光と影の天使・第6話

作:幻影


(とにかく、このままじゃ私までやられてしまう。私と同じ存在であっても、昇に魔力を与えたのなら、チェックメイトすれば、今度こそ都たちを救える。)
 ジャンヌは集中し、レインにリボンを向ける。
「神の名の下に!」
「封印(チェックメイト)してもいいのかな?」
 レインの言葉に、ジャンヌの動きが止まる。
「どういうことよ・・?」
「私はあなたの心が形となったもの。影である私が封印されて消滅したら、その影の宿主の心も傷つけてしまうのよ。だから、あなたのやろうとしていることは、あなた自身を壊すことと同じ。」
「ウソよ!そんなこと・・・」
 ジャンヌは首を横に振って、レインの言葉を否定した。
 そんなことない。そんなはずはない。
 影といっても、それが周囲の人たちを遅い、自分自身を狙って姿を現したなんて。
 ジャンヌは、まろんは今起きている現実を、完全に信じきることができないでいた。
「何も怖がることはないわ。分かれていたものがひとつになるだけ。あなたが私を受け入れてくれることで、完璧な日下部まろんに戻るのよ。」
 レインが笑みを浮かべてジャンヌに手を伸ばす。
 彼女を守る神のバリヤーに触れ、電撃のような衝動が起こるはずだった。
 しかし、その手はバリヤーに拒絶されることなく、レインは平然とジャンヌの肩に手を置いた。
 何事もなく進んだレインの行動に、ジャンヌの動揺はさらに強まった。
 魔力を帯びているレインが、何の拒絶もなくジャンヌに触れられるはずがない。たとえジャンヌの心が乱れ神の力が揺らいだとしても、何らかの抵抗が生じるはずである。
「おかしいことじゃないわ。私はあなた。あなたを守るための神の力を、私が通れないはずはない。」
 レインは神のバリヤーに阻まれることなく、困惑しているジャンヌの腰に腕を回した。
「今までの悲しみは、全て私が背負ってあげる。これからの辛さも、全て私が受け止めてあげる。だから、私のところにおいで。」
 妖しく囁くレインに抱かれながら、邪気に侵されたジャンヌの手足が灰色に変わり始めた。しかし、レインに全てを握られている感覚に陥っているジャンヌは、自分のその変化に気付がず怯えている。
「大丈夫よ。これからは私がついているから。今までひとりぼっちにしてゴメンね。私があなたを守る。だから、私を受け入れなさい。」
 その言葉に、ジャンヌの動揺は頂点に達した。
 見開いた瞳が小刻みに揺れ、わずかに開いた唇も震える。
 その恐怖を表面化させるように、灰色の変色が徐々に手足から体へと進んでいく。
 レインがかけた石化が、ジャンヌの感覚を奪っていく。いや、その前からジャンヌの動揺は、彼女の肉体の感覚を越えてしまったのかもしれない。
「さぁ、おいで、まろん。」
 レインの手に導かれるように、下半身と両腕が石に変わっているジャンヌの体から、半透明で全裸のまろんが引きずり出された。
「これがまろんの魂・・ジャンヌ・ダルクの魂を受け継いでいるということを改めて実感できるね。けがれのない美しく輝きを放つ肌。」
 レインがまろんの魂を抱き寄せる。
 白く輝くまろんの肌を通じて、彼女が悲劇を繰り返して付けられた心の傷が、レインは痛々しく伝わるのを感じていた。
 一糸まとわぬ姿の魂が抜け出ていくに連れて、ジャンヌの体を石化が蝕んでいく。
 そして魂が完全に体から引き出された瞬間、ジャンヌにかけられた石化が彼女の虚ろな顔にまで及ぶ。
 唇を灰色に固め、混乱ですでに焦点を外れていた瞳をも包み、ジャンヌは呆然と立ち尽くしたまま白みがかった灰色の石像と化した。

