作:幻影
ブラッドの気配を、健人はさらに探った。しかし、気配を消しているのか、それとも遠くに行ってしまったのか、気配が感じられない。
「くっ・・いったいどこにいるんだ・・・!?」
敵の居場所が分からずうめく健人。
「それよりも、早く琥珀と翡翠を。」
「いや、ダメだ。」
氷塊に閉じ込められた琥珀に近寄る秋葉の言葉を健人は否定した。
「この氷はブラッドの力がかかっている。この氷を解かすか壊すかするには、相当の力が必要になる。しかし、その力に2人が耐えられるとは思えない。」
ブラッドの力で氷の力を相殺するにせよ、氷を取り除くには中にいる琥珀たちにかなりの負荷をかけてしまう。もし氷を取り除いたとしても、2人は無事ではすまないだろう。
「やはり助ける方法はひとつ。ヤツを倒し、ブラッドの力を消すしかない。」
完全に行き詰まってしまう健人たち。ブラッドは今でも、彼らを狙って忍ばせているかもしれない。
「わたし・・何とかできるかもしれない。」
「えっ?」
あおいが思い切って言い、しずくが生返事をする。
「私の力なら、ブラッドの居場所を見つけられるかもしれない。」
「あおいちゃん・・・分かった。頼む。」
健人が頷くと、あおいも頷いて意識を集中する。
「どういうことなんだ?あおいちゃんは、いったい・・?」
「この子は、天使なんだ。」
「天使?」
志貴の問いかけに健人が答える。
彼女は自分の中にある力を使って、周囲の自然とシンクロする能力を身に付けていた。この力を使うことで五感が向上され、対象の位置や動きを的確に捉えることができる。
意識の集中のため眼を閉じていたあおい。その眼をゆっくりと開き、窓に視線を移した。
「見つけた!窓の外!明かりのすぐそばの木の枝の中にいる!」
あおいの言葉を受けて、健人が窓を開け放つ。その視線の先、木の枝の群れにブリーズは紛れて隠れていた。
「ちっ!」
舌打ちするブリーズが蒼く光る右手を伸ばす。
凍結の力を感じた健人。その流れを辿って振り返ると、あおいが琥珀たちと同じように一瞬にして凍り付いていた。
「あおいちゃん!」
「くっ!」
困惑の表情のまま氷塊に閉じ込められた天使に駆け寄るしずく。健人は窓からブリーズのいる木に向かって飛び上がった。
ブリーズもひとつ不適に笑って、その木から飛び降りる。健人はブラッドの力を解放し、紅い剣を出現させてブリーズの後を追う。
「とうとう見つかっちゃったか。でも、こういうのも面白みがあっていいや。」
ブリーズは跳躍して正面玄関のほうへ駆け出した。
「待て!」
健人もその後を追う。
それをうかがっていたブリーズは、ブラッドの力を駆ける草地に向けた。すると彼の後方の草地が白く凍りついていく。
凍てつく草地に健人は足を止める。剣を振り抜いて、迫る凍結を遮断する。
「そう簡単にオレは捕まえられ・・・ぐっ!」
余裕を見せていたブリーズが苦悶の表情を浮かべる。
「くっ・・力を使いすぎたか・・!」
力を過剰に使用したことに毒づくブリーズ。
ブラッドはその力を使う際、自分の血を代償にしなければならない。力を使いすぎた彼は、本能的な吸血衝動に駆られていたのだ。
手ごろな吸血の獲物を求めつつ、ブリーズは正面玄関の前に駆け込んだ。そこには志貴の姿があり、ブリーズを待ち伏せていた。
(ラッキー!丁度いい獲物が見つかったぞ。女に血を求めるのは気に入らないが、男は血の家畜にしても別にかまわないからな。)
笑みを見せ、血を求めて志貴に向かっていくブリーズ。志貴は右手にナイフを持っていた。
「フフフ、それでオレと戦うつもりか?ブラッドでも吸血鬼でもないお前が、ブラッドのオレに対して何ができるというんだ?」
足を止め、志貴をあざ笑うブリーズ。その余裕が命取りとなった。
メガネを外していた志貴が、ナイフを一閃する。しかしナイフの刃はブリーズに全く届いてはいない。
だがその直後、不気味な哄笑とともにブリーズの体が斜めに断裂する。
(な、何っ!?・・・まさか・・これは・・・!?)
