メールの危ない落とし穴

作:幻影


 携帯電話に頻繁に送られてくる迷惑メール。
 それに眼もくれない人がほとんどだが、その誘惑に身を乗り出す人も少なくない。
 しかし、そのメールの中に、1度踏み込んだら2度と戻れない悪夢の扉が存在しているのかもしれない。


 ブラウンの色のした長髪をさらりとなびかせている女性、アヤ。
 成績は良くも悪くもなかったが、留年や浪人の経験をすることなく進路を歩み、今は専門学校の生活に解け込んでいた。
 しかし、何ひとつ不自由のない生活を送っている彼女は、心に穴が開いたような気分を感じていた。
 満たされない。何かが足りない。
「どうしたんだろう、私・・・」
 ふとアヤは自分の携帯電話に手を伸ばした。着信メール欄に切り替えてみると、メールが5件も送られてきていた。
 けれど、全て知っている人からのものではなく、いわゆる「出会い系」に関するものばかりだった。
「知らないものに手を出してみるのも悪くないわね。」
 心を満たすような快感や刺激を求めるため、アヤはその中の1件に返信した。アヤと同じく、快感や刺激を求めているような内容のメールだった。
 何回かメールのやり取りをして、日曜日に直接会うことになった。

 約束の時間の10分前。
 アヤは待ち合わせ場所である、街のデパートの近くにある喫茶店の前に到着した。
 メールの相手と会うのは今日が初めてということになり、これまで相手の顔は見てはいない。
(ヤダなあ。ちょっと不安になってきちゃったかな。あんまり変な人だったらどうしよう。それに、もしかしたらエッチとかするのかな?ラブホテルとか連れてこられたら、急いで逃げよう。)
 突然、胸中で心配を繰り返すアヤ。

 しばらく待っていると、アヤの前に1人の男が立ち止まった。
「あ、あの、あなたは・・」
「君がアヤさんだね。僕がメールを送ったレイジだよ。よろしく。」
 アヤの前に現れた男、レイジは、TVなどでよく見かけるイケメンタレントに負けないほどの第1印象を見せていた。
 黒く短い髪を逆立てているレイジは、白がメインのTシャツに薄青色のジーパンを着用していた。
「さあ、いこうか。」
「えっ?あ、はい。どこに・・?」
「それは着いてからのお楽しみ。」
 笑顔でそう言うとレイジは移動を始め、アヤも後をついていく。
 しばらく歩くと、レイジたちは街外れに出てしまい、あまり人気のない道に出た。
(ま、まさか・・・)
 アヤは一瞬戸惑った。
 レイジが足を止めた場所の側には、ラブホテルが点在していたのである。
 アヤは不安になり、後ずさりする。と、レイジがアヤに振り返った。
「ちょっと、どうしたんだい?行くのはこっちだよ。」
「えっ?・・・」
 レイジが指差す方向はラブホテルではなく、その反対方向にある廃工場だった。
「何、ここ?ここに何かあるの?」
 わけが分からず、アヤは疑問符を浮かべる。
「君には男の幼馴染みとかいなかったのかい?遊び心の尽きなかった男の子は、友達を集めてアジトとか隠れ家とか決めて遊んでいたものさ。」
「聞いたことはあるけど、そういうのはあまり・・・」
「仕方ないよ。女の子なんだから。」
 レイジのその言葉を聞いて、ふくれっ面になるアヤ。そんな彼女を気にせず、レイジは廃工場の一角の中央に立ち止まり、その地面を手でさする。
「何してるの?」
「確か、この辺りに・・・あった!」
 アヤの言葉に耳を貸さず、手探りを入れていたレイジは、土に埋もれていた突起に手をかける。力を入れて引き上げると、厚い扉のような蓋が持ち上がる。
 唖然となっているアヤに、レイジが笑みを見せる。
「これが、僕の秘密のアジトってわけさ。」

 少し錆び付いたハシゴを下り、レイジは扉の開閉スイッチとその奥の部屋の明かりのスイッチを入れた。
「入ったら扉を閉めて、開閉レバーを右に回してちょうだい。完全に扉が閉まるから。」
「はい。分かったわ。」
 レイジが部屋に入っていたことを確認して、アヤはハシゴに手足をかけ、言われた通りに扉を閉めて鍵をかける。
 スカートがめくれないよう必死になりながら下りていくアヤ。時々下を気にしたが、レイジは部屋に入ってしまっているため、その姿は見えない。
 そしてハシゴを下りて部屋に入ると、中央にレイジが悠然と待っていた。
「これで誰にも邪魔されないよ。」
 恐る恐る足を進めていくアヤの体を、レイジが抱きしめる。
 予想していなかったわけではなかったが、突然の出来事にアヤは顔を赤らめて言葉を失う。
 なやましい表情で見つめるレイジに、アヤは必死に言葉を振り絞る。
「これから、刺激と快感を与えてくれるの?」
「そうだよ。でも心配することないよ。僕がちゃんとサポートしてあげるから。」
 アヤは改めて覚悟を決めた。
 この後服を脱がされ、自分の体を触られていくのだと、頭の中で思い描いていた。
 しかし、予想は大きく外れていた。
「えっ!?」
 アヤを抱きしめていたレイジの両手から光があふれ、アヤの体を包み込んだ。

