ガルヴォルスinデビルマンレディー 第23話「理想」

作:幻影


 突然現れた飛鳥に、戸惑いを隠せないたくみと和海。しかし夢でも幻でもないことを確信して、彼らは安堵の笑みを見せた。
「本物の、飛鳥だよな・・・?」
「うん・・」
 たくみの問いかけに、飛鳥は笑みを見せて頷いた。
「オレのできなかったことをやり遂げようと、君たちは一生懸命になっているようだね。」
「まぁな・・いろいろあって、それでいろいろ必死こいて・・けど、今はこのザマだ。石にされて、全く身動きがとれねぇんだ。」
 語っていくにつれて、物悲しい笑みを見せるたくみ。その様子に、飛鳥の笑みも消える。
「でもそれで諦める君ではないはずだよ。和海さん、君も・・」
「そうだね・・できることならこのまま諦めたくない。でも・・」
 和海も囁きかけるが、言葉と裏腹に思うことが逆になっていた。
「私たちは、あの人を何とかする以外に、この石化を解く方法を知らない。でも、もう誰もあの人を何とかしてくれる人がいない。ジュンさんも、みんな・・・」
 悲痛さを感じ、和海が顔を歪める。眼から大粒の涙があふれ、愛液で満ちた空間の床にこぼれ落ちる。
 そんな彼女を、たくみは力なく抱き寄せた。あたたかなぬくもりではあるが、同時に彼女の悲しみも伝わってきていた。
 その2人の姿を見て、飛鳥は閉ざしていた口を開いた。
「それでもみんなを助けたいという気持ちは変わらない。そうじゃないのかい?」
「えっ・・・?」
 この言葉にきょとんとなるたくみと和海。
「自分がそうしたいからそうする。君たちがしたいと、しなくちゃいけないと思うことを、そのまま行動に移せばいいんじゃないかな?オレのできなかったことを、君たちは続けているんだよ・・」
 飛鳥のこの言葉に、たくみと和海は思い出していた。自分たちがしてきたことを。
 自分がしたいからそうする。それがたくみの考え方であり、和海もそれに感化された。元々は飛鳥のものだった理想も、その思い立ちで抱いているものだった。
 今の彼らは、みんなを助けたいと思っている。そんな彼らに、石化を解く手段など関係ない。
「そうだな・・いろいろありすぎて、本来のオレを見失ってたのかもしれないな・・けど、アンタの言ってたのが、本来のオレだって思い出せたよ。感謝する。」
「うん。まだ可能性がゼロになったわけじゃない。1%でも確率があるなら、私たちは前に進む。」
 互いを抱き寄せ、自分の本当の気持ちを言葉にするたくみと和海。飛鳥も微笑んで頷いた。
「君たちなら、必ずオレのできなかったことをやってくれると信じている。それは、先輩や美奈、ジュンさんも同じだよ。」
 飛鳥はたくみと和海を信じて、2人から離れていく。2人は笑みを見せて彼を見送った。
「飛鳥さん、私たちのために来てくれたんだね。」
「さぁな。ホントのアイツだったのか。それともオレたちの心の中にいるアイツなのか。何にしても、オレたちがすることはまだあるんだ。」
「そうだね。隆さんや美奈、ジュンさんも見守ってくれてるんだから。私たちが諦めたら、みんなに悪いよね。」
 語らいの中で微笑むたくみと和海。
「さて、いい加減おしゃべりは終わりにしないとな。早くしないとジュンが危ない。」
「うん。私たちの力を全部使って、この石化を解こうよ。」
 抱き合い、意識を集中して力を解放しようとするたくみと和海。彼らの脳裏に、心としての生身の体と、アスカによって石になった現実の体が交錯する。
 体が石になって固くなる。ひび割れとそれを奏でる音。石化の際に感じたものがよみがえってくる。その衝動に2人は快楽を感じる。
 しかしその快楽に酔いしれている場合ではない。今までそうしてきたのだ。今は立ち向かうときなのだ。
 それを肝に銘じて、たくみと和海は集中を続ける。
(オレは生きる。アイツらの分も。そして、オレを信じてくれてるヤツらのためにも・・)
(私は生きる。ジュンさんやタッキー、彩夏ちゃん、美優ちゃん、なっちゃんと一緒に・・)