驚愕するブリーズの体からおびただしい鮮血が飛び散る。そしてその断裂はさらに起こり、その体を16の肉片と紅い血に変えた。
これが志貴に備わっている直死の魔眼の効果である。彼が切ったのはブリーズではなく、線になっているその死の概念である。
その効力に気付いた直後、ブリーズはその命を閉じた。
「こ、これは・・!?」
遅れて現れた健人も、ブリーズの末路を目の当たりにして驚愕を覚える。ナイフをポケットに収め、メガネをかけ直した志貴が健人に視線を向ける。
「これがオレに備わっている能力だ。見える線を切ると、こんなふうにバラバラにしてしまうんだ・・!」
少し苛立ちを浮かべている志貴。
「そうか・・これが直死の魔眼なのか・・・」
志貴の忌まわしき力、そして自分が一時的に使用した能力を健人は悟る。
あおいたちの無事を確認すべく、2人は家に戻った。
しずく、秋葉に見守られる中、あおい、琥珀、翡翠の3人は、ブリーズの氷塊から脱することができた。ガラス玉が割れるように出てきた彼女たちは、その拘束から解き放たれて脱力して床に座り込む。
「あの、私は・・・?」
氷の中にいる間の記憶のない3人。翡翠がおぼつかない様子で周囲を見回す。
「琥珀さん、翡翠さん、あおいちゃん!」
そこへ家に戻ってきた健人と志貴が駆けつける。
「志貴様、健人様、いったい何が・・?」
「よかった、無事みたいだ・・あの凍結事件の犯人にやられたんだよ。」
安堵する健人。彼は琥珀と翡翠には、ブラッドのことはあえて伏せておいた。もしも気になるようなら、志貴や秋葉が話してくれるだろうと思いつつ。
「とにかく、今夜は休むことにしましょう。突然のことだったので、疲れきってしまいました。」
秋葉がため息混じりに就寝を促す。
「そうだな。犯人は退治したし、安心して寝られそうだ。」
小さく微笑んで、健人は自分の寝室に向かった。志貴と秋葉は、使用人の姉妹を介抱しつつ、自室に戻ることにした。
その出来事を終えて次の朝が訪れた。
「はぁい!チキンカレー2つでーす!」
仕事先のカレー店で、精を出すあおい。しずくは配達を受け持って、今は店を出ている。
「あおいちゃん、今日も頑張ってるねぇ。でもあんまりムリしないでよ。」
店長が笑顔で、あおいの働きぶりを見ている。
「大丈夫ですよ。まだまだやれますから。」
あおいも店長に笑顔を見せて仕事に励む。
「こんにちは。」
そこへ1人の来客が訪れた。青のショートヘアで、志貴が通っている高校の女子制服を着用している、メガネをかけた少女である。
「おぅ、シエルさん、今日は何だい?」
店長がその少女、シエルに注文を聞き、シエルが笑顔で答える。
「カレーパン2つ、お持ち帰りで。」
「カレーパン2つ、了解ね。」
店長が元気よく注文を繰り返す。
シエルは大のカレー好きで、ときどきこのカレー店を訪れる。この店でカレーパンを販売するようになったのは、彼女がカレーパンも好きだということを店長が聞いたからである。
1分弱が経過して、店長が出来立てのカレーパンを袋に入れ、それをあおいに手渡す。
「そこのお嬢さんにね。」
「はい、店長。」
店長の言葉に答えるあおい。その袋を持って、レジ前で待っているシエルに近づく。
「カレーパン2つ、出来上がりました。」
「あら、ありがとうね。」
笑顔で袋を渡すあおいに、シエルが微笑んでそれを受け取る。
「ところで、あなたの名前は?」
「え?私はあおい。白鳥あおいだよ。」
シエルが唐突にあおいから名前を聞く。
彼女はこの少女から、何か共感するものを感じていた。何かつながりがある、あるいはつながりが持てると思ったのだ。
「ありがとう、あおいちゃん。またね。」
シエルはあおいに笑顔を向けて、店を後にした。
「店長、あの人は?」
「ああ。ここの常連のシエルさんだよ。彼女、とてもカレーが好きでね。」
あおいの問いかけに店長が答える。彼女もあの青髪の少女を気にかけ始めていた。
その頃、健人もカレー店に寄ろうとしていた。たまには店を手伝ってあげたいという彼の配慮だった。
ギターケースを持って店の前の通りにさしかかろうとする健人。そこで彼はメガネをかけた青髪の少女を眼にする。
そして彼女の視線が健人を捉えると、朗らかな彼女の表情が一変する。
「あなた、夜は大丈夫ですか?」
すれ違い様に健人に声をかけてくる少女、シエル。2人はほぼ同時に足を止める。
