、先程とは比べ物にならないほどにまで向上していた。
(な、なんという速く重い攻撃だ!一瞬でも気を緩めれば、実感する間もなく絶命するぞ!)
 胸中で舌打ちをするリョウに、トモの容赦ない攻撃がせまる。剣を打ち払い、後退して間合いを取るリョウ。そこに間髪入れず、トモが突きを繰り出して突進する。
「トモォーーー!!!」
 叫びを上げながら、リョウが剣を振り下ろしてトモの突きを迎え撃つ。
 紅い剣をわずかな動きのズレで回避し、トモはネプチューンの刃をリョウの胸に突き立てた。
 リョウから飛び散る紅い鮮血。崩れ落ちる体。消失する剣。その光景を目の当たりにしたトモの紅く染まっていた眼の色が戻り、正気に戻った。
「あっ・・・」
 トモは自分が何をしたのか、何が起こったのか一瞬理解できなかった。視線を定めると、そこには脱力して倒れたリョウの姿があった。
「隊長!」
 ネプチューンを払い落とし、トモが血みどろになったリョウの体を起こそうとする。
「隊長!しっかりして、隊長!」
「ト、トモ・・・」
 リョウが血だらけになったリョウの手を掴む。彼女の頬を大粒の涙と返り血が流れていた。
「ついに、覚醒させたな・・君の中にある力を・・・」
「でも、これは・・!」
 自分の中にある忌まわしき力と血を必死に否定しようとするトモ。リョウが小さく笑みを見せる。
「否定したい君の気持ちは分かる・・・君はブラッドを、ブラックカオスを憎んでいるのだからな・・・だが、今君が見せた力・・・自分を含めた全てに降りかかる現実は、何者にも否定することはできない・・・」
 リョウの言葉を悲痛に感じるトモ。自分が今まで憎んでいたブラッドだったという事実を否定したくてたまらなかった願いが伝わらないことに、現実の非情さを痛感して胸が苦しくなる思いでいっぱいだった。
「問題は、持てる力を何に使うか・・・何のために使うか、だ・・・忌まわしき闇の力も・・・使い方によってはまばゆい光へと変わる・・・私は・・君が闇の力に屈せず、自分の信念を貫き通すことを信じている・・・」
「隊長・・・!」
「まだ私を・・隊長と呼んでくれるのか・・・」
「あたしにとってあなたは、この先もずっと隊長です。リョウ隊長・・・」
 自分を隊長として信頼してくれるトモに、リョウは感無量だった。涙ながらのトモの眼差しを胸に刻みながらリョウは重くなっている口を開いた。
「トモ・・・GLORY隊長としての・・・最後の・・命令を下す・・・」
 意識のもうろうとしたリョウの言葉に真剣に耳を傾けるトモ。
「サエを救い・・ブラックカオスの計略を阻止しろ・・・そして・・君自身の楽園へと・・・帰れ・・・」
「・・・はい・・・」
 リョウの命令に、トモは瞳を閉じて承諾した。
「これからの未来は・・・君たちの手で・・・切り開いて・・・いく・・ん・・・だ・・・」
 トモに抱かれながら、リョウは全てを彼女を始めとした世界に生きる人々に託し、その命を閉じた。
「隊長・・・」
 リョウの思いを受け取ったトモは、悲しみを押し殺して立ち上がった。
 今は悲しんで泣き叫んでいる場合ではない。サエを救わなければならない。それはトモの願いであり、リョウの下した命令でもあるのだ。
 トモは振り返り様に横たわったリョウに敬礼し、大広間を駆け出した。

