解放と苦痛の間に

作:幻影


「うわあ。今日もいい天気ねえ。」
 カメラマン、羽鳥ユリカ。快晴の高原で趣味でもあるバードウォッチングに来ていた。
「鳥っていいわね。この広い大空で、自由に飛び回っているんだから。」
 双眼鏡で飛び回る鳥たちを見ながら、鳥への想いに馳せるユリカ。翼を広げて大空を舞う姿に憧れを抱いていた。

「た、助けて・・・」
 そんなユリカの耳に、誰かの助けを求める声が届いた。声のする方を見ると、表情を苦痛で歪めてつらそうな雰囲気の女性が近くの林から飛び出してきた。
「どうしたんですか?」
 苦しむ女性に近づくユリカ。女性は体を震わせて、ユリカにしがみついてきた。
「これって・・」
 ユリカは女性の体の異変に気付いた。女性の左腕から、透き通った水晶が皮を突き破って生えていたのだ。
「と、とにかく、どこかで介抱をしないと。」
 ユリカは女性の右腕を抱え上げ、慎重に歩き出した。そして、どこか落ち着ける場所を探し求めた。水晶を引き抜けば、出血がひどくなる。介抱ができるぐらいのところだけでもと、ユリカは辺りを見回した。
 やがて、林を抜けた先に小さな小屋をみつけた。
「お邪魔します。勝手に入りますよ。」
 女性と一緒に小屋に入り込むユリカ。息を荒げている女性を横にし、水晶の飛び出している左腕を診た。そして水晶に手をかけ、引っこ抜こうとする。

「ダメよ。それをむやみに抜いたら、筋肉と神経がバラバラになるわよ。」
 出入り口から声がした。水晶のように透き通った短い銀髪の女が立っていた。
「あなたは?」
「ど、どうしてここに・・・」
 ユリカの問いと同時に、女性が声を震わせていた。
「あたしはクリス。どうしてって、ここがあたしの別荘だからよ。」
「この人を助けてください。とても苦しんでいて、早く病院に連れて行かないと。」
「その必要はないわ。もうじき楽になる。」
「楽にって・・・」
 ユリカはクリスの言ったことが理解できなかった。

 そのとき、水晶の生えたところから光が発し、女性の体に広がっていった。光の広がりと共に、女性の衣服が掻き消えていく。
「あなた・・・逃げ・・て・・・」
「うわっ!」
 光が女性を完全に包むと、光の柱が輝いた。その中には全裸となったあの女性が直立不動となっていた。
 やがて光が治まると、そこにはその女性がジュース缶ほどの大きさの水晶の中に閉じ込められていた。
「ふふ、時は満ちた。」
「何!?何が起こったの!?」
 すると、クリスの額からひとつの目が開き、ユリカを見つめる。そして突然、レーザーのような怪光線を発射した。
 とっさの判断で光線をかわしたユリカ。その際、握っていた水晶を手から離してしまう。
「あらあら、大事に扱ってくれないと困るわ。」
 水晶を手に取り、不敵な笑みを見せるクリス。その姿をみて恐怖を覚えるユリカ。
「あなたには特別に見せてあげるわ。」

