Schap ACT.6 fist

作:幻影


 殴りつけ動けなくなったマリーに鋭い視線を向ける扇。彼の右手に装着されているメリケンサックの形をしたスキャップ、ナックルの効果で、彼女は灰色の金属と化していた。
「そんな・・あたしのマリーが・・・!」
 変わり果てた自分のスキャップの姿に愕然となる千沙。
「お前も、スキャップだったのか・・?」
 ハルが困惑を抑えながらたずねる。扇は視線を彼女に向けて答える。
「できればコイツは使いたくはなかった。相手を鉄に変えちまうこんな力なんて、さっさと切り捨てたい気分だった。」
 扇が自分のスキャップを見つめる。相手を金属に変える効果を備えたこの武器に、彼は腑に落ちず卑屈になっていた。
「けどな、コイツはオレから離れようとしねぇ。まるでオレの一部みてぇに。」
「ああ。そいつはお前のスキャップ。お前の分身だ。」
「分身?」
 ハルの指摘に扇が眉をひそめる。
「スキャップは対象の物質を別のものに変える能力を備えた分身。ただしスキャップが破壊されれば、その効果が自身に及び、永久にその呪縛に囚われてしまう。」
「フンッ!何となくそんな気がしてたけどな。まぁ、コイツを使って鉄にしちまったヤツは、すぐにともに戻したけどな。」
 そういうと扇はマリーに意識を向けた。すると金属になっていた彼女が元に戻る。
 それを見た千沙が安堵の表情を見せる。すると扇が近づき、彼女は再び戸惑いを浮かべる。
「おい、テメーが人形にしたヤツを元に戻せ。そうすりゃ今回は見逃してやる。」
「えっ・・?」
 扇の言葉に戸惑いを見せる千沙。
「つまんねぇ人形遊びに付き合ってやるつもりはねぇよ。やりたきゃテメーだけで勝手にしな。」
 扇は振り返り、千沙から離れていく。
「おい、このまま放っておくのか?また誰かを犠牲にするか分からないんだぞ。」
 ハルが呼びかけると、扇は進めていた足を止め、視線だけを彼女に向ける。
「言っただろ?オレのこの力が気に入らねぇってな。」
「何?」
「またそのガキがナメたマネをするなら、また痛い目にあわせるだけだ。けど殺すつもりはねぇ。」
 視線を前に向け、扇は再び歩き出した。
「誰かが死ぬのは、目覚めがワリィからよ・・」
 そう呟いて彼は街中に姿を消した。ハルは彼が最後、どこか思いつめた心境を見せたように思えた。

 扇は自宅の前に戻ってきていた。どこにでもあるような普通の一軒家である。
 そこに戻っても何もないと思いながらも、彼は家に踏み込もうとした。
「待って、お兄ちゃん。」
 そこへ幼い少女の声がかかり、扇は鋭い眼つきのまま振り向く。先程の人形のスキャップの少女、千沙が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、わたし、お兄ちゃんについていきたいの。」
「ああ?」
 千沙の言葉に扇が眉をひそめる。
「わたし、お人形さんとしかお友達がいなかったの。でもお兄ちゃんとなら、とってもいいお友達になれるって思うの・・遊んでほしいなんて言わないけど、一緒にいさせて・・・」
 千沙の必死の願い。親族以外でこれほど人に思いを寄せたのは、彼女にとってこれが初めてだった。
 扇は純粋に願いを求めている少女を見下ろす。そんな彼女の頭に、彼は手を乗せた。
 千沙の中に困惑と不安が押し寄せた。もしかしたら暴力を振るわれるのではないかとも思った。
 しかし扇は彼女から手を離し、そのまま家に向かう。
「勝手にしろ。」
 そう千沙に言い残す。その言葉に、千沙は満面の笑みを浮かべ、人形を強く抱きしめた。

 玄関で足を止め、合鍵を取り出す扇。しかし鍵穴に差し込んだ瞬間、玄関が開いていることに気付く。
 鍵を抜いて開けると、黒髪のおさげの少女が階段から下りてくるところだった。
「あ、おかえり。今日は帰りが早いんだね。」
 少女は笑顔を扇に向けてくる。扇は玄関に数組の靴が置かれていることに気付く。
「誰か来てるのか、千尋?」
「うん。新しく友達ができたんだ・・あれ?その子は?」
 千尋に指摘されて、扇が視線を後ろに向ける。千沙が無表情で2人を見ていた。
「勝手についてきただけだ。」
 扇はそういって家に上がった。彼を見送った後、千尋は玄関の前に立ったままの幼い少女に眼を向けた。
「よかったら入って。」
 千尋が笑みを見せると、千沙も笑みを作って頷いた。