「ぁ・・・あぁ・・・」
 ブラックカオスの抱擁を受けたサエの体から汗がにじみ出ていた。呼吸はまばらになり、あえぎ声だけが口から漏れ、秘所から大量の愛液があふれ出ていた。
 その姿を悠然と見下ろすカオス。
「これでお前の心身は洗礼された。体の麻痺もなくなってきたことだろう。」
 カオスはサエとの距離をとり、振り返って右手を伸ばした。
「では本題に入ろう。お前は私の力を受けて、邪神を呼ぶ人柱となるのだ。」
 カオスはもうろうとした意識のサエにブラッドの力を発動した。念力によってだらりとした彼女の体が棒立ちになる。
 さらに力を込めると、サエはかつてない激痛に呆然としていた顔がきつく歪む。体の麻痺とは比べ物にならないほどだった。
「痛い!・・こんな痛いの・・はじめてだよ!」
「痛いのは当然だ。お前の体を巡っている炭素を固めているのだからな。だが、洗礼を受けたお前なら、その痛みも快楽に変えられるはずだ。」
 哄笑を上げるカオスの眼の前で、一糸まとわぬ姿のサエが激痛のあまりにその場でふらつく。さらなる体の変化に、呼吸もままならない気分を彼女は感じていた。
「さあ、栄光の瞬間だ!人柱となれ、人間の娘、サエよ!」
 カオスは力を放出させている右手を握り締める。サエが悶え苦しんでいるその場所に、四角い壁が出現する。
 サエは体の痛みに意識はさらにもうろうとなっていた。
「トモ・・・アヤちゃ・・・ん・・・」
 震える唇で必死にトモとアヤの名を呟いた後、サエはカオスの力に完全に飲み込まれた。
 サエは作り出された壁に埋め込まれる形で、固められて動かなくなった。
「これで鍵はそろった。後は彼女たちを導くだけだ。」
 悠然と固まったサエを見つめるカオス。もうろうとした意識の中で、サエは微量に流れ込んでくる痛みに漂っていた。
 カオスの狙いは私だけじゃない。アヤもトモも、カオスの標的にされている。
 一抹の不安を感じながら、サエはこの場を動くことができないでいた。

 アヤはレイを圧倒していた。草原での戦いでは互角だった戦いも、サエを救いたい気迫を持ったアヤがレイの猛攻をはね返し、優位の展開を見せていた。
(なんという力!以前に戦ったときよりも、はるかに上がっている!このままじゃ・・!)
 胸中でアヤの脅威を痛感するレイ。しかしその焦りが募れば募るほど、彼女の劣勢は大きくなるばかりだった。
 そして振り下ろされたウラヌスに弾かれて、レイは仰向けに倒された。
 起き上がろうとするレイの顔に、アヤはウラヌスの刃を突きつけた。
「これで終わりだ。道を開けるなら生かしておいてやる。」
 鋭い視線を向けながらも情けをかけるアヤ。しかし、それを受け入れるレイではなかった。
 業を煮やしたレイは、手に握っていた剣を鞭に変えて、アヤに向けて振り上げた。鞭は虚を突かれたアヤの眼を叩いた。
「がはあぁ!!」
 眼に激痛が走ったアヤがうめき声を上げる。顔を手で覆いながら、後ずさりしながらレイの追撃から逃れようとする。
 眼を開いて自分の手のひらを見ようとするが、
(眼が、眼が見えない・・!?)
 自分の手のひらが見えない。
 レイの攻撃を受けて、アヤの視力が失われてしまった。
 そんな彼女に、レイの容赦ない攻撃が続く。視界のないアヤは防戦を余儀なくされた。
 そしてレイの振り抜いた鞭が、アヤの握るウラヌスを叩き、弾き飛ばした。
「しまっ・・!」
 驚愕の声を上げるアヤに、レイの鞭が振り抜かれた。その衝撃でアヤは吹き飛ばされる。
 視力の低下によって立ち上がるのに手間取っているアヤに、レイは不敵な笑みを浮かべながら足を振り下ろす。頭を押しつぶしたり腹部に蹴りを入れたり、容赦ない攻撃をアヤに浴びせる。
 彼女を蹴り飛ばし、レイは傷だらけのアヤを見下す。うめきながらも、アヤはレイに向けて必死に声を発する。
「ひ、卑怯な・・・」
 苛立ちのこもったアヤの言葉に、レイは哄笑を上げる。
「もう手段など選ばないよ!何が何でもお前の息の根を止めてやる!」
 非情に徹したレイが、鞭を剣に変えて、その切っ先をアヤに向ける。
「これで終わりだ!ブラックの名を持つ者は、ブラックカオス様1人で十分だ!」
(このままでは・・!)
 窮地に追い込まれたアヤは、滅多に使うことのなかったブラッドの力を発動させた。
「何っ!?」
 意標を突かれたレイの振り下ろした刃は、アヤは放った紅いオーラによって阻まれる。同時にアヤは聴覚を研ぎ澄ました。
 眼の見えない彼女は、ブラッドとしての聴覚を用いて、手から離れていったウラヌスのエネルギー放出による音を探る。使う人から離れても、携帯電話のバッテリーを代用することで、しばらくはエネルギーを放出し続けることが可能である。
 そしてついに、アヤはウラヌスの場所を推測する。そこにいきり立ったレイが飛び込んでくる。
「こしゃくなマネを!」
 斬り込んできたレイの攻撃をかわし、アヤは耳を頼りにウラヌスを拾い上げる。そして使い込んできた感覚を駆使して、携帯電話のボタンを押した。
 アヤの指は、的確に#と3、決定ボタンを叩いていた。
 ウラヌスの刃はえん曲を描いた大刀へと形を変えた。アヤは振り下ろしてきたレイの刃をかわし、横なぎにウラヌスを振り抜く。
 威力を増した巨大な刃が、レイの体を切り裂いた。
「がはあぁぁーーーー!!!」
 断末魔の叫びを上げたレイの体が上半身と下半身に切り裂かれ、その後紫色の炎を上げながら焼失する。
「カ・・・カオス・・・さ・・・ま・・・」
 炎に包まれて絶命するレイ。アヤには彼女の最期を気にする余裕はなかった。
 辛くも勝利するも、視力を失ってしまい、かなりの体力を消費してしまった。
「ダメだ・・・まだ見えない・・・」
 ウラヌスの刃を消し、自分の両手を見ようとするアヤだが、未だに視力は戻らない。眼球の損傷は免れたものの、まぶたに強い刺激を受けて、視神経が一時的に麻痺していたのである。
 しばらくすれば視力は戻るはずだが、それまでに戦いをするのは極めて危険である。しかしアヤは立ち止まっている時間はない。自分たちはサエを救わなければならないのだ。
 満身創痍の体に鞭を入れて、アヤは地下に続く階段をゆっくりと目指した。