「ジャンヌ!」
 悪魔の魔力とジャンヌの聖なる力を感じ取って、シンドバットとアクセスが昇の寝室に駆けつけてきた。
「・・ジャンヌ・・!?」
 シンドバットは部屋の中の光景に眼を疑った。
 思い空気が漂うその部屋には、半透明に輝いている裸のまろんと、彼女を抱きしめている銀髪のジャンヌ、そして灰色に染まって立ち尽くしているジャンヌと、一糸まとわぬ姿で石にされた都、血を流して床に伏している昇の姿があった。
 そしてシンドバットの見つめる中で、まろんの魂が溶け込むようにレインの中に吸い込まれていく。
 レインの魔力が完全にまろんの聖なる力を取り込んだ瞬間だった。
「ど、どうなってるんだ・・?」
 何が起こったのか分からず、シンドバットが困惑して、部屋の中に足を踏み込めずにいた。
 まろんの魂を取り込んだレインが妖しい哄笑を上げる。
「フッフッフッフ。私はもう幻の中の私じゃない。まろんの残留思念でもない。私は現実(ここ)にいる。私が、日下部まろんなのよ。」
 レインは広げた自分の両手を見つめながら、宿主であるまろんとひとつになったことを実感する。
 外に出て行った心の闇が、その宿主のもとへ還る。レインはまろんの魂を受け入れて、本来あるべき形へと戻ったのだった。
「やっとここまで来たわね、怪盗シンドバット。いいえ、名古屋稚空。」
 レインが呆然となっていたシンドバットに振り返る。
 何とか声を振り絞り、彼は彼女に聞く。
「お前、そこまでして何を企んでいるんだ!?フィンを、委員長を、弥白を、そして都やまろんまで魔力で支配して、どういうつもりなんだ!?」
「私は私の世界を作っているだけよ。」
「理想の世界!?」
「私はまろんの傷つくのをみたくない。だから私が力を貸してあげたのよ。そして、1人で寂しくならないように、みんなを連れてきたというわけよ。」
「そのために、弥白や委員長にまで手を出したというのか!?」
「そうよ。でも都は昇さんが彼女たちを想ってやったこと。裸にして石にする趣味は私にはないわ。」
「とにかく、お前を封印(チェックメイト)して・・」
「私を封印したら、まろんも消えるわ。」
 黒いピンを具現化して手に取ったシンドバットを、レインの言葉が止める。
「私はまろんの心が生み出した存在。しかも今は、まろんは私の中にいる。彼女の心の一部である私が封印されて消えてしまったら、彼女の心が傷つくばかりか、彼女自身の存在まで消えてしまうのよ。」
 妖しく笑うレインに、シンドバットは悪魔を封印するためのピンを投げることができず舌打ちをする。
「だったら、まずはお前の動きを止めるまでだ!」
 シンドバットはピンを投げ捨て、ワイヤーを両手で握りしめてレインに飛びかかった。このワイヤーにも、魔力を押さえ込む力を備えているのだ。
 しかし、ワイヤーが捉える直前に、レインは素早く跳躍してそれをかわす。
「どっちにしても、あなたの動きでは私には追いつけないわ。」
 着地したレインが、振り返ったシンドバットに語りかける。
「それはどうかな!」
 今度はシンドバットが両手に力を集めて、何本ものピンを具現化する。
「だから、封印(チェックメイト)したらまろんも消えるって言ったはずよ。それとも、あなたはやっぱりそんな非情な性格なの?」
 レインの言葉に耳を貸さないのか、シンドバットが両手の中に収束しているピンの大群を放った。
 しかし、そのピンの群れはレインの足元の床に突き刺さるだけだった。
 不審に感じるレイン。彼女の動きが一瞬止まったのを狙って、シンドバットが素早く彼女の背後に回り込んだ。
「このピンは囮!?」
 レインが背後に視線を移したと同時に、シンドバットが彼女の両腕を掴んだ。
「油断したな。このまま腕の関節を外して動きを封じた後、まろんをお前から引きずり出す。」
 そう言ってシンドバットは、レインの腕を掴む手に力を込める。
 だがレインは苦痛に顔を歪めることもなく、悠然とした表情を崩さない。
「ムダよ。」
「何っ!?」
