伝説の用心棒 第7話 「赤い刺客」

作:愚印


(なかなか様になってるわね。)
 アリサは食卓で頬杖をつきながら、台所に立つマークを見ていた。
 マークは釜戸の前に立ち、シチューを作っていた。小皿に少量のスープを取り、味見をしている。
「うん、腕はまだ鈍ってないな。」
 満足そうに頷くマーク。
(でも、あれを片付けるのは大変だろうな。)
 心の中で小さく呟くアリサ。彼の周りには道具や材料が散乱していた。
 
 普段であれば料理好きなこともあり、アリサが料理を作るところなのだが、二人で釣りをした際に彼女が思いがけない大物を釣り上げたため、釣果が零だったマークが料理をすることを申し出たのだった。マークの手料理が味わえる滅多にない機会をアリサが断るはずもなく、今に到っている。
 マークは、先の鎧戦士と魔法使いの戦い以来、アリサの側を片時も離れないようにしている。趣味の釣りも、アリサを伴って行くようにしていた。アリサとしては、最初、過保護にされているようで困惑気味だったが、マークと一緒に居ることが嫌ではなかったので、あえて不満を口にすることはなかった。

「見つけたわよ、メデューサめ!!」
 「私たち、3人、無敵!!」
  「私達、3人の手に掛かれば!!」
 アリサの洞窟を眼下に望む丘の上に、怪しい三つの影が陽光を背に揺らめいていた。

「たのーもー!!」
 「勝負!!」
  「出て来い!!」
 微妙にずれた三者三様の掛け声が、洞窟内に響いた。
 マークの手料理を堪能し昼食後の一時をくつろいでいたアリサは、手にしたコーヒーカップを握ったままマークと顔を見合わせた。
 ガチャリ!!
 アリサはすぐに不機嫌な顔になり、カップをテーブルに大きな音を立てて叩き置いた。中のコーヒーが僅かにこぼれ、褐色の水溜りを作っている。その剣幕に気圧されながらも、遠慮がちにマークは尋ねた。
「ちょっと聞いていいですか?」
 アリサは顔をしかめたまま答えた。
「何を!!」
「ええとですね。挑戦者っていうか、そう、敵、敵のことなんですけど、アズサさんを狙ってやってくる敵の数、最近多すぎませんか?おかしいですよ。引っ切り無しに来てますよ。敵が来るシーズンとかがあるんですか?」
「そんなのあるわけないでしょう!!でも、確かに異常だとは思う。半年前ぐらいは月2人がいいところだったのに、今では3日に1組のペースなのよね。うーん、一度、街へ情報を仕入れてこようかしら。」
 幾分落ち着きを取り戻したアリサに、マークは安心しながら相槌を打った。
「それ、いいですね。俺も護衛でついていきますよ。楽しみだなあ。これまで修業三昧だったから街なんてじっくり見たことないんですよ。」
「それは、デートのお誘いととって良いのかしら?マーク?」
 悪戯っぽい表情で、マークを覗き込むアリサ。
「ででで、デートだなんて、そそそ、そんな、いや、デート…。」
 マークはどもりながら、顔を伏せた。
 表から再び声が聞こえる。
「誰もいないのかしら?」
 「おい、こんな化け物の巣、ぶち壊してしまおうぜ。」
  「こんな洞窟、必要ない。」
 物騒なことを言い始めている。
「いけない、すっかり忘れてた。とりあえず、あいつらを何とかしないと。」
「俺が行きましょうか?」
「ダメよ。女の人相手はやりにくいでしょう。今日は私がやるわ。」
「でも…。」
「たまには私に任せてくれない。勘が鈍っちゃうと、あなたがいないときに襲われたらひとたまりもないもの。」
 少し不満そうな顔をしたマークだが、しぶしぶ首を縦に振る。
「…判りました。台所を片付けることにします。ただし…。」
「ただし?」
「危ないと思ったら勝手に助けに入りますから、そのつもりでいてくださいよ。」
「わかったわ。よろしくね、用心棒さん。」
 飛び切りの笑顔をマークに向けながら、慌ててアリサは席を立った。
「ちょっと待って。今行くわ。」
 
