作:幻影
ジュンの亡くなった翌日。和海はその悲しみから何とか立ち上がろうとしていた。
ガルヴォルスの存在を恐れずに受け入れた彼女は、再びケーキ作りに没頭していた。今度こそたくみに自分が作ったケーキを食べてもらおうと意気込んでいた。
そして、材料が切れていたことに気付き、和海は買い物に出かけた。慌てて買いに行くものでもなかったのだが、一刻も早く完成させたい彼女は、急いで買い物を済ませてきた。
その帰りの通り道、和海は急いで店に向かっていた。
「さぁ、急いで調理を始めないと・・!」
和海が次第に足早になる。するとその拍子で足をつまづき、転びそうになる。
そのとき、誰かが彼女を支えた。買い物を袋からこぼすことなく、和海は体勢を整えた。
「わ、す、すいません・・・えっ?」
慌てて振り返ると、和海は言葉を失った。その視線の先、彼女を助けてくれた青年に、彼女は思わず魅入られてしまっていた。
黒い長髪。整った顔立ち。女子を魅了させるような青年だった。
「大丈夫かい、きみ?」
「あ、はい。どうもありがとうございます。」
助けてくれた青年に頭を下げる和海。
「わたし、ちょっと急いでたので・・」
すると青年は苦笑いを浮かべる。
「何があるのかは知らないけど、慌てると転ぶよ。」
「はい。どうもすいません。あの、お名前、教えてもらってもいいですか?」
「え?」
和海の問いかけに青年はきょとんとなる。しかしすぐに笑みを見せる。
「オレは荒木秀樹。きみは?」
「和海。長田和海です。」
「和海か・・一応、覚えておくよ。」
秀樹は手を振りながら、和海と別れて離れていった。
(秀樹さんか・・・あっと、早く帰らないと・・!)
和海は振り返り、急いで店に戻っていった。
この時間、たくみはバイトのために支度をしていた。準備を終えたたくみは、机の上に置かれた写真立てに眼をやった。幼い頃に撮ったたくみとジュンの写真である。
たくみはその写真立てを手に取り、沈痛な面持ちになる。
(ジュン・・オレは和海を守っていく。このガルヴォルスの力で、大切なものを守っていく・・)
胸中で決意を思い返し、たくみは写真立てを再び机の上に置いた。そして振り返り、部屋を出て行った。
人々を脅かし続けるガルヴォルスの駆逐に力を注いでいたあずみ。パソコンを打って、現状をデータとして整理していた。
整理を続けているうちに、彼女の顔が次第にこわばっていった。
「これって・・・!?」
あずみは疑いの眼で、パソコンに映し出されているデータを見やった。
「あのガルヴォルスが、この街にも現れるなんて・・」
あずみさえ脅かすガルヴォルスの存在。それは、新たなる悲劇の火種となろうとしていた。
「佐藤部隊長!」
あずみは怪訝な表情で、部内連絡線の受話器を取って呼びかけた。
「あのガルヴォルスが街に侵入した形跡があるのよ!ヤツの能力は次々と人々を感染させていくわ!被害が拡大しないうちに発見し、すぐに始末しなさい!」
あずみは言い放って回線を切り、近くにハンガーでかけてあったジャケットを力任せに引っつかんだ。
険しい表情のまま、彼女は部屋を飛び出した。
近頃、和海の様子にたくみだけでなく、飛鳥たち全員が気にかけていた。バイトが終わるとすぐに店を飛び出し、どこかに出かけているようだった。
たまりかねたたくみは、ついに和海の後をついていくことにした。次のバイトが終わったのを見計らい、店から尾行を開始した。
物陰に隠れながら、彼女が向かう先へと進んでいく。
そして、彼らは街の中央広場へとやってきた。そこには1人の青年が、和海を呼び寄せるように手招きしていた。
「あっ!秀樹さん!」
和海が歓喜の声を上げて手を振り返す。そして秀樹に駆け寄り、笑みをこぼす。
「ごめん。待った?ちょっとバイトが長引いちゃって。」
「いや、オレもちょっと前に来たばかりだから。」
和やかに進む談話。その近くの物陰で、たくみが苛立ちを押し殺しながら、2人の様子をうかがっていた。
(な、何だ、アイツは・・!?)
