作:幻影
あずみに心をひかれた美奈を追い求めて、和海は長い廊下を駆けていた。あずみの石化によって裸にされていたことにも気に留めず、和海はひたすら美奈を探し続けていた。
(美奈、どこにいるの!?)
和海は焦りを募らせていた。今まで走ってきた部屋や廊下には、美奈やあずみどころか、人ひとりの姿さえ見られなかった。
そして彼女は生物のうごめいている部屋を訪れた。1度見に行ったが、そこには生物がいるだけで美奈の姿はなかった。
今度も美奈はそこにはいないと思われた。
「和海・・・」
和海の背後、部屋の出入り口のほうから声がかかった。和海が振り返ると、そこには美奈が虚ろな表情で立っていた。
「美奈・・・」
美奈も悲痛を感じて、自分の体を抱く。
こうして向かい合った親友。しかしもうその友情はないことに、和海が打ちひしがれる思いを感じていた。
「美奈、どうしてなの?・・どうして、あずみさんのそばにいることを選んだの・・・?」
「どうして?そんなの決まってるじゃない。」
美奈が物悲しい笑みを見せて答える。
「私は、もう人間を信じることはできない。」
「美奈・・・」
「人は自分勝手に行動して、気に入らないものは全て壊してしまう。自分の目的のために、周りを犠牲にして、それでも何事もなかったかのように・・・」
「それで、隆さんまで・・・」
「そうよ!総一郎がガルヴォルスだからって、あの人たちは店を壊して、総一郎をかばったお兄ちゃんを撃っても、何とも思ってないような態度とって!」
苛立つ美奈の眼に涙がこぼれる。隆を殺し、飛鳥まで殺そうとした人間たちを、美奈は許すことができなかった。
「だから、あずみさんに協力しようと思ったの・・・?」
「そうよ!あずみさんならこの世界を変えてくれる!私たちみたいな辛い思いをする人のいない、新しい世界を創ってくれるはずだから!」
強張った顔で必死に笑みを見せようとする美奈。しかしその顔は、隆を殺され、飛鳥に矛先を向けられたことへの怒りと憎しみで満ちていた。
「それは違うよ、美奈。」
「えっ・・?」
「あずみさんはこの世界にいる人々を全部滅ぼそうとしてるんだよ。そんな世界でホントに幸せでいられるの?隆さんが喜ぶと思ってるの?」
「何言ってるの、和海!?あんなのは滅ぼさなくちゃいけないんだよ!どんなに願っても叫んでも、人間には届かない!聞こうとさえしない!だから、私は総一郎とあずみさんのそばについて、この世界を変えるのよ!」
「美奈・・・!」
こみ上げてくる悲しみと美奈の放つ憎しみに、和海は胸を痛めていた。美奈がいう人たちと同様に、和海の声は今の彼女には届いてはいない。
憎しみが憎しみを生み出すこの現状に、和海は胸を締め付けられる思いを感じていた。
「美奈、もし美奈が言ったように、人間が身勝手だとしても、私はその人たちを憎んだりしない。」
「和海・・・!」
「そんなことをしたって、人々を滅ぼしたって、隆さんやジュンさんが帰ってくるわけじゃない。それどころか、今よりもっと辛い思いをすることになっちゃうよ。だから・・・」
「だから、周りに虐げられながら生きていけとでもいうの!?」
「違う!ただ・・」
和海はまっすぐに美奈を見つめ、笑みを見せる。
「周りのことを気にせず、私たちは私たちの道を生きていく。それだけだよ。」
「それだけ・・・そう・・・そうなの・・・」
美奈は冷たくうつむき、そして涙ながらの悲痛の視線を和海に向ける。
「もう和海とは、友達じゃいられないね!」
「運命とはずい分と皮肉なものね。神になる私が言うのもおかしいけど。」
美奈が叫んだ直後、彼女の背後からあずみが現れた。妖しい笑みを浮かべながら、2人のやり取りを見ていたようだった。
「でも、その未来の先には、必ず光が差し込んでくる。それは私が保証する。それが、私の願いでもあるのよ。」
「あずみさん・・・」
美奈が満面の笑顔を見せて、あずみに寄り添う。彼女を優しく抱きとめるあずみ。
2人の姿を見て、和海は美奈との友情がとうに断ち切られていたことを悟るしかなかった。