 クリスの合図で、部屋に明かりが灯った。
 その部屋の周りにはガラス棚があり、その中にはたくさんの水晶が並べられていた。そしてその水晶の1つ1つには、裸の女性が1人ずつ閉じ込められていた。
「これって、まさか!?」
「そう。あたしのコレクション。全ての枷を外して解放された女性たちよ。」
 困惑と恐怖でユリカの心は乱れていた。
(逃げなきゃ!逃げないと、あの人みたいに・・・)
「えいっ!」
「ううっ!」
 ユリカはカメラのシャッターを押し、クリスに向かってフラッシュを浴びせた。
 ひるんだスキをついて、ユリカは小屋を飛び出し全速力で駆け出した。
「悪いけど、逃がしはしないよ。」
 クリスの額の目から光線が発射される。凄まじい速さの光線は、逃げるユリカの胸を貫いた。
「あっ!」
 光線を受けた反動で倒れるユリカ。しかし倒れたまま立ち上がろうとしない。その場でうずくまる。
「う、うわああ、あああ!!」
 ユリカの全身に激痛が走った。とても立っていられるような生易しい痛みではない。
「痛い!痛いよ!イタイッ!!」
 あまりの苦痛にユリカは悲鳴を上げる。それでも全身の痛みは消えない。
「これでもうあなたは、あたしのもの。見て御覧なさい。その烙印がそろそろ現れてくる頃よ。」
 激痛にあえぐユリカは、クリスの声に促されて自分の腕を見る。すると、左腕から皮を突き破って水晶が生えてきた。水晶が突き破る激痛と非現実的な状況からくる恐怖が、ユリカをさらに苦しめた。
「ああ、ぐああ!」
「苦しいけど我慢してね。これを乗り切れば、あなたは自由を手に入れられるのよ。」
「ど、どうしてそのことを!?」
「あなたの水晶を通じて、あなたの心があたしに語りかけてくるのよ。あなたは鳥のように自由に飛び回ることに憧れを抱いている。飛び回ることはできないけど、あたしの水晶に身を委ねれば開放感から自由を味わえる。」
「違うっ!そんなことをしても、解放されても自由にはならない!だって、水晶のなかにずっと閉じ込められてるわけでしょ!?」
 痛みに耐えながらユリカは必死に訴える。しかし、クリスはそれを嘲笑う。
「もっと自分を見せて御覧なさい。そうすれば肩の荷が下りて楽になれるわよ。」
 激痛に襲われながらも、ユリカはそこから逃げ出す。
「ムダよ。今のあなたはもうあたしの手の中の存在・・・」

 痛みに耐えながら必死に走るユリカは、先程いた高原にたどり着いた。ふと見上げた空には、自由に飛びまわる鳥たちの姿が見えた。
 ユリカにはもう感覚がほとんどなく、水晶からの痛みもそれほど感じなかった。その左腕にもうひとつ、さらに首筋にひとつ水晶が生えていた。
「私も飛んでみたい・・鳥みたいに自由に・・・」
 苦しみ悶えながらも、鳥を見つめて笑みを漏らすユリカ。

「水晶は命の輝き。あなたのその水晶は、あなたの命を奪っていくの。」
 突如、ユリカの目の前にクリスが姿を現したが、意識の薄らぐユリカの眼に彼女の姿は映らなかった。
「美しい女の命は、強い生気を宿している。あなたのように美しい女の生気を吸えば、私の命と美は200年は保てるわ。」
 クリスは苦しむユリカを優しく抱きしめる。そのおかげでユリカは気が楽になったが、その相手がクリスであることに気付いていなかった。
「・・飛びたい・・私も・・・」

「そろそろ時間ね。」
 そう言うとクリスはユリカから体を放した。するとユリカの腕の水晶が光りだした。
 その光は腕を伝って体に広がっていく。そしてユリカの着ていた服が、光に巻き込まれるとボロボロに散って消えていった。
「いい体ね。コレクションにしてもすばらしい人柱になるわね。」
 やがて光が完全にユリカを包み、生まれたときの姿がさらされる。そして光は一気に強まり、光の柱となってユリカを包んだ。
「・・これで飛べる・・・世界中の空を・・どこまでも・・・」
 ユリカの顔は満足そうに見えた。鳥たちの自由。空への憧れ。それがついに叶う。ユリカはそう思い込んでいた。

 やがて光が治まり、その地面にはユリカを閉じ込めた水晶が転がっていた。
 ユリカは悔いのない笑みを浮かぶ表情、素肌を全てあらわにした全裸の姿で、動きを完全に止めていた。
「あなたの心は、今頃自由に空を飛んでるのかしら?ウフフフフ・・・」
 ユリカの入った水晶を手に取り、クリスは笑みを浮かべながら立ち去った。
 そして何食わぬ顔で、人々と接していくことだろう。次の人柱を求めて・・・。


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