作:幻影
オレの名は神尾進歩(かみおすすむ)。
仕事はしてねぇ。強いてあげるならギャンブラーってとこか?
世界を回りながら、カードゲーム「デュエル・モンスターズ」で勝負をし続けている。
デュエル・モンスターズのストリートファイト、平たく言えば「ストリートデュエル」をしてるわけだ。
最近、デュエル・モンスターズが大流行し、どっかの大企業が、どこでもデュエルができる機械「デュエル・ディスク」を開発、販売した。
これはセットしたカードのデータを読み取り、人工衛星を通じて立体映像(ソリッドビジョン)として映し出す機能が搭載してるらしい。
オレも何とか金を貯めて、デュエル・ディスクを手に入れることができた。
そして、ストリートデュエルを続け、観戦してる連中が勝手に投げ込んできた金と、町々でのバイトの給料で、ここまでやりくりしてきた。
これは、そんなある日のことだった。
とある街の大通り。
最高のデュエルを求めて旅をしている進歩は、街の詮索をしていた。
「そろそろお金を手に入れないと、さすがにマズいな。」
進歩は自分の財布をのぞいてため息をつく。
金よりもデュエルという考えのほうが強い彼だが、生活を考えると背に腹は変えられなかった。
「あの〜、ちょっと〜・・」
進歩は情けない声で、近くの喫茶店に立ち寄って声をかけた。
「はい、何でしょうか?」
その声に答えたのは、綺麗な金髪と緑の瞳をしたウェイトレスだった。
「あの〜、ここってバイト雇ってもらえるんでしょうか?」
進歩の頼みに対し、ウェイトレスが笑顔で答えた。
「ごめんなさい。ここはバイトは行っていません。」
「そうですか・・」
彼女の返答に肩を落とす進歩。
すると彼の腹の虫の音が鳴り響き、ウェイトレスがくすくすと笑う。
「お腹がすいているのですね。何か召し上がります?」
「いや・・あまりお金持ってないし・・」
「大丈夫ですよ。今回は私がおごります。」
ウェイトレスが満面の笑顔で進歩を迎えた。
断るのも後味が悪いと思い、進歩は彼女の言葉に甘えることにした。
「その代わり、後で時間もらえます?」
「はい?」
彼女の誘いにわけが分からず、進歩は疑問符を浮かべた。
進歩が喫茶店で食事を済ませてから1時間後。
進歩はその日の仕事を終えたウェイトレスとともに、近くの通りへとやってきた。
「で、オレに何の用だい?いきなりデートというのも照れちゃうけど。」
勝手な想像をふくらませて、進歩が照れる。
その姿をウェイトレスが笑顔で見つめる。
「私は蝶野ミナ。あなたの噂は聞いていますわ、神尾進歩さん。」
ふざけた態度をしていた進歩が、真剣な眼差しを見せる。
「オレの名前を知ってるなんて。アンタもデュエル・モンスターズをやるデュエリストかい?」
「はい。是非あなたとデュエルしたいと思っていました。受けていただけますか?」
「これが交換条件ってわけかい?おごってもらって礼の1つも言わねぇっていうのはよくねぇし、いいぜ。相手になってやうけど、手加減はしないぜ。」
「それはありがたいことです。ライフポイントは4000、プレイヤーへの直接攻撃(ダイレクトアタック)はありです。」
ミナが笑顔で歓喜を進歩に伝える。
2人はそれぞれデュエルディスクを左腕にセットする。
「やっぱり、これは少し重いですね。」
ミナが苦笑いしながら左腕を構える。
か弱い彼女にその重みは応えるのだろうか。
「アンティ(賭けカード)は?」
「私はアンティは好きではありません。」
「そうかい。オレも好きじゃないんで。」
進歩はアンティ・ルールが気に入らない人間の1人だった。
過酷な戦いを共に乗り切ってきたカードをやり取りするのは気が引けると考えていたからだ。
2人は自分のカードデッキをシャッフルし、それを相手に手渡してさらにシャッフルする。
完全にシャッフルされた自分のデッキを受け取り、進歩とミナがそれをデュエルディスクにセットする。
「いい試合になるように期待してるぜ。」
進歩はこの戦う直前の高揚感に喜びを隠せないでいた。
彼は最高のデュエルを求めていた。自分と相手の力がほとんど互角で、紙一重の勝負が繰り広げられることに喜びを感じていたのである。
「デュエル!」
2人の声が重なり、デッキからカードを5枚引き、デュエルが開始された。
「わたしの先攻でいきます。」
「いいよ。レディーファーストとも言うからな。」
進歩が笑みを浮かべる中、ミナがデッキからカードを1枚引いた。
「私はモンスターを裏側守備表示で召喚し、ターンエンドです。」
デュエルディスクにセットされたカードが、ソリッドビジョンシステムによってミナの前方に表示される。
「オレのターン!ドロー!」
進歩がデッキからカードを引き、手札に加える。
「オレはシーザリオン(攻撃力:1800/守備力:800)を召喚!守備モンスターに攻撃だ!」
