Shadow 「悪魔と死神」

作:幻影


 次々と予告通りに美女を連れ去り、彼女たちを裸の石像に変えてその性欲を満たしてきたユウキ。その日も、次の標的をマインドアイで探していた。
 治まることのない欲望の連鎖。ゴルゴンの力を得たユウキを突き動かしているのは、その衝動だった。
(ここまで手に入れてくると、なかなかかわいい子が見つからないものだね・・おっ!)
 思いつめた表情を浮かべていたユウキの視線が一点に留まる。
 長くさらりとした黒髪をした少女だが、背が高いのに幼さの残る面影をユウキは感じ取っていた。
(あ、あれは・・・ユミ・・!?)
 ユウキはその少女に見覚えがあった。
 有間(ありま)ユミ。
 ユウキの小学生時代のクラスメイトである。
 いつもクラスの委員長や生徒会員として先頭に立っていて、他の生徒だけでなく先生にまで慕われていた。
 小学校を卒業してから彼女とは会っていなかった。長い年月を経て、ユミは見違えるような美しい姿となって、ユウキの眼に飛び込んできたのである。
 しばらく眺めていると、ユミは道の途中で足を止め、顔を上げた。その視線はユウキに向けられていた。
「えっ!?」
 ユウキは一瞬驚いた。ユミはユウキのいる方向をしっかりと見つめていた。
 鋭い視線でユウキを睨みつけているユミ。
「オレが・・見えているのか・・・?」
 落ち着きがなくなるユウキ。かなりの距離をマインドアイによって見ていた彼を、ユミはそらすことなく見つめていた。
(ついに見つけたよ。影山ユウキ。)
 心の中に声が響き、ユウキが眼を見開く。マインドアイで捉えていたユミが、ユウキに向けて心の声を向けてきた。
 屋根に座っていたユウキが立ち上がった直後、ユミは大きく跳躍した。そばにあった家の屋根に一気に上り詰めて、再び彼を見据える。
(まさか、ユミ!?)
 ユミが再び飛び出した瞬間、ユウキは身構えて後ろに飛んだ。
「ユウキ、いいえ、シャドウ!」
 ユミが伸ばしてきた右手を、ユウキは身をひるがえしてかわす。間合いを取って、振り返るユミを再び見据える。
「ユミ・・・君は、まさか・・!?」
 ユウキが不安の表情を見せると、ユミは不敵な笑みを見せた。
「そうよ。私も人間を超えた力を手に入れたのよ。この、死神の力をね。」
 ユミが右手を上げて広げると、その手元に紅い光が放たれた。そしてその光が、死神が使うような鎌へと形を変えた。
「死神・・・!」
「私は死神と契約したのよ。それによって、私にも死神の力が宿ったのよ。」
「死神と契約・・・どうして、そんなことを・・!?」
 ユミの言葉にユウキは愕然となる。
 悪魔や神との契約を結んだ人間は、その力を使える代わりに、同等の代償を支払わなければならない。メデューサの使い魔、ゴルゴン・シャドウと契約して石化の力を得たユウキは、性欲の暴走という代償を払うこととなった。しかし、今の彼はその代価でさえ、心を満たす要因としていた。
 しかし、ユミが契約した死神は、代償としてその人間の魂を代価としている。つまり、力を使えば使うほど、その人間の寿命が縮まっていくのである。
 動揺しているユウキに、ユミは微笑をこぼした。
「アンタへの復讐のためよ。私のお姉ちゃんをさらったアンタへの・・!」
「オレが、君の姉さんをさらった・・・」
「そうよ。千葉ミナミ。旧姓、有間ミナミ。2週間前に、アンタがさらっていった、私のお姉ちゃんよ!」
 ユミが憤慨して、手に持つ釜の刃をユウキに向けた。
「お姉ちゃんは心の支えだった。私が悩んだり泣いたりしているときには、お姉ちゃんがそばにいると、必ず私を励ましてくれた。そのお姉ちゃんを・・アンタが・・・」
 ユミは鎌を振りぬいて、ユウキに向かって飛び出した。
「許さない、アンタだけは!」
 ユミが振り下ろしてきた鎌を、ユウキは別の家の屋根に飛び移ってかわす。
 死神の鎌は、切りつけた相手の肉体だけでなく、魂や精神にまで切り裂く。精神の損傷は、肉体のそれよりも激しい痛みに見舞われるのである。
 そのことにも注意を払いながら、ユウキはユミの動きを見計らう。
「そんな・・・オレへの復讐のために・・・死神と契約するなんて・・・」
「何だってするわ。アンタを倒すためだったら!」
 怒りをあらわにするユミと、困惑するユウキ。
 そのとき、2人は道のほうが騒がしくなっていたことに気付く。2人の対立に野次馬が押し寄せてきていた。
 その光景を見下ろしたユミが舌打ちをし、ユウキに視線を戻す。
「今回はここまでね。でも今度こそはアンタを倒す。誰にも邪魔されないところでね。」
 ユミは鎌を振りぬき、振動で自分とユウキが立っている屋根を揺らした。すかさずユミは飛び上がり、群衆の中に紛れて姿を消した。
 その振動で、ユウキは屋根からずり落ちた。それから周囲の人々に助けられたのだった。

