作:幻影
この日も、たくみたちはそれぞれの仕事場に向かおうとしていた。
「たくみくん、和海ちゃん、おはようございます。」
たくみたちの暮らしているビルの管理人が、出かけるたくみたちに挨拶する。自称17歳の女性管理人である。
「あら?今日は彩夏ちゃんと美優ちゃんも一緒なの?」
管理人の指摘通り、たくみたちのそばには彩夏と美優の姿があった。
「ああ。今日は2人とも、先輩の店で仕事がしたいっていうもんだから。」
「そう。あまりこき使っちゃダメよ。」
「分かってるさ。けど、先輩はどうだかなぁ?」
笑顔を見せる管理人に、たくみも照れ笑いを浮かべる。和海も彩夏もそんな会話に微笑みかける。
そんな中で、美優は1人沈痛の面持ちを見せていた。
「どうしたの、美優ちゃん?」
和海が声をかけるが、美優は悲しい顔をしたままだった。
「わたし、お手伝いして大丈夫なのかな・・・?」
「えっ?」
美優の言葉に、たくみが思わず気の抜けた返事をする。
「わたし、とっても不安になってるから・・お姉ちゃんがいじめられてるのを見ると、みんなを凍りつ・・」
「うわああああ!!!」
美優が言っている途中に、和海が突然声を張り上げた。突然のことにたくみと彩夏が驚く。
彼らがガルヴォルスやデビルビーストであることは、周囲の人々は知らない。もちろん管理人も。
人の中には、これらの人の進化を快く思っていない人もいる。もしも明かせば、その人たちの偏見を受けることになる。
普段から笑顔を絶やさず、困った顔を見せない管理人は大丈夫だとは思うのだが、念には念をというたくみたちの配慮だった。
「どうしたの、和海ちゃん?」
突然の大声を気にしない管理人ではなかった。きょとんとした顔で彼女に問いかける。
「い、いえ、何でもないです・・!」
赤面する和海が慌しく返答する。
慌しい装いのまま、たくみと和海は彩夏と美優を連れて出かけていった。
「あらあら。今日もみんな元気なこと。」
その様子を笑顔で見送る管理人だった。
「いやぁ、まさか和海ちゃんや彩夏ちゃん、美優ちゃんが手伝いに来てくれるとはねぇ。すまねぇな。」
人手を得た武士がご満悦の笑顔を見せる。
「いつまでもたくみさんたちにお世話になりっぱなしになるわけにいかないから。」
「そうかい、そうかい。たくみ、お前も隅に置けねぇなぁ。」
「たく、先輩ったらぁ・・」
彩夏の言葉を受けて高笑いを見せる武士に、たくみは呆れた様子を見せる。
「どうしたんだ、美優ちゃん?」
未だに笑みを見せない美優。武士がそんな彼女に声をかける。
「もしかして、先輩の出した仕事がきつかったのか?」
割り込んできたたくみの頭に、武士のゲンコツが飛び込んできた。
「イデッ!」
殴られた頭を押さえて、たくみが悶絶する。
「何するんだ、先輩!?」
「今のお前のセリフには悪意が感じられたぞ。」
「何が悪意だ!?先輩の言えた義理かよ!」
痛みに頭を押さえるたくみが、自信満々になっている武士をねめつける。
「ううん、仕事がイヤなんじゃないの。私が・・またみんなに迷惑をかけてるんじゃないかと思って・・・」
美優は力を抑えきれない自分を責めていた。
再び感情に流され、いつまた力を暴走させて周囲を凍てつかせてしまうか分からない。そんな自分が不安でならなかった。
たくみも和海も、彩夏もかけてやる言葉が見つからなかった。同じ境遇の中にいる彼らは、自分の中にある力の脅威を知っていた。
どんなに支えても、結局は自分の力で乗り越えなくてはならないことだった。
「そ、そうだった・・・!」
そのとき、武士が思い出したように振舞う。
「そういえばもうすぐ、この店は開店50周年になるんだった。」
「えっ?それはホントですか?」
和海が微笑んで聞き返す。
「えっ?先輩の店ってそんなに年季入って・・」
水を差すたくみに、武士は再びゲンコツをお見舞いする。
