Schap ACT.10 sadness

作:幻影


 ナックルを装備した拳を構える扇。クラウンに意識を傾けるますみ。
(扇くんのスキャップは手につける装備品。狙いがつけられないし、扇くんに力をかけても効果はないし・・・)
 なかなか攻め手を見出せず、ますみは戸惑っていた。しかし千尋にかけられた石化を解くためにアリアを狙っている扇には、そのような迷いはなかった。
「どうした?来ないならオレからいかせてもらうぞ。」
 攻撃できないでいるますみのスキャップ、クラウンに、扇が飛びかかった。クラウンは危機を感じて、即座にその拳をかわした。
 側転を用いながら移動し、体勢を立て直すクラウン。扇が彼に向けて振り向き、再び拳を構える。
「ますみ、しっかりするんだ!でないと私は扇くんのスキャップを受け、君にも危険が及ぶことになるよ!」
 クラウンの声を受けて、ますみが我に返ろうとする。しかし打開策を見出せていないことには変わりなかった。
(でも、迷ってる場合でもないよね・・クラウン、もうやるしかないよね!)
 ますみが迷いを振り切って視線を向けると、クラウンは笑みを見せて頷いた。そして2人は構えている扇に向き直る。
(狙いがつけられないなら、全体に広がるくらいに力を使うしかない。けっこう疲れると思うけど、やってみるしかない!)
 ますみがクラウンに心を傾ける。それを受けたクラウンは両手を扇に向けた。
 ますみが見出した打開策。それは扇の体全体に力を及ぼすことだった。
 能力者には効果がないが、スキャップ自体には効果が及ぶ。扇のナックルが装備品であるなら、扇の体に石化の力を及ぼせばいい。そう考えたのだ。
 真正面から飛び込んでくる扇に、クラウンの石化の波動が放たれる。これで扇のナックルは石化し、彼は窮地に立たされるはずだった。
 しかし突き出された扇の拳は、クラウンの石化の波動に圧されることなく、さらにその波動を突き崩してきた。
「なっ!?」
「えっ!?」
 クラウンとますみが驚愕する。扇のナックルはそのまま石化の波動を打ち破り、そのままクラウンを捉えた。
 胴体を殴られたクラウンが吹き飛ばされ、教室の後ろの壁に叩きつけられる。
「ぐっ!」
 クラウンがうめきながら、教室の壁に寄りかかる。殴られた苦痛に顔を歪めていた。
 その殴られた部分から、ナックルの効果でクラウンの体が金属に変わり始めていた。
「こ、これが扇くんのスキャップの・・・」
 クラウンにかけられた金属化を目の当たりにして、ますみが困惑する。
「ま、ますみ・・・私は・・・」
 同様の困惑を見せながら、クラウンが鉄への変質に包まれる。困惑の表情を浮かべながら、ますみのスキャップは金属と化した。
「負けた・・・あたしが・・クラウンが・・・」
 変わり果てたクラウンを見て、ますみが愕然となる。ただ、クラウンの体が破壊されてはいないため、彼女はまだその効果の石化を受けてはいない。
「確かに広い範囲で力を使えば、わざわざ狙いを定めてやる必要もねぇ。オレの力を狙うにはいいように思える。けどよ、そのやり方はやたら力使うくせに威力が弱ぇ。それに比べて、コイツみてぇな武器は当てる部分が小さい分、思ってる以上に威力が大きい。だからテメェの力と同時に、そいつをブン殴ることができたってわけだ。」
 扇が落胆するますみに淡々と語りかけてくる。
 金属となったクラウンに強い打撃を与え破壊すれば、その能力である石化がますみに永続的に及ぶことになる。扇の力では簡単なことだった。
 しかし扇はそれをせず、ナックルを消してますみたちに背を向けた。そしてクラウンに意識を向け、その金属化を解く。
 鉄の拘束を解かれ、クラウンが脱力してその場に崩れ落ちる。
「クラウン!」
 ますみが声を荒げて、クラウンに駆け寄った。そしてすぐに扇に視線を戻す。
「どうして、助けてくれたの?・・・あのままクラウンを壊せば・・・」
 ますみが困惑の中、問いかけると、扇はひとつ舌打ちをする。
「そんなことをして何になるっていうんだ?動けない相手を潰しても、つまんねぇんだよ。」
 そういって扇は、胸元まで上げた右手を強く握り締める。
「けどこれで分かっただろ?テメェじゃオレを止められねぇってことがな。あのアリアって小娘は、オレが捕まえて千尋を元に戻させる。これ以上、邪魔すんじゃねぇぞ。」
 扇は右手を振り抜いてから、教室を出て行った。ますみもクラウンも、困惑を隠せずにその場にたたずむしかなかった。