進歩のフィールドに具現化された、蒼のしま模様を織り成した赤い海ヘビが、ミナのフィールドにあるモンスターカードに噛み付いた。
攻撃を受けたモンスターが、表側表示となって姿を現す。
「こ、これは!?」
進歩はモンスターの正体、メタモルポット(攻:700/守:600)の姿に驚いた。
「メタモルポットが表になった瞬間、互いのプレイヤーは手札を全て墓地に捨て、自分のデッキからカードを5枚ドローします。」
メタモルポットの効果により、2人は手札を捨て、新たにデッキからカードを5枚引く。
「オレのターンはこれで終わりだ。」
「私のターン。」
ミナが新たにカードを1枚引く。すると突然、彼女は妖しく笑いを浮かべ、進歩がそれを不審に感じた。
「どうしたんだ?」
「その前に、このデュエル、より面白いものにしてあげますよ。」
「面白いもの?」
わけが分からず、進歩が疑問符を浮かべる。
「闇のゲームです。」
すると、周囲が闇のような漆黒の霧が覆う。別世界へと変えていく暗黒が、進歩に重苦しい空気を与える。
「な、何なんだ、こりゃ!?ここは一体・・!?」
困惑する進歩がミナを見ると、彼女は不気味な笑みを見せていた。透き通るような緑の瞳は紅く染まっていた。
「ようこそ、闇のゲームへ。」
「や、闇のゲーム!?」
「今、見せてあげましょう。身も凍るような体感を。メタモルポットの効果で墓地に送ったダークファミリア(悪魔族・攻:500/守:500)3体をゲームから取り除き、ダーク・ネクロフィア(攻:2200/守:2800)を攻撃表示で召喚。」
不気味な臭気を漂わせて、半壊した人形を持った亡霊にも似たからくり人形が、ミナのフィールドに出現した。
「シーザリオンを攻撃です。」
ダーク・ネクロフィアが怨念を発し、シーザリオンを破壊する。
この攻撃によって、お互いのモンスターの攻撃力の差、400ポイントが進歩のライフポイントから引かれる。
「なっ!?」
そのとき、進歩は自分の足が灰色に変わったことに驚愕する。
「どうしたんだ!?足が動かねぇ!ソリッドビジョンの故障か!?」
進歩が慌てて体を動かすが、両足は全く動かない。
その様子を、ミナがクスクスと笑う。
「これが私の闇のゲームのルールです。ライフポイントが4000を下回ると、プレイヤーの体が石化するのです。このゲームに勝てば元に戻りますが、負ければ完全な石像になってしまいますよ。」
「はあ!?悪い冗談はやめてくれよ。」
非現実的な光景とミナの言葉に、進歩は苦笑いする。それを無視して彼女はゲームを進める。
「私はカードを2枚伏せて、ターン終了です。」
ミナはデュエルディスクの魔法&トラップカードゾーンにカードを2枚セットした。
「オレのターンだ!」
何が起こっているのか理解できずにいた進歩が、新たにカードを1枚引く。
「オレはモンスターを守備表示で召喚。さらにカードを2枚セットし、ターン終了。」
「防戦の展開ですね。私のターン。でも、ドローする前に、伏せ(リバース)カード、オープン。神の恵み。」
ミナがクスクスと笑いながら、伏せカードの1枚を表にする。
「この罠(トラップ)カードは、自分がカードをドローする度に、500ポイントのライフポイントを得ることができるのです。そこからドローカードを行います。」
ミナはデッキからカードを1枚を引き、500ポイントのライフポイント(LP)を得た。
「これはいいカードを引きました。」
「えっ?」
「リバースカード、オープン。魔力の棘。」
ミナはもう1枚の伏せカードを表にした。
「このカードは、相手の手札が直接墓地に送られたとき、捨てたカード1枚につき500ポイントのライフダメージを与えます。」
「そんなカードをデッキに入れてるってことは、アンタのデッキ構成は、相手のデッキを破壊するためにものか!?」
進歩が毒づくように訊ねる。ミナはその問いに対し、妖しい笑みを浮かべた。その問いに対する肯定の意味だろう。
「そして手札から、魔法(マジック)カード、手札抹殺を発動します。これは手札を全て捨て、その捨てた枚数分、カードを引くカードです。」
「何っ!?」
ミナの策略に、進歩が驚く。
次々と手札を捨てさせてダメージを与え、次々とカードドローを誘ってLPを得る。
これがミナのデッキ構成である。
2人はそれぞれカードを墓地に捨て、デッキから同じ枚数のカードを引く。
神の恵みの効果でミナのLPが6000になり、魔力の棘の効果で進歩のLPが2100に下がる。それに伴って、進歩の体への石化が進行する。
変わりゆく自分の姿に不安を抱える進歩。
だが、それがすぐに解消されていった。
体にまで及んでいた石化が、再び足にまで引いていく。
「そ、そんな!?どういうことです!?」
わけが分からず声を荒げるミナに、進歩は不敵に笑った。
「なに、手札抹殺の効果を行う瞬間にリバースカードを発動しただけだ。」
「えっ!?」