(気の利かんヤツめ・・)
胸中でため息をつきながら、武士は再び周囲を見回す。
「そこでだ。オレは記念パーティーをやろうと思うんだ。みんな、どうだ?」
笑顔を周囲に見せる武士。
気落ちしている美優を気遣っての、彼なりに考えた妙案だった。
「そ、そうだよ!パーティーなんて楽しいモンね!」
和海も満面の笑顔を見せて相づちを打つ。
「よおし。そうと決まったら。ところで、今度の日曜日は都合いいか?」
「えっと・・私はその日は休みだから大丈夫だよ。」
和海は頷く。たくみは頭の痛みにうめきながらも、大丈夫と頷いてみせる。
「彩夏ちゃん、美優ちゃん、それでいいか?」
「うん。」
彩夏も声を出して頷く。美優も沈痛の表情は拭えないまでも、小さく頷く。
「あと、他にも呼んであげたい人がいるんです。」
彩夏の声に武士が視線を再び向ける。
「ん?もしかして、ジュンさんとかず・・いや、タッキーもか?その2人も誘うつもりでいるが・・?」
「いえ、他にも1人・・刑事さんなんですけど・・・」
「なぬっ!?刑事!?」
彩夏のこの言葉に、武士が今までにないほどの驚きを見せる。
武士は昔、名の知れた暴走族のリーダーの1人だった。そのため、警察はあまり関わりたくないものの1つなのである。
「厳しい人だけど、とっても優しい人だって、タッキーもたくみさんも言ってましたし。」
「なっ・・・たくみ、お前ってヤツは・・・!」
愕然のしっぱなしになる武士が、たくみをねめつけ出す。
「ち、違う!そんなんじゃ・・!」
武士に頭をつかまれたたくみが慌しく撤回しようとするが、武士は聞く耳を持っていなかった。
その様子に微笑む周囲の人たち。その中で、美優の顔にかずかだか笑みが浮かび上がっていた。
「どういうことですか?私には理解しかねますが・・」
その日、夏子は上層部に呼ばれていた。しかし上司たちが切り出した案を彼女は承諾しかねていた。
「言葉の通りだよ。デビルビーストをSランクの危険種族として認識し、撃滅するのだよ。」
「最近では、“ガルヴォルス”と呼ばれるものの存在まで確認されている。彼らもその標的としている。」
上司が仏頂面で、平然と用件を述べていく。
「彼らを滅ぼせとおっしゃるのですか!?」
「そのために、ビーストに対する粛正のための対策本部だろう?」
動揺を見せる夏子の言葉を、顔色ひとつ変えずに返答する。
「人々に安心な暮らしを与えるのが、我々警察、及びその関連機関の主な目的だ。ビースト、あるいはガルヴォルスが人々に不安をもたらすのであれば、我々はその不安を取り除かねばならない。その不安要素が彼らの存在だけで生じるものであるなら・・」
上司は続きをあえて言わなかった。夏子はそれが脳裏によぎり息をのむ。
「今、人々はこう思う人が増えてきている。」
「怪物と化したものがいなくなれば、世界は平和になるのではないか、とな。」
「そんな!何を根拠に!?」
淡々と語る上司の言葉に、夏子の動揺は苛立ちへと変わっていく。
「根拠はない。だが、根拠などなくとも、思い込みと偶然の重なりで、人々の心理など簡単に変わってしまうものだ。」
「そんなことで・・!」
「とにかく、人々に不安要素を存在させてはならない。秋警部、デビルビースト及びガルヴォルスに対する処置を行い、場合によってはこれらを殲滅せよ。」
上司が夏子に向けて命令を下す。腑に落ちない気持ちを抱えながら、彼女は上司に敬礼を送る。
「・・了解しました・・・」
賑わいの絶えない街の中のとあるゲームセンター。そこでは数人の女子高生がぬいぐるみ目当てでクレーンゲームを楽しんでいた。
「あ〜ん、また落ちた〜!もう1回よ!」
「あんまりやりすぎると底つくよ、お金。」
躍起になっている黒のショートヘアの女子高生と、それをじっと見つめている金のツインテールの女子高生。なかなかぬいぐるみをつかめないようだった。