 扇が部屋に入ると、そこにはますみとユキが座っていた。いきなり怖そうな人が入ってきたので、ますみはおどおどした。
「き、京極扇・・・」
 ユキは少し怯えながら声を振り絞る。彼女は扇の顔を見たことがあるのだ。
「あ?何だ、テメェらは?」
「私の新しいお友達だよ、お兄ちゃん。」
 扇の低い声に、後からやってきた千尋が答えた。するとますみとユキが唖然となる。
 そして驚愕の叫びが家中に響いた。
「もしかして千尋ちゃんのお兄さんって・・・!?」
「もしかして、家の表札見ませんでした、ますみさん?」
 戸惑うますみに千尋がたずねる。それに答えたのはユキだった。
「い、いえ、表札は見たけど・・結び付けられなかったわけじゃなかったんだけど・・・」
 学校内で問題視されている生徒と兄妹だと考えるのは、あまりにムリがあると2人は思えてならなかった。
「ケッ!勝手にしな。」
 扇はふてくされた言動で部屋を後にし、2階の自室に向かった。
「・・・ふぅ・・ビックリしちゃったよ〜・・・」
 空気の重い緊迫から解き放たれ、ますみが腰掛けていたソファーの背もたれに体を預ける。
「いくらなんでも、あの京極扇と千尋ちゃんが兄妹だなんて想像できないよぉ・・」
 ユキも安堵と困惑を抱えて、床に突っ伏す。
 2人の一気に疲れ果てた姿を見て千尋と、そして彼女の後ろについていた千沙が微笑む。
「あれ?千尋ちゃん、その子は?」
 ユキがたずねると、千尋は小さく頷いた。
「お兄ちゃんについてきちゃったみたいで・・きみ、名前は?」
「・・・千沙・・・」
「そうか、千沙ちゃんか・・よろしくね、千沙ちゃん。」
 小さく名乗った千沙に、ますみは笑顔を見せて手を差し伸べた。
 そのとき、家のインターホンがなった。扇が出るはずもないと思った千尋は、そそくさに玄関に向かう。
 玄関を開けると、そこには大人びた藍色の髪の少女が立っていた。
「あの、あなたは・・・?」
 千尋は少し戸惑った様子を見せる。
「ここに京極扇はいるか?」
「あ、ハルちゃん!」
 尋ねてきたハルを見て、ますみが部屋越しから手を振ってくる。
「お前っ!?こんなところに何をしているんだ?」
 ハルが眉をひそめて声をかける。
「千尋ちゃんと友達になってね。丁度来てたところなんだよ〜。」
「うるせぇなぁ・・何騒いでんだよ・・・」
 ますみが元気な声を出していると、2階から扇が不機嫌そうに下りてきた。彼はハルの姿を見るなり、眉をひそめた。
「あ?こんなとこまで来たのか、テメェ。」
「いや、ひとつ気になることがあってな。」
「気になること?」
 ハルと扇だけの会話が始まる。ますみたちはただただそれを聞くだけしかなかった。
 すると千尋が笑顔を作って、
「よかったら上がってください。立ち話もなんですから。」
 ハルはその言葉に甘え、家に上がることにした。

「で、気になることって?」
 部屋に来た扇がハルに聞く。ますみ、ユキ、千尋、千沙が注目する中、彼女は口を開く。
「お前、私と似ているところがあると言ったな。それはどういう意味だ?」
 ぶっきらぼうに発せられたその質問に対し、扇はひとつため息をもらした。
「群れることを嫌い、1人で何かを背負い込んでるところがよ。」
「フッ・・確かにお前の言うとおりだな。いつも1人で行動してる。そういうお前はどうなんだ?なぜ1人で行動する?」
 鼻で笑うハルが問い返す。
 少し間を置いてから、扇は再びため息をつく。
「人ごみが息苦しい、鬱陶しいっていうのもあるがな・・オレは、ダチを失ったんだよ・・・」
 扇の顔が悲痛で歪む。それを見てますみたちも沈痛の面持ちになる。