 ユミとユウキの出会いと騒動は、あまり騒ぎ立てられずに一時沈静化した。
 そんな中、自宅に戻ったユウキはひどく困惑していた。
 ユミは自分が姉を連れ去ったとして、死神と契約を結んで復讐を仕掛けてきた。その代償として命を削られることにもかまわずに。
 たとえ自分がその報復を受けたとしても、彼女は決して報われることはない。ただ死神に魂を引き裂かれるだけである。
「とにかく、今度のターゲットはユミだ。」
 座っていたソファーから立ち上がったユウキが、次の標的をユミへと定めた。
 今回は自らの性欲と心の充実だけが目的ではない。石化することで、彼女の命の時間を停止させようと考えていた。
 彼の石化がユミを包み込めば、死神も手出しできず、命を刈り取ることさえできなくなる。
 ユウキはユミを助けたいと思っていた。それは彼女への罪滅ぼしではなく、命こそが体への美を高める要因と思っていたからである。
 姉だけでなく、妹までも奪い去ろうとユウキは目論んでいた。

 ユウキに宣戦布告してきたユミは、自宅に戻って体力の回復を図っていた。
 死神と契約した彼女は、その力試しとして、周囲の気に入らない人たちを手にかけてきた。いずれも被害者は原因不明の仮死状態に陥り、誰も彼女を疑わないはずだった。
 だが、彼女の行動に目をつけた1人の刑事が、着々と調査を進めていた。
 そして今、刑事は警官十数人を率いて、ユミの自宅の包囲にかかろうとしていた。
 ユミは死神から得た力で、彼らの行動を既に察知していた。椅子から腰を上げ、臨戦態勢を取る。そしてふと、彼女は1つの写真立てに視線が写った。
 それはユミとミナミが映っていた。姉の存在が、常に彼女を強く支えていた。
 だが、シャドウに扮したユウキにミナミは連れ去られた。彼女はマインドアイを使って、ミナミはユウキに石化されて体を弄ばれたことを知った。
 自分の欲望のためだけに、姉を好き放題にしたユウキを許すことはできない。彼への復讐のために、彼女は全てを、命さえも死神に捧げたのである。
「有間ユミ、君は完全に包囲されている!おとなしく投降しろ!」
 刑事がスピーカーを使って、ユミに呼びかける。間髪置かず、玄関からユミが平然とした態度で姿を現した。
「丁度いいわ。これから本格的に運動しようと思ってたの。アンタたち相手なら肩慣らしになるわね。」
「何っ!?」
 憮然としたユミの言動に、刑事をはじめ、身構えていた警官たちが憤慨する。しかしその表情が、一瞬にして恐怖の色へと変わる。
 ユミは死神の鎌を具現化して、力いっぱいに振りぬいた。刑事と数人の警官数人がその鎌の餌食となって切り裂かれる。
 ユミの驚異的な力と地獄絵のような光景に、他の警官たちが恐れをなして逃げ出した。
「ちょっと、まだ物足りないのに逃げちゃダメだよ。」
 逃げ惑う警官たちを見て、ユミはあざ笑いながら、鎌をさらに振りぬいていく。鎌の刃とその衝動から生み出されるかまいたちによって、警官たちが次々と切り裂かれていく。
 結果、警官たちは全員死亡。血みどろの残骸とおびただしい流血の中で、ユミが不気味な笑みを浮かべて立っていた。
「準備運動はこれぐらいでいいわね。」
 死神の鎌を消失させ、ユミは玄関に戻る。
 そのとき、ユミは玄関の扉に刺さっている手紙を見つめ、それを手にとって引き抜いた。

