ストリート・デュエリスト 3

作:幻影


  LP(ライフポイント)/ミナ:1100/進歩:4625

「オレはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ。」
 進歩はかつてない劣勢に追い込まれていた。
 化石化の呪縛の効果で、処刑人マキュラとブラック・マジシャン・ガールは灰色の石像に変わり、全く行動がとれない状態にあった。
 進歩のターン終了宣言の直後、2体の石像の下半身にヒビが入った。
「なっ!」
 進歩が声を荒げる。ゲーム除外への道を刻々と辿るように、石像の体に亀裂が入ったのだ。
「破滅への序曲は始まりました。あと言い忘れるところでしたが、石化モンスターにできることは2つ。生贄にできることと、そのモンスターとの連携で発動する魔法、トラップ、モンスター効果です。」
「そうかい。それでもかなり苦しいと思うけどな、」
 進歩が焦りを隠せないまま舌打ちをする。
「私のターンです。」
 ミナがデッキからカードを引き手札に加える。
「私は手札から魔法カード、治療の神、ディアン・ケトを使用します。このカードで私のLPは1000回復します。」
 癒しの光に包まれたミナの石化が腰の辺りまで引いた。LPの回復によって、石化の呪縛が少しばかり解けたのである。
「さらに伏せカードを1枚セットし、さらにガーゴイル・パワード(攻撃力:1600/守備力:1200)を攻撃表示で召喚します。」
 ミナのフィールドに出現した、鋭い牙と爪を尖らせる悪魔が咆哮を上げる。
「今あなたのフィールドにいるモンスターは、石化してあなたの身を守ることもできません。ガーゴイル・パワードでプレイヤーを攻撃します。」
 ガーゴイル・パワードが爪を振りかざした。
「トラップ・カード、発動!マジック・シリンダー!このトラップは、相手モンスターの攻撃をはね返す!」
 進歩のフィールドに巨大な筒が出現する。
「言ったはずだよな?石化していても魔法、トラップは使えるって!」
 進歩が不敵な笑みをミナに向ける。
「確かに魔法、トラップは使えます。でも、このカードで無効にします。」
「何っ!?」
「永続トラップ、王宮のお触れを発動します。このカードがフィールド上で表示されている限り、トラップカードは全て無効となります。」
「あっ!マジック・シリンダーが!」
 王宮のお触れの効果によって、魔法の筒は不発のまま消滅する。
「これで私の直接攻撃(ダイレクトアタック)は通じます。」
 悪魔の鋭い爪がそのまま進歩を切り裂いた。
 LPを削られ、進歩の両足が石に変わる。
「これであなたはトラップカードを封じられましたね。」
「うるさい!オレのターンだ!」
 妖しく笑うミナに進歩が声を荒げながらカードを引く。
「オレはマジックカード、強欲な壺を使い、新たにカードを2枚ドローする。」
 進歩がデッキから2枚カードを引く。
「オレは切り込み隊長(攻:1200/守:400)を攻撃表示で召喚!」
 進歩のフィールドに覇気を放つ剣士が現れた。
「焦りのあまり選択を誤りましたか?攻撃力1200の切り込み隊長では、ガーゴイル・パワードには勝てませんよ。」
「そっちこそ焦るなよ。切り込み隊長の召喚に成功したとき、手札からレベル4以下のモンスターを1体、特殊召喚することができるんだよ。」
「えっ!?」
「オレはアックス・レイダー(攻:1700/守:1150)を特殊召喚。ガーゴイル・パワードに攻撃だ!」
 進歩が召喚した戦士が、手に持つ斧を振り下ろして悪魔を粉砕する。
「さらに切り込み隊長でダイレクトアタックだ!」
 剣士が両手に持つ2本の剣でミナを斬り付けた。
「キャッ!」
 剣士の攻撃にミナがうめく。
 LPが800まで下がり、石化がほとんど体中を覆いつくす。石化していない部分は両手と頭だけだった。
「これでオレのターンは終わりだ。」
 進歩がターンエンドを宣言した瞬間、石化していたマキュラとブラック・マジシャン・ガールの亀裂が、上半身にまで及び、今にも壊れそうな雰囲気をかもし出していた。
「化石化の呪縛の効果、2ターン目の終わりです。次のターン、彼らを生贄にでもしない限り、ゲームから除外されてしまいますよ。」
 ミナが笑みを漏らしながら、デッキからカードを引くイメージを膨らませた。
「この闇のゲームでは、意思の力でカードのやり取りを行えるのです。」
「へぇ。そいつは便利だな。よく分からねぇが。」
 進歩が憮然とした態度で答える。
 ミナの思い描いた通りに、デッキからカードが引き抜かれ、手札に加わった。
「私は手札から天使の施しを発動します。」
 天使の施しの効果により、ミナはデッキからカードを3枚引いて手札に加え、そこから2枚を墓地に捨てる。
「さらに私は魔法カード、死者蘇生を発動します。」
 死者蘇生。
 墓地にあるモンスターを1体、自分のフィールドに復活させるカードである。
「そいつでオレの墓地にあるメテオ・ブラック・ドラゴンを復活させる気か?」
「いいえ。そのモンスターは私には合いません。私が復活させるカードは、デビル・コックです。」
 死者蘇生の効果で、悪魔の調理師が再びミナのフィールドに出現する。
「そいつでオレのモンスターを攻撃させてLPを削らせて手札を増えさせるつもりか?けど、へルポエマーは魂の解放によってゲームから取り除かれ、その特殊能力は使えない。逆にオレを有利にさせるだけだぜ。」
 進歩が悠然と言葉を返す。しかし、ミナの妖しい笑みは消えない。
「そのデビル・コックを生贄に捧げ、シャドウ・グール(攻:1600/守:1300)を召喚。」
 デビル・コックを生贄にして、鋭い爪を光らせた不気味なモンスターが姿を現した。
「このモンスターは死者の怨念を受け継ぐ私の最強の下部。自分の墓地にあるモンスター1体につき、攻撃力が100ポイントアップするのです。」
「何っ!?」
 シャドウ・グールの能力に進歩が驚愕する。
「私の墓地にはモンスターが13体。つまり、シャドウ・グールの攻撃力は2900になります。」
 死者の怨念を受けて、ミナのモンスターが咆哮を上げる。
(まずいぞ。切り込み隊長がフィールドに存在する限り、他の戦士族のモンスターを攻撃対象にはできないが、そんなことは関係ない。彼女はためらいなく攻撃力の低い切り込み隊長を狙ってくる。)
 進歩が胸中で毒づく。ミナが浮かべる笑みを強める。
「シャドウ・グールで、切り込み隊長を攻撃です。」
 ミナのモンスターの爪が、双剣の剣士を切り裂いた。
「ぐあっ!」
 進歩がうめき声を上げる。
 LPが減り、進歩の体が胸の辺りまで石化が進行する。
「これで私のターンは終わりです。次のあなたのターン、いいカードを引かないと敗北に一気に近づきますよ。」
「ミナ、アンタは何も感じないのか?」
 焦りを隠せない進歩の言葉に、ミナが疑問符を浮かべる。
「アンタには聞こえないのか?モンスターたちの声が。」
「何を言っているのです?このゲームのカードは、ゲームに勝利するためのもの。たとえ滅んでも次の機会にはまた復活しますよ。」
「違う!オレにとってこのモンスターたちは、現実の人間と変わらない仲間(とも)だ!」
 ミナの言葉に怒りを覚え、進歩が声を荒げる。
「オレはモンスターを切り離すときは、いつもとてつもない辛さを感じている。あいつらは、オレとともに人生をともにしてきた仲間たちなんだ!」
 進歩の悲痛の叫び。しかし、ミナはそれをあざけるように不敵に笑う。
「でも私はこのやり方で今まで勝ってきましたし、現にあなたはそれに対して窮地に立たされています。これに打ち勝つ強い仲間を、あなたはこのターンに呼び出すことができますか?」
 ミナの言葉に促されて、進歩は自分のデッキに視線を移す。
(オレのデッキには、この危機を切り抜けて勝利を掴むことのできるカードが1枚だけある。もし今このカードが引けなかったら、打開策を失ってオレは確実に負ける。)
 進歩は震えながら、デッキに手を伸ばす。
「頼む、坂崎さん!オレに力を貸してくれ!」
 進歩は願いを込めて、デッキからカードを引いた。

