Chrno Crusade -時の勇者- Chapter.3「フィオレ」

作:幻影


 サテラも宝石を駆使して、悪魔たちを撃退していた。しかしあまりにも数の多い敵に対し、彼女の体力は消耗されていった。
「ったく!これじゃきりがないわ!」
 苛立ちのあまり愚痴をこぼすサテラ。彼女の注意が一瞬散漫になったそのとき、背後から1人の悪魔が魔力を放とうとしていた。
「しまった!」
 虚をつかれたサテラが身構える。
(ダメ!間に合わない!)
「サテラさん!」
 危機を感じたサテラに、1人のシスターが飛び込んできた。ロゼットの仲間の1人、メアリである。
 サテラを救おうと彼女を突き飛ばし、代わりに悪魔の放った波動に巻き込まれてしまう。
 メアリの体が振動を起こし、足元から徐々に色が失われていく。時間凍結が彼女を包み込んでいく。
「いや・・体が・・・!」
 自分の体の変化に困惑するメアリ。やがて時間凍結が、彼女の体を完全に包み込む。
 時間を止められ、動かなくなるメアリ。
「メアリ!」
 そこへアンナとクレアが駆けつけてきた。
「メアリ・・・どうして・・・!?」
「彼女が、私をかばって・・・」
 当惑したクレアに、サテラが立ち上がりながら声をかける。
 メアリの時間を止めた悪魔が不気味な哄笑を上げる。その態度に苛立ち、アンナが銃を構えて飛び込んでいく。
「アンタァ!」
 悪魔に向けてアンナが銃に、希少銀でできた弾丸を1発装てんする。悪魔退治用の呪文が刻まれたこの弾丸は福音弾(ゴスペル)と呼ばれるもので、聖火弾よりも強力な威力を持つが、反動が激しく連射ができないという特徴を持つ。
 福音弾を装てんした銃の引き金を引くアンナ。銃口から激しい閃光が飛び出し、悪魔に向かって伸びていく。
「うわっ!」
 その反動を受け、アンナが後方に吹き飛ばされる。その彼女をサテラとクレアが受け止める。
「アンナ、ムチャしないで!」
「くぅ・・いてもたってもいられなかったのよ!」
 愚痴を交わしながら、アンナたちは爆煙を見据えた。福音弾は確かに悪魔に命中したはずである。
 しかし煙から姿を見せた悪魔は、腹部に傷を受けただけで決定的なダメージを受けた様子はなかった。その耐久力に脅威を感じるアンナとクレア。
 その悪魔の隣には、メイド服の女性が無表情で立っていた。アイオーンによって生み出されたフィオレである。
「姉さま!?」
 姉の面影を宿す女性にサテラが叫ぶ。しかしフィオレは何も答えない。
「晶換(ラーデン)。」
 使い魔を呼び出し、槍を具現化するフィオレ。サテラも困惑しながら身構える。
 そこへ上空から、2つの巨大な影が降り立った。1人はロゼットたちと手を組んでいるグーリオ。もう1人は兜のような頭部をした細身の体の悪魔である。
 残忍な笑みを浮かべているこの悪魔の名はジェナイ。アイオーンと行動を共にする罪人の1人である。その左手の刃は、あらゆるものを切り裂く強靭なものである。
「公爵でさえオレたちを止められない。お前程度が何をしようとムダなあがきにしかならねぇんだよ。」
 左手の刃をグーリオに向けるジェナイ。2人の悪魔に魔力のこもった光が宿る。
 先に飛び出したのはグーリオだった。鋭い爪で切り裂こうと、ジェナイの首元を狙う。
「おせぇ。」
 それをジェナイは簡単にかわし、左手の刃を突き出し。刃とグーリオの爪がぶつかり、火花が散る。
 そこにジェナイの刃が繰り出される。グーリオはよけきれず、その体を貫かれる。そしてそのままの勢いで突き飛ばされ、壁に叩きつけられたところで刃と突進から逃れる。
 しかし受けたダメージは大きすぎて、グーリオは激痛にあえいだ直後、地面に倒れる前に消滅してしまった。
「けっ!なんと弱いヤツだ。」
 あまりの力の差に、見下ろすジェナイが不満の声をもらす。
 追手を仕留めた悪魔の脅威に言葉を失うアンナとクレア。
「余所見は厳禁だぜ!」
 そこへ悪魔の魔力の光が放射される。アンナたちがそれに気付くが、かわすには遅かった。
 時間を凍てつかせる閃光は、防御の態勢を取った彼女たちを包み、その体から色を奪っていく。
「あ・・・ああぁぁ・・・!」
「ロ、ロゼット・・・」
 体を完全に侵食され、アンナとクレアも時間凍結をかけられたのだった。自分の身を守ろうとしたまま、硬直して動かなくなってしまった。
 その横で、サテラとフィオレは対峙したまま動かなかった。
 サテラはどんな言葉を相手にかければいいのか分からず、フィオレも相手の出方をうかがったまま動こうとしない。
 2人の宝石使いは、その思いが交錯することなく、時間だけがすぎていった。