 レインの体から紫色の邪気が吹き出し、シンドバットは危険を察知して掴んでいる腕を放して飛びのく。
 そこにその邪気をすぐさま打ち消したレインが右手を伸ばした。荒々しい衝撃波がシンドバット目がけて飛ぶ。
「ぐっ!」
 腕を構えて防御の体勢をとったが、シンドバットは衝撃波に押されて壁に叩きつけられる。
「シンドバット!」
 アクセスがシンドバットを援護しようと、額の宝玉から閃光をレインに向けて放った。
 レインは平然と、それを左手で受け止め弾き飛ばした。
「天使の力でも私には勝てないけど、いろいろ面倒だし。」
 小さく呟いたレインの左手から紫色の邪気がアクセスに向けて吹き出された。
「うわぁぁーー!!」
 吹き飛ばされないようにアクセスは腕を組んで身構えるが、邪気の影響でその体勢のまま彼は灰色に変わって硬直した。
「ア、アクセス!」
 右手で左肩を押さえて、シンドバットが苦痛を混ぜた声を上げる。
 レインの邪気を浴びて石化したアクセスが、飛行する力を失って寝室のベットの上にふわりと落ちる。
 レインが満身創痍のシンドバットを見下ろす。
「さぁ、残ったのはあなただけよ、稚空。あなたを引き込めば、まろんは寂しさから解放されるのよ。」
「まろんはもう、寂しくなんかない。ひとりぼっちなんかじゃないんだ!オレがいる。都がいる。フィンやアクセス、たくさんの仲間たちがまろんを支えているんだ!」
 言うことを聞かない左腕とボロボロの体に鞭を入れて、シンドバットが必死に声を振り絞ってブーメランを握る。
「だから、まろんは決してお前に負けたりはしない!」
「負ける?これは勝ち負けの問題じゃないわ。元々ひとつだったまろんと私が、ひとつの姿に戻るのは当たり前なこと。そして私はまろんが寂しくならないように、私の世界にみんなを招待することにしたのよ。」
 シンドバットの決意を、レインがあざけるように哄笑する。
「それとも、誰かがあなたを助けに来てくれると期待しているの?ムダよ。見た目は全然変わらないけど、ここはもう私の世界。私たち以外の人には、この世界にいる私たちに気付くこともできないわ。」
 レインたちがいるこの場所は、すでに彼女が作り上げた世界へと変わっていた。
 外の世界と完全に隔離されたこの世界は、周囲からのあらゆる介入を阻む。
「オレは誰かに甘えてるわけじゃない。オレを支えてくれるまろんやみんなの信頼に答えるためにも、ここで倒れるわけにはいかないんだ!」
 シンドバットは鋭くレインを睨み、そしてふと笑みをこぼす。
「強気に本気、無敵に素敵、元気に勇気。まろんの受け売りだけど、この言葉がオレに力を与えてくれる!」
 まろんの思いがシンドバットを、稚空を後押ししてくれている。
 昔の自分だったら、体の痛みと相手に対する恐怖で、諦めの気持ちのほうが強くなっていたことだろう。
 彼女を助けたいという気持ちを心に誓ったシンドバットは、まだ戦いの意を捨ててはいなかった。
 不敵に笑う彼の姿に、レインもうっすらと笑みを漏らす。
「なるほどね。まろんもたくさんの人の心を解き放ったのね。でも、今はこの私が日下部まろんなのよ。みんながこれ以上辛い思いをしないように、私がみんなの時間を止めて楽にしてあげるのよ。」
「そんなことを望んでいるのはお前だけだ!都だって委員長だって、まろん自身それを望んでいない!お互いが助け合い、喜びや悲しみを分かち合えることを望んでいるんだ!」
「私には分かるわ。まろんは望んでいる。みんなといつまでも一緒にいられる世界を。この友情の変わらない世界を。」
「お前はまろんの影でありながら、まろんのことを全く理解していない。」
「あとは稚空、あなただけよ。あなたを導くことで、私の作る世界は完璧になるわ。」
 シンドバットの悲痛の叫びにも耳を貸さず、レインは右手を突き出して妖しく笑みを浮かべた。

つづく


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