作:愚印
この文章は、奈須野雪葉さん作:『満員電車内で起こった空間無視の固め大会』に感銘を受け、その続編として書いたものです。
設定等は出来得る限り、『満員電車内で起こった空間無視の固め大会』に準拠しています。
『負けませんから!』
バーゲン会場で、力一杯羽ばたきながら、私は呟きました。
私の名前は『ハルカ』種族はハーピーです。
歳は14歳。桃と水色の髪と羽根を持っています〜。
自己紹介は前回したので、今回は一部省略です。
さて、この世界には『バーゲンセール』という名の命を懸けたお祭りが存在します。
それは、数に限りがある宝物を掛けて、歴戦の強者さんが血みどろの戦いを繰り広げるという、甚だ危険なお祭りです。
どうしても欲しい物があって私もお祭りに参加したのですが、強者さん達の前に苦戦を強いられています。
今もピンクのかわいいブラをめぐって、メデューサの奥さん(推定20歳)とバトっているところです。
私は得意の空中戦で挑んでいますが、相手も然る者、ブラを鎖代わりにチェーンデスマッチの様相を帯びてきました。髪の蛇がシャーシャーとうるさいです。
えっ、自慢のキックはどうしたって?そんなの全然当たりません。全部かわされちゃってます。
姿を見たら自慢の羽が石になっちゃいますし、相手の姿を見ずにどう当てろと…。
あっ、ブラを握る右足が軽くなりました。やっと、諦めてくれたんでしょうか?
………。
ブラが真っ二つに千切れています。切り口の形状から判断すると、私の左足が止めを差したようです。不味いことに値札もこっちに付いています。
ああ、店員さんが睨んでいます。今にもこっちに来そうです。ちょっと怖いです。
仕方がありません。私は値札の付いた布きれを買い物篭に入れ、レジに向かいました。
こういうのを試合に勝って勝負に負けたって言うんでしょうか。
くやしいです。
先程の戦いで、私は深い傷を負ってしまいました。今日はもう見るだけにしようと思います。はあー。
あっ、先程のメデューサの奥さんが、今度はハンドバックを狙っています。お子様連れのお母さん(推定24歳)が握るバックに、手を伸ばそうとしています。お母さんが抗議をしようとメデューサさんを睨みつけました。
『これはわたしのも…』
ああ、やっぱり石になっちゃいました。怒り顔のままカチカチです。手を握っていた娘さん(推定8歳)が、不思議そうにお母さんを見上げます。
『ママ、どうしたの?』
不安そうに周りを見回し…、やっぱり石になっちゃいました。奥さん、子供にも容赦なしですか?血も涙もありませんね。鬼です。あっ、メデューサさんでしたか。
店員さんの手によって、母子の像が運ばれていきます。マネキン代わりに使うつもりでしょうか?
奥さん、次はお洋服ですか?白い着物の娘さんが持つカーディガンに、手を伸ばしました。まさしく、傍若無人な振る舞いです。
あれ、奥さんの動きが止まりました。なんだか白く染まっているような…。ああ、着物の娘さんが白い息を吹きかけてます。雪女さんでしたか。
凍りついたメデューサの奥さんが、店の奥に運ばれていきます。自業自得です。冷凍庫に入れてカチカチにしとけばいいんです。言っておきますが、決して私怨で言っているわけじゃないですよ。
バーゲン会場では、到る所で戦いが繰り広げられています。
キシャー
ギャオーン
獣人族の奥さん達が、時折咆哮を上げています。結構うるさいです。冷静に考えてみると、私、よく生きて帰ってこれたものです。相手が悪ければ、羽の一枚も引きちぎられていそうです。ブラのお金ぐらいなら勉強料として安かったのかも。
あっ、お婆さん。そっちはダメです。そっちは命の削り合いをする戦場ですよ。
お婆さんは、薬を口に含むと白い煙を吐きだし始めました。バーゲン会場に煙が立ち込めていきます。なんですか、これ?
「これ、なーに?」
妖しげな煙に女の子(推定6歳)が手を伸ばします。瞬く間に全身が灰色に染まっていきます。可愛い小さな手を差し伸ばしたまま、女の子は石になりました。
「さっちゃん!!」
お母さんらしき人(推定26歳)が、慌てて駆け寄ります。守るように抱きしめたまま、お母さんも石になってしまいました。
煙は瞬く間に広がり、触れた者を石にしていきます。どうやらお婆さん、今流行りの錬金術師だったようですね。煙は石化ガスでしょうか。
でも、いくら欲しい物があるからって、全員石にするのはやりすぎじゃないですか?店員さんは何をしてるんでしょう?ああ、店員さんも石になっちゃってます。
私の羽根と足も、煙に巻かれて石化していきます。あれっ?石化が足と羽で止まりません。身体も石になっていきます。人間の部分には耐性があるはずなんですけど…。新しい薬でしょうか。完全に石になっちゃいました。これではピクリとも動けません。
お婆さんは商品に目を向けず、6体の石像をじっくりと吟味すると荷台に乗せていきます。なぜか猫耳さんばかりを選んでいます。小さな台車に猫耳さんの石像が6体も乗った様は、結構見応えがありますね。猫耳さんたちは、そのまま視界の外へ運ばれました。
おばあさんもそれきり帰ってきません。私はどうなるんでしょうか?こういうのも悪くは無いですが、見てくれる人がいないと楽しみが半減しちゃいます。周りは石像ばかりだし。誰か来てくださーい。
結局、ルルティアが私の体を引き取り、シルクが薬を調合して私は元に戻りました。
後で聞いたところによると、あのお婆さん、結構有名な犯罪者さんだったようです。亜人を専門に石化して、闇で売り飛ばしているとか。伊達に歳を取っていないという事でしょうか。
『もうバーゲンセールはこりごりです。』
『あんな事件があった後だしね、仕方ないか。』
『せっかくバーゲン仲間ができたと思ったのにー。』
二人は少し残念そうです。私を仲間に引き入れてどうするつもりですか?まさか、囮に使うとか?
『とにかく二度とバーゲンセールには行きません!』
『そんなに、ブラのことが悔しかったの?』
『猫耳さんよりもハーピーの石像の方がかわいいはずです。私を連れて行かないなんて納得できません。』
『そこですか…。』
私の無事を喜ぶ仲間達。
しかし…、私達が再び固めを目撃する事になるまで…、それほど時間は掛かりませんでした……。
続く。
後書き:
奈須野雪葉さんの作品が持つ明るさに憧れて書いたんですが、どんなもんでしょう?書いている間は楽しかったのですが…。
なにはともあれ、奈須野雪葉さん、素晴らしい作品をありがとうございました。