 オレは昔から1人よがりだったわけじゃなかった。
 ダチがいることがどんなに最高なことだったか。
 けどオレがガキの頃に、親はケンカして別れた。オレはオヤジに、千尋はおふくろに引き取られた。
 それからオヤジの怒りがオレに向けられた。オレはオヤジのムカつきを解消するためのサンドバッグにされた。
 日がたつにつれて、オレのムカつきはどんどん膨らんできた。そしてそのムカつきが限界に達したときだった。
 オレはオヤジを殴った。するとオヤジの体が鉄の塊になって動かなくなった。
 オレは何が起こったのか一瞬分からなかった。ふと右手を見てみると、はめた覚えのないメリケンサックがはめられていた。
 気分が悪くなった。オレが元に戻れと思うと、鉄になっていたオヤジが元に戻った。
 それからオヤジはオレに手を出さなくなった。そればかりか、全く生きた心地のしねぇほどに落ち込んだ。
 そして最後には、オヤジは自殺した。
 多分、オレのこの力にビビって、どうにもならなくなったんだろうよ。酒やタバコに入り浸ってイッちまいやがった。
 オレは住んでたボロアパートを出て行き、途方に暮れていた。そしてオレは暴走族仲間といつしか手を組んでいた。
 いろんなとこ走って、いろんなドンパチやって、いろんなバカやった。自分でもくだらねぇと思えるくらいにな。
 けど、そんな日々はすぐに消え失せた。
 いつものようにバイクを走らせようとしていた。そんなオレが見たのは、どこの馬の骨ともつかない女に氷にされていくダチどもの姿だった。
 タカビーなその女に倒され、バラバラにされていくダチ。
 オレはムカつきの限界を超えたのを感じた。この女に一発ブン殴らなねぇと気が治まらなくなってきた。
 そのとき、オレの右手が突然光りだした。その光が治まると、オレの右手にはメリケンサックがはまっていた。
 オヤジを1回鉄にしたあの武器だ。オレの気分を読みきったのか、思ったらすぐに現れやがった。
 女が笑い出すと、その隣に別の女が現れた。何かの話にでてきた「雪女」を思わせるようなヤツだった。
 雪女はオレに向かって息を吹きかけてきた。多分、そいつでオレのダチを氷にしやがったんだろうな。
 確かにその息は冷たかった。けど、オレの体が氷になることはなかった。
 オレの力と似たものを持ってるヤツに、その力は通用しないようだった。女がそう言っていたのを聞いた。
 オレはその雪女に右の拳を叩き込んだ。雪女は勢いよく吹き飛ばされた。
 踏みとどまってこっちを見てきた雪女。けどそいつの殴られたとこから鉄になりはじめていた。
 ビビり出す女。雪女もそんな顔を見せながら、鉄の固まりになって動かなくなる。
 オレは女に言い放った。氷にしやがったダチを元に戻せと。
 けどバラバラにしちまったのは2度と元に戻せないとか言って、女は戻さなかった。
 オレは一瞬ブチ切れながら、鉄になった雪女をもう1発ブン殴った。雪女は今度こそバラバラになった。
 すると女がさらにビビり出した。その体が、雪女がやっていたような氷になり始めた。その顔に恐怖を焼き付けたまま、女は完全に凍りついた。
 多分、その雪女がバラバラになったことで、その力が女にはね返ったんだろうとオレは思うことにした。
 オレはメリケンサックのついた右手を見て我に返った。オレが女をあんなふうにしたんだ。ダチをやられたっていう理由で。
 オレは完全に気が抜けちまった。何もねぇ胸くそ悪さだけが残っちまった。するとメリケンサックも消えちまった。
 それをきっかけに、オレはダチは作らねぇことを決めた。こんな気分を味わうのはもうウンザリだった。
 そんなオレが千尋と会ったのは、それから数日たってからのことだった。
 アイツは今1人になっていた。お袋はオレたちと別れてから1年後に死んだという。学校のダチがいるとは言ってたものの、その寂しさを消すことはできていなかったようだ。
 オレは千尋のそばにいてやることにした。それがアイツのためになり、オレ自身のためにもなると思ったからだった。