 一方、巨体の悪魔を相手に、カルヴは苦戦を強いられていた。
 罪人ヴィド。罪人の中でも脅威の怪力の持ち主で、全身から砲弾を放って相手を撃退する攻撃の要である。
 強化された彼の攻撃力はさらに増し、同じく力の強い追手、カルヴさえも凌駕していた。
 ヴィドの連射した砲弾がカルヴに次々と叩き込まれ、爆発が巻き起こる。
「ぐう!何という力だ・・!」
 地面にめり込んだ体を起こし、カルヴがうめく。彼の眼前で、ヴィドが砲弾を放とうと身構えている。
 そこに強烈な爆発が起こり、ヴィドに衝撃を与える。
「これ以上、アンタたちの好き勝手にはさせないわよ!」
 この爆発は、ロゼットの放った福音弾の閃光によるものだった。その強烈な爆発が、ヴィドの動きを鈍らせた。
 そこに満身創痍のカルヴが飛び込んできた。ヴィドの両手を押さえたカルヴは、残された魔力を全身に帯びさせる。
「まったくよぉ!人間ってのは世話のかかるヤツらだぜぇ!」
 傷ついた体で咆哮を上げるカルヴ。押さえつけられたヴィドが、カルヴの腕を振り解けずにいる。
「ただでは死なない!お前も道連れだぁぁーーー!!!」
 絶叫とともに、カルヴから激しい閃光がふくれ上がった。動きを抑えられたヴィドもそれに巻き込まれる。
 荒々しい爆音が、街の上空で炸裂する。その衝撃で、人々と悪魔たちの動きが止まり視線が集中する。
「カルヴ!」
「ヴィド!」
 ロゼットとジェナイが閃光に向かって叫ぶ。互いに心強い仲間を失った瞬間だった。
「このやろぉぉーーー!!!」
 機関砲の狙いを定めたルドセブが、動揺するジェナイに向かって引き金を引いた。再び巻き起こった光の本流が、罪人に向かって伸びていく。
「ちぃっ!」
 ジェナイが舌打ちしながら、その閃光を回避してそのまま空の彼方に消えていく。
 その姿を確認したフィオレ。槍を消失させ、サテラに背を向ける。
「姉さま!」
 サテラがフィオレを呼び止める。立ち止まったフィオレに対し、サテラは沈痛の面持ちの中で声をかける。
「姉さま、帰って来て。もう1度一緒に暮らしましょう。」
 何とか笑顔を作って、姉を迎え入れようとするサテラ。しかしフィオレは無表情で振り向く。
「あなた、誰ですか?」
「えっ・・・!?」
 フィオレのこの返答を、サテラは一瞬理解できなかった。
「何を言ってるの、フロレット姉さま!?私よ!妹のサテラよ!」
 困惑しながらも必死にフィオレに呼びかけるサテラ。しかしフィオレは顔色ひとつ変えずに、
「私の名はフィオレ。」
「フロレット!あなたは、フロレット・ハーベンハイトよ!」
「いいえ。」
 フィオレは自分の胸に手を当てて話を続ける。
「私は、アイオーン様がフロレットの体を使って生み出した人形。アイオーン様とヨシュア様のために尽くすただの影。お二人の邪魔をするならば、容赦はしません!」
 視線を鋭くしながら言い放ち、フィオレは姿を消す。変わり果てた姉の姿にサテラは愕然となる。
「どうして・・・姉さま・・・」
 サテラはどうしたらいいのか分からなくなっていた。ハーベンハイト家の姉妹の絆は、この出来事で引き裂かれたのだった。