 坂崎勇(さかざきいさむ)。
 進歩の中学校での先輩である。
 進歩にデュエル・モンスターズを教えてくれたのは彼だった。
「あ〜あ、今回も負けちゃったよ。」
 進歩も必死になって坂崎に挑むが、彼のデッキに全く歯が立たなかった。そのほとんどが、彼の最強のカードによるものだった。
「坂崎さんにはゼンゼン勝てないよ。特にそのカード。反則だよ、全く・・」
「そうむくれるなよ。お前も日に日に戦略がうまくなってきてるぞ。」
 坂崎が気さくな笑みを見せる。
「ホント!?ようし!今度は負けないよ!」
 進歩の意気込みに、坂崎は笑って見つめていた。

 それから3日後の夜。
「さ、坂崎さん・・」
 進歩は変わり果てた坂崎の姿に驚愕する。
 坂崎はレアカードハンター集団と遭遇して、レアカードの譲渡を拒み暴行を受けたのだった。
 彼は最後までレアカードを守り抜いたが、身動き1つ取れないほどの瀕死の重傷を負ってしまった。
「坂崎さん!しっかりして、坂崎さん!」
 進歩が坂崎に寄り添い、声を荒げる。
 彼の声を耳にして、坂崎が思い口を開く。
「へへ・・・オレのカード・・なんとか・・まもったぜ・・・」
「もういい!喋らないほうがいい!」
 進歩の心配を聞かず、坂崎が話を進める。
「進歩・・こいつをお前に託す・・・これからは・・お前が使え・・・こいつの稲光が・・お前の未来を・・きり・・・ひ・・ら・・・く・・・」
 進歩にカードを手渡した坂崎の手から力が抜け、ぐったりと動かなくなる。
「さ、坂崎さん・・・坂崎さん!」
 進歩が声を上げるが、坂崎は全く反応しなかった。
「坂崎さん、オレもがんばるよ。そしてこのカードを、自由自在に使ってみせるよ。」
 坂崎の魂を胸に秘め、進歩はデュエルモンスターズを戦い抜くと心に誓ったのだった。