“有間ユミ、あなたのけがれなき体、いただきます。” Shadow

「これは・・シャドウ・・・ユウキ・・・」
 それはシャドウの、ユウキからの予告状だった。彼は彼女を次の標的としたのだ。
 一瞬戸惑うユミ。しかしその表情が一変して、不気味な笑みへとなった。
「いいわ。アイツが私を狙ってくるなら都合がいい。この死神の力で、アイツの息の根を止める。」
 ユミは微笑をもらして、血まみれのまま家を飛び出した。その赤い姿は、まさに死神そのものだった。

 涼しい風の入り込んでくる、街外れにあるヨットハーバー。血みどろの姿のまま、ユミはそこを訪れていた。
 親に怒られたり辛いことがあったりすると、必ずここに来て泣きじゃくり、そして必ず姉のミナミに励まされていた。彼女たちの思い出の場所である。
 ユミはそこを、ユウキとの戦いの場所とした。姉に対する思いを彼にも分からせてやろうと彼女は必死だった。
(ユウキ、私はここよ。早く来なさい。この手でアンタを倒したくて、うずうずしてるのよ。)
 ユウキの登場を待ちきれず、ユミは右手の指を小刻みに動かしていた。奇襲に対して、いつでも力を解放できるよう身構えながら。
 しばらく待っていると、ユミはその小刻みな動作を止めた。そして振り返り、不敵な笑みをこぼした。
「やっと来たみたいね、影山ユウキ。」
 ユウキの到着を待ちわびたユミが、死神の鎌を具現化して握り締めた。
 そして間髪置かず、ユウキが音のなく姿を現した。白髪に黒装束、シャドウとしての姿だった。
「その姿で相手をしてもらえるなんて、私にとっては都合がいいわ。」
「えっ?」
 ユミが笑うと、ユウキは疑問符を浮かべた。
「だって、お姉ちゃんをさらったシャドウを、遠慮なく手にかけられるんだから。もっとも、あの姿でも躊躇はしないけど。」
 ユミが鎌をユウキに向けた。するとユウキは、閉ざしていた口を開いた。
「では、ルールを決めよう。」
「ルール?」
「そうさ。一応ルールぐらい決めておかないとね。」
「ふざけないで!これは遊びじゃないのよ!」
 憤慨するユミを無視して、ユウキは話を続ける。
「君がその死神の力でオレを狩れれば君の勝ち、君がオレに石化されればオレの勝ちだ。分かりやすくていいとは思うけど。」
 ユウキが微笑むと、ユミは一瞬拍子抜けしたが、すぐに笑ってみせた。
「・・そうね。確かに分かりやすいね。でも、勝つのは私よ!」
 不気味な笑みを浮かべるユミがユウキに向かって飛びかかる。振り下ろされた鎌を、ユウキが俊敏な動きでかわす。
「君はこれで満足になるのかい?オレへの復讐を果たせば、報われるのか?君は、君の姉さんは?」
「何を言い出すの、アンタ!?そのために私は、死神に魂を売ったのよ!」
 ユウキの問いかけをユミは突き放した。聞く耳を持とうとしなかった。
「アンタを倒さない限り、私の心は晴れないし、アンタに石にされたお姉ちゃんも浮かばれない!」
 怒りを押し殺すユミに、ユウキは石化の力を与えようと飛び出した。しかし、ユミは鎌を振りかざして、ユウキの接近を阻んだ。
「接近しないと石化の力はかけられないようね。」
 焦りを見せるユウキに言い放つユミ。
 ユウキの石化は、力を込めた眼で相手を見つめることでかけるもの。接近できず視界をさえぎられれば、石化をかけることはできないのである。
「迂闊に飛び込めば、この鎌の餌食よ。さぁ、どうするの?」
 勝ち誇ったように言ってみせるユミ。揺らぎかけて、ユウキは怒りを隠せないユミを見つめた。
「それでも、オレは君を手に入れてみせる。」
「へぇ・・でもムリよ。石化をかけられる前にアンタを倒すわ。」
 余裕を見せるユミ。
 彼女からの警告を受けながらも、ユウキは飛び込む構えをとった。何としてでもユミに石化をかけようとしていた。
 石化をかければ、死神に握られた彼女の命の削減を停止することができる。一刻も早く石化をかけなければ、彼女の命は、力の使用によってどんどん削られていってしまう。
 気構えを見せるユウキだが、ユミはそれを鼻で笑った。
「どうしても私を、アンタのコレクションに加えたいみたいね。いいわ、次で終わりにしましょ。」
 ユミもユウキの突進に対してかまえる。
 ユウキは眼に力を込めていた。飛び込んだ瞬間、すぐに石化をかけられるように。
 互いの動きを見計らう2人。張り詰めた緊張と夜の闇が、場の空気を重くしていく。
 そしてユミがひとつ息をついた瞬間。
 ユウキが飛び出し、一気に間合いを詰めてきた。ユミもその直後に鎌を振り上げた。
 そして鎌が振り下ろされるのと同時に、ユウキがユミと視線を合わせる。

