作:幻影
昇の後を追い、廊下を駆け抜けていく都。それをさらに追うジャンヌ。
昇はまるで彼女たちを誘っているように、かつ追いつかれないように廊下を進んでいく。
そして都が角を曲がった直後。
ジャンヌの前で1つの部屋の扉が開き、そこから黒い煙が巻き起こった。
「何っ!?」
ジャンヌはとっさに手で口を押さえ、煙を吸い込まないようにする。
煙はさほど害を及ぼすものではなくすぐに治まったが、そのためジャンヌは昇と都の姿を見失ってしまった。
「しまった!都が!」
ジャンヌは昇と都を追い求めて、すぐさま廊下を駆け出した。
悪魔にとり付かれた昇の気配は、プティクレアで察知することができる。
都も彼を追いかけていったなら、近くにいるはずである。
「都、あんまりムチャしないでね!」
都の安否を胸中に秘め、ジャンヌが廊下を駆けていく。
昇の別荘の部屋の1室。
来客を迎えるためのこの部屋には、中央に長いテーブルが置かれ、いくつかの椅子が並べられている。
薄暗いこの場所の隅で、少女が闇に溶け込むようにうっすらと笑みを浮かべて立っていた。
「邪魔はさせないよ、まろん。せめて都は昇のものにしてあげないと。」
星の瞬く夜空を窓からうかがいながら、少女が呟く。
「彼が手に入れた能力は私は好きじゃないけど、その力をどんな形で使おうとその人の自由。まろんと都がどんな気分になるか楽しみね。」
少女は身をひるがえし、部屋を後にした。
「さて、私もいい加減動かないと。何もかも私の思い通りに進んでいるんだから。」
都が昇を追って入った部屋。それは彼の寝室だった。
「昇さん、どこなの!?」
都が銃を下ろしたまま、部屋を見回す。
机の上にはノートや資料の本など、昇の私物がいくつか重ねてあった。
そして、ベットの隣に1体の彫像が置かれているのが眼に止まった。
一糸まとわぬ肌を背中から生えている翼で覆っている女性の石像。
今回のジャンヌのターゲット「洗礼の女神」である。
「これが、洗礼の女神・・」
都は女神の像に釘付けになる。
TVや新聞などからの情報でどういうものかは知っていたが、この眼で直接見るのは初めてだった。
「君もすばらしいと思うだろ?女神の素肌が。」
発せられた声に都は振り返った。
寝室の扉を閉めた昇が悠然と都を見つめていた。
「な、何を言ってるのよ・・?」
都が不安を抱えながらも、銃を昇に向ける。
それでも昇は悠然なその態度を崩さない。
「そんなに気を張り詰めないでくれ。この洗礼の女神との出会いが、僕の中に隠れていた何かを呼び起こしたんだ。」
「動かないで!動いたら撃つわよ!」
足を動かそうとした昇に向けて、都が銃を構える。
しかし、彼女の忠告を聞かず昇が女神像へと歩き出す。
都は歯を食いしばるように顔を歪め、覚悟を決めて引き金を引いた。
その弾丸は昇のわき腹に命中したように見えた。
「えっ!?」
都は眼を疑った。
命中したはずの弾丸が奥の壁に着弾したが、当たったはずの昇は何事もなかったようだった。
しばらくすると彼の姿が、物を投げ込まれた水のように乱れて消えていく。
都が身構えて銃を構えなおしたその瞬間。
突然現れた昇が、都の持つ銃をはたき落とした。
「ぐっ!」
うめく都の両手を昇が掴む。
「しばらく会わない間に都ちゃんも物騒になったね。いくら刑事の卵だからといっても、高校生なのに人に銃を向けるんだから。」
「は、放して!」
不敵に笑う昇から逃れようと、都が手に力を入れながら足払いを見舞おうとする。
しかし、まるで金縛りにあったように体の自由が利かなくなる。
(ど、どうしたの!?体が動かない!?)
胸中で焦る都に、昇が語りかける。
「女神も機嫌を損ねてしまったようだね。今の君は女神の力で動きを封じられている。」
「そ、そんな・・!」
「銃を持つにはまだ幼いよ。お仕置きをしないとね。」
不気味に笑う昇に都が恐怖を感じた。
悪魔にとり付かれた彼の眼は水が濁るように邪気が淀み、額に亀裂が入る。
「これが僕が女神から与えられた力、洗礼の心眼(まなこ)だ。」
額の亀裂から第3の眼が開いた瞬間。
カッ!
まばゆい光が都の体を包み込む。
ドクンッ!