 悪魔の襲撃を受けた街並みは混乱に満ちていた。
 1人のシスターが悪魔と手を結んでいたこと。そしてその事実を知った直後の悪魔の襲撃。人々の混乱は、その信頼さえも打ち砕いてしまった。
 そんな中、ロゼットは複雑な心境のまま食事を取っていた。時間凍結を受けたアンナたち。罪人ヴィドとともに命を散らしたカルヴ、そしてグーリオの死。
 そして失われた同士たちからの信頼。彼女の心は強く打ちひしがれていた。
 そこへ同じく食事を取りに来たルドセブがやってきた。ロゼットのひどく落ち込んだ顔を見て、心配になって声をかけた。
「姉さん、大丈夫?」
「あ・・ルドセブ・・・」
 元気のない返事をするロゼット。その落ち込みにルドセブはたまらなくなった。
「気持ちはオレも分かるよ。でも、それでも姉さんはひたすらに突き進んできたじゃない。悩んでる暇があったら、一歩でも前に進まないと。」
 両手を握り締めて、ルドセブがロゼットを励ます。
 迷わずにまっすぐに進んでいく彼女の姿に憧れを抱いた彼。彼女の落ち込んだ姿を見るのは彼にとっても辛いことだった。
 ルドセブの心境を悟って、ロゼットは決意をしたのだった。
「ルドセブ。」
「え?なに、姉さん?」
「アンタにはまだ、あのことは話してなかったわね?食べ終わったら、ちょっと付き合ってくれないかな?」
「あのこと?・・よく分かんないけど、いいよ。でも食べ終わったら、出かける準備をするからちょっと待ってて。」
「分かったわ。さて、そうと決めたら、急いで食べちゃわないとね。」
 笑顔を取り戻したロゼットは、食事のペースを速めた。活気あふれる彼女の姿を見て、ルドセブは笑みを浮かべて食事を始めた。

 身支度を終え、自動車の運転席でルドセブが来るのを待っていたロゼット。彼女の脳裏に、孤児院で過ごした日々がよみがえる。
 草原と森林の広がる孤児院。その中ですごす少年少女。その中には、ロゼットの弟、ヨシュアの姿もあった。
 だが、悪魔の力を持ったヨシュアの暴走によって、孤児院の時間は止まってしまった。その少年少女の日々は、クロノと出会った4年前から停止したままである。
 ロゼットはおもむろに、胸にぶら下げた懐中時計を手に取った。クロノと契約した証でもある。行方不明になったヨシュアを見つけ出し、その忌まわしき力から救い出すために、ロゼットは悪魔であるクロノと契約したのである。
 しかし、クロノが時間凍結を受けたために、この時計は大きな動きを見せてはいない。人と同じ速さで、契約者の寿命を刻んでいた。
「クロノ、早く戻ってきて・・・もうアンタしか世界を救える人がいないのよ・・・」
 眼に涙を浮かべながら、ロゼットはじっと懐中時計を見つめて、ルドセブが来るのを待っていた。

「え?これを、オレに?」
 青く透き通った宝石を、天井の明かりに照らしながら見つめるルドセブ。彼の前には1人の老人が笑みを浮かべていた。
 この老人は長老エルダー。マグダラ修道会の武器開発部の中心人物であり、様々な武器、機械を発明してきた博士であるが、セクハラ行為をすることも多く、女子たちから“エロジジィ”とののしられることもある。
 身支度をしていたルドセブはエルダーに呼び止められ、この開発室にやってきていた。
「これを使えば、サテラ姉さんみたいに宝石を使えるのか、じいちゃん?」
「そうじゃ。これと使い魔晶換に使う宝石を組み合わせれば、宝石使いでなくても、使い魔を呼び出すことができるんじゃよ。」
「ホントか!?こりゃすげーじゃん!」
 エルダーの発言に大喜びするルドセブ。
「じゃが、これはまだ試作品の段階じゃ。1度使い魔を晶換すれば、そいつはその力を発揮しなくなるじゃろう。」
「えっ!?1回しか使えないの!?」
「うむ。じゃから慎重に使ってくれよ。」
「うん・・分かったよ、じいちゃん・・」
 緊迫した面持ちで、再びその宝石を見つめるルドセブ。開発室を出たのは、その使い道をしばらく考えた後だった。

