Control Lovers vol.2「the raging mind」
作:幻影
「メ、メデューサ星人?どういうこと?」
緊張感で満たされていた店の中で、ミナミは口を開いた。
「オレが家を出て行ったあの日、姉さんが言ったんだ。オレの父さんはメデューサ星人で、スパイとしてこの地球(ほし)に送り込まれたんだと。」
アスカは握り締めた右手を震わせる。
「だけど、オレの母さんと出会い、結婚して、オレたち姉弟が生まれた。オレが5歳の時に父さんと母さんは事故で亡くなり、姉さんがオレの親代わりになってくれた。オレもそのことにはすごく感謝している。」
「アスカ・・・」
「だけど1年前、幸せな日々を送るはずだったカリンに、姉さんは支配の力をかけた。姉さんはそれがオレのためだと言っているが、そのことがオレたちの幸せをメチャクチャにしたんだ!」
アスカは次第に感情をむき出しになる。その強まる語気が、ミナミは胸を締め付けられる思いだった。
2年前。
大学に入学したアスカに声をかけてきた女性がいた。当時同じゼミだった葵カリンである。
「アンタ、なかなか顔してるね。」
「褒めても何も出ないよ。」
「そうイヤな顔しないで。あたし、葵カリン。アンタは?」
「オレ?アスカだ。光野アスカ。」
「そう。よろしくね、アスカちゃん!」
カリンが笑顔を作って右手を出して握手を求めた。
「呼び捨てでいいよ。ちゃん付けはどうも苦手でね。」
アスカも苦笑いをしながら、カリンの手を握った。
アスカは学校にいる時間は、ほとんどカリンがそばについていた。
始めはいつも入りびたってくるカリンに悩まされていたアスカだったが、月日がたつにつれて次第に心を許していき、お互いなくてはならない間がらとなっていった。
2人とも学校もバイトもない時間には、買い物やカラオケなど、色々な場所に歩き回った。
そして1年がたったある日、アスカはカリンにプレゼントを渡した。カリンが丁寧に折り込まれた包みを外して箱を開けると、その中には1つの指輪が入っていた。
「まぁ!これを、あたしに!?」
カリンの顔が歓喜で満ちていく。
「あんまりお金がある方じゃないんで、こんなものしか買えなかったけど。」
苦笑いをして照れるアスカ。カリンは指輪を高く掲げて色々な角度から見つめている。
「いいの。だってこれには、アスカの気持ちがこもってるんだもん。あたし、今最高にうれしいの!」
カリンは指輪をはめてみる。そして改めて喜びの声を上げる。
「ああ・・ありがとう、アスカ。」
「似合ってるよ、カリン。」
指輪をはめた指を見つめたまま、踊りまわるカリン。活気あふれた姿に、アスカから笑顔がこぼれた。
そのとき、上空から紫がかった煙が舞い降り、カリンに降りかかった。
「キャッ!」
「カリン!」
必死に煙からはい出してきたカリン。煙にやられて眼が半開きになり、何回かせき込んだ。
「大丈夫か、カリン!?」
「うん、あたしは平気・・・えっ!?」
アスカの心配に返事をしたカリンのTシャツが突然弾けるように引き裂かれた。さらけ出された胸は色を失い固くなっている。
「な、何なの、コレ!?」
「カリン・・カリン!」
今カリンの身に起こっていることが理解できずにいたアスカが、動揺するカリンの肩を強く掴んだ。
カリンは自分の体が石になり素肌があらわになるに連れて、次第に体の自由が利かなくなっていく。
「どうなってるの!?あたしの体、動かない!力が入らない・・」
「カリン・・・」
驚きと恐怖を隠せなかったカリンの語気さえも弱まっていく。現実離れした現象にアスカはどうすることもできず、震えるカリンの体を押さえるしかできなかった。
やがてアスカがプレゼントした指輪も、石化に巻き込まれて音を立てずに崩れていく。
「あ・・ああ・・・」
壊れる幸せへの恐怖。何もできない自分への苛立ち。全く異なる次元に落とされていくカリン。
それらがアスカの心に押し寄せ、完全に混乱してしまう。
「アスカ・・これって・・ウソだよね・・・」
「・・あああ・・・」
力の失った石の体から必死に笑顔を作って声を振り絞るカリン。彼女の変わり果てる姿に、アスカの声は言葉になっていなかった。
そして笑みを見せていた顔からも力が抜け、カリンは虚ろな表情のまま固まっていった。
その場にいたのは一糸まとわないポニーテールの女性と、その前でうずくまり泣き叫ぶ青年、そしてその後ろで笑いを浮かべている女性だった。
「これで彼女はずっとあなたと一緒よ。」
「・・・姉さん・・・」
顔を涙でぐしゃぐしゃにぬらしたアスカが振り返った先には、姉フランの姿があった。
「もしかして、姉さんがカリンを・・」
フランはアスカがカリンと親密な関係を作っていたことは知っていた。アスカが喜びながら話していたので当然のことだった。