「お待たせしまし…、あんたら恥かしくない?そんな格好で?」
 長い戦いの日々で様々な敵を見てきたアリサだったが、今回の敵には目を丸くした。
 一人は、賭け試合で剣闘士が着るような、真っ赤なビキニの鎧に長大な剣を持っている。たぶん戦士だろう。もう一人は、ハイレグの真っ赤なレオタードに裏地が赤い黒のマントを羽織り、先に星の飾りがついた杖を持っている。魔法使いのようだ。最後の一人は、薄地の真っ赤な全身タイツに身を包んでいた。アサシンだろう。
「化け物のクセに生意気だぞ。」
 「化け物、死あるのみ。」
  「ふん、綺麗に化けたものね。醜悪な本来の姿に戻ったらどうかしら。」
 こめかみをピクピクとひくつかせながら、アリサは相手を見据えた。
「一つ聞くけど、あなた達はなんで私を狙うの?名声のためかしら?」
「お前のような存在は、世の中に必要ないんだよ。決して将軍に頼まれた訳ではないからな。」
 「将軍、知らない。怪物、死あるのみ。」
  「国の将軍が、あなたに賞金を懸けて、その首を手柄にしようとしている訳ではないからね。」
(姿だけじゃなくて、本当にバカなのね、こいつら。…将軍か。今度、町へ降りた時に、それとなく探りを入れよう。それよりもこいつらの始末が先ね。こういうのに限って、戦闘バカだったりするから気をつけないと。)
「俺の名前はオリティア。」
 「私、名前、ミーシャ。」
  「私の名前はカイヤ。」
 それぞれが同時に口を開く。
「三人合わせて、紅三連鎖。」
 「三人合わせて、紅三連鎖。」
  「三人合わせて、紅三連鎖。」
 アリサは、自信に満ちた3人を見て、改めて気を引き締めた。
「さっさと始めましょう。時間のムダだわ。」
 そう叫ぶや否や変身を開始した。蛇の髪に鱗の手足。変身はコンマ何秒かで行われた。
「顔、危険。」
 「みんな、顔を見てはダメ。石になるわよ。」
  「誰が見るもんか。その醜さから見たものを石にするんだろう。」
 3人はアリサを囲むように散開し、彼女の周りをかなりのスピードで廻り始めた。
(好きなことをいけしゃあしゃあと。それもほとんど同時に。あれでよく意思疎通ができるものね。これも心理作戦なのかしら?)
 
「オリティア、ミーシャ、ラピッドストリームアタックよ。」
 「OK!!」
  「了解。」
 突然三人は、アリサへの囲みを解くと、一旦離れ、3人が一列になってアリサへ迫ってきた。
(今まで私の周りを走り回っていたのに何か意味があるのかしら?わたしを逃がさないため?それとも…。)
 そこまででアリサは思考を打ち切り、魔力を身体の隅々へと充実させていった。
 先頭のオリティアがアリサの魔法有効射程距離に入るか入らないかというところで、3人から声が上がる。
「ラピッドストリームアターック!!」
 「ラピッドストリームアターック!!」
  「ラピッドストリームアターック!!」
 三人の声が微妙にずれて重なった。それと同時にアリサは大地を蹴り、飛び上がった。
 先頭のオリティアが剣を振り上げ飛び上がると同時に、2番目のカイヤから放たれた魔法の火球が、アリサの元いた場所へ飛んでいく。そして最後尾のミーシャが投げたナイフが、その後を追っていった。
 アリサは空中で目をつぶって剣を振り下ろそうとしているオリティアの肩を蹴り、更なる高みへと飛び上がると、3人の背後へ振り返りながら着地した。
「なっ、俺を踏み台に?」
 「まさか、かわす?」
  「そんな、あれをかわすなんて…。」
 アリサは驚愕から無防備に背を向けている3人に声をかけた。
「ねえ、赤い3連鎖さん。」
「なんだ?」
 「なに?」
  「何でしょう?」
 3人は声を掛けられた背後へ思わず振り返り、まともにアリサの顔を見た。
「しまった。」
 「失敗。」
  「失敗した…。」
 3人は瞬時に灰色に染められた。
 戦士であるオリティアは、両手で剣を握り締めたまま首を後ろに向けて石になっていた。僅かに口をあけ、驚愕の表情のまま固まっている。
 魔術師であるカイヤは、翻ったローブを宙に翻したまま石像に成り果てていた。悔しそうな表情が、灰色に染まった瞳によって強く印象付けられていた。
 アサシンであるミーシャは、体の線を浮かび上がらせたタイツ諸共石にされていた。振り向き様にもかかわらず、無表情のままだった。
 赤から灰色へと色を変え、動きを止めた『紅三連鎖』にアリサは近づいていく。
「あなた達。確かに三位一体のいい攻撃だとは思うけど、攻撃のタイミングを掛け声で教えたら、いくら私でも避けられるわよ。」
 石になった3人に聞かせるように、アリサは呆れながら呟いた。