    カッ!

 ユウキの眼から放たれた石化の光と死神の鎌の刃が衝突する。
 死神の鎌は、魂や霊など、あらゆる精神的エネルギーを切り裂く。いくら高度な身体能力を得たユウキでも、魂を切り裂かれてはおしまいである。
 まばゆい光に飲み込まれたユウキとユミ。
 2人の想いが交錯しながら、悪魔と死神の光が広がっていった。

 お姉ちゃんは私にとって心の支えだった。
 私が悲しんだり辛くなったりしてると、いつも私を心配してくれたり励ましたりしてくれた。
 そんなお姉ちゃんが、私は何より好きだった。
 でも、アイツのせいで、その想いが粉々になった。
 夜にたくさんの女性をさらっている泥棒、シャドウが、私のお姉ちゃんまでもさらっていったの。
 シャドウにさらわれた女性は、どこに行ったのか、どんな状態なのかさえ分からなかった。その現状から、お姉ちゃんが2度と帰ってこないという不安さえ感じた。
 許せない。絶対にシャドウを許さない。
 そんな怒りと憎しみがこみ上げてきた瞬間だった。
 私の眼の前に、泥沼のような暗い影が現れた。私はその揺らぎに恐れを感じた。
 その影が形を変えていき、最後には、本で見るような死神の姿になった。
「憎いか・・・?」
「えっ・・!?」
 怯えていた私に、その死神が声をかけてきた。
「お前の姉を連れ去った、あの男が憎いか?」
 死神は不気味な声で私を問いつめる。怖い気持ちを振り払えないでいた私は、正直に頷いた。
「ならばそのための力をお前に与えよう。」
「ちから・・・!?」
 死神の言葉に私は驚きを隠せなかった。
 私とお姉ちゃんが報われるなら、アイツを倒せるなら、どんな力だってほしいと私は思った。
「ただし、その力を使うには、あるものを支払わなければならない。」
「あるもの・・?」
「それは、お前の命だ。」
「えっ!?」
 私の動揺は一気に広まった。
 死神からもらう力は、私の命を削り取ってしまう。シャドウを倒すことが、ホントの命がけのものになる。
 それでも、私はお姉ちゃんのために戦いたい。
「いいわ。アイツを、シャドウを倒せるなら、お姉ちゃんを救えるなら、他に何もいらない。私のこの命も。」
「いいだろう。その命と引き換えに、お前の望みを叶える力を与えよう。」
 承諾を受けた死神は、霧のように散り出した。そしてその黒い霧が、私の体を取り巻いて入り込んでいく。
 私は体の中をかき乱される気分に襲われた。死神の持つ死の力が、私の中を駆け巡っている。
 そして全ての霧が私の中に入り込んだ。怖いはずなのに、なぜか私は安心感を感じていた。
「これが・・・死神の力・・・怖いと思ってたけど・・・」
 私は自分でも気付かないうちに笑みをこぼしていた。
「何だか・・・すごい・・・」
 死神の力を手に入れた私は、その使い方を知っていた。誰に教わったわけでも、その方法を見たわけでもない。
 この力を手に入れた瞬間に、私はその使い方を理解していた。
 私はそれを頭の中でイメージした。死神が使うような鎌のイメージを。
 すると私の右手に、イメージしたとおりの鎌が現れた。振り抜けば、何でも切り裂いてしまいそうな鋭い刃が不気味に光っていた。
