作:幻影
「さぁ、どこからでも来るがいいさ。“死”を突いてくるお前の刃を、全て受け止めてやろう。」
ランティスが剣を構えつつ、志貴に攻撃を誘っていた。
彼には自ら攻撃するつもりはなかった。“直死の魔眼”を発動している状態で迂闊な攻撃をすれば、魔眼を手に入れることなく志貴を殺めてしまう危険があった。
だから発動した魔眼と剣は、あくまで相手の攻撃を回避するために使用し、そして相手の動きを封じる。それで確実に本当の魔眼を手にする。
ランティスの目論みは組み上がっていた。
(どうする・・アイツにも見えているなら、そう簡単に線を切らせてもらえない・・・だけど・・・)
考えを巡らせる志貴。ナイフを持つ手に力が入る。
(どうしても引き下がるわけにはいかない!)
志貴は迷いを振り切って、ランティスに真正面から向かっていった。白い吸血鬼に張り巡らされた“死”の線。そのひとつを狙って、ナイフを振り下ろす。
その刃が、ランティスが振りかざした白い剣によって受け止められる。
「やはりオレの“死”を狙ってきたか。だが、オレにも見えている。自分の“死”の線を、それを狙うお前の動きが。」
不敵に笑うランティスが、困惑を見せる志貴を押し返す。志貴は数歩下がって、再びランティスを見据えて構える。
「さて、あまり長引かせてしまうのもよくない。次でお前を追い詰めさせてもらうとしようか。」
ランティスが剣を構えて迎撃に備える。志貴は迂闊な攻撃ができなくなっていた。
下手に攻撃すれば、逆にそれをはね返されて今度こそポテンシャル・ドレインをかけられることになる。そうなればみんなを助けるどころか、ランティスの理想を完成させることになる。
時間がたつにつれて、志貴に焦りの色が浮かび上がってきていた。
「ムダに考えるのはやめたほうがいい。考えれば考えるほど、相手にその考えが相手に伝染する。」
ランティスの志貴に対する忠告。だが、志貴には伝わっていないようだった。
飛び出し、ナイフをランティスに張り巡らされた紅い線のうちのひとつに向けて突き出した。そこへ白い刃が振り上げられ、ナイフは志貴の手から離れて部屋の天井に突き刺さる。
「あっ・・!」
一瞬天井に視線を向けた志貴だが、すぐに後退してランティスとの距離を置く。結果、ランティスに捕まることは避けられた。
だが、彼は勝機を完全に見失ってしまった。“直死の魔眼”を使っても、その“死”の概念を断ち切る刃が彼の手元にはない。
「これで終わりだ。すぐにオレに捕まることは避けたが、今度こそお前から力を奪い取ってやる。」
ランティスが手に持っていた白い剣を床に突き立てる。彼の力が及ばなくなった剣は、霧散してその形を消す。
その事態を見守っていたあおいも、困惑の色を見せていた。
(どうしよう・・このままじゃ志貴さんまであの人に・・・)
何とか志貴を助ける方法を探すあおい。しかし彼女にあるのは神の力。全てを生み出し、全てを無に還す力に属する。
刃物や爆発などといった、暴力として相手を傷つける力は魔物に属するものである。ブラッドではない彼女には刃を作り出す力はない。
(もしも私がブラッドだったら、健人が使ってるような剣とかが出せるのに・・・)
あおいは自分の力を悔やんだ。力があるにも関わらず、この状況に合った形にすることができない。
(あおいちゃん・・・)
そのとき、どこからか声が聞こえ、あおいが聞き耳を立てる。
(あおいちゃん・・)
「えっ・・?」
再び聞こえてきた声にあおいは振り返る。そこには白い石像にされている健人としずくの姿。
「健人・・しずく・・・」
驚きの気持ちと大声を抑えて、あおいが呟く。健人としずくの心は、石化されていてもまだ残っていた。
「健人、わたし、何か武器を生み出す力がほしい・・でも、私にはそんな力はない。ブラッドなら、ブラッドならそんな力を使うことが・・」
(あおいちゃん、それはダメだ。)
あおいの言葉に、健人はかたくなに拒んだ。
(ブラッドは呪われた力と種族。力を使う分、それと同等の代償と犠牲がついて回ることになる。そんな血塗られた宿命を、あおいちゃんに背負わせたくない。人間でいてほしいんだ。)
「でも、それじゃ・・」
(それに、わざわざブラッドにならなくても、君にオレの使う剣を使うことができる。)
「えっ!?」
あおいは驚きの表情で、健人たちに駆け寄る。
(あおいちゃん、君がオレたちの心に意識を傾けるんだ。そしたらオレとしずくが、剣のイメージを君に送る。それを君が神の力で形作るんだ。)
「それで・・それで私にも剣を・・・」
(うん。ただしオレたちの力はランティスに奪われて、もうわずかしかない。それに、このことにランティスが気付かないはずがない。できるのは1回きりだ。)
「うん。分かってる・・」
あおいは覚悟を決めて小さく頷く。そして右手を健人の、左手をしずくの石の体に当てる。
「いいよ、健人、しずく。」
あおいの言葉を受けて、健人としずくは意識を集中した。残された力を全て使い、ブラッドの紅い剣をイメージし、それを同様に意識を集中させているあおいに伝達させる。
あおいは2人の心をすくい取るように感じていた。考え、思い、願い。そしてそれらを込めた武器のイメージ。
(来た!)