 待ち伏せをしていたブラッドを追い詰め、サエとブラックカオスのいる地下室の場所を聞き出したトモは、さらに続く廊下を駆けていた。
 ブラッド部隊の行動は彼女とアヤによってほぼ沈静化し、トモは地下室に向かって一直線に進んでいた。
 そして、地下の廊下の突き当たり。サエがいると思われる地下室の扉を発見したトモ。
(あった!この中にサエが・・・多分、カオスも一緒に・・・!)
 トモはネプチューンに光の刃を出現させ、カオスの迎撃に備える。そして用心しながら、ゆっくりと扉を開けて中に入っていく。
 部屋の中は重い空気が漂い、薄い明かりだけが部屋を照らしていた。
 ネプチューンの刃の光を明かりにして、トモは警戒しながら奥に進む。
(サエ、ブラックカオス、どこにいるの・・・!?)
 胸中で次第に焦りを募らせていくトモ。間もなく突き当たりになるところで、トモの視界に、サエとブラックカオスの姿が映った。
 トモは驚愕を感じた。不敵な笑みを見せるカオスの横で、サエは裸にされて壁に埋め込まれる形で固められていたのである。

「サエ!」
「ようこそ、ネプチューンの使い手、トモ。いや、ブラックエンジェル。」
 声を荒げるトモにカオスが声をかける。彼の口にした名に、トモはさらなる困惑に襲われた。
「ブラック・・エンジェル・・・!?」
「そう。それがブラッドとしてのお前の名だ。まぁ、気に入らないならトモと改めるが。」
 さらに笑みを見せるカオスが、固まって動かないサエの頬に手を当てる。その行為がトモを逆撫でした。
「カオス、サエから離れなさい!そして元に戻しなさい!」
 言い放つトモに、カオスは哄笑を上げて、今度はサエの胸を撫でていく。
「そうはいかない。彼女は私が邪神の力を得るための栄えある人柱だ。心身を洗礼した後に炭素凍結を終え、人間にあってブラッドにない精神エネルギーを利用して邪神をつなぐ扉を開くのだ。」
「邪神の力・・・」
「私の支配を完全なものとするための力。お前も私に加担すれば、お前の楽園とも言える大講堂の時間凍結を解いてやってもいいんだぞ。」
「ふざけないで!アンタに加担なんて絶対にしない!アンタを倒せば、ブラッドの力も消えてみんな元に戻る!サエも、大講堂のみんなも!」
 怒号を上げるトモが、ネプチューンの刃の切っ先をカオスに向ける。しかしカオスは悠然とした態度を崩さない。
「そうか。その剣は私に牙を向けるということか。いいだろう。お前にも見せてやろう。邪神の力がどのようなものかを。」
 カオスはサエの固く冷たくなった腹部に手をかけて押し当てた。ブラッドの力を受けた彼女の体は、重力や摩擦に逆らうように滑らかに動き出し、背後の壁にさらに吸い込まれていった。
「サエ!」
「お前も来るがいい。お前も入れるはずだ。ブラッドであるお前なら。」
 不敵に笑うカオスも続いて壁の中に入っていく。その姿を呆然と見つめるトモ。何が起こったのか、一瞬分からなかったまま。
(行かなくちゃ。全てを知るために。そしてサエを助けにいかなきゃ。たとえ、どんな罠が待ち構えていても。)
 決意を改めたトモが、カオスとサエが消えた壁に歩み寄った。

つづく


幻影さんの文章に戻る