「これなら・・あのシャドウを倒せる・・・お姉ちゃんを救える!」
 私は喜んだ。この死神の力の凄さに。
 そして改めて誓った。シャドウをこの手で倒すことを。
 そうすれば、お姉ちゃんはきっと喜んでくれるから。

 ユウキの石化の力とユミの死神の力との激突によって放たれたまばゆい光が治まり、再びヨットハーバーは静けさを取り戻した。その場にはユミと、倒れたユウキの姿があった。
 ユミはうつ伏せに倒れたユウキを見下ろしていた。彼女の死神の力が、彼の魂を切り裂いたと彼女は直感していた。
「やっと終わったのね。ユウキは私がこの手で・・・」
 ユミは歓喜とも不安ともつかない気持ちを秘めていた。それに反応した右手が小刻みに震え、死神の鎌も音を立てていた。
「後はユウキの空間を探し出して、お姉ちゃんを助け出すだけね。この力なら、お姉ちゃんにかけられた石化を解くことだってできるはず。」
 薄っすらと笑みを浮かべ、ユミは振り返って、ミナミの気配を探り始めた。

     ドクンッ

 そのとき、ユミは胸に強い衝動を感じ、思わずうなだれる。
「えっ!?何っ!?」
 突然の胸の高鳴りに困惑するユミ。何が起こっているのか必死に思考を巡らせる。
  ピキッ ピキッ
 そのとき、ユミのはいていた靴が壊れ、足がひざの辺りまで白く固まり、ところどころにヒビが入った。
「な、何で・・・どうして!?」
 自分の体の変化に驚愕するユミ。
 両足が白い石に変わっていた。ユウキのかける石化に間違いなかった。
「どうして・・・私は確かにアンタを切り裂いたはず!なのに何で私が石になっていくの!?」
 ユミの不安は次第に憤慨へと変わっていく。そんな彼女の眼の前で、ユウキがゆっくりと体を起こしてきた。
「アンタ、いったい何をしたのよ・・・どうして私が石になっていくのよ!?」
 死神の力は、あらゆる力の切断を可能としている。今のユウキの石化の光も、振り下ろした鎌で断裂されたはずである。
「どうやら、オレの力が君に行き届いたみたいだね。その証拠に君の体は石化を始めているよ。」
 安堵の吐息をつきながら、ユウキがユミに近づいていく。混乱しているユミは、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
 そして困惑している彼女を、ユウキは優しく抱きしめた。
「イ、イヤ・・放して・・・」
「怖がることはないよ。君はオレの石化で、もう死神に命を差し出すことはないんだから。」
 抗うユミに優しく語りかけるユウキ。彼女を落ち着かせようと、笑みを浮かべていた。
「それじゃ、行こうか。」
「い、行くって、どこによ・・!?」
「決まってるじゃないか。君の姉さんのところに、だよ。」
 ユウキの体から黒い霧が吹き出した。睡眠効果を及ぼす霧である。
「わ、私には効かないわよ、それ・・・」
 ユミの言うとおり、死神の力を得た彼女には、その催眠効果は通用しない。それに対する抵抗力を備えているからである。
 しかし石化によって動けないことに変わりはない。
 ユウキに抱かれたまま、ユミはその霧に包まれて、ヨットハーバーから姿を消した。