「和海さん、私に協力しなさい。あなたとたくみの力が、この乱れた世界を変えるのよ。」
あずみが招くように、和海に手を差し伸べる。しかし、和海はその手をとろうとは思わなかった。
「私は、あなたの作る世界を認めない。私とたくみは、生きるためにあなたを倒す!」
和海は悲痛さを押し殺して、天使の翼を広げた。ガルヴォルスの力を解放した和海に、美奈は一瞬動揺の色を見せた。
「和海、あなたもガルヴォルス・・・どうしても私とは受け入れられないのね・・・」
美奈の悲痛の呟き。しかし和海は立ち止まろうとはしなかった。
たとえかつての親友の言葉でも、自分たちが生き続けるためにも前に進むしかないのだ。
「いいわ。とにかく、あなたとたくみを再びオブジェにして、神の人柱にするわ。」
そう言ってあずみは、和海を見つめる眼に力を込める。石化の術をかけようとしていた。
それを察知した和海は即座に動き出し、あずみと美奈の背後に回りこんだ。
「は、速い!」
振り返ったあずみが、和海の人間離れした速さに毒づく。視線だけを彼女たちに向け、和海が告げる。
「その石化は眼に力を溜めてから相手を見つめてかけるもの。でも動きの速い相手にはなかなかかけられない。今の私をもう1度石化させるのはムリよ。」
天使の力を備えた和海のガルヴォルスの能力は、背中の翼の羽ばたきによって移動速度が上がっている。その速さが、あずみに石化をかけられないようにしていた。
「石になっててもよかったんだけど、今はたくみと一生懸命に生きていたいの。だから、あなたの石像になるわけにはいかないわ。」
和海は素早く飛びかかり、美奈とあずみの間に割って入った。そして天使の羽根を矢に変えて、あずみに放った。
あずみはとっさに右手を突き出し、迫ってきた羽根の群れを衝撃波で弾き返す。羽根は和海の眼前の床に突き刺さる。
再び互いを見つめる和海とあずみ。すぐにかわされることが分かっていたため、あずみは和海に石化の視線を向けることができなかった。
(どうする!?石化が効かないとなると、もう打つ手がない!攻撃的な力も、あれほど速くては当たらない!)
「和海!美奈!」
あずみが胸中で焦っていると、たくみが大声を上げながら部屋に飛び込んできた。
「たくみ!」
「たくみ!?」
和海が歓喜の表情で、あずみが驚愕しながらそれぞれ声を上げる。
彼は飛鳥と戦っていたはずだった。生物に血を吸われ、ガルヴォルスとしての能力を減退させていたたくみが、飛鳥に勝てるはずがない。あずみもそう思っていた。
しかし彼は飛鳥を打ち負かし、こうしてあずみや和海たちの前に駆けつけていた。
息を荒げながら、周囲を見回して状況を把握しようとするたくみ。ひとまず和海のところに歩み寄る。
「和海、大丈夫か!?」
「たくみ!・・うん、私なら大丈夫だよ。でも、美奈は・・・」
笑みを作って頷くが、すぐに表情を曇らせる和海。美奈と決裂したことに少なからず心を痛めていた。
和海が眼に涙を浮かべていると、たくみが彼女を優しく抱き寄せた。
「和海、オレたちは、生きなくちゃいけないんだ・・美奈や飛鳥を思うならなおさらだ。」
たくみが沈痛な面持ちで和海に言い聞かせる。和海は心苦しさを押し殺して頷く。
2人の結束に、あずみは脅威を感じ始めていた。絶対的だと信じていた自分の神の力が、2人の心の力に押されていたのだ。
「あずみさん・・・」
そのとき、困惑を浮かべていたあずみに美奈がおもむろに声をかけてきた。
「美奈さん・・・?」
「私にも、何かできることがあるはずです。私の力を使ってください。」
「美奈!」
美奈の言葉にたくみと和海が驚愕する。
「私にも何かできるはずです!あずみさんのためなら、私はどうなってもかまわない!」
「美奈さん・・・」
美奈の願いに戸惑うあずみ。美奈はあずみのためにその身を捧げようとしていた。
同士を傷つけると思い心苦しさを感じながら、あずみは固く閉ざしていた口を開いた。
「分かったわ、美奈さん・・・」
あずみが眼に力を込める。美奈もそのあずみをじっと見つめる。
