作:幻影
クロティアの放った時間凍結によって、町々は完全に静止していた。活気あふれた色を失くし、日常と変わらない仕草や動作のまま、人々やものが動かなくなっていた。
白黒のTVに映し出された動画を、一時停止しているようだった。
そんな中で、1ヶ所だけ活気を失っていない場所があった。魅波と英次、和真のいる場所である。
彼らの周りに虹色に光る壁が出現し、時間凍結の光を阻んでいた。
「これって・・・」
奇妙な感覚に困惑する魅波。
「彼女自身が時間凍結を遮断したんですよ。部分的に。」
「どういうことだよ!」
英次の言葉に和真が突っかかる。英次は顔色を変えずに続ける。
「僕たちの周りに壁を作り、この部分を時間凍結の光から守ったんです。」
「どうして、ここだけが・・!?」
「僕が、彼女の保護者であり理解者だからですよ。」
不敵な笑みを魅波と和真に向ける英次。すぐに視線をランガとクロティアに向ける。
その直後、彼らのいるビルの前に、クロティアに吹き飛ばされたランガが叩き落されてきた。
「海潮姉ちゃん!夕姫!」
和真が振動にふらつきながらも、ランガに向かって叫ぶ。魅波も体勢を立て直して、すぐに英次に視線を戻す。
「どうですか、先輩?深潮が同化したクロティアには、さすがのランガも無力に等しい。今からでも遅くはないです。僕たちに身を委ねたほうがいいですよ。」
英次が誘いの言葉をかけるが、魅波は頷かない。
「あなたはあの人と同じ。変わってしまった勝流さんと同じよ。」
憤りを感じて、手を強く握り締める。
「時間や法を意味のないものにしてる。私はただ、みんなと楽しい団らんを過ごしたかった。あなたのしていることは、私の楽園を壊してるのと同じ!」
魅波は未だに起き上がれずにいるランガに振り向く。
「できることなら、あなたを傷つけたくはなかったです・・・」
「私もよ・・英次くん・・・」
互いに沈痛の表情を浮かべる英次と魅波。あふれてくる涙を振り切って、魅波はビルの隔たりを飛び越えて、ランガのもとへ飛び降りた。
「姉さん!」
和真が叫ぶ中、魅波がランガの中に入り込んでいった。
クロティアの力に押されていたランガの体内で、海潮と夕姫が息を切らせていた。
今の彼女は時のバンガからの攻撃による痛みよりも、親友と戦わなければならない苦悩のほうが強かった。
「海潮、しっかりしなさいよ!このままじゃ私たちも・・!」
「分かってるわよ!」
夕姫の抗議を海潮は振り切った。しかし、頭では分かっていても体がなかなか割り切れてはくれなかった。
結果、ランガを動かすことにも影響を及ぼし、本来の力が発揮されないでいた。
「海潮!夕姫!」
そこへ2人を呼びかける声が響いた。空間の別の壁から、魅波が姿を現した。
「お姉ちゃん!」
海潮と夕姫の声が重なる。魅波はクロティアの姿を眼にやって、再び声をかける。
「もう迷っている場合じゃないわ。私は、私たちの家を守りたい。そこが、私の楽園だから・・・」
家族との屈託のない団らん。それが魅波の求めているものである。
(そうだよね・・勝流さん・・英次くん・・・)
その中で、兄と後輩を思い返す。その団らんに彼らがいれば、彼女の楽園は成立する。
しかし彼らの心は、完全に彼女から離れていってしまった。彼女の本当の楽園は、彼女自身の中にしかない。
「ご立派なお言葉ですこと。」
夕姫がからかうように微笑むと、魅波も続いて微笑をもらす。そしてすぐに真剣な表情に戻り、眼前の敵を見据える。
「いくわよ・・英次くん!」
魅波の感情がランガに伝わる。その顔に1つの眼が見開かれる。
灰色に塗りつぶされた空間。色のない世界。
その壁には、クロティアと同化している深潮の姿があった。
彼女もランガと同化している海潮たちと同様、一糸まとわぬ姿で両手と下半身をその壁に埋め込まれていた。
バンガはスーラの亡がらから作られたキュリオテスの鎧である。その構造はランガと類似している。
深潮がいるクロティアの体内も、ランガと酷似した雰囲気があった。
(海潮、絶対にあなたをここに連れてくるから・・)
自分自身の平和への願いと、海潮に秘めた正義感。この2つを深潮は類似させていた。
彼女を自分のものにすれば、自分の願いが叶うかもしれない。海潮たちの言葉で言えば、楽園を見つけることができる。
深潮は今、その楽園のために、自分の親友と対立していた。
「さぁ、今度こそランガの動きを封じてみせる!」
深潮はその願望のため、再びクロティアを駆り立てた。その願いが逆に自分を縛り付けていることに気付かないまま。
何とか立ち上がったランガに、クロティアが追い打ちをかけるように突っ込んできた。その突進で後方に飛ばされるランガ。