「オレもセットしてたんだよ。神の恵みを。」
進歩のフィールドの2枚ある伏せカードのうちの1枚が表示されていた。ミナが発動したのと同じ「神の恵み」である。
「これで魔力の棘でのダメージもちょう消しになり、再びLPが3600に戻ったってわけだ。」
「なかなかですね。でも私のターンは終わっていません。ダーク・ネクロフィアで、守備モンスターを攻撃。」
ダーク・ネクロフィアの怨念が、進歩のモンスターを攻撃し、破壊した。
「島亀(攻:1100/守:2000)、撃破。これでターン終了です。」
「オレのターン!」
進歩がデッキに手を伸ばし、ピタリと止まった。
(今のオレの手札にモンスターカードはない。しかも、あまり強くないモンスターを引いても、大幅にLPを削られてしまう。このデュエルは正直ヤバいぜ。LPが減ると体が石になる!?そんなバカなことがあるはずねぇのによ。)
進歩が胸中で、現実離れしたこの闇のゲームにたいして愚痴る。
(とにかく、あのカードを引かないと、下手すりゃ負けるぞ。)
進歩は覚悟を決めて、デッキからカードをドローし、そのカードを見る。
「出た!このカードを待ってたんだ!」
進歩はそのカードを魔法&罠カードゾーンにセットした。
「魔法カード、黒魔術のカーテン!このカードを発動する際、このターンは他のモンスターを召喚することはできないが、LPを半分支払うことでデッキからブラック・マジシャン(攻:2500/守:2100)を1体、特殊召喚することができる。」
「えっ!?」
進歩が出したカードの効果に、ミナが驚きの声を上げる。
「オレのフィールドに出現せよ!黒き魔術師、ブラック・マジシャン!」
進歩のフィールドに、漆黒の闇のような不気味なカーテンが現れ、その中から1人の魔術師が姿を出現した。
「ブラック・マジシャンで、ダーク・ネクロフィアを攻撃!ブラック・マジック!」
黒魔術師が振りかざした杖から強烈な波動が放たれ、ダーク・ネクロフィアを粉砕した。
「ダーク・ネクロフィア、撃破!けど、神の恵みの効果と黒魔術のカーテンの発動で、オレのLPは2050に。」
LPの減少に伴い、進歩の体が石に変わっていく。それでも、進歩はこの攻撃で優勢に立ったはずだった。
しかし、ミナは妖しく笑みを浮かべていた。
「何がおかしいんだ!?」
不審に思った進歩がミナに訊ねる。
「あなたは自分の手で破滅への引き金を引いてしまいましたね。」
「何っ!?」
「ダーク・ネクロフィアが相手によって破壊された瞬間、このカードは装備カードとなって、装備された相手モンスターのコントロールを得ることができます。よって、次の私のターンからブラック・マジシャンは私のモンスターとなるわけです。」
「何だとっ!?ブラック・マジシャンが、オレを襲うというのか!?」
驚愕する進歩の眼の前で、ダーク・ネクロフィアの怨念に取りつかれた魔術師が、ミナのフィールドに移り、進歩に敵意を示す。
「勝負ありましたね。あなたはこのターン、これ以上モンスターを召喚することはできません。降参(サレンダー)を勧めます。」
「ジョーダン言わないでくれ。オレの辞書にサレンダーの文字はねぇよ。」
ミナの促しに、進歩は不敵に笑って拒んだ。
「オレのターンはまだ終わってねぇ。オレは手札から、魔法カード、罠はずしを使うぜ。こいつで神の恵みを破壊するぜ。」
罠はずしの効果で、ミナのフィールドに表示されている神の恵みが破壊される。
しかし、ミナは悠然とした態度を崩さない。
「これでもただの悪あがきにしかなりませんよ。」
「慌てるなって。オレはカードを1枚伏せて、ターン終了だ。」
「私のターンです。」
ミナがデッキからカードをドローする。そしてミナの笑みがさらに強まった。
「これで、あなたはおしまいです。あなたも私のコレクションに加えてあげますよ。」
「コレクションだぁ!?」
ミナの言葉に進歩が戸惑う。
「そうです。私はたくさんのデュエリストとこの闇のゲームで勝負し、次々と石像コレクションに加えているのです。あなたもその勇姿そのままに固めてあげますよ。」
ミナが妖しく笑いを浮かべる。それに対して、進歩がため息をつく。
「気持ちワリィこと言ってんじゃねぇよ。そう易々と思い通りにされてたまるか!」
「抵抗は無意味ですよ。あなたには壁となるモンスターがいません。このターンであなたは終わりです。」
「やってみろよ。その言葉はすぐに覆されるぜ。」
進歩が不敵に笑い、ミナの攻撃を誘っている。
「ならばお望み通りにしましょうか。ウィップテイル・ガーゴイル(攻:1650/守:1600)を攻撃表示で召喚。プレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)です。」
巨大な翼、鋭いくちばしと爪、長い尾をした悪魔が出現し、進歩目がけて飛びかかった。
LP/ミナ:5700/進歩:2050