作:愚印
カランカランカラン…。
薄暗い店の扉が開き、据え付けられた鈴が乾いた音を立てた。
「いらっしゃい。」
店の奥から度の強い眼鏡を掛けた白髪の老人が、威勢のいい声を上げる。
「おやじ、掘り出し物が入ったそうだけど?」
小太りな若者が、店内を見回しながら、カウンターへとやってきた。
「これですよ。」
老人はカウンター脇に置いた石像を若者に紹介した。
「ほう、こいつは?」
「魔法暦379年もの、当時の世界を救ったといわれる女勇者の石像です。あなたも知っていると思いますが、魔王を倒した勇者は魔王の呪いにより石へと…。」
店主の言葉は、若者によって遮られる。
「だめだめ!!379年は芸術復興最盛期だから質のいい加工品が多くて、たとえ本物であったとしても価値なんてこれっぽっちもないよ。」
強い否定にもめげず、店主はその隣に置いた石像を紹介し始めた。
「では、こちらはどうでしょう?388年もの、神殿を守る聖女がわが身を石にすることにより、神殿を、町を守ったっていう優れものです。」
じっとその表面を観察していた若者だったが、石像の背後に回ったところで大きく頭を被り振った。
「おいおい、おやじ。俺の目は節穴じゃないぜ。そいつは人の手が掛かった加工品だ。背中に一箇所ノミの跡がある。名工が作ったものだと思うが、俺には興味ないね。おやじは人を試すようなことをたまにするのが悪い癖だよな。」
若者の言葉に店主は頭を下げて謝った。
「おみそれしました。試すようなまねをしてすいません。では、こちらなどどうです。本日の目玉商品になります。」
店主は店の奥に一度引っ込むと、二体の石像を載せた台車を押して再び出てきた。そのうちの一体を指し示す。
「これは、395年もの、亡国の姫様です。お値打ち物だと思いますよ。求婚を断られた魔術師が、コカトリスを召喚して石にしたそうです。見てのとおり、彼女は最後まで脅しに屈せず、ただひたすら祈り続けました。」
それはドレスに身を包んだ女性が跪いて祈りを捧げている石像だった。全てが灰色に染まる中、頭部を飾るティアラの宝石だけが輝いている。若者は興味深げにその石像を眺めていたが、ふとその隣の石像に目をやり店主に問い掛けた。
「おやじ、こっちの踊り子はどうなんだ?」
そこには両腕を広げ、左足を後ろに伸ばし、右足で爪先立った踊り子の像が静かに佇んでいた。煽情的な衣類が、風になびくように宙で制止している。
「こっちのもなかなかいいでしょう。姫様を買い付けたついでに仕入れた417年ものです。ちょいと新しいですがね。なんでも、踊り子が新しい踊りを山で練習中、コカトリスに石化ブレスを吐かれ、本人も気付かない内に石にされたと聞いています。こんなに躍動感があるものは、なかなか手に入りませんよ。」
「おやじ、こっちの417ものを包んでくれ。金は言い値を出すから。」
若者は踊り子の像を舐めるように見ながら、店主に頼んだ。
「えっ、でもこっちの石像は亡国の姫様ですよ?てっきりこちらを選ぶものだと思っていました。確かにこちらの踊り子も抜群のスタイルをしていますが…。」
若者の意外な言葉に、店主は驚いて聞きなおした。しかし、その手はすでに踊り子の像を梱包し始めている。
「おやじ、わかっていないな。姫さんを石にしたのは魔術師が召喚したコカトリス。いってみれば養殖ものだろ。それに対して、踊り子を石にしたのは天然もののコカトリス。全然レア度が違うよ。」
「レア度ですか…。」
店主は踊り子像を梱包しながら若者の話を聞いている。自分の価値観を否定され、幾分不満顔だ。若者は自分の考えを理解してもらおうと、さらに話を続けた。
「なるべくしてなった必然と、想定外の偶然。どちらに価値があるか、一目瞭然だと思うけど?それに石になれば、それ以前の身分は関係ないし。純粋に美しさが評価の対象になるからね。」
若者のもっともらしい言葉に、店主はしぶしぶ頷くと、これ以上は話が長くなると考え話題を変えた。
「しかし、お客さん、よく金が続きますね。大丈夫ですか?」
「事業はうまくいっているし、親父の遺産もまだ手つかずだからね。ちゃんと無理のない金銭計画は立てているよ。なにしろ、石化された娘達は意識の有無に違いはあれど、間違いなく生きているからね。責任をもって購入しないと。購入に金を使いすぎて破産したら、どこの馬の骨ともわからん輩の手に渡ることになるし…。そんなことになったら、購入した娘達に申し訳がたたないだろう?日々の管理もあるし、その辺はちゃんと考えているよ。」
「さすがですね。」
店主は若者のよどみのない回答に、満足げに頷いた。若者は金を払うと、ようやく梱包が終わった石像を肩に担いだ。
「それじゃ、またいいものが入ったら連絡してくれ。」
カランカランカラン…。
若者は満足げに出て行った。店主は『加工もの』と呼ばれた488年ものの石像に手を掛け、まだ僅かに揺れる扉を見ていた
「国宝級の美術品を『加工品』として一蹴か…。闇で売れば、国一つが買える値段が付くというのに…。物の価値はわかる者にしかわからない…か。いや、『加工品』を買わなかったところを見ると、あの若者は見る目があるのかもな。」
閉じた扉に向かって、老人は誰にともなく呟いた。