 神としての支配を目論むアスカに挑んだジュン。しかし満身創痍のジュンは、あずみとの共有を果たしているアスカを前に窮地に立たされていた。
「あのときは敗れたけど、今回はそうはいかないようね。今のあなたに、私の体を真っ二つにする力も本能もない。」
 アスカが妖しい笑みを浮かべて、うつ伏せに倒れているジュンを見下ろす。必死に立ち上がろうとするジュンだが、傷ついた体は思うように動かない。
「安心なさい。私はあなたを殺すつもりはない。だからもうムリをすることもない。」
 アスカは戦意を消して、ジュンにゆっくりと近づく。そして彼女の手を取り、自分の胸に当てさせる。
「楽になりなさい。私に全てを委ねなさい。もうあなたに、辛さや苦しみを感じることはないわ。」
 微笑を浮かべながら、ジュンを優しく抱きしめる。しかしジュンはそれに抗うことができなかった。
「ジュン、あなたは私のもの。そしてたくみくんや長田さん、滝浦さんもみんなわたしのもの。だから決して寂しいものではないわ。」
 そしてジュンの頭を自分の胸に押し付けるアスカ。快感を堪能しているアスカに対し、ジュンは不快な気分を感じていた。
「たくみくん・・長田さん・・・和美ちゃん・・・」
 意識がもうろうとしながらも、必死にたくみたちのことを思うジュン。
 立ち上がりたい。立ってアスカからみんなを救い出したい。
 しかしその思いと願いとは裏腹に、傷ついた体は動いてはくれなかった。
「まだ・・まだ私は倒れるわけにはいかない・・・みんなが願っているのは・・こんな偽りの楽園なんかじゃない・・・」
「いいえ。ここは神の描いた楽園。神となる私は、悪魔であるあなたにも手を差し伸べる。これは私自身の優しさでもあるのよ。」
 声を振り絞るジュンだが、アスカには一切届かない。
 その無常さと体の不自由を噛み締めながらも、彼女は屈服するつもりはなかった。

 たくみと和海の集中は続く。2人の頭の中では、悪魔と天使の翼が広がっていた。
 あとはそれを現実まで引き起こせばいいのだが、イメージを現実化させるには困難を要した。
 しかし彼らはそこで引き下がるわけにはいかなかった。自分が生きるため。みんなのため。どうしても諦めるわけにはいかなかった。
(私たちは戦う・・私たちとみんなの理想のために・・)
(ああ・・みんなを守ること。それが共存に結びつくんだ・・)
 一気に高まる2人の意思で、2人の背中に悪魔と天使の翼が広がる。石化によって封じ込められていた2人の、ガルヴォルスとしての力が解放されたのだ。
 たくみと和海の体がそれぞれ黒と白の光に包まれる。悪魔と天使の力があふれてきていた。
「私たちは生きる・・!」
「この世界の中の、人間として・・!」
 黒と白。2つの光が、2人の心の空間を満たした。

