作:幻影
「なるほど。これが吸血鬼としての、遠野秋葉の力ということか。」
秋葉の真の姿をかいま見たランティスが微笑をもらす。
これが彼女の吸血鬼としての能力「檻髪」である。普段は黒だったその髪が、力を発動することで紅に染め上げられるのである。
力の発動中は、その髪は彼女の意のままに動く。相手を捉えるだけで、伸縮自在の髪が相手を縛り上げることも可能である。
「だが、オレにはその力は不要だな。髪を紅くするのはオレには合わない。たとえ血で染め上げられるにしても。」
ランティスがさらに笑みを浮かべる。秋葉は彼を鋭く見据える。
すると彼女の紅い髪が、彼に向かって伸びていく。そしてその髪が確実に彼を捉えたはずだった。
「えっ・・!?」
秋葉は眼を疑った。確かに髪はランティスを捉え、縛り上げていたはずだった。しかしそこに彼はいなかった。
(そんな・・・動く様子はなかった。それより、あの人はどこに・・!?)
「秋葉さま、上です!」
困惑する秋葉に、琥珀が呼びかける。上、天井を見上げると、ランティスが笑みを崩さずに飛び込んできた。
秋葉はすかさず髪を振りかざし、檻髪の壁を作る。ランティスはあえてそこへは飛び込まず、身をひるがえして部屋の中央に着地する。
「とっさの判断、瞬間的に対応するその速さ。恐れ入るよ。」
微笑をもらすランティス。言葉とは違い、その態度からは畏怖する様子は見られなかった。
逆に追い詰められていたのは秋葉のほうだった。
「秋葉さま、私の血を・・」
そこへ琥珀が、秋葉に自分の血を吸うよう呼びかける。
琥珀と翡翠には「感応能力」と呼ばれる特殊な力を備えている。自らの体力を分け与え、対象の体力、精神力を回復、強化することができる。
普段は時折吸血鬼の力を抑えきれなくなる秋葉に血を吸わせ、その力を抑制しているのである。
秋葉はランティスの様子をうかがいながら、振り返って琥珀に近寄る。メイド服の上着を外す琥珀の胸に、秋葉が牙を立てる。
琥珀の胸からわずかに紅い雫があふれる。秋葉が彼女から血を吸っているのだ。
わずかばかりの血をもらい、秋葉は琥珀から顔を離し、再びランティスに視線を向ける。
「そこのメイドさん、何かの力を備えているようだね。おそらく、自分の力を相手に与えるとか。」
ランティスが琥珀の持つ力を分析する。彼女への吸血により、秋葉の力が増したのを彼は感じ取っていた。
「それでも、オレはお前の力はいらない。そのメイドさんの力も、完全な力を手にするオレには不要だろう。」
「どちらにしても、これ以上はあなたの思い通りにはなりませんよ。」
あくまで悠然とした態度を取るランティスを見据える秋葉。紅き髪が再び標的へと伸びていく。
しかしその髪が、ランティスの眼前で止まる。突然作り出された半透明の壁に、檻髪が阻まれる。
「えっ!?」
秋葉と琥珀が驚愕を覚える。そんな2人を、ランティスは不敵な笑みを見せる。
「そんな・・・強くなった私の力が・・・!?」
「オレのブラッドの力の前には、お前の力は通らない。たとえどんなに力を上げようと、吸血鬼の闇の力が神の力に及ぶはずもない。」
「何を・・・!?」
ランティスの言葉の意味が理解できないでいた秋葉。
ブラッドも闇の力をつかさどる吸血鬼。神の力を持つことはできない。仮に手にしたとしても、光と闇が反発しあい、その相殺に巻き込まれてしまう。
しかし、ランティスは平然と、強化された秋葉の力を簡単にはねのけてしまった。
「秋葉!」
そこへシエルを送り届けた志貴が戻ってきた。続いて健人、しずくも駆けつける。
「兄さん・・」
秋葉が声をもらすと、ランティスは微笑んだまま振り返った。
「やっとお帰りというわけか・・・遠野志貴。」
ランティスが満面の笑みを見せて、ベランダから飛び降りる。健人たちの前に着地し、妖しい視線を向ける。
(この力・・・ヤツがシエルさんを石化したのか・・・なんて強力な力だ・・・!)