しかしすぐに背中の翼を広げて、体勢を立て直しつつ上空に飛び上がる。
「とにかく、あのバンガを破壊しないと。時間凍結が、アイツの最大の武器だから。」
「ダメ!お姉ちゃん!」
うめく魅波の言葉を、海潮がたまらずさえぎった。
「ちょっと海潮、何言ってんのよ!」
夕姫もたまらず抗議の声を上げる。
「あの中には深潮がいるのよ!あのバンガをこのまま壊したら、中にいる深潮だって・・・!」
「でも、このまま攻撃しないでいたら、私たちも止められてしまうのよ!」
3姉妹の葛藤は続く。彼女たちの思いは様々だった。
先輩と後輩の絆に終止符を打とうとする魅波。
親友を思うあまり、非情に徹することができず困惑している海潮。
時間凍結という理不尽な力を、自分の持てる力で弾圧しようとする夕姫。
向かうべき敵は同じだったが、その考えや心境は異なり揺らいでいた。
クロティアが右手に光を集中させている。もしも力を溜めたこの光を受ければ、いくら時を操るランガでも、時間凍結の影響を受けてしまうだろう。
収束された光がランガに向かって放たれた。ランガはさらに上昇してこれを回避するが、光の衝動が中にいる海潮たちを揺るがす。
それに怯まず、ランガは左手から砲弾を発射する。弾はクロティアの回避行動によって町に着弾するが、眼下の建物は壊れることなく、停止している人々もその爆発にも微動だにしない。
これが時間凍結の効果。平和を求める深潮と英次の求めた力である。彼女によって停止したものは、周囲のあらゆる衝動の影響を受けない。普通なら傷ついてしまうような衝撃も、時間凍結という壁が全てさえぎってしまうのである。
ランガはさらにクロティアに飛び込み、剣を振り抜く。クロティアはそれをかわすが、この攻撃はフェイントだった。
クロティアの腹部に、ランガの左手が伸びる。至近距離で砲弾が叩き込まれ、爆発する。
「うわぁっ!」
町に倒れたクロティアの中で、深潮が苦痛にうめく。同化している彼女は、クロティアが受けた痛みさえも同調していた。
立ち上がろうと身を起こすクロティアの眼前に、ランガが左手を向けていた。そこからさらなる砲撃、あるいは剣による攻撃が繰り出されれば、確実に破壊される。
深潮が敗北と死を覚悟した瞬間、
「ダメッ!」
海潮の叫びが、クロティアにとどめを刺そうとしたランガの動きを止めた。彼女の意思がランガに伝達したのである。
「ちょっと、海潮!このバンガを倒さないと、みんな元に戻らないのよ!」
魅波が憤慨して海潮に怒鳴りかける。しかし海潮は引き下がらない。
「でも、このままじゃ深潮まで死んじゃうよ!何とか助け出さないと!」
「アンタ、まだそんなこと言ってんの!?このままじゃアイツらの思うままになるのよ!」
夕姫も続いて海潮に抗議する。
「アンタにとって何が正しいものなの!?今のアンタは、正しいことと間違ってることの区別がついてないのよ!」
「私は・・・私は・・・」
姉と妹に責められ、海潮が悲痛に顔を歪める。
「私はイヤ・・・人を殺す正義なんてないよ!人殺しが正しいなんて、私は絶対思わない!」
涙ながらに叫ぶ海潮。彼女の体が壁の中に入り込んでいく。
「海潮!」
魅波と夕姫の叫びが、紅の空間に響き渡った。
ランガの胸部の一点に淡い光が灯る。そこから赤髪の少女が飛び出してくる。
ランガとの同化を解いて外に出てきた海潮が、そのままクロティアに飛び移る。
「えっ!?海潮!?」
突然の海潮の登場に、クロティアの中にいる深潮が驚く。海潮は沈痛の面持ちでクロティアを、深潮を見つめていた。
(深潮、ここに入れさせて。虚神やランガに入れる私なら、この中にも入れるはず。)
海潮は念じながら、クロティアに手を伸ばした。すると海潮のその手が、クロティアの中に吸い込まれる。そしてそのまま海潮は完全に入り込んでいった。
クロティアの体内も、ランガと同様の現象が起きていた。ランガから出てクロティアに入るまで私服を身に付けていた海潮は、再び裸で異空間を流れていた。
「さ・・寒い・・・」
空間の寒さに自分の肌を抱く海潮。その寒気の冷たさは、一糸まとわぬ姿のためだけではない。クロティアの力の脅威が、直接彼女の体に伝わってきていた。
彼女はこの空間をさまよっていた。何もない、色をなくした世界。強いて挙げるなら、灰色に塗りつぶされた世界。
しばらく進んでいくと、1人の少女の姿があった。海潮と同じように裸でこの空間に、深潮が壁にめり込んでいた。
海潮がさらに深潮に近づくと、そこで眼を疑った。埋め込まれている深潮の両手と下半身と壁との境の辺りが、変質しているように見えたのだ。