 傷ついて身動きできないでいるジュンを抱きしめていたアスカ。そんな中、石像となって立ち尽くしていたたくみと和海の体に変化が起こり始めた。
 ところどころでしかなかったヒビがさらに広がる。その切れ目から光が差し出してきた。
「これは・・!?」
 アスカがその変化に眼を疑った。その変化は、石化の呪縛が解かれるものだった。
 さらに亀裂は広がり、あふれ出る光も強まる。そんなたくみと和海の背中から、大きく翼が広がった。
 ガルヴォルスとしての天使と悪魔の力が目覚めようとしていた。
「もしかして、私の石化を・・・!?」
 驚愕をあらわにするアスカ。自ら解かない限り、自分の石化が解けることはないはずだった。
 しかし現にたくみと和海は、自分たちの力でその石化を解こうとしていた。石の殻を剥がして、光り輝く生身の体が現れる。
 まばゆいばかりの光が、アスカの創り上げた楽園に広がっていく。その中心には、人としての体を取り戻したたくみと和海の姿があった。
「そんな!そんなはずはない!私の石化が、まだ生きている私以外に解くことができるなんて・・!?」
 信じられない面持ちで、アスカが2人に叫ぶ。すると彼らが振り向いてくる。
「何で解けたかなんて、オレたちにもよく分からない。けどこれだけは言える気がする。」
「私たちはまだ、こんなところで立ち止まってるわけにはいられないって。だから私たちは歩く。」
 たくみと和海が手を取って強く握り締める。
「自分たちのために。みんなのために!」
 2人の放つ黒と白の光。その閃光がアスカを怯ませ、傷ついたジュンに安らぎを与えていた。
 声をそろえた2人が、神と名乗った獣を見据える。
「オレはアンタを倒す!みんなを奪う神は、悪魔であるオレが滅ぼす!」
「みんなのためなら、私は堕天使に堕ちてもかまわない!」
 叫ぶたくみと和海。彼の姿が悪魔となり、彼女の背中に白い翼が広がる。
 ガルヴォルスの力を解放し、アスカと対峙する。
「確かに私の石化を、あなたたちだけで解いたのは見事という他ないわね。でもムダよ。あなたたちでも、神である私には勝つことは・・」
「それがどうした?」
 悠然と語ろうとするアスカを、たくみが一蹴する。
「私たちはみんなのためにも、生きていかなくちゃいけないと思う。」
「だからオレたちは戦う。たとえアンタがホントの神でも、逃げるわけにも負けるわけにもいかないんだ!」
 たくみと和海の体が再び光を放つ。彼女の天使の力が、たくみに力を注ぎ込まれていく。
「あたたかい・・・和海の心が、オレに力を貸してくれる・・・!」
 和海の天使の力を握り締めて、たくみが持てる力を解放する。
「和海、ジュンを頼む。傷だらけの彼女を助けられるのは、お前の治癒力だ。」
「うん、分かってる。」
 たくみの言葉に和海は頷く。それを見てたくみは視線をアスカに向け、ゆっくりと移動を始める。
 アスカが注意を向け、ジュンから離れるように仕向ける。合間ができたのを見計らって、和海がジュンに駆け寄った。
「ジュンさん!しっかりして、ジュンさん!」
 和海が呼びかけると、ジュンは弱々しく呼吸する。
「よかった。まだ生きてて・・・」
 和海は安堵の表情を見せて、すぐに真剣な顔に戻って意識を集中する。満身創痍のジュンに向けて、天使の力を発動する。
 両手に淡い光が灯り、ジュンに癒しの効果を施す。体の傷が徐々に塞がり、体力を回復させていく。
「これは・・・」
 伝わってくる苦痛が和らいで、ジュンは思わず両手を見つめる。和海の力で、彼女の傷はほとんど治癒されていた。
「ジュンさん・・よかった、無事ですね・・」
「長田さん・・・これが、あなたの力なの・・・?」
 微笑む和海に、ジュンが戸惑いを見せながらたずねる。
「はい。これが私の、ガルヴォルスとしての力なんです。今のような治癒の力と、目標を羽根で凍てつかせる力を持ってるんです。」
 和海の説明を聞いて、ジュンは小さく頷いた。そしてゆっくりと立ち上がり、対峙しているたくみとアスカを見据える。
「長田さん、アスカは私と決着をつけるわ。」
「えっ!?でもジュンさん、まだ戦えるほどには体力が・・」
 アスカに挑もうとするジュンを、和海が制そうとする。
 和海の治癒力は傷は治せても、体力は完全には治せない。体力回復は傷の癒しの付属効果でしかない。
 つまり、ジュンは傷は癒えたが戦える状態にまでは回復してはいないということになる。
「それでも・・私は戦わなくてはいけない。そう思うの・・あなたやたくみくんもそうでしょ?」