あおいはイメージをつかみ、右手を握り締める。その手には、白く輝く光の剣が握られていた。
「やった!」
希望ともいえる武器の具現化に喜びを表すあおい。ブラッドの力で生み出される武器のイメージと神の力が混ざり合い、この光の剣を生み出したのだ。
そのまばゆい光に、志貴もランティスも気付いていた。志貴は追い詰められて、壁まで下がっていた。
「これは神の力の輝き・・あおいが引き起こしたものか・・」
ランティスが振り返りながら、その輝きを見つめる。しかし彼には追い詰められている様子は見られない。
「しかし、たとえ神の力とブラッドの力の融合に成功したとしても、オレには及ばないことは・・」
「そんなことは分かってます。」
ランティスの言葉を聞いても、あおいは手に持つ剣を下げようとしない。
「それでも戦わなくちゃいけないんです。何度も聞いているのでしょう?」
「ああ。だが、その思いだけで勝てるわけでもないだろう。」
言い放つランティスに対し、あおいはなおも剣を構え続ける。そしてその剣をランティスに向けて放つ。
あくまで余裕の態度で、ランティスはその剣を、体を傾けることで回避する。剣はランティスを捉えず空を突き抜けていく。
「この程度では、オレに命中させることもできない。」
「大丈夫ですよ。私はあなたに当てるつもりじゃなかったですから。」
「ん?」
笑みを見せるあおいに、ランティスは眉をひそめる。疑念を抱きながら振り向くと、志貴がその光の剣を手にしていた。
「まさか、お前たち・・!?」
ランティスが初めて驚愕の表情を見せる。しかしもう遅かった。
“死”の概念が見えていた志貴の持つ剣が、ランティスの体に突き刺さっていた。血があふれ痛みが体に訴えるが、それだけではブラッドである彼への致命傷にはならない。普通ならそう見えて不思議ではなかった。
そのランティスの体に紅い亀裂が広がる。そしてそこからおびただしい鮮血が飛び散る。
これが“直死の魔眼”の効力だった。“志”の概念を断ち切られたものは、完全なる破壊を引き起こしてしまう。
それは時間や生死をつかさどるSブラッドでもはね返すことができない。
「まさかその剣が、“死”を突くためのもの・・だとは・・・」
愕然となりながら、ランティスは朽ち果てた。死を受け入れた彼の体は、ただの血と肉片と化した。
床に広がる血だまりを見下ろして、志貴は困惑を見せていた。危機を脱した安堵感と、相手を殺めた罪悪感が交錯していた。
「オレにはまだ、神の祝福が残っていたみたいだ。それに、お前はオレしか、オレのこの力しか見えていなく、周りに全く気にも留めていなかったんだ。」
志貴はあおいに視線を移す。彼女は安堵したように笑みを見せていた。
その直後、彼女は完全に力を使い果たしてしまい、その場で崩れ落ちる。
「あおいちゃん!」
志貴は持っていた剣を放り捨て、倒れるあおいに駆け寄る。彼の手から離れた剣は、光を失って消えた。
「あおいちゃん、大丈夫・・!?」
「だ、大丈夫・・ちょっと力を使いすぎただけですから・・・」
心配する志貴に笑みを返すあおい。彼女の反応に彼も安堵する。
彼女がスカートのポケットにしまっていた彼のメガネを取り出す。
「私に預けてたんですよね?無事に戻ったら取りに来るって。」
「うん・・そうだね・・・」
あおいからメガネを受け取って、笑みを見せる志貴。約束どおり、彼は奪われたものを取り戻し、こうして神の少女の前に立つことができた。
「これでみんなに力が戻り、元に戻る・・・」
視線を移す志貴とあおい。その先にいる石像たちに変化が起こっていた。
ランティスの肉塊から紅い光があふれ、その粒たちが石化された人たちに入り込んでいく。
その光を受けた石像たちが、その石の殻を剥がして生身の人の肌が明るみになる。ポテンシャル・ドレインによって奪われた力が、それぞれの持ち主のところに戻ったのだった。
健人やしずくもその呪縛から解放されて、その場に倒れ込む。
「あっ・・!」
「健人さん、しずくさん!」
志貴があおいを横たえて、健人たちに駆け寄る。2人は互いの体を抱き寄せて、自分を保っていた。
「大丈夫だ、志貴くん。あおいちゃんと同じで、ちょっと力を使いすぎただけだから。」
戸惑いを見せる志貴に、健人が笑みを作る。
