作:幻影
オレはいったいどうしてしまったんだろうか。
いつから人でなくなったんだろう。
なんでこんな力を持っているんだろうか。
オレはこれからどうなってしまうんだろうか。
「お疲れ!」
「お疲れさま〜!」
先輩の挨拶に答える夕夜。
サッカー部に所属している会川夕夜(あいかわ・ゆうや)は全国でも折り紙付きの実力を持っていて、高校サッカー会からプロの監督にも眼を向けられている。
「7時か・・・どっかのファーストフードで食べるとするか。」
着替えを終えて腕時計を見た夕夜は、急いでロッカールームを出る。
「あっ!夕夜、奇遇だね。あたしも今終わったんだ。」
校門を通ろうとしていた夕夜に、柔道部の練習を終えた朝霧霞美(あさぎり・かすみ)が声をかけてきた。
夕夜と同じクラスであり幼馴染みでもある彼女は、いつもは茶色がかった長い髪をなびかせているが、柔道の練習のときは1本に束ねてまとめている。
よほど練習にうち込んでいたのか、いつも練習が終わればほどく髪の紐をまだほどいてはいない。
「すごい汗だな、霞美。よっぽど力を注いでるようだな。」
「そういう夕夜だって、汗がたらたらだよ。」
指摘したとおり、2人とも顔中から汗がたれていた。
「サッカーが好きだからな。お前だってそうだろ?」
「もちろん。好きじゃないのにこんなに励めるはずがないよ。」
2人ともバッグを持ち直し、学校から歩き出した。
「ところで、夕夜は夜はどうするの?」
「今日は大変だったからな。牛丼でも食べようかな。」
「じゃあ、あたしも牛丼!」
「なんでそうなるんだよ?」
「いいじゃない。同じマンションの隣同士だし。」
夕夜と霞美は、同じマンションで1人暮らしをしていて、しかも隣同士である。そのため、登下校のほとんどは夕夜と霞美は一緒なのである。
しかし、朝に弱い霞美は、心配性の夕夜にいつも起こされることが多いのであり、夕夜もこのことには参っている。
「はあ〜、食った食った〜!」
「いつも思うけど、あなたよく大盛が簡単に入るわねえ。」
満足している夕夜に感心する霞美。
「たくさん運動した後は、たくさんメシが入るんだよ。」
「この勢いで勉強もがんばってほしいものね。」
「ギグッ!」
夕夜は乾ききった汗が冷や汗に変わったと感じた。
夕夜はスポーツ万能だが、勉強は苦手である。霞美は普通に勉強をこなしているが。
「もうじき期末試験なんだから、赤点出さないようにしないと。そうだ!試験日1週間前から勉強会を行いましょう。」
「えっ!?そんな〜。」
「何言ってるの!あなたのためでもあるんだからね。」
完全に言いくるめられて、夕夜は肩を落とすしかなかった。
「あっ、そうだ!今日はあの漫画の発売日だった!」
夕夜ははっとして立ち止まった。
「霞美、オレ、ちょっと寄り道していくよ。」
「もう。早く帰ってきてちょうだいよ。じゃ、お先に。」
霞美と別れ、近くのコンビニに入っていた。
「よかった。まだ残ってた。あの漫画けっこう人気あるからな。」
満足げに漫画をバッグにしまいながらコンビニから出てくる夕夜。
その彼の眼の前に、1人の人物が立ちはだかった。
美しく長い銀髪に青い瞳をした、吹雪のように冷たい雰囲気を放っている女性だった。
「会川夕夜さんですね?」
「アンタ、誰だ?」
彼女の色気にも気にも留めず、夕夜は返事した。
「私はミスティ・ブレイス。あなたの中にあるはずですよ。悪魔との契約で得た力が。」
何を言っているのか理解できず、不安になりながら夕夜は後ずさりする。
「何のことだよ!?何言ってるんだ!?」
「どうやらまだ自覚していないようですね。なら質問します。あなたは昔、瀕死の重傷を負ったが、奇跡的に回復を果たしたことがありますね?」
「あ・・・ああ。確かにそうだが・・・」
ミスティの言葉どおり、夕夜は昔死にかけたことがあった。
道路に飛び出した子供を助けようと身代わりに車にはねられ、生存率がかなり低い瀕死の重傷に陥ってしまったが、なんと奇跡的の回復を果たし、生き延びたのだった。
「だけど、アンタがどうしてそのことを!?」
「そのときあなたは、誰かと話したことがあるはずですよ。生きたいかって。」
「なっ!?」
その言葉に夕夜は驚愕する。
その姿をあざ笑うかのように、ミスティが妖しい視線を送る。
「ついてきなさい。ここだと色々と面倒になりますから。」
ミスティの言うことは信用できなかったが、このまま帰るのも不安なため、夕夜は仕方なく彼女の後をついていった。
ミスティが夕夜を連れてきたのは、少し長めの雑草が生える何も無い空き地だった。
しかしそこには、セーラー服を着た高校生と思しき女の子が3人待ち構えていた。
ミスティは彼女たちの前で立ち止まり、不安を隠せない夕夜に振り返った。
「おい、何をしようというんだ、アンタ!?」
するとミスティは不気味な笑みを見せて、女子高生たちに指示する。
「この男があなたたちがやっていい人です。好きなように遊んであげなさい。」
その言葉に夕夜は緊迫する。
3人の女子高生が、鬼気迫る形相で夕夜に近づいてくる。
「あたしたち、彼氏にフラれちゃってね。」
「イライラしてんのよ。」