たくみが怪訝そうに、2人のやり取りを見張る。
和海と秀樹は笑顔で会話を弾ませていた。
「今日はどこに行こうか?」
「う〜ん、最近はにぎやかなところばかりだったから、公園のほうに行ってみようか?」
「だったら、公園よりもヨットハーバーのほうがいいんじゃないか?あそこなら海が見えるから、いいと思うんだけど・・」
「そうだね。そっちにしようか。」
和海は同意して、秀樹とともに場所を変える。
そのとき、見かねたたくみが物陰から飛び出してきた。
「和海!」
「えっ!?た、たくみ!?」
突然呼びかけられ、和海が驚きの声を上げる。秀樹は何事か分からない様子で、和海と突然現れた青年を見つめる。
「たくみ、なんでここにいるの!?」
「聞きたいのはこっちのほうだ!誰なんだよ、この人!?」
互いが慌てた様子で聞き、たくみが秀樹を指して和海にたずねる。
「この人は荒木秀樹さん。ふとしたことで会ったんだけど、何だか息が合っちゃって。」
「はぁ?ちょっと会っただけでここまで発展するか?」
和海の言葉にたくみが呆れる。すると秀樹が数歩近づいて、
「もしかして、きみが不動たくみくんかい?」
話しかけてきた青年が自分のことを知っていたようで、たくみは唖然となって言葉を失う。すると秀樹は話を続ける。
「和海からいろいろ話を聞かされていて。きみやバイト先のみんなのことも聞いてるよ。」
「えっ!?」
秀樹の言ったことにたくみがふくれっ面になり、和海に振り返った。
「なんでオレたちのことまでベラベラしゃべるんだよ!?」
「いいじゃないの!私が秀樹さんに何話そうと!」
たくみが問い詰めると、和海が不機嫌そうに返答する。そこに秀樹が気まずそうに割り込む。
「今日はなんだか気まずそうだね。今日はオレは退散したほうがよさそうだ。じゃ、また今度。」
「あっ!秀樹さん!」
和海の呼び止めもむなしく、秀樹はその場を離れていってしまった。彼女の落胆は苛立ちに変わり、怪訝そうな表情を浮かべたままのたくみに振り返った。
そしてその怒りを込めて、たくみの頬を叩く。
「イタッ!な、何するんだよ!?」
「たくみのバカ!ヘンなところに首を突っ込まないでよ!」
和海はたくみに言い放って、走り去ってしまった。叩かれた頬を押さえて、たくみは彼女の去っていく姿を見送るしかなかった。
「きみが悪いよ、たくみ。」
そのとき、愕然となっているたくみに飛鳥が声をかけてきた。たくみの後を飛鳥もついてきていたのだ。
「和海さんの気持ちも考えないで突っ走るなんて、配慮に欠けてるよ。」
飛鳥が呆れた態度でたくみを責める。なりふりかまわず自分の意思を振りまくたくみの言動に、飛鳥はため息をつくばかりだった。しかし、自分の意思を曲げずに貫き通せるところは、飛鳥も賞賛していた。
「だって、和海があんなキザなヤツと仲良くしてるなんてよ!たまんないよ・・!」
たくみは和海のことをひどく気がかりにしていた。しかし彼がした言動が、結果として彼女の機嫌を損ねることになってしまった。
秀樹という青年と接触していくことが、自分から和海が遠ざかっていく気がして、たくみはいても立ってもいられなかった。
「君の気持ちは分かる。オレだって和海さんのことは気がかりだ。でも、黙って見守ってやるのも、彼女を信じることじゃないのか?柊先輩が、いつもそうしているように。」
「隆さんも・・」
沈痛な面持ちで声をかける飛鳥に、たくみのこわばった顔が緩む。
正論であると理解し、たくみは無言で、和海が走り去っていった方向を見つめた。
「キャアッ!」