強い高鳴りが都の胸を打つ。
やっとのことで両手を解放された都は、激しい高鳴りに胸を押さえる。
「何を、何をしたのよ、今!?」
都が困惑する面持ちで笑みを崩さない昇に聞く。
「何って、僕は今、洗礼の光を君に照らしただけだよ。君は最高の美を開花させる鍵を開けたんだ。まずは君の左胸が美のヴェールに包まれるよ。」
「えっ!?」
昇に促されて都が自分の胸を見つめると、服が弾けるように破れた。
ピキッ パキッ
あらわになった左胸は、白みがかった灰色に変色し、所々に亀裂が入る。
「ち、ちょっと、何なのよ、コレ!?」
変わり果てた自分の姿に、都が驚愕と困惑の声を上げる。
その姿をまじまじと見つめて、昇が妖しく語りだす。
「やっぱり君も綺麗な肌の持ち主だったんだね。」
「し、昇さん・・・!?」
「洗礼の女神と出会って、僕は本当の美しさが女性の肌にあることに気づいた。だけど、みんな見かけだけの服を着込んで、その美しさを隠してしまっている。だから僕は、この洗礼の心眼(まなこ)で気付かせているんだ。」
昇は女神を偽る悪魔に見入られ、自分の欲望に駆られて女性たちをさらっていたのである。
そしてその魔手が、都の体をも蝕み始めている。
「女神から渡されたのはただの石化の力だ。僕はそれにある思念を送り込んだ。石化する人が身にまとうものを全て破壊しろと。」
昇の送った思念の通り、都の服は石化に巻き込まれてボロボロになり、上半身の肌がさらけ出されていた。
「お願い、昇さん!私の体を、みんなを元に戻して!」
悲痛の叫びを上げる都。石化してひび割れた体が小刻みに震える。
昇がそんな彼女の体を抱きしめる。
「ちょっと!昇さん!」
都が昇の抱擁に抗い抜け出そうとするが、石化した体と昇の強い腕の力で抜け出すことができない。
「昔は君もまろんちゃんも、いつも僕にくっついていたんだよ。あのときの君たちは本当にかわいかった。そして今は、そのかわいさに美しさが加わった。君とまろんちゃんは、ずっと僕と一緒だよ。」
昇が悲しく都に語りかける。
気さくで笑顔と努力を絶やさない普段の彼からは考えられない、欲望と激情で満たされた姿がそこにあった。
ピキッ ピキッ ピキッ
都の左腕が固く冷たくひび割れていく。
「イヤ・・やめて、昇さん・・・こんなの、昇さんじゃない!」
都が涙ながらに昇に訴える。しかし、昇は都の肩を掴んだまま放さない。
「都ちゃん、これが僕の本当の僕なんだよ。洗礼の女神が気付かせてくれたんだよ。女性の肌に隠された美に魅力を感じることのできる僕を。」
そして昇が、石化していない都の右胸に手を触れる。
「し、昇さん!」
赤面する都の言葉を無視して、昇が胸をなでる。
「そんなに怖い顔をしないでほしいよ。都ちゃんとまろんちゃんは最高の肌の持ち主だ。君の顔に怖さを残してほしくないんだよ。」
「あっ・・ぁぁ・・・」
胸を揉まれ、都があえぎ声を漏らす。
女性のさらけ出す肌に美を感じ酔いしれる昇は、都の柔らかな肌に快感を覚えていた。
「あぁ・・・あはぁ・・・」
都から漏れる声はもはや言葉になっていなかった。
石化の力に及ばされながらもまだ抗う意を示していた彼女だったが、体の不自由さと昇の快楽に抵抗することができず、自分も快感の海に身を沈めていくのだった。
しばらくして昇は都の胸から手を離し、彼女の下半身を眼にやった。
「さて、次は腰から下だ。君のきれいな素足をみせてくれ。」
ピキキッ パキッ
昇が意識を傾けた瞬間、都のはいていたスカートが破れ、灰色に変わった素足と秘所がさらされる。
顔を赤らめる都の裸を見つめながら、昇は腰を下ろした。
「時がたつのは早いものだな。幼くかわいい女の子が、こんなにも美しくなってるんだからね。胸もお尻も膨らみ、手足もサラリとしている。今の都ちゃんは、僕の理想の女性に変わってくれた。」
「イヤ・・・イヤァ・・・」
都はただ願うことしかできなかった。
眼からあふれた涙は頬を伝い、石の肌へと流れ落ちていく。
こんな状況なのに、心の奥から歓喜が湧いてくる。
どうしてだろう。悲しく辛いはずなのに。
兄と言っても過言ではない人が、今までとは違う言動で自分を弄び、体を石に変えて胸や肌をさらして手でなぞられているというのに。
今まで感じたことのない快感が、自分の中の恐怖と不安を消し去っていく。
「都!」
そのとき、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
都の石の素足に手を滑らせていた昇が振り返ると、自分たちを追い求めて廊下を駆けてきたジャンヌの姿があった。
ジャンヌは部屋の中の光景に眼を見開いた。
邪気の立ちこめる女神像の前で、今まで見せたことのない言動を見せる昇と変わり果てた都の姿がそこにあった。
ジャンヌが困惑し体を震わせる。