彼らはランティスのポテンシャル・ドレインで、力を奪われていた。そんな状態の中、彼らは心の奥底に残されていた力を振り絞り、それをあおいに託したのだった。
3人は持てる力を全て費やして、志貴に託したのだった。
「それよりも、志貴くんにはそばにいってあげなくちゃいけない人がいるんじゃないの?」
しずくの言葉を受けて、志貴がさらに視線を移した。そこには床に座り込んでいるアルクエイドとさつきの姿があった。
アルクエイドは自分が裸であることに気に留めていないのか、周囲を見回している。さつきは気恥ずかしい面持ちで、自分の体を抱いていた。
「あ、志貴、やっほー!」
志貴を見つけたアルクエイドが無邪気に手を振ってくる。彼女の裸を目の当たりにしてしまった志貴が、顔を赤らめながらも彼女たちに駆け寄っていく。
「おい、アルクエイド、自分の姿がどうなってるか、少しは気にしたらどうなんだ?」
「え?そうしたほうがいい?」
呆れた様子さえ見せる志貴に対し、きょとんとしているアルクエイド。
「そ、そうですよ・・」
「あ、地味な人・・」
さつきも恥ずかしながら志貴に同意するが、逆に地味と言われてさらに気落ちする。
「とにかく、ここがどの辺りなのかぐらいは把握しないと。このままじゃみんなここから動くことができない。」
「うん、そうだね。あおいちゃん、志貴くんと一緒に見てきて。私たちはこんな格好だから・・」
「うん、分かってるよ。」
しずくに頷いたあおいが志貴に視線を向けてから部屋のドアに手を伸ばす。続いて志貴も部屋を出て行った。
女性たちが連れ去られていたのは、海岸沿いの草原に建っていた1件の豪邸だった。ランティスとさらわれた女性たち以外、この豪邸には誰もいなかった。
何か連絡の取れるものを探し回った志貴とあおい。そこで彼らは思いもよらないものを見つけた。
豪邸内にあった1つの部屋。そこのタンスの1つに、女性のものと思しき衣装がしまわれていた。おそらくランティスの前にこの豪邸に住んでいた人のものだろう。
志貴たちはこの衣装を拝借して、女性たちの身を守る手段とした。これで一時的に彼女たちの身の安全の保障を得たのだった。
それから女性たちの中の何人かが警察に事情を説明したが、警察はあまりに非現実的なこの事件を鵜呑みにはせず、犯人死亡の誘拐事件としか認識しなかった。
わずかなわだかまりを残したまま、この事件は幕を閉じた。
いや、まだこの事件の終幕には続きがあった。
ランティスに力を奪われ、石化されていたシエル。アパート内の自分の部屋の中央で立ち尽くしている彼女が、紅い光に照らされる。
力が戻ってきた彼女は、石の殻が剥がれ落ちて、生身の体を取り戻す。彼女の体に代行者としての刻印が刻まれていたのは変わらなかったが。
「わたし・・・どうやら、元に戻ったみたいですね・・・」
自分の両手、自分の体を見つめてシエルは呟いた。そしてこの格好では忍びないと思い、彼女は何か着るものを求めて足を進めようとした。
そのときだった。ランティスを倒し、戻ってきた志貴たちがドアを開けてきたのは。
シエルと志貴たちの眼が合った直後、彼らはその場から動こうとしなかった。シエルは自分の体を見られたと思い、顔を赤らめていた。
「シエルさん!」
そんな空気の中、最初に動いたのはあおいだった。眼に大粒の涙を浮かべて、シエルに駆け寄り抱きついた。
「よかった・・よかった、シエルさん・・・」
シエルの無事を確認して泣きじゃくるあおい。彼女の心のよりどころがこうして帰ってきたのだった。
奪われたそれぞれのものが、それぞれの力を結集させて、取り戻すことができたのだった。
それから2日後の夜、健人は街の広場に来ていた。この日のギターでの演奏を終えた翌日には、彼としずく、あおいは再び旅に出ることを決めていた。
自分の思いを音に込める健人。彼の周りには、その曲に耳を傾ける人々がやってきていた。その中にはしずく、志貴、アルクエイド、そしてあおいとシエルの姿もあった。
彼らの姿と笑顔に眼をやって、健人は頷く。
同じ夢を描いていた少年の思いを受け継いでいる自分。
その夢を見守り続けてくれるしずく。
自ら足を進め、自分と共感できる人と出会えたあおい。
それぞれの思いと夢を胸に秘めて、彼らは新たな旅路を歩く。
夢描いた遠い空は
茜色の雲のまま
旅人には優しく
続きを魅せているのだろう
おわり