続・くのいちタンが行く 『氷結美凄艶編』

作:愚印
イラスト:あおば


世に光あれば影がある。歴史の影に生き影に消える忍びの者達。
この物語は影に咲いた一輪の花、〔くのいちタン〕の物語である。

此れまでの粗筋
 幕府転覆を企む妖術師集団『妖』を追い詰めた〔くのいちタン〕。
 主な幹部『妖四天王』を切り捨て、残るは首領ただ一人となっていた。
 後難を恐れ人気が絶えた砂浜で、最後の戦いが今始まる。

「お〜の〜れ〜、口惜しや。小娘一人に…。」
 金糸をふんだんに使った煌びやかな衣装に身を包んだ妖術師が、広い砂浜でくのいちタンと対峙していた。その大柄な身体をユラリユラリと揺れ動かし、不気味さを演出している。面をかぶっているため、その表情は窺い知れない。
『あなたを倒せばすべてが終わる。覚悟なさい!!』
 一方、黒の衣装に身を包んだ〔くのいちタン〕だったが、白昼の砂浜では周りの白に黒が映えて酷く目立っていた。
「覚悟しろといわれて、はいと答えるものなどおらぬわ。死ねい。」
 妖術師が懐に手を入れ、拳大の玉を取り出すと、〔くのいちタン〕に投げつけた。
 チュドーン!!
『きゃあああああ!!』
 〔くのいちタン〕の体が爆風で跳ね上がり、木の葉のように舞うと地面に叩き付けられ動かなくなった。
「なんだ、口ほどにも無い。」
 妖術師が倒れた身体に近づくと、それは忍装束を着せた流木だった。
「何っ、変わり身の術か。むっ。」
『隙あり!!』
 妖術師の背後の砂が盛り上がったかと思うと、砂の塊から白刃がきらめき、妖術師を真っ二つに切り捨てた。
 ドサリッ。
 声を上げることなく、崩れ落ちる妖術師。
『やった!!』
 砂の塊が崩れ、中から〔くのいちタン〕の裸身が現れた。
(変わり身の術は、裸にならなくちゃいけないのが欠点よね。)
 〔くのいちタン〕は恥かしそうに胸と股間を隠し、白い肌をピンクに染めながら、妖術師の骸を見つめていた。
 しかし、勝利の余韻に浸る間もなく、あたりに妖術師の声が響き渡る。
「貴様の攻撃など効かぬわ。くノ一如きの技が通じるとでも思ったか?」
『何?』
 忍び刀を斜に構え、相手の姿を捜す〔くのいちタン〕。しかし、死体が転がっているだけで、遮蔽物のない砂浜にその姿を捉えることはできなかった。
(くっ、どこに隠れているの。)
「ほほう、忍びにしてはいい身体をしているな。」
(いや!!どこかからか見てるんだわ、私の身体を…。)
 思わず両手で身体を隠そうとした〔くのいちタン〕だったが、刀を構えた姿のまま指一本動かすことができなかった。
(何?どうなってんの?)
「くっくっくっくっ。我が妖術にて凍りつくがいい。我に逆らったくノ一の末路として、永遠に晒し者にしてくれるわ。」
 いつの間にか足元の砂から白い煙のような者が立ち上っている。周りの温度が急激に下がっていくのを〔くのいちタン〕は肌で感じ取っていた。
『いやよ、いや!!。晒し者ないんて、絶対嫌!!』
 思わず拒絶の声を上げる〔くのいちタン〕。
 つま先が冷たいと感じたのは一瞬で、続いて痛みを感じ、すぐに感覚を失った。
「それにしても、いい身体だな。」
『ちょっと、やだ。見ないで、見ないでよ。』 
 薄い氷の膜が彼女の足元から這い上がってくる。砂地を踏みしめ大きく開いた太腿を呑みこみ、若さ溢れるみずみずしい肌を固く固めていった。
『わたしの裸は将来の旦那さんにしか見せないつもりなのに。』
 彼女の嘆きを無視して、凍結部位がその範囲を広げていく。無防備に晒された下腹部、可愛い臍を、情け容赦なく青白く染め、感覚を奪っていった。
「くっくっくっ。身体の細部までよく見えるぞ。」
『こんなのってないよう。』
 目に見えない拘束を解こうと、もがくたびに揺れていた〔くのいちタン〕の美乳が、震え一つしない冷たい塊へと変えられていった。
「はあーはっはっはっはっは!!」
『やだやだ、何か着せてよぉ…。』
 思わずこぼれた涙が頬を伝いながら氷結の波に飲まれ、氷の粒へと変化していく。
(イヤ…。)
 悲しみに染まった瞳を霜に覆われながら、彼女の意識は暗い闇に沈んでいった。