「そうよ。あなたがずっと幸せでいられるようにと。」
「こんなののどこに幸せがあるんだ!?」
優しく笑うフランに、アスカが怒りの叫びを上げる。
「早く、カリンを元に戻してくれ!このままじゃ、彼女は・・」
「この私の支配の力、メデューサ星人の力があれば、あなたはずっと幸せでいられるのよ。」
「メデューサ!?」
「そう。私とあなたはメデューサ星人。支配の力を持つ者よ。」
平然と語るフランに真実にアスカは驚愕し、体を震わせる。
「と言っても私とあなたは、メデューサ星人の父さんが、地球人の母さんを愛したことで生まれた混血の子供なのよ。私の支配の力は純粋に受け継がれたけど、あなたのメデューサの血は限りなく薄まってしまった。たとえ力を開花させたとしても、完全な支配の力を持つ私の方が上なのは明白よ。」
信じられない事実が、次々とアスカの耳に届いていく。
「さぁ、アスカ、カリンさんを連れて帰りましょう。これから幸せな生活を送りましょう。」
「イヤだ!」
優しく微笑むフランの誘いを振り払い、アスカは飛び退いた。
「オレはこんなのは望んでなんかいない!姉さんはオレを不幸に陥れるつもりなのか!?だったらオレは家を出て行く!そしてオレはカリンを連れて・・」
「そうはさせない!」
フランの伸ばした右手から、激昂するアスカに向かって衝撃が発した。強烈な圧力に襲われて、アスカが激しく転がりまわる。
「あなたは私の言うとおりにしていれば、必ず幸せでいられるのよ。」
フランが石になったカリンの体を抱えて、邪気の中に消えていく。
「やめてくれ!カリンを返してくれぇぇーー!!!」
アスカの悲痛の叫びと共に、強烈な波動が発せられ、立ち込めた邪気を吹き飛ばした。しかし、そこにはフランとカリンの姿はなかった。
「姉さん、カリン・・・」
これがメデューサ星人の支配の力だとアスカは思った。悲しみが心を支配していた今のアスカには、このことを疑う余裕はなかった。
その日から、アスカは自分の家に帰ることはなかった。大学を中退してバイトもやめ、今まで住んでいた街を出て行ったのである。
「そ、そんなことがあったなんて・・・」
アスカの話を聞いて、ミナミが悲しい声を出す。
「あのとき、人間の力を超えた力を使った時に、オレは人間ではないと心のどこかで自覚した。けど、オレは今でも人間だと思ってる。だからあの日以来、支配の力を使わないで今まで過ごしてきたんだ。でも・・」
「あなたのお姉さんが現れて、今度はユカリを・・」
ミナミが震えるアスカの言葉を続ける。
「姉さんは、オレが姉さんの言うことを聞くのが幸せだと、自分がオレを幸せにできると思っているんだ。そんな自己満足な考えで、本当にオレが幸せになれると思い込んでいるんだ。」
「でも、結局あなたのお姉さんは、ユカリを連れ去ってしまった。だから、私が助けに行く。」
ミナミが緊張感を含めた面持ちで戸に向かっていく。はっとしてアスカが椅子から立ち上がり、ミナミの肩を掴む。
「待て!君じゃ姉さんの、支配の力に勝てない!」
「私は妹をさらわれたのよ!もうあなたたちだけの問題じゃないわ!」
語気を強めるミナミがアスカの手を振り払い、そのまま外に出ようとする。
そのとき、戸に手をかけようとしたミナミが、突然動きを止めた。
その後ろから睨みつけているアスカが、自分の持つ支配の力でミナミの動きを封じたのである。
ミナミはその場に立ち尽くしたまま硬直して動けなくなる。
「メデューサの血が限りなく薄まったオレの力でも、君は身動き1つできなくなる。呼吸など命に関わる器官以外、君の体はオレが支配している。」
静かに近づいたアスカは、ミナミの体を掴んで自分に向けて、そのまま壁に押し付ける。自由のほとんどを掌握されているミナミは声を出すことさえできない。
「これで君はオレのおもちゃ同然。オレの考え1つでどうにでもなってしまう。」
ミナミの心に中に恐怖がこみ上げる。何の抵抗もできない彼女は、今はアスカのされるがままである。
しかし、アスカは力を抜いた。ミナミを縛っていた支配力が消え、自由を取り戻す。
その場に座り込み、息を荒げるミナミを、アスカは悲しい眼で見下ろす。
「相手が姉さんだったら、こんな程度では済まされないぞ。オレぐらいで参っているんじゃ、このまま行ったら姉さんに自分の全てを差し出すのと同じなんだぞ。」
「それでも、私は、ユカリを助けたいのよ。自由に生きてくれることが、私にとっても幸せなのよ。たとえ敵わないとしても、助けないわけにはいかない!」
「ダメだっ!」
アスカがミナミの肩を強く掴む。彼の両手の力と突然の罵声に、ミナミは気おされる。
「どんな理由でも、このまま君を行かせるわけにはいかない!もうこれ以上、オレの好きな人を失うのはたくさんだ!」