 アリアを連れて先に教室を、校舎を出てきたユキ。落ち着けるいい隠れ場所で、一時休息を取ることにした。
 しばらく休んでいると、アリアがようやく意識を取り戻した。
「え・・・ここは・・・」
「あ、よかった、アリアちゃん。気がついたんだね。」
 戸惑うアリアに笑みを見せるユキ。
「あ、ちょっといろいろあったみたいで、アリアちゃん、気絶しちゃったみたいで・・」
 ユキが照れ隠しな面持ちになりながら、アリアに事情を説明する。
「あの、さっきのあの人は・・!?」
「あの人?あぁ、扇ね。大丈夫。ますみが話し合ってる頃だから。」
 唐突に不安を見せるアリアに、ユキは笑みを作って答える。もっとも、扇とますみの対立に関して楽監視できないのも事実だった。
 譲れない思いは、必ず対立や衝突を引き起こす。スキャップ同士の戦いの中で、2人は無事でいるのだろうか。
 一抹の不安を胸中で抱えながら、ユキはそれを表に出さなかった。
「とにかく、部屋に戻って寝よう。いつまでもこんなところにいても・・」
「はい・・そうですね・・・」
 笑みを見せるユキに、アリアも小さく笑みを作った。そして人がいないことを確かめ、一目散に駆けようとした。
「おい、待ちな!」
 そこへ呼び止める声がかかり、ユキとアリアが足を止める。その直後、数人の女子が2人を取り囲みだした。
「あ、あなたたちは・・!?」
 ユキとアリアが驚愕を見せる。彼女たちを取り囲んだのは、アリアをいじめていた女子たちと、ガラの悪い不良女たちだった。おそらくその女子の仲間なのだろう。
「おい、アリア、お前ナメたマネしてくれたじゃねぇかよ!」
 女子の1人が憤りをアリアにぶつける。他の女子たちも鋭い視線を向けている。
「見たんだよ、あたし。アンタが幽霊を呼び出したところを!」
「やっぱりお前がダチにひどい目にあわせてたんだな。」
「さっさと元に戻しやがれ!お前はもう許しちゃいかねぇよ!」
 女子や不良たちの罵声が、怯えるアリアに向けて飛び交う。ユキも困惑を隠せなくなっていた。
(どうしよう・・何とかアリアちゃんを逃がさないと・・・)
「ユキ。ユキ。」
 考えを巡らせているユキに、フブキが無邪気そうな声をかけてきた。
(フブキ?)
「ここで私が出てきて脅かせば、みんな逃げちゃうかもしれないよ。」
(うん。そうかもしれないね・・・うん、やってみて、フブキ。)
 フブキの提案にユキは胸中で頷く。すると彼女の背後から、白い浴衣を来た少女、フブキが現れる。
「ん?何だ?」
 女子たちの眼が、きょとんとした面持ちをしているフブキに向けられる。
「まずは1人凍らせちゃおうかな。」
 無邪気な笑みを見せたフブキから強く白く冷たい風が放たれる。その風に煽られる女子たち。
 その中の1人の不良が、風から身を守ろうとする体勢のまま、氷に閉じ込められた。
「お、おいっ!」
 他の不良が声を荒げる。凍てついた不良に向けられた視線が、鋭くなってユキとアリアに向けられる。
「コイツ!またナメたことしてくれるじゃねぇかよ!」
「構うもんか!やっちまえ!」
 憤慨した女子と不良たちが、いっせいにユキたちに飛びかかっていく。
「う、うわっ!ちょっと、フブキ!」
「ふえ〜ん。逆効果だったよ〜。」
 わめくユキ。泣き言を言うしかなくなるフブキ。
「やめて・・・」
 踏みつけられたり暴力を揮われたりしているアリアが、体を震わす。
「やめてよ・・・」
 彼女の感情が大きく揺さぶられる。
「やめて!」
 アリアの悲痛の叫びが上がり、その横に淡い光をまとった人影が現れる。彼女のスキャップ、ルナが、女子たちに光を放射する。
「コ、コイツ・・!」
 それでも女子たちの憤りは治まらない。時期にルナにもその矛先が向けられる。
 しかしルナの光は、容赦なく女子や不良たちを石に変えていく。激しい感情の揺らぎによって、石化の進行は息つく間もないほどに速かった。
 ルナをまとう光が治まったとき、再びその場に静寂が訪れる。アリアを狙ってきた女子たちは、何も語らない石像となっていた。
 スキャップを覚醒させているユキ以外は。フブキはとっさに吹雪を放って、ルナの石化の光を防いでいた。
「ふわぁ〜、危なかったよ〜。」
 気の抜けた声をもらすフブキが着地する。
「まさか、アリアちゃん・・・!?」
 ユキが不安の表情を浮かべながら、アリアに視線を向ける。アリアは無表情で、石化した女子たちを見つめていた。
「アリアちゃん、それってスキャップじゃ・・・」
「スキャップ?・・よく分からないけど、ルナの石化はユキさんには効かなかったみたいですね。」
 困惑を見せるユキに、アリアが小さく微笑みながら振り返った。
「そうです。私がみんなを石にしていたのです。ルナを幽霊みたいに出して、その力で石に変えてたのです。」
「どうして、そんなことを・・!?」
 ユキが問いつめると、アリアが沈痛の面持ちを見せる。
「この人たちは自分の考えを私に押し付けてくるのです。私が拒否したら、力ずくででも。だから私は、そんな身勝手な人たちに罰を与えたのです。石にしてしまえば殺すことなく、暴力的な行動を封じ込めることができるから。」
「だったらどうして千尋ちゃんまで!?あの子はあなたのクラスメイトで友達なんでしょ!?」
「・・・怖かったのです・・千尋ちゃんが私から遠ざかっていくのが・・・」
 悲痛の叫びをかけてくるユキに、アリアが涙を浮かべる。
「千尋ちゃんの口から私とルナのことが広まって・・そうなったら私は、一人ぼっちになってしまいます。だから私は・・・」