「目立つ黒装束を逆に利用し、変わり身の布石にしたまではいいが、この体がカラクリだとは見抜けなかったようだな。」
 真っ二つになった妖術師の半身から、忍び装束をつけた小柄な男が這い出してきた。妖術師の切断面には、ゼンマイや歯車が見え隠れしていた。
「しかし、いい女だ。部下を弔うためにも、この身体でたっぷりと…。」
 小男が〔くのいちタン〕の裸体に触れようとした瞬間、背後から声がかかった。
「女を泣かすのは感心しませんぜ、旦那。」
 漁師風の若い男が、そこには立っていた。笑みを浮かべ、頭を掻きながら小男へと近づいていく。漁師は小男を見ることなく、〔くのいちタン〕の裸体だけを見つめていた。
「おぬし、見ていたのか。」
「ええ、見てました。しっかし、いい女ですねえ。」
 悪びれた様子もなく、〔くのいちタン〕の胸と股間で視線を往復させながら漁師は答えた。
「ならば死ねい。」
 小男が懐に手を入れた瞬間、漁師の右腕が一閃し、小男の身体を引き裂いていた。
 漁師はどこから取り出したのか短い直刀を手にしていた。
「ぐぎゃああ、きさまああ。」
 断末魔を上げ小男は倒れ伏し動かなくなった。
「その身体はカラクリではなかったんだな。」
 倒れ伏す小男を足で一蹴りし、若い漁師は呟いた。
「同じ忍びとして、忍びが必要とされる乱世を求める気持ちはわかる。
 だが、表舞台に現れて世間を騒がすのは忍びの者としてどうかと思うぞ。風魔衆よ。」
 漁師の声色と言葉遣いがいつの間にか変わっている。先ほどまでのひょうけた雰囲気が消えさっていた。
「それに彼女のような器量良しを、風魔如きに渡すのは勿体無いからな。」
 漁師だった者はそう呟くと、〔くのいちタン〕を小脇に抱え、風のように走り去っていった。


 それから7日後、〔くのいちタン〕は砂浜から少しはなれた岩場に倒れていたのを、近くに住む海女に助けられた。
 〔くのいちタン〕は、ありのままをカシラに報告し、罰を受けることを覚悟していた。敵に破れ任務中に意識を失うなど、言語道断だと思ったからだ。なぜ岩場に倒れていたことは不審だが、その判断はカシラに委ねることにした。
 その後、カシラの命を受けて現場を調査した目付け役は、『妖術師をカラクリごと切り捨てた後、カラクリに仕込まれていた毒に当てられ幻覚を見たのだろう』という結論に達し、カシラの判断で空白の七日間は不問に付されることとなった。


 その三日後。
 幕府転覆計画を阻止した功績により〔くのいちタン〕は、幕府高官からのお褒めの言葉と報酬を受け取った。
 その後、甲賀屋敷でも祝勝会が行われ、〔くのいちタン〕は仲間達から祝福を受けていた。

「あんた、また奇跡の生還したんだって。」
「すごいわよね。最初の頃は失敗しながら任務をこなしてたけど、今では甲賀でも5本の指に入る実力者ですもんね。」
『でも、腑に落ちないのよ。』
「なにが?幕府から直接、褒美を手渡してもらえることなんてめったにないわよ。」
「そうよ。すごいことなのよ。」
『7日間も倒れてたなんて信じられなくて。』
「なんだ、そんなのいいじゃない。どうでも。」
「そうそう、忍者は生きて帰ってくるのが大事なんだから。」
「そんなに考え込まないの。」
『それだけじゃないの。誰かに助けられたような記憶が、断片的に思い浮かぶのよ。』
「夢でも見たんじゃないの?あんたは服着て、入り組んだ岩場の陰に倒れ伏していたのよ。」
「助けられてたら、そんなとこに倒れていないわよねー。」
『うーん。なんか、引っかかるのよね。それに、確か変わり身の術で裸になったはず…。』
「考えすぎだって。」
「ねえ、そんなことより、今回の手取りには上乗せがあったんでしょ。」
「そうだ、おごってよ。私、餡蜜食べたい。」
『そうね、ぱーっといきますか。』
「やったー!!」
「さすが太っ腹。」
『私、太ってなんかいないわよ。』

 くノ一たちが手柄話に花を咲かせている。

 甲賀忍者を束ねるカシラは、目の端に〔くのいちタン〕を捉えながら、頭を掻いてボソリと呟やいた。
「今回の任務はどうしても成功させねばならなかった。わが甲賀忍軍が、再び幕府に重用されるかどうかの試金石だったからな。
 それに甲賀忍者の長として、今、お前を失うわけにはいかなかった。お前は経験を積めば、まだまだ伸びる大事な人材だからな。これからもお前の力が甲賀には必要なのだ。
 まあ、空白の7日間は、助けた者の役得だ。わしも、それぐらいの褒美がないと、弱小忍軍のカシラなんぞやっておれんからな。許せよ。」
 そう呟くと、カシラは、今は忍装束に押し込められている〔くのいちタン〕の胸に、生暖かい視線を送り続けていた。


虚実入り混じる忍の世界。様々な思惑が絡みつつ、〔くのいちタン〕の戦いは続く。
その先にあるのは、幸せか?絶望か?それは誰にも判らない。


   完


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