 デッキからドローしたカードを見て、進歩から笑みがこぼれる。
(ありがとう、坂崎さん。)
「アックス・レイダー、処刑人マキュラ、ブラック・マジシャン・ガールを生贄に捧げ・・」
 石化してひび割れていたマキュラとブラック・マジシャン・ガール、そしてアックス・レイダーが粉砕する。
「ギルフォード・ザ・ライトニング(攻:2800/守:1400)、召喚!」
 フィールドに荒々しく稲光が落ち、その中から強烈な覇気をまとった剣士が姿を現した。
「これがオレの魂の証であり、オレにデュエルモンスターズを教えてくれた人が託してくれたカードだ。この稲妻の剣の前では、あらゆる闇も切り開く!」
 稲妻の剣士の覇気に圧倒されるミナだが、再び笑みを見せる。
「でも、ギルフォード・ザ・ライトニングの攻撃力は2800。死者の怨念を受け継いだシャドウ・グールにはわずかだけど届きませんわ。」
「確かに、攻撃力は100足りない。だけど、ギルフォード・ザ・ライトニングには、勝利と光を導く特殊能力があるんだよ。」
 稲妻の剣士が背に収めていた剣を抜いて振りかざすと、天空から稲妻が降り注ぎ、シャドウ・グールを直撃して粉砕した。
「えっ!?なぜ、攻撃力が上回っているシャドウ・グールが倒されるのです!?」
「未来を切り開く稲妻の閃光、ギルティック・サンダー。ギルフォード・ザ・ライトニングの特殊能力さ。」
 驚愕するミナ、進歩が不敵に笑って答える。
「こいつはホントなら2体の生贄で召喚されるが、3体の生贄で召喚された場合、相手フィールドのモンスターを全て破壊するんだよ。」
「そ、そんな・・・」
 稲妻の剣士の脅威に、ミナが愕然となる。
「この特殊能力で、プレイヤーへのダイレクト・アタックを可能とする!ギルフォード・ザ・ライトニングの攻撃!ライトニング・ブレード!」
 電撃を帯びた剣が、ミナ目がけて振り下ろされる。
「キャァァーーーー!!!」
 激しい電撃と痛烈な剣を受けて、ミナは激痛に叫ぶ。
「この攻撃で、アンタのLPはゼロ!このデュエル、オレの勝ちだ!」
 進歩が勝ち誇り叫ぶ。
 立体映像での電気がミナの体を帯びている。
「アンタが立てたルールだ。自分の力で自分を石に変えることだな。」
 進歩が哀れむような悲しい顔でミナを見つめる。
 闇の力により、LPがなくなり敗北したミナの両手と顔を石化が浸食していく。
 しかし、ミナは未だに妖しい笑みを崩さず言葉を発する。
「まさか、この私が負けるなんて・・・これで、今まで私に負けて石像にされていた人は元に戻ります。あなたとのデュエル、楽しかったですよ・・・」
 眼から涙をこぼした瞬間、ミナは完全に灰色へと変わり、動かなくなった。
 そして周囲を包み込んでいた黒い霧が晴れ、いつもの明るい日常に戻った。
 闇に包まれていた進歩は、太陽の光がまぶしく感じた。
 閉じかけたまぶたを再び開けると、その視線の先には、喫茶店でまかなってくれたウェイトレスが立っていた。
 妖しい笑みを浮かべたまま、灰色に変色して瞬き1つしていなかった。
 進歩はデュエルディスクをバックにしまい、整理するデッキからギルフォード・ザ・ライトニングのカードを取り出して見つめる。
「坂崎さん、アンタのおかげで、紙一重のデュエルと勝利を楽しむことができたよ。」
 進歩は今は亡き、自分にカードの手ほどきを教えてくれた人を思う。
 坂崎と出会っていなかったら、今のような緊迫した勝負の気圧されてしまい、また楽しむこともできなかっただろう。
 この闇のゲームに勝つこともできず、敗北から這い上がることもできなかっただろう。
 しかし、ミナを見つめる進歩に、満足感はなかった。
「・・・苦い勝利だったけどな・・・」
 進歩は哀れむ眼で、石像と化したミナを見つめる。
 彼女は妖しい笑みを浮かべたまま、その場で立ち尽くして進歩を見ていた。
「けど、いい勝負だったぜ。」
 進歩はミナにうっすらと笑みを見せて歩き出した。
 背を向けてから、そのまま彼女に振り返ることなく。
「そしてありがとう、坂崎さん。アンタの魂のこもったこのカードが、オレの未来を切り開いてくれる。これまでも、これからも。」
 進歩は再び歩き始めた。
 自分を鼓舞してくれるギリギリの局面と再び出会い、勝負の喜びを心に響かせるために。

終わり


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