そんな夢中の彼女たちに、水色の髪の少年が近づいてきた。
「ねぇ?」
少年が声をかけると、ツインテールだけが振り向いた。ショートヘアはクレーンにすっかり夢中になっていた。
「おもしろそうだね、それ。」
「うん、まぁね。よかったらやってみる?」
そういってツインテールは、自分の財布から100円玉を1枚、少年に差し出した。
少年はそのお金の乗った彼女の手のひらに、自分の手を差し出す。
その手と手が触れ合った瞬間、
「えっ?」
ツインテールは眼を疑った。その手が突然白くなり始めた。
「イタッ!」
ピシピシと音を立てる手に、ツインテールは激痛を感じる。その腕を押さえ、痛みを和らげようとする。
しかし、少年に触れられている手から広がっている凍結が、徐々に彼女の体を駆け巡っていく。
「な、何!?・・・こ、凍ってく・・・!?」
「ちょっとぉ・・さっきから何な・・・えっ!?」
クレーンに夢中になっていたショートヘアが振り向くと、そこには腕を押さえて痛みに顔を歪めているツインテールがそこにいた。
「ア、アンタ、どうしたのよ、その腕・・!?」
驚愕するショートヘア。しかしツインテールには彼女に答える余裕はなかった。
「い・・痛い・・・ああぁぁ・・・」
ツインテールは腕を押さえたまま、そのまま白い凍結に包まれてしまった。少年に触れられたことで、彼女の体が凍り付いてしまった。
「あら?また凍らせちゃったよ。でもいい感じに凍ってくれたから、まぁいいや。」
白い氷の女子高生を見ながら、少年、桐也は無邪気に笑う。ショートヘアは恐怖して、桐也から後ずさりする。
しかし桐也はそんな彼女を気にも留めず、横のクレーンゲームに振り向く。
「お人形がほしいんだね?だったら・・」
桐也はクレーンのガラスに右手を当てる。するとガラスに亀裂が生じる。いや、ガラスが凍り付いて、ひび割れるような音を生じていた。
そして少し力を込めると、ガラスは簡単に割れてしまった。
桐也は凍ったガラスの散乱しているぬいぐるみたちの中から、くまのぬいぐるみを取り出した。
だが、桐也が外に取り出した直後、茶色いぬいぐるみが白く凍り付いてしまった。
「あら・・?」
桐也が思わずきょとんとなる。
「キャアッ!」
その瞬間、周囲にいた人々が悲鳴を上げ、一目散に逃げ始めた。何が起こったのか分からない面持ちで、桐也は逃げ惑う人々を呆然と見つめていた。
「・・ちょっとやりすぎちゃったかなぁ。加減ができないっていうのが、この力のダメなところかな。」
桐也は困り果てた様子を見せる。
「せっかく不動たくみのことを聞こうと思ってたのに・・・」
ひとつため息をつきながら、桐也は持っていたぬいぐるみを手から離す。凍りついたぬいぐるみが、地面に落ちた瞬間に、ガラス細工のように粉々になった。
街外れにある自然遊園のキャンプエリア。その一角を借りて、たくみたちはパーティーを開いていた。バーベキューをはじめとした料理が、次々と皿に盛り付けられる。
そこにはたくみたちの他、ジュンと和美、夏子も呼ばれていた。
美優に元気になってもらうために開いたこのパーティー。彼女は次第に沈んでいた心を暖め、微笑むようになってきていた。
「いやぁ、こんなパーティーで喜んでもらえるなんて、主催者のオレも鼻が高いっていうか何というか・・」
武士がかしこまって、周囲に感謝の言葉をかける。しかしたくみたちは食事や調理をしていて、彼の話を聞いていない。
「みんないろいろ辛いことがあるみたいだけど・・」
それでも武士は続ける。
「まぁこんなときだからこそ、こういうふうに明るくやるのもいいのかもしれないな。」
照れ隠しに笑ってみせる。しかし周りは彼に気が向かない。
「何はともあれ、これからもこの八嶋モーター、これからもよろしくおね・・うわっ!」