「アンタには何にも悪いことはないんだけど、悪く思うなよ。」
そして間を置かず、女子高生の1人が夕夜を顔面を殴りつけた。
「あっ!」
頬を押さえてうめく夕夜。
しかし女子高生たちは容赦なく夕夜を突き倒し、殴る蹴るの暴行を加える。
「痛い!やめろ!やめるんだ!」
女子高生の横暴は留まることを知らず、夕夜の悲痛の叫びは夜空にこだまするだけだった。
「さあ、早く目覚めなさい。でないと、取り返しがつかなくなりますよ。」
その光景を平然と見ているミスティ。
夕夜が次第に傷だらけになっていく。
「やめろ・・・やめろ・・・」
そのとき、夕夜の体から白い霧のようなものが浮かび上がった。しかし、女子高生たちは有頂天になっているのか、まるで気付いていない。
「やめろーーー!!!」
荒々しい叫びと共に、夕夜の体からまばゆい光が発し、ポニーテールをした女子高生に吸い込まれていく。
「キャッ!」
「何っ!?」
その輝きに後ずさりする2人の女子高生。
「ついに、ついに呼び覚ましましたね。さあ、見せてください!あなたの悪魔の力を!」
その光を見つめながら、ミスティが歓喜の笑みを浮かべる。
光が治まったその場所には、息を荒げて立ち上がっていた夕夜と、体を震わせているポニーテールの女子高生がいた。
夕夜の額には不気味に輝く六ぼう星の魔法陣が浮かんでおり、女子高生は胸の辺りから腰の部分にかけて白く変色していた。
「ど、どうなってるの!?」
2人が動揺し、混乱している。
「イヤだ・・色が変わったとこが動かせない・・」
ポニーテールの女子高生の言うとおり、白くなった部分は自分から隔離してしまったかのように、自由に動かすことができない。
さらに変色が体に広がっていく。
「オレは・・いったい何をしたんだ・・!?」
何が起こったのか、何をしたのか理解できず、夕夜は動揺している。
「これが彼が悪魔との契約で得た力。狙った標的を石に変えていく。」
ミスティが喜びを含みながら、夕夜の力を説明する。それが、夕夜の混乱をさらに強めた。
「オレが・・オレがやったのか・・・オレがこの子を、こんな姿に・・・」
その間にも、ポニーテールの女子高生にかけられた石化が進み、手足を石に変え、首元にまで及んでいた。
「イヤ・・・助けて・・元に戻して・・・」
必死に助けを求める女子高生。しかし、夕夜も完全に混乱して、体を震わせることしかできないでいた。
女子高生は、表情を恐怖の色に染めたまま、完全に動きを止めた。
「なかなかの効果ですね。今まで見てきた力の中でもかなり高いほうです。」
ミスティが夕夜の力に感心する。
「イヤッ!こんなのと一緒にいたくない!」
「これは、ただの夢よ!」
この光景を目の当たりにして、完全に恐怖し混乱する女子高生2人は、必死の思いで逃げ出した。
その2人の姿を捉えたミスティは、両手を2人にそれぞれ伸ばした。
「情けないですね。」
力を込めたミスティの両手から、青白い風は噴出し、2人の女子高生を飲み込んだ。
輝きを持ちながらも冷たい突風は、彼女らの体を凍てつかせた。
極寒の冷気に包まれた2人の女子高生は、氷の中に閉じ込められたというより、体が氷になってしまったといったほうが正しい。
今起こったことが、夕夜をさらに困惑させるには十分すぎた。
「これが私の悪魔の力。あらゆるものを氷漬けにする。力を上げれば、氷そのものに変えてしまうこともできます。」
ミスティが夕夜に、自分の力を説明する。
「私が見せ、あなた自身も使いこなしたのですから、分かっているはずですよ。あなたは悪魔と契約を結んだことによって、新たな命と力を得ました。これはあなたがどんなに拒もうと、変えようの無い事実です。」
悠然と話を進めるミスティ。夕夜は彼女の話を耳には入れていたが、頭には入っていなかった。
絶対に起こりえない現実と過ちを、受け入れまいと必死だった。
「イヤだ・・オレは認めない・・こんな・・こんなこと!」
夕夜は体を切り返して、ミスティに目もくれず一目散に逃げ出した。
逃げ出したい。こんなことから逃げ出したい。夢なら早く覚めてほしい。
現実離れした現実から逃げ出すように、夕夜はひたすら走りぬけた。
逃げ惑い遠ざかっていく夕夜の姿を見つめながら、ミスティは妖しく笑った。
「逃げてもムダですよ、夕夜さん。あなたの力は目覚めた。遅かれ早かれ、あなたは力を使うことに好感を持ち始め、欲望の赴くままに力を解放していくでしょう。」
口元に手を当てて笑うミスティは、音も無く姿を消した。
その空き地には、1人は石に、2人は氷になって立ち尽くした女の子たちの像が残っていた。
夕夜はそのままマンションの自分の部屋に帰ってきた。
霞美はすでに熟睡していたが、そんなことにも気に留めず、夕夜はベッドに潜り込んで震えた。
今夜起きた出来事。
自分の中に隠れていた力。
悪魔との契約。
こんなの絶対にあり得ない。
夢として早く覚めてほしい。
現実離れした現実を認めたくないと思いながらも、夕夜はどうしても受け入れざるを得なかった。
恐怖が脳裏を埋め尽くして、なかなか眠ることもできず、ついに悪夢のような夜が明けた。