「ああ。だけどそれが何か?」
「夜10時、公園の時計の前に来てください。」
そう告げたシエルは、健人の返答を聞かずにそのまま歩き出した。しかし健人は彼女の呼び出しを承諾した。
2人は互いの力を感知していた。
そして日も暮れ、その日のカレー店での手伝いを終えた健人は、店長からカレーを注文していた。
自分の店のカレーを食べてもらえるということで、店長は上機嫌の様子を見せていた。
「今日ね、この店の常連の客が来たんだよ。」
あおいが健人としずくに、昼間の話を持ちかける。
「へぇ、常連さんねぇ。よっぽどカレーが好きだってことかな?」
健人が笑みをこぼす。
「私は丁度配達に行ってたから見てないんだけど・・あおいちゃん、どんな人だった?」
しずくがカレーパンをひとつほお張りながらたずね、あおいは思い返しながら答える。
「えっと、青い髪にメガネをしてて、なんか大人びたお姉さんって感じしてた。名前はシエルって言ったわ。」
あおいの喜びを込めた説明。それを聞いた健人に緊張が走る。その拍子で、持っていたスプーンが手からこぼれ、空になりかけていた皿に落ちて音を立てる。
「どうしたの、健人?」
しずくが声をかけ、健人が視線を2人に向ける。
あおいが会ったこの店の常連客が、彼を呼び出してきた少女と同一人物だったのだ。
「あおいちゃん、会ったのか、その人と・・!?」
「えっ?・・う、うん。」
当惑する健人。そわそわしながら答えるあおい。
健人は店内の時計に眼を向けた。9時40分を過ぎたあたりだった。
「店長、ごちそうさん!」
「あっ!健人!?」
カレーを食べ終わらないまま慌しく外に飛び出していく健人。しずくの声にも足を止めず。
彼女も彼の後を追いかけようと店を出る。
「あっ!」
「うわっ!」
出たところで、しずくは店にやってきた2人に一瞬驚く。志貴とアルクエイドである。
「うわぁ、遠野くんとアルクエイドかぁ。ビックリしちゃったぁ。」
「ビックリしたのはこっちよ。何をそんなに急いでるの?」
驚きをあらわにするしずくに、アルクエイドがひとつ息をついてたずねる。
しずくは気持ちを落ち着かせてからそれに答える。
「私にもよく分からないんだけど、健人がシエルって人のところに向かったみたいで・・」
「えっ!?シエル先輩に!?」
志貴が声を荒げ、しずくがさらに驚く。
「し、知り合いなの!?」
シエルは志貴の通う高校に在籍していて、彼の先輩にあたる。
「とにかく、急いで健人を探さないと。」
しずくは気持ちを落ち着けて、再び健人を追いかけた。
「待って、しずく!」
あおいもたまりかねて、続いて店を飛び出した。
「シエルが健人を呼び出したってことは・・」
「まさか、健人がブラッドだってことを知って・・!」
アルクエイドと志貴も、慌しく店を飛び出した。
夜の公園は人がほとんどいない。街灯が淡く照らし出しているだけで、ほとんど静かだった。
健人はその公園の中の広場、時計のついた鉄柱の前に来ていた。
彼は周囲を注意深く探っていった。シエルという少女が、彼のブラッドとしての力を察知していた。彼女が何らかの力を有しているのは確かだった。
周りを見回してみるが、彼女どころか人ひとりの姿さえ見当たらない。
「おい、オレは来たぞ!」
誘い出すつもりで、わざと大声を上げて自分の位置を知らせる健人。
そのとき、鋭い刃のようなものを感じ取り、健人は後方に跳躍する。着地して元いた場所を見ると、1本の剣が突き刺さっていた。
立ち上がり、さらに周囲を見渡す健人。その視線が道路側で止まる。
そこには1人の少女がいた。青のショートヘアの少女、シエルに間違いなかった。
しかし彼女は昼間の女子制服ではなく、藍色を主としたワンピースを着用している。かけていたメガネも今は外している。
「約束どおり、来てくれたようですね。」
シエルは無表情で健人を見据えている。
「君は、いったい・・・!?」
どういう事態なのかのみこめない健人。どこから出現させたのか、シエルは数本の黒鍵を右手で構えた。
「あなたからは邪な力を感じます。ここであなたを排除いたします。」
シエルはその黒鍵の切っ先を健人に向けた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君は何者なんだ・・?」
慌しく問いかける健人。しかしシエルはそれに耳を貸さず、黒鍵を眼前の吸血鬼に向けて放った。