増える金属像(七不思議シリーズ)

作:愚印


「ねえ、舞。学校の七不思議に興味ある?」
「あっ、私、怖い話聞くの、好きなんだ。」
「私の知ってる話、聞きたい?」
「聞きたい!!聞きたい!!」

 その日の朝、陽子はいつものように冷めたトーストを牛乳で流し込み、学校へ向かった。いつもと同じ退屈で変化のない日常が始まるはずだった。
 それは学校の正門で、親友の美久を見つけたときから始まった。
「ミクー、おっはよー!!」
 陽子は美久の肩を軽く叩いた。
 美久は金属像になっていた。親友は右足を宙に浮かせたまま、ヌメヌメと光る金属像になっていた。金属の冷たい感触に、思わず陽子は手を放す。手の支えを失った美久は、バランスを失いゆっくりと右に傾いていった。
 クワンクワンクワワーン
 金属特有の甲高い音を響かせて、美久の像は地面に転がった。
 陽子は目の前の出来事が理解できなかった。親友の陽子が金属像になって足元に転がっている。確かにそれはそこに存在しているのだが、どうしても現実だとは思えないでいた。
 彼女が正気に返る前に、周りの生徒たちが騒ぎ始めた。すぐに人の輪が出来上がる。
「おっ、おい。なんだよ、ありゃ?」
「信じられない。」
「なんだよ、あれ。」
 騒ぎを聞きつけた生徒指導主任の千草が、慌てて駆けつけてきた。腰を下ろし、間近で金属像を観察する。それは髪の毛一本一本が金属と化しており、とても人の手で作れるとは思えない精巧なものだった。
「なんなの、これは?いったい、なにがあったの?」
 無造作に地面に転がる金属の像。その傍らで呆然と立ち尽くす少女。その理解しがたい情景に、千草は周りに説明を求めた。
 未だ呆けている陽子を押しのけ、クラス委員の由紀が前に進み出た。陽子を指差しながら、状況を説明する。
「ヨーコがー、ミクにー、さわったらー、固まっちゃってー。」
「私が原因だって言うの?いいかげんなことを言わないで!!」
 由紀の言葉で我に返った陽子は、自分に向けられた指を握り締めた。
 由紀は金属像になっていた。クラス委員は指差したまま、ヌラヌラと輝く金属像になっていた。金属の冷たい感触に、陽子は思わず突き放す。突き飛ばされた由紀は、バランスを失いゆっくりと後ろへ倒れていった。
 クワンクワンクワワーン
 金属特有の甲高い音を響かせて、由紀の像は地面に転がった。
「ヒッ!!」
 理解しがたい現象を目の当たりにして、千草は恐怖を隠せなかった。腰が抜けたらしく、立つことが出来ない。
「ひいいいいいいいい!!」
 仕事に対する責務よりも未知への恐怖が上回った。悲鳴をあげながら、這うようにして陽子から離れようとする。
「先生、なんで私から離れていくんですか。わたし、何もしていません。信じてください。」
 己の手を呆然と見詰めていた陽子は、這いずる千草を見て、両手を伸ばし追いすがろうとする。
「ひいい!!来ないで!!近寄らないで!!」
 四つん這いで、必死に逃げようとする千草。
「信じてください、先生。信じてください。」
 陽子の手が、千草の足首に伸びる。
「信じる!!信じるから、来ないでええええええ!!」
 手が足首に触れた。
 千草は金属像になっていた。生活指導主任は四つん這いのまま、ギラギラと光を放つ金属像になっていた。金属の冷たい感触に陽子は思わず突き放す。突き放された千草は、バランスを失い傾いていった。
 クワンクワンクワワーン
 金属特有の甲高い音を響かせて、千草の像は地面に転がった。
「おい、こっちを見たぞ。」
「にげろー!!」
 周りを取り囲んでいた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「いやー!!」
 足元に転がる三つの像の間で立ちすくんでいた陽子は、奇声を発してその場から逃げ出した。
 級友が待つ校舎へと…。


「これが私の知っている七不思議、『増える金属像』よ。」
「続きはどうなってんの?気になるんだけど。」
「いろいろなパターンがあるのよ。最後に陽子は両手を握り締め、自ら金属像になったとか、屋上に飛び出した陽子は、UFOに連れ去られただとか。」
「ふーん、私、この話を聞いたのは初めてだな。旧校舎の幽霊は聞いたことあったんだけど、それは知らなかった。」
「ねえ、舞。取って置きの続き、聞きたい?」
「えっ、知ってるの?」
「うん。」
「聞きたい!!聞きたい!!」
「そう、じゃあ教えてあげる。実はね、この話はまだ現在進行形なんだって。」
「ちょっ、ちょっと、なんで両手をこっちに伸ばすの?冗談やめてよ、陽…。」
 手が背中に触れた。
 舞は金属像になっていた。級友は逃げようと背を向けたまま、周囲の景色を映し込む金属像になっていた。金属の冷たい感触に陽子は思わず…。

 おわり


愚印さんの文章に戻る