 涙をこぼして不安を表すアリア。しかしユキはそれを受けて、首を横に振った。
「それは違うよ!千尋ちゃんがそんなことをするはずが、アリアちゃんを1人にするはずがないじゃない!」
「えっ・・・」
「ホントの友達は、どんなことがあっても助けてくれるものだよ!アリアちゃん、あなたは千尋ちゃんをなんで信じてあげなかったの!?」
 友情を思うユキの声に、アリアは動揺を浮かべた。しかしそれを振り切ろうと、彼女は顔を歪める。
「ダメです!わたし、千尋ちゃんに裏切られるのが怖いんです!」
 再び感情に駆られたアリアが、ルナを突き動かす。その効果が通じないユキを狙いから外し、そのスキャップであるフブキに向けて石化の光を放つ。
「フブキ!」
 ユキの声を受けて、フブキが両手をかざして吹雪を巻き起こす。光と冷気がぶつかって、強い衝撃波を作り出し、周囲を激しく揺さぶる。
 アリアの感情を受けて力を増しているルナが、徐々にフブキを押していく。フブキも負けじと必死に力を込める。
 しかし感情に歯止めが利かず心の暴走を引き起こしているアリアに感化されて、ルナの力がさらに増していく。
 そしてついにルナの力に押され、フブキが光に包まれる。
「フブキ!」
 ユキがたまらず叫ぶ。彼女の眼の前で光が治まると、そこには灰色になって動かなくなったフブキが立っていた。
「フブキ・・・!」
 ユキは石化したフブキに驚愕した。フブキは光を押さえ込もうと両手を前にかざした体勢のまま、微動だにしなくなっていた。
「やめて、ユキさん・・これ以上、私を傷つけないでください・・・」
 アリアが悲痛さを表しながら、ゆっくりとフブキに歩を進めていく。
「ダメだよ!アリアちゃ・・うわっ!」
 2人の間に割り込もうとしたユキだが、ルナが再び閃光を放ち、眼をくらまされる。スキャップ能力者ということで石化の効果は通じないが、眼をくらませて怯ませるには十分だった。
「お願いだから、私を傷つけないで!」
 石化したフブキを倒して壊すため、アリアが彼女に手を伸ばす。
 そのとき、ルナの光が花火が爆発するように弾け飛んだ。
「えっ!?」
 アリアがその衝動で伸ばしかけていた手を止めて振り向く。弾かれて霧散した光の中から、ルナが吹き飛ばされてきた。
 彼女の体は灰色の金属に変わっていて、自力で動くことができなくなっていた。
 そして吹き飛ばされた彼女は校舎の壁に叩きつけられ、金属化している体がバラバラになる。
「あっ・・・ルナが・・・!」
 アリアの顔が悲痛に歪む。ルナが彼女の視界の中で粉々に砕けてしまった。
「テメェ・・・救えねぇよ・・・!」
「えっ・・・?」
 光が治まり、ユキが改めて前を見ると、そこには扇がいた。彼がナックルを装備した右拳で、ルナを殴り飛ばしたのだった。
「何が“傷つけないで”だ・・・勝手に傷ついたと思ってんのはテメェだろ・・・テメェはダチさえも傷つけてんだろうが!」
 扇がアリアを責め立てる。その顔は悲痛さで満たされていた。
「千尋もその小娘もアイツも、テメェのことを信じてたんだぞ!どうしてテメェは信じてやらねぇんだ!」
 扇の叫び。友を思う心からの叫びだった。しかし愕然となっているアリアの耳には届いてはいない。
「ルナが・・・ルナが壊れ・・・あっ!」
 壊れたルナに近寄ろうとしたアリアが足を止める。違和感を感じた彼女が足元に視線を移すと、両足が灰色に変わっていた。
「ア、アリアちゃんが石に・・!」
 変化していくアリアに、ユキが眼を疑う。ルナが破壊されたことで、その効果である石化がアリア自身に及んでいたのだ。
「私が・・・私が石になって・・・」
 石化していく自分に、アリアはなぜか微笑みを浮かべていた。
「そうか・・・そうすれば、私は傷つくことはないんだ・・・」
 微笑みを続けるアリア。その彼女の姿は、とても惨たらしく見えた。
 彼女はゆっくりと眼を閉じて、意識を集中する。そして再びゆっくりと眼を開く。
 今の彼女の行為に、扇が眉をひそめる。
 その直後、ルナによって石化されていたフブキが元に戻った。
「あ、あれ?」
 何が起こったのか分からないのか、フブキが疑問符を浮かべている。
「テ、テメェ・・・」
 扇がアリアに対して疑念の視線を向ける。彼女は未だに微笑んだままである。
「その子と千尋ちゃんは元に戻しました。でも他の悪い人たちは戻しません。あんな人たちがいるから、みんなが傷つくことになるんですから・・・」
 全身の力を抜いて、アリアが扇に語りかける。しかし扇の憤りは増すばかりだった。
「これしかなかったのかよ・・・他に手はなかったっていうのかよ・・・!」
 歯がゆさを感じる扇。完全に石になるのを待ちながら、アリアが彼を見つめる。
「千尋ちゃんにしたことは間違ったとは思います。でも私がしたこと全てが間違ったことだとは思っていません。誰かを傷つけることを絶対に正しいとは認めたくないですから・・」
「テメェ・・・!」
「千尋ちゃんに伝えてください・・・ひどいことをしてゴメンなさい、と・・・」
 困惑する扇に向けて、何とか満面の笑みを作るアリア。その笑顔が自身の石化に包まれていく。
 笑みを形作っている唇も、喜びをあらわにしている瞳も灰色に変わり、アリアは完全な石像となった。
 スキャップを破壊された彼女にかけられた石化は、決して解けることはない。傷つくことのない状態に、永久に陥るのである。
 その姿を見つめながら、扇はうっすらと涙を流した。久しぶりに流したと彼は思っていた。