 ユミに石化をかけることに成功したユウキは、彼女を連れて闇の空間へ戻っていた。
 闇のように淀んだ空間。周囲にはユウキによって石にされた裸の女性たちが立ち並んでいた。
「・・私もこの中に加わるのね。お姉ちゃんもこの中にいるのよね。」
 ユミが半ば諦めた様子で呟く。ユウキは彼女の抱擁を解いて、周囲の石の女性たちを見回していく。
「君の姉さんは、確か彼女だったよね?」
 ユウキが右手を伸ばして指し示す。ユミの指し示された方向に視線を向ける。
 ユミは呆然となった。眼の前に、短い髪の裸の女性の石像があった。
 彼女こそがユミの姉、ミナミだった。ミナミは棒立ちのまま、虚ろな表情で石化されていた。
「お姉ちゃん・・・お姉ちゃんだ・・・」
 ユミの顔に喜びの色が浮かび上がっていく。
 心の底から慕っていた姉が、今眼の前にいるのである。
 しかしユミは素直には喜べなかった。再会を果たしたミナミの姿が変わり果てていたからだった。
 ユウキの力を受け、服を破られて石にされた。一糸まとわぬ姉の姿に、笑みをこぼすユミは、心の中で悲しみを秘めていた。
「面と向かって話してみるかい?だったら、オレがそばまで運ぶよ。」
 そういうとユウキは再びユミを抱えた。さらに困惑を広げながら、彼女はミナミの眼前へと運び、ゆっくりと放した。
 間近で見つめ合う姉と妹。困惑の治まらないまま、ユミはゆっくりとミナミの石の頬に手を当てる。
「お姉ちゃん・・・こんなになって・・・」
 ユミの中に悲しみが一気に押し寄せる。これだけ想いを馳せていても、姉はもう何も答えてはこない。
「私も、お姉ちゃんと同じになっちゃうんだよね・・・何の抵抗もできずに、裸の石像に・・・」
「そうだよ。君もオレのオブジェになるんだ。永遠の美を宿した石のオブジェに。」
 ユウキが後ろからユミを抱きしめた。その抱擁に困惑するユミ。
「もう、いいわ・・・好きにして。こうして、お姉ちゃんに会えたんだから・・・」
 ユミがため息混じりに声をかける。するとユウキは笑みを浮かべる。
「じゃ、感じてみようか。“生”という心地よさを。」
  ピキキッ パキッ
 ユウキが意識を向けると、ユミのはいていたジーンズがさらに引き裂かれた。石化した下半身がさらけ出される。
「こうなることは分かってるんだからね。さぁ、早く私を弄びなさいよ。」
 ふてくされるユミの態度には、諦めの気持ちが込められていた。石化をかけられた時点でどうにもならないと感じていたからだった。そしてマインドアイでユウキの心を読んだことで、彼がこれから自分の体を弄ぶことも分かっていた。
 微笑しながら頷き、ユウキは身をかがめた。そして石になったユミの足を撫で回し、そして彼女の秘所に触れてその手を止めた。
「・・・ん・・・んく・・・」
「フフ・・いい反応だよ。」
 苦悶の表情を浮かべるユミの反応に、ユウキの笑みが強まる。それを確かめながら、ユウキはユミの石の秘所に触れていく。
「これが生きていることを実感している気分だよ。全てをさらけ出して、全てに触れられて初めて、自分でも見えていなかった自分の全てを知ることができるんだ。」
 ユウキは半壊し始めているシャツから手を入れ、ユミの胸を掴む。やわらかくふくらみのある彼女の胸が、ユウキによって揉み解される。
「ぁぁ・・・うあぁあ・・・」
 快感を覚え、あえぎ声を上げるユミ。