健人がランティスの力に気おされる。白服の青年のうちに秘められた力が、ひしひしと伝わってきていた。
「お前か・・シエル先輩や弓塚さんを・・・」
志貴が眼前の青年、ランティスを鋭く見据える。
「ああ。確かにオレはシエルをオブジェにし、弓塚さつきをさらった。」
ランティスが淡々と答える。その態度が志貴や健人の感情を逆撫でする。
「2人を返せ!でないと、オレが・・!」
「お前がオレを倒すのか?」
苛立つ志貴に対して、ランティスは笑みを崩さない。
「いや、オレがいく。」
そこで前線に出たのは健人だった。
「健人さん・・」
「ほう?お前が相手をしてくれるのかい、椎名健人?」
ランティスが微笑むが、健人は真剣な表情を崩さない。
「丁度よかった。シエルから手に入れた力を試すいい機会だ。」
ランティスが健人に右手を向ける。健人はブラッドの紅い剣を具現化し、それを握り締める。
「しずく、志貴、秋葉さんのところに行ってくれ。」
「うんっ!」
「分かりました。」
しずくと志貴が頷き、健人とランティスの間に入らぬよう、遠回りをしながら屋敷に駆け込んでいく。
2人が屋敷に入った直後、健人は剣を振り上げてランティスに飛びかかった。ランティスは流れるような動きで、振り下ろされた剣を回避する。
健人は踏みとどまり、視線を右方向に向ける。そこにはランティスが悠然とした態度で立っていた。
「風のような、流れるような動き・・・やはりタダモノじゃなかった・・・」
「ほう?オレのこの動きについてくるとは、さすがだな。」
うめく健人。ランティスがそんな彼を称えてみせる。
「それでは、この力を見て驚いてもらうとしようか。」
ランティスは再び右手を健人に向ける。その手を器用にひねると、
「なっ!?」
健人は驚愕を覚えた。ランティスの右手に握られていたのは数本の黒鍵。シエルが戦闘時、常に使用している黒鍵だった。
「それは・・シエルさんが使用している・・・!?」
「そう。彼女の武器の1つさ。今度はコレでお前の相手をしよう。」
愕然となる健人に、ランティスが黒鍵の切っ先を向ける。
一方、部屋に駆けつけたしずくと志貴が、秋葉に駆け寄る。彼女は既に力を消失させて、髪も元の色に戻っていた。
「秋葉、大丈夫か!?」
志貴が琥珀に支えられている秋葉に手を差し伸べる。
「えぇ、兄さん、私なら大丈夫です・・」
何とか作り笑顔を志貴に見せる秋葉。それを見てひとまず安堵したしずくが、ベランダから健人とランティスの戦いを見つめた。
「えっ・・・!?」
彼女もその場の光景に眼を疑った。ランティスの手には、シエルのものと思われる黒鍵が握られていた。
「志貴くん、ちょっと来て!アレ・・・!?」
しずくが呼びかけ、秋葉を琥珀と、後から部屋に来た翡翠に任せて、志貴が駆けつける。彼も同様の驚愕を覚えた。
「あれは先輩の使ってた・・・それじゃアイツも先輩と同じ・・・!」
「それは違うよ、志貴。」
思い立った志貴に答えたのは、視線を向けてきたランティスだった。
「違う?どういうことなんだ!?」
「これは元々は彼女の力さ。オレは彼女の全てを奪った。よって彼女の能力はほとんど使いこなせる。」
ランティスが健人に黒鍵を投げつける。健人は剣でそれらを弾き返す。
「これがオレのブラッドの能力、ポテンシャル・ドレイン。対象の力や能力を奪い、自分のものとする。これをかけられオブジェとなったシエルの力を、今のオレは使うことができるんだよ。」
ランティスがさらに剣を具現化し、その柄を握る。その剣もシエルが使っていたものだった。
「シエルさんは神の力を備えた代行者。お前がその力と武器を使えたのは、お前が彼女を・・・」
健人が苛立ちを抑えながら呟く。ランティスは正解と言う代わりに不敵な笑みを見せる。
「その力が、ブラッドのもたらす力なら、お前を倒せば、シエルさんは元に戻れるはずだ。」
健人が剣の切っ先をランティスに向ける。ランティスも同様に、健人に剣を向ける。
2人が同時に飛び出し、2つの刃が衝突する。
2人の力は互角に思われた。しかし、激しいつばぜり合いをするうちに、ランティスの剣の刀身に亀裂が入る。
それを見たランティスが後方に下がる。その直後に、ひび割れていた刀身が砕け散る。着地と同時に折れた剣を捨てる。
「なるほどな。これがお前のブラッドの力か。」
「他者の力を奪ったといっても、結局は他者のもの。完全に使いこなせていない力を使っても、付け焼刃にしかならない。そんなものじゃオレは倒せないぞ!」
健人が再び剣をランティスに向ける。その紅い剣が、淡く輝いている。
その剣はブラッドの力で具現化されたもの。力を注げば、それに比例して強度も増す。