「そんなことが、あったなんて・・・」
 扇の話を聞いたますみが沈痛の表情を浮かべる。
「お兄ちゃんは寂しそうにしていた私に手を差し伸べてくれたんです。そうだよね、お兄ちゃん?」
 千尋が戸惑いを浮かべながら、扇に問いかける。しかし扇は不機嫌そうに眼をそらす。
「勝手に決めんな。あんときそのまま放ったままにしちまったら、気分が悪くなると思ったからな。」
「ほう?お前にも情というものがあるんだな?」
「だから勝手に決めんなよ。胸くそワリィ。」
 不敵に笑うハルに扇がさらに苛立つ。
 ますみとユキは、彼が人一倍人情にあふれた人間であることを悟った。彼がいつも独りよがりだったのは、誰かが自分のせいで傷つくことを恐れたからだった。
 しかし彼は妹を心から思っている立派な兄の一面も持っている。ますみたちはそう思った。
「それにしても、千尋ちゃんはいいなぁ。こんなお兄ちゃんがいてくれるんだから。」
 ユキが微笑むと、千尋は頬を赤らめて扇を見た。しかし扇は苛立った様子を見せて眼をそらす。
「私にもお姉ちゃんがいるの。とってもしっかりしてて、とっても優しくて・・私もそんな女性になりたいと思ってるんだけど、なかなかうまくいかないんだよね、エヘへ・・」
 自分のことを話し出したユキが照れ笑いを浮かべる。
「へぇ。ユキちゃんにお姉ちゃんがいるんだぁ・・」
 ますみが小声で感嘆の声をもらす。
 ユキにとって姉の存在は、ただの家族や姉妹のつながりだけではなかった。あらゆる面において憧れの的としていた。
 ところが姉はある日、ユキと別れた。どうしてもやりたいこと、やらなくてはならないことがあると言って。
 それ以来、姉とは一切会っていない。連絡ひとつ取り合ってもいない。
 それでも姉がいつか、無事に会えることを信じている。それがユキの想いだった。
「ところで、テメェがいつも1人でいるのは何でだ?」
 扇が唐突にハルに問いかけた。ハルが眉をひそめ、ますみが首をかしげる。
「そういえば、気にはなってたよ。あたしの知ってる限り1人でいるし、そんなイメージも強いし。」
「オレのことをとりあえずは話したんだ。今度はテメェの番だ。」
 扇が問いつめると、ハルはしばし間を置いてから不敵に笑った。
「お前、さっき自分と私が似ていると言ったな。」
「ああ。」
「確かにそうかもしれないな。私が1人でいるのは・・」
 ハルは物悲しい笑みを浮かべて、思いつめた面持ちを見せる。
「誰かが傷つくのを恐れてるかもしれない・・・」
「いったい、何があったの、ハルちゃん?・・・何かあったんでしょ?」
 ますみが沈痛の面持ちでハルに問いかけた。
 ハルの気持ちが何となく分かる気がしていた。ただ事ではない何かが彼女に起こっている。そうでなければ、そんな独りよがりな言動を取るはずがない。
 スキャップのことで当惑していたことのあるますみは、そう思えてならなかった。
「お前たち、柚木町(ゆずきちょう)の怪事件を知ってるか?」
「柚木町?」
「確か、海岸沿いにポツンとある町だよね?」
 オウム返ししてきたますみにユキが答え、ハルが頷く。
「その町は、あるスキャップによって石の町になった。」
「石の町・・!?」
「活気のある町だったが、あの出来事が起きてから、何もかもが止まってしまった。何もかも・・・」
 ハルの眼に悲しみが宿る。悲劇を思い出したくない気持ちでいっぱいになっていた。

つづく

Schap キャラ紹介6:東野千沙
名前:東野 千沙
よみがな:とうの ちさ

年齢:7
血液型:AB
誕生日:5/21

Q:好きなことは?
「お人形さんと遊ぶこと。」
Q:苦手なことは?
「お人形さんを取り上げられること。」
Q:好きな食べ物は?
「チョコミントのアイスクリーム。」
Q:好きな言葉は?
「マリーに千沙ちゃんと呼ばれるのが好き。」
Q:好きな色は?
「白。」


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