「えっ?・・それは・・・」
 ジュンに言いとがめられて戸惑う和海。しかしすぐに迷いを振り切って、真剣な眼差しを向けて頷く。
「でも、どうか死なないでください。あなたもたくみも・・」
「うん。」
 和海の願いに、ジュンは頷いてアスカに視線を向ける。2人の話を耳にしていたたくみも小さく頷いた。
「デビルマンレディーとデーモン・ガルヴォルス。2人の悪魔が私に牙を向ける・・・」
 アスカの顔から次第に笑みが消えていく。
「・・いいわ。あなたたちはこの楽園に棲む権利を放棄した。だから、私の手で葬ってあげる。」
 アスカの背中から天使の翼が広がる。眼光を鋭くして、2人の悪魔を見据える。
「オレたちをただの悪魔だと思わないことだ。」
「長田さんが私たちに、力を与えてくれた。」
 たくみとジュンがアスカに言い放つ。
「そしてみんなが信じてくれる!」
 2人は爪を立て、アスカに飛びかかる。アスカは上空に飛び上がってかわし、2人を見下ろす。
 たくみは剣を出現させてアスカを見据える。ジュンが翼を広げてアスカを追撃する。
 それを回避するアスカ。そこへたくみが剣を振りかざす。アスカの翼に刃がかすめ、数枚の羽根が散らされる。
「くっ!」
 苦痛を感じてうめくアスカ。そこへジュンが爪による攻撃を繰り出す。
 その爪が今度はアスカの体を捉える。かすり傷から血があふれ出し、アスカに苦痛と動揺をもたらした。
 たくみとジュンとの距離をとって、着地したアスカが息を荒げる。
「そ、そんな・・・あなたたちが・・神の私を追い詰めるなんて・・・!」
 彼女は動揺を隠せなかった。自分を追い詰めているたくみとジュンが信じられないでいた。
「アンタには、多分一生分からねぇだろうな。」
「あなたは決して神ではない。そればかりか、今のあなたには何もない。」
「そんな、バカなこと・・・!」
 言い放つたくみとジュンを前に、アスカは冷静さを既に失っていた。そこへ和海が声をかける。
「私たちには、お互いを支えてくれる人たちがいる。信じ合える仲間がいる。だから私たちは、あなたには絶対負けない!」
 すばらしい仲間に支えられ、生きようとする強い意志を秘めているたくみ、和海、ジュン。揺るぎない心は、彼らに力を与えるほどになっていた。
 迷わない彼らに対し、アスカは揺さぶられていた。彼女の動揺は次第に怒りに変わっていき、激情となって彼女に獣の本能を呼び起こさせる。
「あなたたちはこの楽園にいてはならない存在になってしまった・・・この私が断罪する!」
 アスカが憤慨して、たくみとジュンに向かって飛びかかる。たくみは剣を構え、ジュンは爪を立てる。
 飛び込んで牙を突き出すアスカの体に、悪魔の剣と爪が突き刺さる。あえぐアスカの体から鮮血が噴き出す。
「がはぁっ!!・・あ、あなたたちは、決して救われることはない・・悲劇ともいえる現実に、苦しむことに、なるのよ・・・」
 妖しい笑みを浮かべて語りかけるアスカ。彼女の体が固まり、しばらくすると砂のように崩れて霧散してしまう。
 ガルヴォルスに殺された人間は、一瞬石のように固まり、その後砂のように崩れて形さえ残らなくなる。たくみに倒されたアスカも、その現象で消滅したのだった。
「終わった、の・・・?」
 和海が戸惑いを見せながら、たくみとジュンに声をかける。すると彼らが彼女に振り返る。
「多分な・・アイツは砂になって消えちまった・・ジュンだけじゃなく、ガルヴォルスのオレが殺したせいだ・・・」
 たくみは再びアスカのいた場所に振り向き、アスカの亡がらの砂をつかみ握り締めた。灰色の砂が彼の手からこぼれ落ちる。
「オレたちはアイツを殺した・・・いくら人の心を捨てたからといっても、元々は人間だったヤツ、をだ・・・」
「それでも、あなたや私たちはみんなのために戦った・・・誰も責めないと思うわ。」
 後悔を感じているように見えるたくみに、ジュンが真剣な眼差しを向けて言い聞かせる。
「それでも誰かに責められるかもしれない・・それでも私たちは生きていく・・・」
 和海も沈痛の面持ちで決意を口にする。
 戦いを終えた3人の心は、決意と戸惑いで満たされていた。


次回予告
第24話「自由」

アスカとの戦いは終わった。
しかしたくみたちの戦いは終わらない。
人間とその進化の共存の理想を掲げて、彼らは歩く。
彼らの向かうのはどこなのか?

「オレたちはこの道を、精一杯に生きるんだ・・・」

つづく


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