そのとき、街外れのほうから発せられた悲鳴が、たくみと飛鳥の鋭い聴覚が捉えた。2人は血相を変えて、声のしたほうへ駆け出した。
たくみたちが駆けつけた商店街前の大通りには、たくさんの金の像が立ち並んでいた。
「これは・・・!?」
たくみが驚愕の声を上げ、飛鳥が恐る恐る像の1体、金色の少女に触れてみた。
「死んでる・・・体中に張り付いている金のせいで、皮膚呼吸できなくなって窒息している・・・」
事切れている少女に、飛鳥が歯がゆい表情を浮かべる。
「人を金に変えるガルヴォルスか・・」
たくみと飛鳥はこの事件に、ガルヴォルスの関わりを感じていた。
そのとき、2人は周囲から漂ってくる気配を感じ、身構える。
「お、おい・・これは、どうなってるんだよ・・!?」
「周りに、複数いるみたいだ・・!」
飛鳥が感じた危機感のとおり、周囲の物陰から怪物が3体、姿を現した。それぞれサイ、カマキリ、ネズミを思わせる姿の怪物たちだった。
「ガルヴォルス!」
「3人も来るなんて・・!」
3体のガルヴォルスに、たくみたちが少なからず脅威を感じる。ガルヴォルスたちは凶暴化したようで、息を荒げてたくみたちを見据えていた。
サイがたくみに向かって飛び出し、突進をしかけてきた。
「ぐっ!」
たくみは舌打ちして、悪魔の姿へと変身する。そして背中から翼を広げ、飛び上がってサイの突進をかわす。
そこにカマキリが飛び上がって、右手のカマを振り下ろす。たくみは出現させた剣で受け止め、カマキリを弾き飛ばす。
飛鳥もドラゴンへ姿を変え、飛びかかってきたネズミと交戦していた。素早い動きと鋭い出っ歯で飛鳥を翻弄する。
「飛鳥!」
たくみが飛鳥の援護に向かおうと、ネズミに向かって降下していく。そこに跳び上がってきたカマキリが再びカマを振り上げる。
「くそっ!」
凶暴化して心を失くしたガルヴォルスに対して説得は無意味。たくみはそのことを渋々理解していた。
剣で振り下ろされたカマを払い、そのままカマキリの胴を切り落とす。
たくみが振り返り、劣勢に陥っている飛鳥とネズミの攻防に向けて剣を投げ放った。刀身はネズミの体を貫いた。
「たくみ!」
「大丈夫か、飛鳥!?」
降り立ったたくみに飛鳥が立ち上がる。
「たくみ、危ない!」
そのとき、たくみの背後からサイが突進をしかけてきていた。飛鳥の呼びかけに身構えたたくみが飛び上がる。そこに剣を構えた飛鳥が、サイの突進をかわしながら剣を振りぬいた。
剣は足を止めたサイの頭部に突き刺さる。頭部を切り裂かれ、サイが前のめりに倒れ込む。絶命した3体の怪物は、人間の男の姿に戻った直後に白く固まり、砂になって消えていった。
「やっぱりガルヴォルスだったか・・!」
たくみが消えゆく残骸を見下ろして呟く。
今彼らが倒した3人も元々は人間であり、ガルヴォルスの力にとらわれてしまったことで凶暴な怪物に変貌してしまった。
「それにしても、どうしてこんなにもガルヴォルスが現れるんだ・・!?」
「ああ・・こんなに出てくるなんて今までなかったぞ・・」
人間の姿に戻ったたくみと飛鳥が、現れた複数のガルヴォルスに疑問抱いていた。
今まで彼らの前に現れたガルヴォルスは、1人や2人などの少数ばかりだった。しかし、今回は3人が同時に襲撃をしてきた。
というよりも、ガルヴォルスの数が急増している気も、彼らは感づいていた。
「あのガルヴォルスが、この街にやってきたのよ。」
そこへ、あずみが剣幕の表情を浮かべて声をかけてきた。
「ア、アンタ・・」
たくみが振り返り、声を返す。あずみが表情を変えずに話を続ける。
「私たちのレーダーも、増え続けてるガルヴォルスの反応を感知しているわ。この現象は、過去にも何度か起きているわ。」