 体をいじくりまわされているにも関わらず、彼女は喜びを感じていた。こんな気分を感じたのは生まれて初めてだった。姉のミナミからも、そのような気分を体感したことはなかった。
(何なの・・この気分・・・今まで感じたことのない気分・・・)
 揺らぐ意識の中で、ユミはユウキが与える快楽に歓喜を抱いていた。
「じゃ、ちょっとシャツを破かせてもらうよ。」
 ユウキが突然、ユミのシャツの前側を引き裂いた。下着に包まれた彼女の胸がユウキの前にさらけ出される。
 さらにユウキはその下着を引きちぎる。完全に胸があらわになるユミ。もはや恥らうことさえ不快に感じなくなっていた。
「ここで破っても、石化の力で破けてしまうからしょうがないけど、快楽を与えるには少し邪魔なんでね。」
 ひとつ笑みをついて、ユミの胸に再び手を当てた。ユミが再び苦悶の表情を浮かべる。
 2人の中に快楽が押し寄せていく。ユウキだけでなく、彼の行為をあるまじきものと考えていたユミさえも、その快楽の海に身を沈めていた。
「やっぱり君の胸はいいよ。やわらかくて丁度いいふくらみで、撫で回して1番気分がよくなるよ。」
「これが・・・生きるってこと・・なの・・・」
 ユミが安堵の吐息をもらす。
「君はオレへの復讐のために、死神との契約を結んだ。それは自分の命を削ることそのままだった。でもそんなことをしても、君の姉さんは喜ばないし、君も決して報われない。」
 ユウキはユミの胸の谷間に顔をうずめた、彼の吐息が彼女にさらなる刺激を与える。
「姉さんのためにも、君はどうしたらいいのか、君なら分かっていたはずだよ。」
 そしてそのままユウキは、ユミの右胸の乳房に口を当てた。舌触りがユミの感情を高ぶらせる。
「ああ・・・イヤァ・・・ぁぁぁ・・・おねえ・・ちゃん・・・」
「君は精一杯生きてほしかったと姉さんは思ってたはずだよ。でも君はオレへの復讐で自分の命を賭けて、かえって姉さんの思いを裏切ることになったんだよ。」
「え・・・」
 胸を吸われて叫び声を上げていたユミ。しかしユウキの言葉に呆然となる。
 姉ミナミのために踏み切った死神との契約。しかしそれが逆に、ミナミの思いを踏みにじることになってしまった。
 そう思ったユミに一気に悲しみが押し寄せ、眼から涙がこぼれ落ちていた。
 しばらく彼女の胸を舐めきったユウキは口を離し、彼女の体に意識を向けた。
  ピキッ ピキキッ
 石化がユミの上半身に及び始め、半壊していたシャツが完全に剥がされる。白く固まった彼女の全裸があらわになる。
「そろそろ君をオブジェに変えよう。オレのこの力が、死神に握られた君の命を守るから。」
 ユウキは再びユミの胸に舌を入れた。白い石になった胸を舐められ、抗うこともできなくなったユミが快感に溺れる。
(お姉ちゃん・・・これで・・・よかったのかな・・・?)
 薄れていく意識の中で、ユミはミナミに問いかけた。しかしミナミは答えない。そしてユミもミナミの二の舞になっていた。
(まさか・・・お姉ちゃんをさらって・・・好き放題にしたユウキに・・・私が助けられるなんて・・・最悪な話だよね・・・)
 何の反応を示さないミナミになおも語りかけるユミ。
 彼女の胸を舐めきったユウキが、棒立ちのまま固まっていく彼女の姿を見つめる。
「今回はこれで終わりだ。ありがとう。君はここで姉さんとずっと一緒にいるんだよ。ここなら、君と姉さんを邪魔するものはない。死神だって、この石化を阻むことはできないよ。」