アスカはミナミを行かせまいと必死だった。その怒りにも似た叫びには彼自身の悲しみが込められ、大粒の涙が彼の眼から流れ落ちていた。
「オレにはわずかだけどメデューサの血が流れている。それでもオレはこの地球(ほし)で生きている1人の人間だと思ってる。だから・・」
「分かってるわ。」
心を痛めているアスカに、ミナミが優しく微笑む。
「たとえ人間でなくても、宇宙人でも、あなたはアスカ。光野アスカよ。」
ミナミが優しくかけたこの言葉が、アスカの胸に強く突き刺さった。
ここまで自分を信じてくれた人がいたことがたまらなく嬉しくなり、アスカはミナミを抱きしめた。
「ありがとう。ありがとう、ミナミさん。」
「ミナミでいいよ、アスカ。」
「ああ。信じてくれてありがとう、ミナミ。」
怒りと悲しみに満ちていたアスカの涙は、ミナミを想う嬉し涙へと変わった。泣きじゃくりながら寄り添うアスカを、ミナミは優しく抱きしめた。
「あ、あの・・・」
アスカとミナミは声のした方を向いて顔を赤らめた。
2人が気がつくと、キョウコが顔を出していたのである。アスカを正体を知られたからか、2人が抱き合っていたからか、アスカとミナミは恥ずかしがらずにはいられなかった。
「キ、キョウコちゃん、こ、これは・・」
慌てふためき、うまく言葉が出ないアスカとミナミ。
「ご、ごめんなさい!盗み聞きするつもりはなかったんです。2階で待っていたらそのまま寝てしまって、物音がして下りてきたらアスカさんたちが深刻そうにしてて、それで・・」
キョウコは軽く頭を下げ、お詫びの意を示した。
「でも、私聞いたことあります。メデューサ星人という名前を。」
「何だって!?」
キョウコの言葉に、アスカとミナミが驚きの声を発する。
「私の父さん、宇宙科学の教授なんですが、昔に太陽系の外部に点在していたメデューサ星の研究をしていたんです。」
「メデューサ星・・・」
アスカがうつむいて小さく呟く。キョウコはさらに話を進める。
「メデューサ星人は、人間の常識を大きく超えた力を持っていたらしいのです。標的となったものを自分の思いのままにしてしまう「支配」の力を使うようです。特に、標的を別の物質に変えてしまうのは、最もレベルが高いと言われています。」
「そうなのか!?ということは、姉さんはメデューサ星人の中でも強力な支配を持っているのか。」
「父さんはこの論文を発表したんですが、あまりに現実離れした話だと言われて相手にされませんでした。しかもメデューサ星人は、高速の大流星に巻き込まれて、メデューサ星ごと滅びてしまったことで、父さんの話は全くの夢物語とされてしまったんです。」
「何だって!?全滅!?」
「ええ。仮に生きていた人がいても、数えられる程度だけらしいです。」
淡々と話すキョウコに耳を傾けるアスカ。ミナミは話が入り組んだ感じになり、いまいち内容が飲み込めずにいた。
「ということは、その1人がオレの父さん・・・」
アスカは、メデューサ星人の真実を理解し、自分の生い立ちを再確認した。
結局、その夜にユカリを救出しようと飛び出していくことはなかった。
「もうじき、アスカは私のもとへ戻ってくる。」
暗い静かな空間。
満面の笑みを漏らしているフランと、呆然と立ち尽くした2人の乙女がいた。
フランはカリンの石の体を抱きしめながら、素肌の上で指を滑らせていく。
「私に支配されたあなたたちを連れて行っても、アスカはおそらく動かないわ。もし動くなら、あなたが私に奪われたときにそうしていたはずよ、カリンさん。多分忘れたいのよ。辛すぎる過去を、心の奥に押し込めたいのよ。でも、ミナミさんは違う。」
視線をユカリに移すフラン。
「妹のあなたを助けようと必死になるはずよ。そうなれば、アスカも黙ってはいないわ。」
カリンに寄り添っていたフランは、今度はユカリの体を抱きしめた。
「どう?私の支配を受けた感想は?私はあなたに対してどんな恥ずかしいこともできる。でもあなたは何の抵抗もできない。私の支配の中で、私の行動に流されていくだけ。」
フランは固まったユカリの髪を撫でていく。さらりとしていた黒髪も、石になって白い滝のようになっていた。
「でも心配することはないわ。もうすぐお姉さんがここに来るから。もちろんアスカも。そして私がいつまでも一緒にいられるようにしてあげるから。」
フランはユカリの腰から胸にかけて指を滑らせていく。
ミナミを自分の支配下に置き、アスカを自分のもとに取り戻す。
そのときを待ちわびながら、フランは静かに乙女の肌をいじる。
何の抵抗もなく虚ろな表情をしたままの裸身の乙女2人は、支配者に体を弄ばれるだけだった。
つづく
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