作:幻影
この日も、隆の店でのバイトをこなしていくたくみ。満面の笑顔で客を迎え、そして見送る。
3時ごろに仕事が終わり、隆に挨拶に向かう。
「お疲れ様。今日もご苦労様で。」
隆の言葉にたくみが思わず照れる。
「君の考えたプチシューケーキ、好評のようだね。」
「くだらない考えで言ってみただけですが、みんなけっこう気に入っているみたいで。」
奥の部屋で和やかな会話をするたくみと隆。その直後、たくみはふと、沈痛な顔つきの和海に眼を留める。
たくみは笑みを消して、彼女に近づいた。
「どうしたんだ、和海?そんな顔してちゃいけないだろ?」
たくみに声をかけられ、和海が顔を上げた。
「たくみ・・・」
「どうしたんだ?よかったらオレが相談にのってもいいけど?」
たくみの優しい言葉に、和海は安堵して笑みを見せる。
そのとき、たくみが聞き覚えのある声を耳にして振り返る。
「このチョコショートを4つ。お願いね。」
店の中をのぞくと、そこには飛鳥に注文を言っているあずみの姿があった。
あずみはこちらに気付いているのか、たくみのいる奥の部屋に視線を向ける。
その目線に真剣な眼差しで返すたくみが、和海に振り向いて苦笑する。
「ワリィ。ちょっと用事思い出したんだ。相談は、また後でな。」
そういってたくみは、和海の言葉を待たずに部屋を出て行った。買い物を済ませて店を出たあずみを追って。
「わざわざケーキを買いに来たわけじゃないだろ?」
店から少し離れた公園のベンチに腰かけ、たくみがあずみに愚痴に似た言葉を投げかける。先ほど買ったケーキを彼女に勧められたが、彼は自分は売る側だといって拒んだ。
「あれは寄り道みたいなものよ。チョコクリームが好きなんでね。」
あずみが喜びの表情でたくみを見つめて、買ってきたケーキのひとつを、一緒にもらってきたプラスティックのフォークを使って口にする。
「最近、海岸近辺で変質的な事件が起こっていることは知ってるわね?」
「ああ。そこで泳いでたり遊んでたりしてた女性が何人か、まるで宝石になったみたいに固められたとか。目撃者は怪物の姿を見たって。そいつが虹色の光を浴びせると、宝石になって動かなくなったとか。」
「警察も必死に警戒してるけど、おそらく見つけられないでしょうね。仮に見つけられても、相手はおそらくガルヴォルス、太刀打ちできないでしょうね。」
そこでたくみが立ち上がり、通りのほうに振り向く。そこにあずみは話を続ける。
「私たちも捜査を続けるわ。発見次第攻撃を開始するけど、あなたも用心しておいたほうがいいわ。」
「ああ。だけど今は・・」
たくみの言葉にあずみが眉をひそめる。
「オレには、やらなくちゃいけないことがあるんだ。」
「やること?ガルヴォルスから人々を守ること?」
「それもあるが・・オレには守りたいものがあるんだ・・」
「今何を考えているか知らないけど、今あなたがしなければいけないのは、人々を襲っているガルヴォルスを倒すこと。そのためのその力・・」
「これはオレの力だ。それをどう使うかは、オレが決める!」
あずみが言い終わる前に、たくみはそう言って公園から駆け出した。その後ろ姿を見送るあずみ。
「彼もいろいろ悩んでいるみたいね。周りに対しても、そして自分自身に対しても・・」
沈痛な面持ちを抱えたまま、あずみは残ったケーキを持って、公園を後にした。
日光の照り返す真昼の海辺。そこには海水浴に訪れていた人々が集まっていた。
そこでは若い女性の来客が多く、泳いだり水をかけ合ったりして戯れていた。
「ねぇ、そろそろお昼にしない?」
「そうだね。食事も兼ねて、ちょっと休憩しよう。」
その中の2人が海から上がろうと立ち上がる。短い茶髪、黒のポニーテールをした、それぞれ水色、白の水着を着用した2人の女性である。