 心を満たし、満面の笑顔を見せるユウキ。彼の感謝の言葉に、ユミのかたくなな心が安らいでいく。
  パキッ ピキッ
 石化がユミの首筋にまで到達した。それを確認したユウキは身を引き、彼女をミナミと対面させる。
 一糸まとわぬ姿で向かい合う姉妹。ユミの中に様々な想いが交錯していく。
 しかしその想いがあまりに多すぎて、言葉では表しきれなかった。
  ピキッ パキッ
 唇が石化し、もはや声を出すこともできなくなった。消えゆく意識の中で、ユミはミナミに心の声をかけた。
(ゴメンね・・・おねえちゃん・・・でも・・・もう、ずっと・・いっしょ・・・だ・・・よ・・・)
 姉といられるという実感に、ユミは心から喜んでいた。もう離れ離れになることはない。
 彼女の眼に、優しく微笑むミナミの姿が映った。ユミの頬を手で触れながら、迎えているように見えた。
「ユミ、もうムリをすることはないのよ・・・私は、あなたには幸せになってほしいと思ってるから・・・」
 ユミは、眼の前のミナミが、そう呟いていたように思えた。
     フッ
 涙をこぼす瞳にもヒビが入り、ユミは完全な石のオブジェになった。彼女もユウキの石化にかかり、ミナミと同じ運命を辿ったのである。
 ユウキはこれでいいと思っていた。標的を手に入れ、性欲を満たすことができたからだけでなく、ユミの命の削減を食い止められたからでもある。
 白い石になったユミを見つめ、さらにミナミにも視線を移しながら、ユウキは悩ましい笑みを浮かべていた。
(これも、運命なんだろうなぁ・・・)
 ユミの体を撫で回しながら、ユウキが物思いにふける。姉妹は向かい合ったまま、声を交わすこともない。
(心地いい・・・この感触が・・・オレを・・・)
 そのとき、ユウキは笑みをこぼしながら、脱力してその場に崩れ落ちた。仰向けになって倒れたまま、力が入らなくなってしまった。
(あのとき・・・やっぱりやられてたんだな・・・)
 視界に入り込んでくる自分の空間がぼやけてくるユウキ。
 彼はユミの死神の力によって、魂を切り裂かれていた。彼女の衝突の際、石化の力を与えることができたものの、同時に死神の鎌の刃が彼の魂をかすめていたのだ。
 ゴルゴンの力を得て向上していた身体能力によって即死は免れていたものの、ついにユウキの寿命がつきようとしていた。
(幸せだったなぁ・・・たくさんの女の子を手に入れて、石にして触って、恥ずかしがる様子を感じ取るのがたまらなかったよ・・・)
 薄れていく意識の中で、ユウキは笑みをこぼした。連れてきた女性たちとの触れ合いから、彼は幸せを感じていた。
(大丈夫だよ・・・オレが死んでも・・オレがかけた石化は解けないよ・・・だから・・・君はもう死ぬことはないよ、ユミ・・・みんなも・・・ずっときれいな体を・・・永遠の命を楽しめるんだよ・・・ありがとう・・・みんな・・・オレは・・・幸せだったよ・・・)
 満面の笑みを浮かべたまま、ユウキは静かに瞳を閉じた。
 その瞬間、ユウキの命のともし火が消えた。
 石のオブジェになったたくさんの裸の女性たちに囲まれて、ユウキはその命に終止符を打った。

 それ以後、世間をにぎわせていた美女さらい、シャドウは現れなくなった。
 警察は何の手がかりもつかめず、シャドウやさらわれた女性たちの行方を発見することはできなかった。
 ユウキは、シャドウは死神によって命を閉じた。
 欲望に満ちた彼の物語は、こうして幕を下ろしたのだった。

終わり


幻影さんの文章に戻る