そのとき、武士の持っていた紙コップに入っていたビールが、焼いている肉、野菜にかかり火を噴く。
「ちょっと先輩、何やってんだよ!」
たくみたちが呆れ顔で火の始末をする。和海たちも慌しい様子を見せている。
1番そわそわしていたのは武士だったが、混乱してしまい、ただただ見てるだけだった。
その中で、夏子はその傍らで、神妙な面持ちで深く考え込んでいた。デビルビーストとガルヴォルス。彼らの対処に対する上司たちの考え方に、彼女は一抹の疑念を抱いていた。
「どうしたんだ、なっちゃん?」
そこへたくみが彼女に声をかけてくる。火消しを終えて額の汗を拭いながら、苦笑いを浮かべていた。
「すまないなぁ。騒がしいのは嫌いだったか?」
たくみの問いかけに、夏子は首を横に振る。
「先輩、何かやるたびにああいうふうに騒ぎになっちまうから・・ま、退屈しないのはいいけどな。」
未だ慌しくしている武士たちを見て、たくみが笑う。しかし夏子の中にあるわだかまりは、そのたくみに対するものだった。
ビーストやガルヴォルスに対する人々の見解。果たして彼は理解しているのだろうか。
夏子の疑念と不安は深まる一方だった。
「ちょっと、武士さん!こんなところで吐かないでよ!」
和美の悲鳴が上がる。たくみが振り向くと、混乱のあまり気分が悪くなった武士が、口を押さえて草むらに駆け込むのが見えた。
「ったく、先輩ったら・・」
完全にあきれ果てて頭を押さえるたくみ。
「あれ・・あの子・・・」
そのとき、夏子は遊園の歩道に突っ立って、こちらを見つめている1人の少年を見つける。
少年はたくみの姿を見つけると、子供のものとは思えないような妖しい笑みを浮かべた。
たくみはその少年から、ただならぬ気配を感じ取っていた。人間のものとは思えないような。
(まさか、あの子・・!)
たくみが思い至ると、少年はさらに笑みを強めた。たくみの中に戦意が湧き上がる。
声を出す前に体が前に動き出す。
「ち、ちょっと!?」
何事か分からず、夏子がたくみを呼び止める。
「あああぁぁぁ!!」
叫びと上げるたくみの表情に紋様が浮かぶと、彼の姿が悪魔に変わる。具現化した剣を振り上げ、少年に飛びかかる。
「たくみ!」
夏子はそんなたくみに飛びかかり、背後から彼を取り押さえる。剣は少年に当たることなく、たくみの手から離れて地面に落ちる。
「アンタ、何考えてるの!?やめなさい!」
倒された衝動で人間の姿に戻ったたくみを、必死に押さえようとする夏子。しかしたくみはそれに抗う。
「放せ!邪魔をするな!コイツは、コイツは・・!」
たくみが少年に鋭い視線を向けながら叫ぶ。その少年がゆっくりとたくみたちに近づいていく。
「ん・・?」
眼前で立ち止まった少年に、たくみと夏子が顔を上げる。
「悪いんだけど刑事のお姉ちゃん、僕とこの人のゲームの邪魔しないでよ。」
笑みを消した少年が、たくみを押さえつけている夏子の腕をつかんだ。
「う、うあっ!」
その直後、夏子は顔を歪めて昏倒する。彼女が押さえている右手が白く固まっていた。
少年が触れたことで、彼女の腕は凍り付いていた。その冷感と激痛に彼女は苦悶していたのだ。
「なっちゃん!」
立ち上がったたくみが夏子に駆け寄ろうとしたが、その足を止めて少年に振り向く。少年は夏子が痛がる様を見て、無邪気に笑っていた。
「お前・・いったい誰だ!?」
たくみが呼びかけると、少年は笑みを消さずに視線を移す。
「さぁ、楽しいゲームを始めようか。」
期待感を秘めた少年、桐也の顔に紋様が浮かび上がっていた。
次回予告
第9話「遊戯」
たくみの前に立ちはだかる少年、桐也。
全てを凍てつかせる桐也の能力に、たくみは悪戦苦闘を強いられる。
その戦いに乱入してきた漆黒の翼。
蓮のたくみに対する残酷なる挑戦。
2人の悪魔が、激しい憎悪の中で対立する。
「この世界に悪魔は1人で十分だ!」