 光が治まると、アヤは体に力を入れることができなかった。まるで体全体が麻痺してしまったかのように、指1本さえ動かすのが難しくなっていた。
 アヤの耳に、何かが割れる音が響く。光に巻き込まれてボロボロになっていたスカートの切れ端が崩れて地面で割れたのである。
 アヤの体は今、白みを帯びていた。色を失った衣服が半壊し、さらにボロボロに崩れていく。
「さあ、早速始めよう。枯れてしまう前に。」
 もうろうとしていたアヤの眼に映っていたレイジが、笑みを浮かべたまま、まだ人間味の残っているアヤの胸を揉み始めた。
「あっ!・・ああ・・・」
 アヤは耐え難い気分に陥った。だが、体の自由の鈍ったアヤは、レイジに抵抗することも大声を上げることもできず、虚ろな表情のまま言葉にならない声を震わせているだけだった。
「いい心地よさだよ。僕にはこの瞬間が一番幸せだよ。」
 満面の笑みを見せながら、アヤの胸を揉みほぐしていくレイジ。
「ど、どうなって・・いる・・の・・」
 力の入らない唇を震わせて、アヤは言葉を発する。
「僕は悪魔との契約を結び、死んだ後に僕の魂を売り渡すことを代償に、刺激と快感を手に入れるためのこの石化の能力を得た。」
「あく・・ま・・」
「見てごらん。」
 アヤとレイジのいる部屋の周りには、何人もの女性がたたずんでいた。いずれも何もまとわず、その体は色を失い、表情は虚ろか満足かのどれかだった。
「枯れてしまった女性たちだよ。今ではもう眼の保養にしかならない。」
 視線を周り移しながらも、レイジの手はまだアヤの体に触れていた。
「この力に犯された人は、その人の全てをさらけ出し、体は固く朽ちていく。だけど、朽ちるまでの瞬間はまだ人の温かさが残っている。」
 レイジはいったん手を離し、顔をアヤの胸の谷間にうずめた。体の自由が利かなくなってきているアヤは、棒立ちのまま眼を閉じ唇を震わしている。
「僕は刺激や快感に酔いしれているときは、大声を出されたり抵抗されたりと邪魔をされたくないんでね。石化しかかっている状態に味わうんだ。」
「止めて・・やめ・・て・・」
「止めないよ。ここで止めたら君はこのまま枯れ果ててしまう。大丈夫。僕が最高の気分にして君の時間を止めてあげる。それで君の刺激と快感は永久に終わらない。」
「イヤ・・やめ・・」
 姿勢を正したレイジは、アヤの体を抱きしめた。そして、白みがかった長い髪をすり抜けて腰や尻に手を回していく。
 アヤの体は真っ白になり、今まで着ていたシャツやスカートは砂のように崩れ去り、素肌が完全にさらけ出されている。
「この力には本当に感謝しているよ。これなら邪魔されずに刺激と快感を求められる。僕も、君たちも。」
 アヤの心は膨大の絶頂にきていた。レイジがかけた石化の力で、まだ完全な石になってはいないものの、体がほとんど言うことを聞かず、レイジの刺激から抵抗することも逃避することもできなかった。
 気を失いそうになったが、何の抵抗もできなくなってしまうと思い、必死に気を保った。
「自由を利かせば反抗され、完全に石にしたら人の温もりを感じない。石に変わっていくこの中間が、僕を最高の気分にさせてくれる。君もいい気分になっているはずだよ。ずっと最高の気分のままでいられるのは幸せこの上ないよ。」
「違う・・ちが・・う・・」
 アヤの虚ろな眼から涙があふれ出す。そんな彼女の濡れた頬にレイジが手を当てる。
「さあ、メインディッシュだ。愛の口付けは、お互いの心を刺激と快感で満たす最高の行為なんだよ。」
「ああ・・・っ!」
 戸惑うアヤの唇に、レイジは自分の唇を重ねた。
 激しく揺らめいていたアヤの心が絶頂に達し、嫌悪を通り越して歓喜に変わっていた。涙の流れる顔は満足気で、静かに瞳を閉じる。
 優越感に浸るレイジに唇を奪われながら、アヤの体は完全に動きを止めた。唇を離し、レイジは心地よさそうな表情のアヤの姿に見入る。
「この快楽、支配、そして誰かの沈みかけた心を高く立ち昇らせる善意。それらが僕の心を満たしてくれる。」
 レイジが自分自身の快感に酔いしれる。
「体は枯れても、その美しさと快感は永久に衰えることはないよ。これからもいい眼の保養にさせてもらうよ。さて、またメールでも送信するか。引っかかる人、なかなかいないからな。」
 レイジは扉の隅に置いていた携帯電話を手に取り、ボタンを押し始めた。心が渇ききる前に、新しい快楽の保険を手にしておくために。


 携帯電話に頻繁に送られてくる迷惑メール。
 それに眼もくれない人がほとんどだが、その誘惑に身を乗り出す人も少なくない。
 しかし、そのメールの中に、1度踏み込んだら2度と戻れない悪夢の扉が存在しているのかもしれない。
 このアヤのように・・・


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