「あなたの想い、決してムダにしないわ!」
ドクンッ
あずみの眼が大きく見開き、美奈は強く胸を打たれた気分を感じた。
「まず、あなたには私の石化の術をかけたわ。あなたの心と体を洗礼する。」
ピキッ ピキッ ピキッ
あずみが念じると、美奈の靴が砕けて両足が白く固くなる。あずみの石化が美奈の足を侵食し始めたのだ。
「あずみさん・・わたし・・・」
心の奥から湧き上がる感覚を感じて、美奈が笑みを見せる。石化の快楽が彼女を包み込んでいた。
「美奈!」
たくみと和海が石化していく美奈に向かって叫ぶ。しかし動揺する2人をよそに、美奈は石になっていく自分に喜びを感じていた。
「あ、あずみさん・・・これが、石になるってことなんですね・・・アハァ・・・」
石化の快楽を感じてあえぐ美奈。白い素足から体中に刺激ともいえる気持ちがこみ上げていた。
ピキキッ パキッ
石化が美奈のはいていたスカートを引き裂き、秘所とお尻がさらけ出される。押し寄せる快感がさらに強まる。
「たくみ、和海・・アンタたちもあのままオブジェになってたら、ずっとこんな気分を感じられたのに・・・」
満面の笑みを困惑するたくみたちに見せる美奈。しかしそんな彼女の姿に、たくみと和海の心は大きく揺さぶられていた。
「この、全てを解放するみたいな気分・・・なんで私もこれを望まなかったんだろう・・・」
石化とともに体を包み込んでいく快楽に喜びを感じながら、美奈は天井を仰ぎ見る。神に祝福されている天使の気分を堪能していた。
パキッ ピキッ
石化は美奈の肩にまで及ぶ。彼女の着ているもの全てが石化に巻き込まれて剥がれ落ちた。
そこであずみが美奈に近寄る。一糸まとわぬ彼女の体に寄り添い、その石の胸に手を当てる。
「美奈さん、あなたの決意には敬服するわ。同時に、あなたを犠牲にすることにためらいを感じてる。だからせめて、私があなたを優しく包んであげるわ。」
あずみは美奈の胸を撫で回し、白く固くなった体を舌で舐め始めた。その感触が、美奈を上らせている感情をさらに逆なでする。
弄ばれることに喜びを感じる美奈。あずみのものになることを受け入れながら、その感触にあえぐ。
「あずみさん・・・もっと・・・もっと私を気持ちよくして・・・!」
美奈が快感に酔いしれて叫ぶ。あずみが舌を入れてきた彼女の秘所も石になっていて、愛液が出ることはなかった。ただ、その湧き上がる快楽は本物だった。
「美奈!」
「やめろ、あずみ!」
憤慨したたくみと和海があずみたちに飛びかかる。あずみは左手をかざして衝撃波を放ち、向かってきた2人の動きを止める。
「これは美奈さんが望んでいること。やめたら彼女を苦しめることにもなるのよ。」
「何っ!?」
うめくたくみたちに言い放つあずみ。快楽を感じている美奈は視線だけをたくみたちに向ける。
「彼女は自分の身を呈して私の力になろうとしているわ。だから私は、その苦しみを少しでも軽くしているだけよ。」
石化していく美奈に寄り添い、自分も快楽を感じるあずみ。
ピキッ パキッ
美奈の石化が頬にまで達していた。あずみはそんな彼女に最後の快楽を与えようと立ち上がった。
「これで最後よ。本当にありがとう、美奈さん・・・」
そういってあずみは、美奈の石の秘所を触れながら、口付けを交わした。美奈の快感が極限にまで高められる。
(最高・・・総一郎・・・私が今感じている幸せがみんなも感じられるような世界に、作り変えて・・・私はいつまでも・・・総一郎と・・・いっしょ・・・だ・・・よ・・・)
口付けを交わす美奈の唇も白く固まる。快楽と歓喜を浮かべている表情のまま、彼女の顔を石化が包んでいく。
フッ
喜びの満ちた瞳に亀裂が入り、美奈はあずみの白いオブジェに変わった。
「美奈!」
あずみに支配された美奈に向かって、和海が叫ぶ。石像になった美奈は答えない。
唇を離して、あずみは美奈の呆然とした顔を見つめる。
「美奈さん、あなたは神の力となる。この私とひとつになるのよ。」
「お、おい、何を・・!?」