2人が海水の乾いた砂地に足を踏み入れた瞬間、少し離れた水辺が突然爆発を起こした。
「な、何!?」
2人をはじめとした周囲の人々が水しぶきの起こったその場所に振り向く。
破裂した海水が治まり、そこから1つの人影が現れた。
その姿は人ではなかった。両手と背中、頭部が貝の形をしていた。
「いやあっ!」
貝の怪物が吐息をもらした直後、茶髪の女性が恐怖のあまり絶叫を上げる。周りの人々も慌しくきびすを返してこの場から逃げ出そうとする。
怪物が茶髪とポニーテールに振り向くと、頭の貝が大きく開かれた。そこからまばゆいばかりの、虹色に輝いた光線が放たれた。
光線は逃げ惑う2人の女性に向かい、そして捕らえる。そして逃避しようとしていた彼女たちが足を止める。
「な、なに・・・か、体が・・・」
なおも光線を浴び続けている女性が戸惑いの言葉をもらす。思うように体が動かないのだ。
光線を浴びた腰から、体が同じ虹色に変色し、硬質化して動かなくなってしまったのだ。その衝動が手足の先までがいうことを聞かなくなり、小刻みに震えていた。
「いやぁ・・何なのよ、コレ・・!?」
変わりゆく自分の体を見て、ポニーテールが怯えた様子で声を上げる。その虹色の変化は徐々に彼女たちの体を包み込み、その自由を奪っていく。
貝の怪物が放った光は、2人の女性を透き通った宝石へと変えていく。
「だ・・だれ・・か・・・」
その顔に恐怖を焼き付けたまま、2人の女性は完全な宝石の像に変わった。その美しい姿を見て、怪物が歓喜の振る舞いを見せる。
そして次の狙いを求めて周囲に視線を巡らせる。そこに数人の警官が駆けつけてきた。怪物はそれを察知して、青く澄んだ海の中に飛び込んだ。
通報により駆けつけた警察に目撃される前に、怪物は海中に姿を消していた。海辺に取り残されたのは、宝石にされた水着の2人の女性だった。
あずみとの話を終えたたくみは、自宅のマンションに戻ってきていた。しかし自分の部屋には戻らず、その1つ上の階の和海の部屋を訪れていた。
呼吸を整え、部屋のインターホンを押す。呼び出し音が発せられた後、和海が沈痛な面持ちでドアを開けてきた。
「たくみ・・・」
「すまない、和海。話を聞きに来たぜ。」
苦笑いを浮かべて、たくみが和海に声をかける。
「たくみ!」
突然和海が寄り添い、たくみが困惑する。
「ど、どうしたんだ!?」
「また、あの怪物に人が襲われた・・・」
「怪物!?襲われた!?」
ただならぬ和海の様子に、たくみは彼女の話に耳を傾けた。
少し前に、近くの海辺に怪物が出現し、海水浴に来ていた2人の女性が襲われ、宝石の像にされたのである。TVのニュースでもそのことが告げられていた。
「そうか・・あいつがあそこに現れたのか・・・」
TVのニュースを視聴して、たくみがあずみが話したガルヴォルスを思い出していた。
海辺によく出没しては、そこにいる女性に虹色の光を浴びせて宝石に変えている。
(これで5件目になるのか・・)
アナウンサーの言葉を胸中で繰り返すたくみ。事件はこれで5回目。宝石にされた女性は13人に及んでいた。
たくみは振り返り、悲しい顔をしている和海を見つめた。
「まさか和海、誰か・・・」
たくみは言いかけてやめた。和海は眼に涙を浮かべながら答えた。
「わたし、あの怪物を許せない・・それだけじゃない。他にも同じ種類の怪物がいて、それら全部を許せないのかもしれない・・」
和海の言葉が気がかりになるたくみ。
それから、和海は自分に起こったことをたくみに話した。
彼女は6歳のとき、両親を亡くして親戚の家に預けられた経験がある。両親は2人だけの旅行中、怪物に襲われた事件に巻き込まれて死亡したのである。
その彼らの死に方は、全身が金属のように変質していたという奇妙なものだった。
警察によって明かされている事件の詳細を聞いた和海に、怪物に対する憎悪が植えつけられたのである。