「な、何なんだよ、その現象っていうのは・・!?」
たくみが不安を抱えながらあずみにたずねる。するとあずみは間を置いてから答えた。
「これは、ある種のガルヴォルスの仕業よ。そいつは持ちえる能力で、人間をガルヴォルスにできる唯一の種類なのよ。」
「人間を、ガルヴォルスに!?」
「ええ。人には平等に、ガルヴォルスになる因子を所持している。でも自然にその因子が覚醒するのは、世界の人々に比べたらほんのわずかなの。でも、ガルヴォルスの中に、その因子を覚醒させてしまう類がいるのよ。」
あずみは沈痛な面持ちにさいなまれながら、沈黙を置いてから再び口を開く。
「私たちはその能力から、そいつをパラサイト・ガルヴォルスと呼んでいるわ。」
「パラサイト・・!?」
「そいつ自身はそれほど強くないけど、ガルヴォルスを繁殖させてしまう危険があるのよ。もしもそいつに覚醒させられたガルヴォルスが凶暴な怪物になったら・・」
あずみが言いかけた言葉に、たくみと飛鳥は背筋が凍るような不快感に襲われた。
破壊本能の赴くままに猛威を奮い、人々を恐怖に陥れているガルヴォルスの凶暴性。それがパラサイト・ガルヴォルスによって増大すれば、被害は一気に拡大するだろう。
飛鳥が不安を抱えたまま声をかける。
「だったら、早くそのパラサイト・ガルヴォルスを見つけ出さないと。」
「そうね。でないとこの街も、ガルヴォルスの巣窟になってしまうわ。」
周囲が不安で包まれる。そんな中、たくみはさらなる不安を抱えていた。
何がなんでも和海を守りたい。これ以上、ガルヴォルスの魔手にさらしてはいけない。たくみの決意は、さらに彼を追い立てていた。
月の明るい夜の道。人気のないその道を、1人の女学生が慌てた様子で駆けていた。
(すっかりバイトが長引いちゃったよ!早く帰らないと・・お父さんもお母さんも心配してるだろうなぁ・・・!)
焦りながら、それでも道を走る少女。ポニーテールが大きく揺れ、頬には汗が浮かんでいた。
「あれ・・?」
そのとき、少女の眼の前に輝く粒のようなものが降ってきた。
「これって・・・?」
夜を彩るように光り輝いているのは、金粉とその中に混じって舞い降りているコガネムシだった。
「きれい・・・」
降り注ぐ金粉に魅了される少女。しかし、その虚ろな表情は苦悶へと変わった。
「ぐっ!・・うぅ・・・!」
少女に激しい苦痛が襲う。金粉はいつしか、少女の体にまで降り注いでいた。金の粉は少女の衣服や体に付着し、皮膚呼吸をさえぎっていた。それが彼女にかつてない息苦しさを与えていたのである。
そしてその場でふらついていた少女の動きが小さくなり始めた。
(く、苦しい・・・それに、体が・・動かない・・・!?)
少女自身も自分の体が言うことを聞かなくなっていることに気付く。金粉は少女の皮膚呼吸を止めているだけでなく、彼女の体を固めてしまっていた。
「・・ぃゃ・・・た、たす・・け・・・」
必死に助けを求める少女の声が消える。呼吸困難によって思考が停止する。体をだらりとさせたまま、少女は金の粉に抱かれて完全に動かなくなった。
少女は虚ろな表情のまま、窒息死してその場に立ち尽くしていた。金の像と化した彼女を見つめる、不気味な眼光がそこにあった。
次回予告
第13話「パラサイト」
街の人々を侵食しようと目論むパラサイト・ガルヴォルス。
増大するガルヴォルスに、たくみの苦悩は広がる。
パラサイト・ガルヴォルスの正体は?
恐怖に包まれた人々の運命は?
忍び寄る魔の手が、たくみと和海に迫る。
「全てが、全てがオレの思い通りに進んでるぞ。」