その強化で、ランティスの剣を粉砕したのである。
「さすがに一筋縄ではいかないか。だが、技は通じなくとも、力は確実に増している。」
気おされる様子もなく喜びを見せるランティス。その言動に健人たちは疑念を抱いていた。
打ち勝つ手段でもあるのか。それともただの開き直りか。
「志貴!」
そこへ白のハイネックの少女が駆け込んできた。吸血鬼、アルクエイドである。
「来たか・・アルクエイド・ブリュンスタッド。」
彼女の出現に、ランティスの笑みが強まる。
「今回は退くとしよう。これだけの数、1度に相手にするのは酷だな。」
「待てっ!」
ランティスが音もなく、この場から姿を消す。健人が慌てて追いかけたが、届くことはなかった。
「ねぇ、もしかしてアイツが、シエルをあんなふうにしたの?」
近づいてきたアルクエイドが聞くと、健人は無言で頷いた。彼の手に握られていた剣は既に消失している。
「しかも、ヤツは彼女の力を手に入れている。あの剣は間違いなく彼女が使っていたものだ。」
健人の表情が剣幕へと変わる。状況は未だにこちらが不利だった。
「アイツは逃げられた。弓塚さんがどこにいるのかも分からないままだ。」
「弓塚?もしかして、あの地味な人?」
アルクエイドの呟きに虚を突かれた健人。さつきが地味というのは賛成できなかったが、指摘している相手が彼女ということで、健人は渋々頷いた。
呆れ顔になっていたが、彼はすぐに苦悩の表情を浮かべる。
ランティスの行方もさつきの消息も分からず、健人たちは動くことができなかった。
瞬間移動を使い、自分の豪邸に戻ってきたランティス。裸の女性の石像たちの間をぬって、十字架に張り付けにしていたさつきの前に駆け寄った。
彼女は気を失っていた。その寝顔を見つめて、ランティスは微笑をもらした。
「いずれあの白い吸血鬼も、彼女と同じように張り付けにしてやろう。」
ランティスがさつきの頬に指を当てる。するとさつきが眼を覚ます。
「・・また・・寝ちゃった・・・」
「おはよう。といっても、時間的に夜中だけどね。」
呟いたさつきに挨拶をするランティス。
「では、今度はお前に活躍してもらうとしようか。オレが絶対の力を手にするために。」
そういうとランティスは、自分の左手の人差し指をかき切った。その指から紅い血が滴り落ちる。
そしてその指をさつきの口元に押し当てる。恐れを抱いた彼女は、その指を当てられるのを拒絶していた。
「な、何を・・・?」
「オレの血をわずかばかり分けてやろう。これでお前が志貴を呼んでくるんだ。」
ランティスが血の滴る指を、さつきの口に入れる。嫌がる彼女だが、手足を拘束されていて思うように力が入らない。
やがてその指が口に入り、血が口の中に入ってくる。そして喉を通ると、彼女はさらなる脱力に見舞われた。
脳内が揺らぎ始め、眼から輝きが消える。意識を自分で維持することができなくなる。
「フフ、これでお前はオレの人形。」
ランティスが不敵に笑い、さつきの口から指を抜く。その指を自分の口元に当てて、彼女の感触とぬくもりを確かめる。
「オレの血に思念を込めて、それをお前に飲ませた。お前はオレの意のままに動く。」
ランティスが指を鳴らすと、さつきを両手両足を縛っていた鎖が断ち切られる。自由になったはずのさつきだが、両腕をだらりと下げて大きな動きをしない。
「お前がすること。それは、遠野志貴をここに連れてくること。」
満面の笑みを見せるランティス。同時にさつきにも同様の笑みが浮かび上がる。
彼女の眼が血のように紅く光り出していた。
「オレの血が彼女の中にある限り、彼女はオレの思い通りに動く。では行くとしようか。今度こそ手にするために。」
ランティスの意思を受けて、さつきが微笑みながらきびすを返し、歩き出す。その直後に、彼女の姿が消える。ランティスから受け継いだ瞬間移動を使ったのだ。
それを見送ってから、ランティスは振り返り、近くにいた裸の女性の石像の1人に近づき、その石の肌に触れる。
「オレの狙いはそう、彼の持つ特異な力、“直死の魔眼”だ。」
ふくらみのある石の胸を滑らかに撫で回す。
「生死をつかさどるSブラッドなら、直死の魔眼を使うことは不可能ではない。だが、それは一時的でしか発動できない。」
胸に触れていた手を離し、再び口元に当てる。
「その力と効果を完全なものとするには、生まれながらにその力を備えている者から奪えばいい。普通の人間でありながらその能力を持っている彼を、オレは支配するのだ。」
ランティスの微笑が高らかな哄笑へと変わる。彼の完全なる力への目論見が、着実に進行していた。