「金属みたいに・・・そいつはおかしいな。」
「警察は犯人を変質者と認識したものの、結局捕まらないまま捜査は打ち切られたの。でもあの怪物は、必ずどっかにいると思うの。私はお父さんとお母さんを殺したあの怪物を許せない。今でもその気持ちは変わらない。」
和海はたくみに自分の中にある憎しみを伝えた。そしてたくみは、その怪物がガルヴォルスではないかと思っていた。
少なくても和海は、その怪物とその同族を憎んでいる。悪魔と化したたくみにも、その矛先が向けられることは十分考えられた。
絶対に知られてはならない。自分が悪魔であることを。
たくみの中に、一抹の不安がよぎっていた。
そのとき、町のほうに爆発と思われる振動が起こった。和海は身構えたたくみに寄り添い、不安を抱えながら周囲を見回す。
「まさか・・!」
たくみはガルヴォルスの出現を予測して、部屋を飛び出そうとしてふと足を止める。沈痛な面持ちで立っている和海に振り返る。
「たくみ・・・」
悲しい眼で見つめる和海の肩を、たくみは優しくのせる。
「オレに何ができるかは、オレ自身にも分からない。けど、オレが何をしたいかは分かってるつもりだ。」
たくみは再び和海に背を向ける。
「オレはオレの近くにいる人を守る。それがオレのしたいことであり、オレがしなくちゃいけないことだとも思う。」
「でも、私なんかのためにそこまで・・」
「オレがそうしたいからそうする。もう分かってると思うけどな。」
後ろめたい気持ちの和海に、たくみは振り返らずに笑みを見せる。そして再び駆け出し、部屋を飛び出した。
その後ろ姿を、和海は安堵の吐息をつきながら見つめていた。
もしかしたら、たくみが何とかしてくれるかもしれない。和海の中に、たくみに対する期待と希望がわき上がっていた。
人が見えないことを確認して、たくみは全身に力を込めた。疾走する彼の顔に紋様が浮かび、全身を悪魔の姿に変える。
ガルヴォルスに変身したたくみが、爆発の起こった広場に駆けつけた。そこには、サメの姿をした怪物が口と手から紅い液を垂れ流しながら不気味に笑っていた。
怪物はその角と爪で人々を切り裂き、その鮮血が牙や爪にこびりついていた。その鋭い刃に切り裂かれた人々は、砂になって形をとどめてはいなかった。
「お前が、ここの人たちを・・・!」
たくみが怒りを押し殺した声でサメの怪物に問いかける。するとサメは哄笑を上げるが、たくみの問いかけに答えようとしない。どうやら理性を失っているようだった。
「お前も、人の心を失ってしまったのか・・!」
たくみは歯がゆい思いを抱えたまま、悪魔の剣を出現させて握り締めた。その行為を敵対行動と察知し、サメが息を荒げてたくみを見据える。
その鋭い突進が繰り出される前に、たくみは剣を構えて飛び出した。振り下ろされた剣をサメの手首から生えた角の刃が弾く。
たくみはさらに剣を振りかざすが、サメの素早い動きにかわされる。悪魔の翼を広げて追跡を図るが、サメを捉えることができない。
苦戦するたくみにサメが飛び込み、体を切り裂く。
「ぐあっ!」
うめくたくみの体から鮮血が飛び散る。反撃に転じても、サメはすぐに回避してしまいかわされてしまう。
(ダメだ!このままじゃ切り裂かれる!いくらガルヴォルスの再生能力があっても、追いつかない!何とかしないと・・!)
敵の動きを追いかけながら、打開策を練り上げるたくみ。
(あいつはオレを確実に狙ってきている!それを利用すれば・・!)
そのとき、たくみの眼に電線が飛び込んできた。
(そうか!これだ!)
たくみは剣を振りぬいて、サメとの間合いを取った。そして獲物のみを狙ってくるサメの怪物の習性を利用して、素早く移動する。
そして電線の前で振り返ると、サメがたくみに向かって突っ込んできた。
(今だ!)