「み、深潮・・・!?」
「・・・やぁ、海潮・・来てくれたんだね・・」
深潮がうっすらと微笑む。異様な変化が始まっている彼女の姿に、海潮は戸惑いを隠せなかった。
「まさか、海潮のほうからこっちに来るなんてね。」
「深潮、どうしたの、その体・・・!?」
海潮の困惑した様子に、深潮が自分の体を見つめる。
「ああ、コレね。クロティアに乗ったときの副作用だよ。」
「副作用・・!?」
「このクロティアはね、ランガや他のバンガと比べて、とっても扱いにくいんだよ。いくらスーラやキュリオテスでも、この中に入れば次第に体が蝕まれてしまうんだよ。」
物悲しく笑ってみせる深潮。
ランガと同じく時間の流れを操るクロティアに身を委ねたものは、その時の呪縛に体を蝕まれてしまう。今は色の変化だけだが、徐々に体の質まで変わってしまうだろう。
「これからさらに力を使ったら、私の体は石みたいに固くなっちゃう。これが時の力を使う代償だよ。」
「それじゃ、そのことを承知で・・・!?」
深潮の話を聞いた海潮の表情に恐怖が浮かび上がる。
これ以上力を使えば、深潮の体は完全に石化するだろう。そうなれば、たとえクロティアの力が消滅したとしても、彼女の体は時間凍結を受けた人と違い、元には戻らないだろう。
「どうして、そんなにまでして・・・それじゃ、深潮の体が・・・」
深潮の体を気遣い、海潮が心配の声をかける。すると深潮は作り笑顔を見せて、
「これも全部、海潮のためなんだよ。」
「えっ・・・?」
「私は、世界中で争いや戦争が続いていることを知った。TVや言葉では言い表せないくらいすごくて、辛くて悲しいことのくり返しだったよ。」
深潮は自分の胸に手を当てた。時の呪縛の影響を受けたその手は、石のように変色していた。
「だから私は願ったの。力がほしい。こんな辛い世界を終わらせられる力を。そしたら私の中に、何だかすごい力が湧いてきたの。とっても不思議だった。生まれる前から知っていたみたいに、この力のことを知ってたの。」
「争いを終わらせたいと願ったから、キュリオテスの力が目覚めて、クロティアが現れたってわけね・・・」
「でもクロティアの力は強力すぎて、キュリオテスの私でも完全にはコントロールできない。だから・・・」
深潮はゆっくりと、石化しかかっている手を海潮に伸ばす。
「だから海潮、力を貸して・・・!」
「でも、深潮・・・」
深潮の誘いに、海潮は自分の体を抱いて否定する。
「私はみんなを支配したくない!時間を使ってみんなを導いたりしたくない!」
「でも、もう海潮の体も、クロティアの影響を受けてるよ。」
「えっ!?」
視線を移す海潮。すると自分の体にも、深潮と同じ現象が起きていた。
「な、何なの、コレ・・!?」
驚愕して自分の体に手を伸ばす海潮。彼女の下半身が石のように変色していた。
まだ体の自由は奪われていないものの、彼女にかつてない恐怖を与えるには十分であり、いつ固まってしまうか分からない状況下にもあった。
「ここにいるだけでみんな固まってしまう。クロティアのために力が吸い取られてるんだよ。」
時の呪縛について切実に語る深潮が、困惑している海潮を抱き寄せた。
「ちょっと、深潮・・!」
「でも、これで海潮が私のものになる・・・」
嫌がる海潮を抱きとめる深潮。空間の壁から這い出て、互いの肌を合わせる。
時の呪縛による石化が、一糸まとわぬ2人の少女の体を蝕んでいく。始めは色だけだったが、徐々に質までが変わり、感覚を奪っていく。
「もうムリしなくてもいいよ、海潮。私に力を貸してくれたら、私が海潮の楽園を作るから・・・」
「深潮・・・」
海潮から発せられる声が弱々しくなっていた。彼女の脳裏に再びよぎる時間凍結の脅威。
まるで極寒の雪山に放り込まれたようだった。始めはその固まっていく様が眼に映り、その直後にそれが体の感覚に影響されていく。五感が次第に利かなくなり、思うように力を発揮できなくなっていった。
弱体化によって、ついに意識までもが遠のいていく。何かにすがらないとどうしたらいいのか分からないほどだ。
「みし・・お・・・やめ・・・て・・・」
必死の願いを込めた呟き。しかしそれが深潮に伝わることなく、海潮の体が完全に石化した。
「やった・・・やったよ・・・」
深潮の顔に、歓喜と涙があふれていた。海潮を石化した時の呪縛が、深潮の強い願いを叶える結果となった。
「これで海潮は私のものだよ・・・ランガの時間を止めたら、たっぷり遊ぶから。」
動かなくなった王を優しく抱きしめて、深潮は未だに動けずにいるランガを見据えた。