悩ましい視線を向けたあずみにたくみが声を荒げる。たくみと和海が駆け寄ろうとしたとき、あずみの背中からまばゆいばかりに輝く翼が広がり、彼女と石化した美奈を包み込んだ。
そして天井で不気味にうごめいていた生物が、激しく鼓動を発し、翼に包まれた2人に降り立った。まるで粘土のように2人を包み、その形を変えていく。
深緑だった生物が、やがて人の形をとっていく。
「な、何だ、これは・・・!?」
「美奈!」
たくみがその姿に驚愕し、和海が必死に美奈を呼び続ける。
やがて生物の変動が治まる。その姿はあずみそのものだった。一糸まとわぬ彼女の背中からは、光り輝く天使の翼が広がっていた。
「あ、あずみ・・・美奈・・・!?」
たくみが呆然としながらも眼前の人物に声をかける。すると彼女は冷たい視線をたくみと和海に向けた。
「ついに私は、完全なる神の力を得た。もはや人間もガルヴォルスも、この私の理想を止めることはできない。」
あずみの鋭い眼光に危機を感じたたくみと和海。思わずガルヴォルスへ変身し身構える。
しかしあずみの背中の翼が羽ばたいた瞬間、2人は強烈な衝撃波を受け、凄まじい勢いで壁に叩きつけられる。
強い威力に亀裂を生じてめり込んだ壁から床に倒れ、たくみと和海は再び人間の姿に戻る。
「な、なんて、ちから・・だ・・・!」
「これが・・・神の・・・」
悲鳴を上げる体を起こしながら毒づくたくみと和海。あずみは視線だけを彼らに向けて立っていた。
「これで分かったでしょ?これが神の力。誰もその力を覆すことはできない。」
「くっ・・・!」
冷淡と語るあずみに舌打ちするたくみ。あずみは気にせず話を続ける。
「私のものにならないというなら、私はあなたたち2人を滅ぼす。たとえ無力でも、危険因子となるものを野放しにはできない。」
あずみが右手を伸ばして力を蓄える。まばゆい光となってその手のひらに収束される。
圧倒的不利を強いられているにも関わらず、たくみは突然不敵に笑い始めた。
「何がおかしいの?打つ手をなくして笑うしかなくなったとか?」
「おかしくなるのも当然だろ?神が聞いて呆れるぜ。」
「何?」
「その力は神なんかじゃない。そいつは明らかにガルヴォルスの力だ。」
「えっ!?」
たくみの言葉に和海が驚きの声を上げる。
「何を言ってるの?私のこの力は神の力。ガルヴォルスのようなけがれた進化の果てに生まれた力とは違うわ。」
「和海と似たような感じかな?」
「私と?」
弁解するあずみにたくみが言い放ち、和海が聞き返す。
「人間の姿をとどめたまま、人間を超えた能力を発揮することのできるガルヴォルス。和海とアンタがそれにあたるんだ。」
「バカなことを・・!」
たくみの指摘に、冷静だったあずみが苛立ち始めた。
「もっとも、その能力はよく見かけるガルヴォルスと大差ないんだけどな。あんまり関係ないことだし。」
ため息をついてみせるたくみ。その態度にあずみが憤慨し、和海が思わず呆れたように笑みをこぼしていた。
「アンタは神でもなんでもない。アンタが心の底から憎んでいたガルヴォルスだったんだ。」
「うるさい・・・!」
「ミイラとりが、結果的にそのミイラの力にひかれてたわけだ。」
「うるさい!」
あずみが怒りとともに力を爆発させる。周囲の器具が吹き飛ばされて崩壊する。
「この力は神から授かったもの!ガルヴォルスなどといった過ちの象徴の力ではない!」
もはやあずみの怒りを込めた叫びは獣の絶叫のようにも聞こえた。その表情は神とは到底思えなくなっていた。
そのとき、崩壊しかかっていた部屋の扉が崩れ落ちる音が響いた。たくみたちが振り返ると、そこには疲れ果てた飛鳥が、扉の枠に手をかけて息を荒げていた。
次回予告
第24話「二人のはじまり」
美奈を取り込み、その力を完全なものとしたあずみ。
たくみに持てる力を託す和海。
飛鳥の見出した理想とは?
全てを背負ったたくみの決断した答えとは?
血塗られた“人”の戦いに終止符が打たれるとき、新たな旅立ちの火が灯る。
「オレたちは生きる。みんなの分まで、しっかりと・・・」