たくみはすぐさま上空に飛翔した。そこに突進してきたサメが電線に引っかかる。電線を流れる電流が、サメに痛烈なショックを与えて動きを止める。
飛翔したたくみが、サメめがけて剣を投げつけた。麻痺して動きの鈍ったサメの体を剣の刀身が貫いた。
心臓を突き刺されたサメが、人の姿に戻る。スクール水着を着用した中学生ぐらいの少女だった。
少女は虚ろな表情のまま白く固まり、途切れた電線から落下する。そして地面に叩きつけられると、砂になって消えてしまった。
たくみはその消えた亡がらを見下ろしながら、ゆっくりと降りてきた。悪魔から人間に姿を戻すと、床に突き刺さっていた剣が消失する。
(守るためなら、これは仕方がないことなんだろうか・・これも、守るための戦いなのか・・だったら、どんなことになっても、オレは戦う。オレの周りにいる人たちのためにも、オレは戦い続ける。)
散りばめられる砂を見つめながら、たくみは胸中で決意を固めるのだった。
たくみがサメの怪物を撃退した次の日から、和海は隆の店の厨房を利用して、ケーキ作りに励み始めた。
自分の力だけで作ってみたいと言い出したところ、隆は快く了承してくれた。そればかりが、和海の調理にいろいろとアドバイスをしてくれた。
何回か失敗しながらも、一生懸命に調理を進め、そしてついに、彼女はいちごのケーキを完成させたのである。
「やったぁ!やっとできたぁ!」
自分が作り上げたケーキの出来栄えに、和海が満面の笑みを浮かべる。
「形といい、調理途中における味といい、なかなか見事だよ。でも、なんでそんな急に?」
隆が感心してから和海に真意を聞く。すると和海は笑顔で答えた。
「ちょっとね。」
和海はそれだけ言って、切り分けたケーキの1つを販売用の箱に入れた。隆は彼女の嬉しそうな様子に、それ以上の追及はしなかった。
「じゃ、ちょっと行ってくるね、隆さん。」
後片付けを済ませ着替えを終えた和海は、隆に笑顔を見せて店を出て行った。
手作りのケーキを持って、和海は自宅のマンションへと急いだ。これを食べさせてあげたい相手、たくみはこの日にバイトはなく自宅にいると聞いていた。
一途の喜びを胸に秘めて和海は駆けつけ、そしてマンションの前までたどり着いた。
(待ってて、たくみ。私の作ったケーキを、最初に食べさせてあげるからね。)
しかし、そこで和海の笑みが消え、足が止まってしまう。彼女が眼にしたのは、たくみと、見知らぬ少女の姿だった。背丈や見た目の年齢は和海と同じくらいの、長い黒髪を風に揺らしている少女だった。
彼女はたくみと親しい間柄のように和海には見えていた。好奇心にわいていた体がだらりと力が抜ける。しっかり持っていたケーキの箱が手から離れて地面に落ちる。
その音に、たくみと少女が振り返る。
「和海・・・?」
たくみがふと声をもらすと、和海がはっと顔を上げる。
「どうしたんだ、こんなところで?・・それは・・?」
たくみが落ちた箱に眼をやる。すると和海が慌しい様子でそれを拾い上げる。
「う、ううん、何でもないの!じ、じゃ・・!」
たくみにケーキを渡さないまま、和海は振り返って駆け出してしまった。
そんな彼女の後ろ姿を、たくみは呆然と見つめていた。
(何だ!そういう人いるんじゃない!)
眼に涙を浮かべながら、和海はひたすら道を駆け抜けていた。たくみにひかれかけていた彼女の想いは、再び揺さぶられようとしていた。
次回予告
第6話「少女・ジュン」
たくみの前に現れた少女。
それは、彼の幼なじみ、橘(たちばな)ジュンだった。
彼女の登場に戸惑いを隠せない和海。
3人の心が交錯し揺らめく。
そして、驚愕の事実がたくみに迫る。
「たくみ、わたし、もう人間じゃないみたい・・・」