 ニューヨーク郊外を抜け、そよ風の漂う林道まで車を走らせたロゼット。ルドセブはその助手席に座っている。
 しばらくエルダーの発明品である宝石を見つめた後、ルドセブは唐突にロゼットにたずねた。
「ところで姉さん、姉さんの言ってたあのことって何?」
「あのこと?・・ああ、あれね。着いてから言うわね。」
 ロゼットの言葉にルドセブは頷いて、再び前を向いた。
 しばらく進むと、森林と湖に包まれた草原に出た。そこには自然とは別格の、ドーム状の建物が立ちはだかっていた。
「な、何だ、ココは!?」
 完全と立ちふさがるその建物にルドセブが驚く。
「いやぁ・・こんなところにこんなものがあるなんて・・・!」
 びっくりしているルドセブとは対称的に、ロゼットは物悲しい笑みを浮かべていた。
「ここは・・・昔私たちが過ごしていた、ヘブンスベル孤児院よ。」
「こ、孤児院!?でもなんでこんな・・・!?」
 未だに驚きを隠せないルドセブ。ロゼットは入り口と思われる建物の扉を開けた。
 建物の中に確かに孤児院は存在した。しかしそこにいる少年少女が、逃げ惑う様子のまま動きを止めていた。こぼれかけたバケツの水も、壊れかけた壁の板も。
「やっぱりここは、4年前と何にも変わってないんだね・・・」
 凍てついた思い出の場所を目の当たりにして、ロゼットはうつむく。そして近くの柵に腰を下ろし、ルドセブもその隣に座る。
「もしかして姉さん、この孤児院で暮らしてたの?」
「うん。ヨシュアもね。」
「えっ!?ヨシュアさんも!?」
 再び驚きの声を上げるルドセブ。その横で、ロゼットは止まったままの孤児院の風景を見回した。
「ビリー・・ネリー・・ケビン・・セイラ・・・ジーン先生・・・」
 孤児院の人々を見るロゼットの眼は虚ろだった。
 親を失った彼女たちだが、この場所で楽しい日々を過ごしていた。弟ヨシュアとともに。
「そして4年前、私とヨシュアはクロノと出会ったのよ。」
「そして、クロノ兄さんと契約をしたんだよね?」
 ルドセブの問いかけに小さく頷くロゼット。
「私がクロノと契約したのは、ヨシュアを探して助けるためだけじゃない。この止まったままの時間を再び動かすためでもあるのよ。」
 ロゼットの心境を知ったルドセブはひどく困惑する。彼女は弟やみんなのために、自らの命をクロノに分け与えていた。
 今の彼女は、30歳まで生きられないほどにその命を削られていた。
 再び立ち上がり、出入り口のほうに振り向くロゼット。そこで彼女の顔色が一変する。
「あっ!姉さん!」
 慌しく駆け出したロゼット。ルドセブも急いで彼女の後を追う。
 建物から出てきたロゼットは、困惑しながら辺りを見回す。そしてその視線が一点で止まる。
 そこには蜂蜜色の少年が立っていた。屈託のない眼でロゼットを見つめてくる。
「ヨシュア・・・」
 再び弟と再会した姉。しかし弟には本当の姉の素顔を覚えていない。
 ロゼットはそのことを承知で、困惑を抑えてヨシュアに声をかけた。
「いつか、会ったわね・・・?」
「そうだね。」
 他人を相手にするように語りかけるロゼット。ヨシュアも普通に返答してくる。
「ここ、私の思い出の場所なの。でも4年前のまま、時間が止まってるの。」
「そう・・僕も何だか懐かしさを感じるんだ。初めて来たのに、前にも来たような気がしてならないんだ。」
 その言葉にロゼットは一瞬笑みを浮かべていた。わずかながら、ヨシュアは記憶を取り戻しつつあった。
「ねぇ・・」
「ん?」
「ちょっと、踊らない・・・?」
 ロゼットは唐突にこんなことを言い出した。後になって恥ずかしいお願い事で、断られるだろうと思った。
 しかしヨシュアは笑顔を見せて、
「いいよ。でも僕はあんまり上手くないよ。」
 手を差し伸べたヨシュア。その弟の手を、ロゼットは優しく握り締めた。