 その後、石化が解け、アリアのことを気にかけた千尋が学園にやってきた。そこで彼女は、変わり果てた親友の姿に悲痛になった。
 ユキもますみも、そんな2人に困惑するしかなかった。
 他に手段はなかったのだろうか。和解する方法は全くなかったのだろうか。わだかまりが2人の心に広がっていた。
「あ、あの・・・」
 無言で立ち去ろうとした扇に、ますみは困惑を抑えて呼びかけた。扇はひとまず足を止めて、振り向かずに口を開く。
「オレを責めたいっていうならそうしろ。オレがアイツをあんなふうにしたんだ。オレを叩きのめしたいっていうなら、そのケンカ、買ってやってもいいぞ。」
「そんな!・・扇くんがいなかったら、多分、どうにもならなかったかもしれない。ユキちゃんも守れず、千尋ちゃんも助けられず、ただアリアちゃんに責められるばかりだったと思うの・・・」
 ますみの沈痛な言葉。それを受けて扇は、
「ケッ!つまんねぇこと、言ってんじゃねぇよ。オレはテメェらが助けようとしたヤツを追い詰めたんだ。」
「それでも、あたしは・・・」
 涙さえ見せるますみ。大切なものを守れなかった悲しみに、彼女は初めて打ちひしがれていた。
「・・・勝手にしろ・・・」
 それもまた歯がゆいと思いながら、扇は再び歩き出した。その寂しい背中を感じ取って、ますみもユキも、千尋も後を追うことができなかった。
 それから、石化したアリアは千尋の家で預かることを決めた。
 もういじめで傷ついた少女をさらに傷つけたくない。このまま楽にさせてあげたい。そう思った千尋の判断であり、ますみもユキもそれに同意したのだった。
 こうして学園の幽霊騒動は、世間に対しての謎を残したまま幕を閉じた。

つづく

Schap キャラ紹介10:神尾 ユキ
名前:神尾 ユキ
よみがな:かみお ゆき

年齢:16
血液型:O
誕生日:6/1

Q:好きなことは?
「友達と遊んだり騒いだりすることかな。」
Q:苦手なことは?
「料理と熱いものは・・・」
Q:好きな食べ物は?
「アイスクリームとかの冷たいもの。夏はカキ氷もありだね。」
Q:好きな言葉は?
「唯一無二」
Q:好きな色は?
「青系なら何でも好きだよ。」


幻影さんの文章に戻る