 いつものように石像を砂に変えようと一歩踏み出したところで、背後から声がかかった。
「さすがは、アリサさん。あっという間でしたね。」
 聞きなれた声に振り返ると、いつの間にか洞窟の入り口にマークが立っていた。
「ところで、アリサさん、この石像×3を俺が貰ってもいいですか?」
 予想外の申し出に、アリサは目を丸くした。
「あなたが?どうするつもりよ?」
「部屋に飾ろうかなと思って。こんなに素晴らしい造形の石像を壊すのは勿体無いと思って。」
「部屋に飾る…?もしかして…、この前の新しい部屋はこのためだったのかしら?」
「いえ、そういうわけでは…。」
「…。」
 疑うような冷たい目線が、マークの胸に突き刺さる。
「な、なんでしょう?」
「…、今まで男を石にしてもそんなことを言ってなかったじゃない。」
「それは、その…、男より、かわいい女の子の方がいいというか…。」
「もしかして…、他にも石像を持ってるの?」
「実は、三体ほど。先日の鎧の戦士とかも確保してあります。」
「うーん。戦いの、いってみれば犠牲者である石像を飾りにするのは…。悪趣味というか何というか…。」
「やっぱり、ダメですか…。」
「まあ、いいわ。私も石像になれば物だと割り切っているから。それに、あなたの趣味にどうこう言うつもりはないし。」
「いや、その、造形美を評価しているだけで、趣味と言われるとちょっと…。確かに個人的なもので、商売等にするつもりはありませんけど。」
「ただし、石像を作るために石化はしないわよ。あくまで私の戦いは、生き延びるために仕方なくしていることだから。」
「もちろんですよ。無理強いなんてしません。それに、今後アリサさんが戦う機会は、ほとんどないと思いますよ。俺は、そのための用心棒ですから。それにどうしても嫌なら、いつでも砂に変えてもらって結構ですから。」
「はいはい、この話はこれで終わり。どうぞ、どこへでも持っていって。」
「ありがとう、アリサさん。」
「どういたしまして。」
(まあ、アレだけの実力を若くして身につけているんだから、多少、人間性に歪みがあっても仕方ないわよね。)
 アリサはマークの意外な一面を見せられ、その特殊な趣味に少し困惑しながらも、これも親しくなったからだろうと無理やり納得することにした。
 マークはとても嬉しそうに、石像を眺めていたが、アリサの冷たい視線に気付くと慌てて話題を変えた。
「彼女達、傭兵の作戦を使っていましたね。」
「あら、見ていたの。その割には助けてくれなかったけど。」
「助けなくても大丈夫でしょう。あの程度の相手なら。」
(私の実力を認めてはいるのね。)
 幾分気をよくしながら、アリサは疑問を口にした。
「ところで、傭兵のって、どういうこと?」
「ええとですね。戦場ではあの程度の声なら、喧騒に飲まれて相手に聞こえません。彼女らは常に一対三の状況を作り出し、確実に敵を倒してきたのでしょう。その腕を見込まれて、メデューサ討伐を依頼されたんじゃないですか。
 こんな少し卑怯な戦法を、正規の兵は使いません。絶えず戦果を求める、傭兵ならではの戦い方でしょう。もっとも、こういう刺客としての戦いには向いていませんね。依頼主の名前を漏らすくらいだから。」
「なるほどね。」
 アリサの相槌に頷きながら、マークは持論の展開を続けた。
「しかし、そうすると、将軍という言葉にも信憑性がもてますね。国王を頂点とする王国組織において、軍事を一手に引き受ける将軍は、国の重鎮の中でも一二を争う権力を握っています。優秀だがいつ敵にまわるか判らない傭兵についても、将軍が直々に取りまとめるのがこの国の慣例だったはずです。」
「あら、詳しいわね。傭兵に雇われていたことがあるの?」
「ええ、まあ…。ところで、これからどうするつもりですか?」
 マークはアリサの疑問を軽くかわし、別の話題へと移していく。
「そうねえ。今回の件もあるし、一度、街へ降りて情報を集めてみましょうか。そろそろ買い出しに行かないと、小麦粉やお米が足りなくなってきたからね。一緒に行ってくれるんでしょう?」
「もちろんですよ。俺はあなたの用心棒ですからね。」
「よろしくね、私の用心棒さん。」
(用心棒だから…か…。)
アリサが少し寂しそうな顔をしたのを、マークは気付かなかった。

 一方、マークはマークで考え事をしていた。
(将軍の依頼か…。どうやら周辺諸国の平定も、ほぼ終わったようだな。国内の異分子排除に、とうとう乗り出してきたか。これからがアリサさんにとって、いや、用心棒の俺にとっての正念場だな。)
 腰の剣が黒鞘の中でカタリと音を立てた。

つづく


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