 孤児院を包んだ建物の前で、突然ダンスを始めたロゼットとヨシュア。しかし2人の動きはどこかぎこちなく、足取りもいいとは言えなかった。
「僕も上手くないけど、君もあまり上手じゃないね。」
「うるさいわね。ダンスなんて、11歳のときの復活祭(イースター)以来なのよ。」
「ハハ・・僕もそのくらいの年以来だよ。」
 ふくれっ面になるロゼットに、ヨシュアは苦笑いを浮かべる。
 しかしいつしか、ロゼットは優しい笑顔を見せ始めていた。そしてヨシュアも。
「不思議だなぁ・・」
「え・・?」
「君の手を握っていると、姉さんがそばにいるような気がするんだ。どうしてなのかなぁ・・・?」
「・・・私もよ・・」
 不思議そうな顔をしているヨシュアに対し、ロゼットは瞳を閉じて呟いた。
「こうしていると、探し続けてきた弟が帰ってきた気がするの。でも、アンタは・・・」
 ロゼットの表情が曇る。悲しみに包まれていく彼女の表情を見かねてか、ヨシュアは声をかけた。
「いつか、見つかるといいね。君の弟さん。」
 励ますつもりでかけたヨシュアの言葉。しかしロゼットには辛いものだった。なぜなら、眼の前にいるこの少年こそが、その弟なのだから。
 建物の出入り口から、ルドセブは2人の姿を見ていた。
「兄弟かぁ・・オレにもいてほしかったなぁ・・・」
 暗い夜の空を見上げながら、ルドセブは1人ため息をついていた。

 やがてダンスを終え、その足を止めたロゼットとヨシュア。
「今夜はありがとね。こんなことにつき合わせちゃって。」
「いいよ。僕も何だかいい気分になったよ。」
 互いに笑顔を見せる姉弟。しかしロゼットのは作り笑顔でしかなかった。本当にヨシュアが戻ってきていないことに、彼女は素直に喜ぶことができなかった。
「それじゃ、僕は行くね・・」
 そういってヨシュアは、ロゼットから手を離し、別れの挨拶を述べる。しかしその手が離れた瞬間、
「待って、ヨシュア!」
 ロゼットはヨシュアを呼び止めていた。立ち去ろうとしていたヨシュアが立ち止まり、振り向いて再びロゼットを見つめる。
 当のロゼットもどうしたらいいのか分からなくなり、戸惑うしなかった。
「うっ!」
 そのとき、胸に下げていた懐中時計が激しく動き出した。その鼓動によって、ロゼットは胸を締め付けられるような息苦しさに襲われた。
 それは命を削り取られる激痛だった。その痛みが数秒続いた後、時計はその起動を治めたのだった。
「今の、は・・・?」
 唐突な時計の始動に、息を整えるロゼットは当惑していた。
 そのとき、星の輝く夜空が漆黒に塗りつぶされた。その異変にロゼットが空を見上げる。
「姉さん!」
 ルドセブもたまらずロゼットのそばに駆け寄る。銃を引き抜き、迎撃に備えるロゼット。
 空には再び悪魔の大群がやってきていた。ロゼットたちを見据えて不気味に吐息をもらしていた。
 その中心には、蜘蛛を思わせる姿の悪魔、リゼールの姿があった。彼女はロゼットを、ヨシュアを鋭い視線で睨みつけていた。
「アイオーン様の気を引かせる不届きなボウヤ。そろそろ消えてもらわないといけないわね。それに、そこのお嬢さんもいい加減目障りだわ。」
 妖しく笑うリゼールと不敵に笑うヨシュア。ロゼットは慌しい表情を隠しきれなかった。
(どうする!?今手持ちにあるのは聖火弾(セイクリッド)だけ!福音弾(ゴスペル)は車の中に置いてきちゃってるし、それまで相手が待ってくれるとは思えないし・・!)
 危機感と焦りを募らせるロゼット。リゼールをはじめとした悪魔たちに対抗する手段が見出せない。
 そのとき、虚空から一条の閃光が飛来し、悪魔の一群を粉砕した。
「何ぃ!?」
 不測の襲撃に驚愕するリゼール。その場にいる者たちの視線が一点に集中する。
 そこには黒髪の少年が、右手に銃を握って立っていた。彼がその銃で福音弾を放ち、悪魔たちを一掃したのである。

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