「丁度いいところに来たね、まろんちゃん。都ちゃんが最高の美のヴェールをまとうところだよ。」
顔を悲痛で歪めていくジャンヌを見つめながら、昇は再び都の石の素足に触れる。
「昇さん、あなたが今、何をしているのか、分かってるの!?人の体を、心を弄んでるだけ!都のあなたへの想いでさえ、あなたは裏切ったのよ!」
「それは違うよ。」
何とか声を振り絞るジャンヌの言葉を昇は否定した。
「君も都ちゃんも、周りよりも辛いことを重ねてきたそうじゃないか。僕はそんな君たちを放ってはおけない。だからこの洗礼の力で、君たちをこの辛さから解放させてやりたいんだ!」
「私も都も、確かに辛いことがたくさんあったわ。だけど、私たちはそれに負けない強さを持ってる!」
「そんなことないよ。」
自分の胸に手を当てるジャンヌに、昇は笑みを浮かべて近づいていく。
そして彼の伸ばした手がジャンヌに届きそうになったそのとき、その手をさえぎるように、淡い光が火花を散らして昇を阻んだ。
しかし、その光は彼を押し留めるには及ばず、ジャンヌの肩を掴んだ。
「キャッ!」
「まろんっ!」
うめくジャンヌ。自由の利かない石の体でジャンヌに叫ぶ都。
「だって、君を包んでる神の力も弱まってるじゃないか。」
ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりであるまろんには、聖なる力が表面化した神のバリヤーが張られている。
これに悪魔は触れることさえできず、まろんを魔力から守ってくれている。
しかしこの神のバリヤーはまろんの心理状態と連動しており、彼女が傷つき心乱れれば、その力も弱まってしまうのである。
よって、悪魔の魔力に囚われている昇は、拒絶されるはずの神のバリヤーを突き抜けたのである。
「僕の洗礼を受けるんだ、まろんちゃん。そうすれば君も不幸から解放され、僕も君たちのそばにいられる。だから・・・」
昇の言葉にジャンヌが戸惑う。
もしも昇に身を委ねれば、今までのような苦痛を味わうことはない。
両親の決別と離婚、悪魔の襲来、ひとりぼっちの夜。
辛く苦しい生活から解放される。
「しっかりして、まろん!」
突然響いた声にジャンヌははっとする。
都が必死に自分に語りかけている。
「まろん、アンタは1人じゃない!私だって稚空だっている!もうすぐまろんの両親も帰ってくる!だから、まろんは決してひとりぼっちなんかじゃないわ!」
都の言葉が、ジャンヌの中にある心の強さを呼び覚ました。
今まで自分が受けてきた不幸は全て、神を倒そうとした魔王の企みだった。
これからは、家族や親友たちとの幸せな生活が送れるのだ。
パキッ ピキッ
昇が都に振り返り意識を向け、彼女の右胸と右腕を石化させた。
自分の体がヒビの入った灰色の石に変わった都は、力を入れることができず、驚愕の声さえ出なかった。
「都!」
ジャンヌは昇の手を振り払い、一糸まとわぬ姿の都の近寄る。
「都、ゴメンね。私のせいで・・」
悲しむジャンヌに、都が笑みを見せる。
「謝るのは私のほうだよ、まろん。結局、何もできなかったんだから・・」
「ううん。都が励ましてくれなかったら、私はどうにもならなくなってたよ。」
ジャンヌも笑顔を見せて首を横に振る。
その間にも都の石化は首にまで及び、頭部にせり上がってきていた。
「都、あなたは私のいちばんの友達だよ。」
「私も同じだよ。ありがとう・・ま・・ろ・・・ん・・・」
浸食していく石化の影響で、笑みを作っていた都の顔から力が抜ける。
ピキッ パキッ
「都・・?」
ジャンヌの笑みが揺らぐ中、虚ろな表情の都の顔を亀裂が包み、彼女の唇と頬を固める。
フッ
そして、都の瞳から、命の輝きが消えた。
「都・・・みやこぉーーー!!!」
ジャンヌが大粒の涙をこぼして泣き叫び、完全な石像となった都の体を抱きしめた。
改めて感じた友情。それが冷たい灰色となってしまった。
友を想うジャンヌの涙が、都の石の肌に流れ落ちる。
「まろんちゃん、悲しむことはないよ。都ちゃんは最高の美と苦痛から抜け出す自由を手に入れたんだ。君も洗礼の光を浴びて、自由の翼を広げるんだ。」
悠然と微笑む昇の額から、洗礼の心眼が現れる。
しかしジャンヌは、悲しみに暮れ、昇の行動に気付かない。
カッ!
昇の放った洗礼の光がジャンヌを捉える。
しかし、その光はジャンヌを包む光に阻まれる。
「何っ!?」
昇が今起きた出来事に驚愕の声を上げる。
ジャンヌを守る神のバリヤーが、昇の石化の光をさえぎったのだ。
「・・・許さない。」
都から体を離したジャンヌが、怒りのこもった声を投げかけて昇に振り返る。
手を強く握り、いきり立って昇を睨みつける。
「私は悪魔(あなた)を許さない!封印(チェックメイト)して助けてみせる!都を、みんなを!」