白い密室

作:愚印


でっきたっかな、でっきたっかな、はてさて、ふふーん♪さて、ふふーん♪ できたかな?

 今回は、なにができたのかなあ?


「先生、今日はありがとうございます。」
「夏休みの宿題に給食を選ぶとはなかなかいい発想ですね。」
 おや、先生と少女がやってきましたよ。少女は制服を着ているから学生さんでしょうね。
「そうですか?」
「さて、施設見学もこの冷凍庫が最後です。」
「大きい扉ですね。」
「ここの冷凍庫の扉は古くてね。内側からは開けられない構造になっています。」
「へー、そうなんですか。」
 先生の説明に少女は素直に相槌を打っています。あっ、メモまで取ってます。まじめですねえ。
「ちょっと中をのぞいてみましょう。」
「わかりました。わー、結構広いんですね。あっ、涼しい。」
 冷凍庫の冷気がひんやりと2人を包み込みました。外が暑かっただけに、とっても涼しそうです。
「私、冷凍庫の中は真っ暗だと思っていました。」
「古いのは表面だけで、内部は最新の機器が取り付けられています。室内ライトも発熱を押さえた最新のものです。それに、真っ暗では作業ができないでしょう。」
「てへっ、そうですね。」
 かわいく首を傾けました。かわいいですね。理性の弱い人なら思わずお持ち帰りしたくなりますよ。
「ここから冷気が出てきます。この冷凍庫はマイナス40℃まで冷やすことができます。」
「すっごく寒くなるんですね。」
 あっ、上目遣いに先生を見ています。そんなことしていたら、誘ってると勘違いされますよ。
「あの有名なバナナで釘が打てますからね。あなたもうずくまったりしたら、すぐに凍り付いちゃいますよ。」
「こうですか。」
 少女がふざけてしゃがみこみました。あっ、スカートのポケットから財布がこぼれ落ちましたよ。少女は気付いていないですね。先生は…、気付いたようですが特に教えるつもりはないようです。
「こらこら、危ないですよ。さあ、そろそろ出ましょう。風邪をひいてしまいます。」
「わかりました。」
 あっ、先生が見学のまとめに入りました。
「みんなの給食はこうやって運ばれ、作られ、保存され、みんなの口に入るわけです。参考になりましたか?」
「よくわかりました。先生、今日はありがとうございました。」
「気をつけて帰りなさいよ。」
「先生、さようなら。」
 ちゃんとお辞儀をして帰っていきます。ホントいい子のようですね、この少女は。


 おや、少女が冷凍庫の前に戻ってきましたよ。どうしたんでしょう。
「やっぱり、この中で落としたのかなあ。」
 どうやらお財布を落としたことに気付いたようですね。さすがに冷凍庫に入るのは躊躇しています。さっきは先生が一緒にいましたが、今は一人きりですからね。無理もないですよね。
「うんしょ、うんしょ、うんしょ。」
 おや、少女が何かを引きずってきましたよ。どうやら消火器のようですね。なるほど、扉が閉まらないようにつっかえ棒の代わりにするんですか。考えましたね。なんとか、開いた状態で固定できたようです。少女は何度か扉を揺すりましたが、動くけはいはありません。これなら大丈夫でしょう。
「大丈夫よね。」
 少女がおずおずと冷凍庫に入っていきます。
 あれ、先生がやってきましたよ。不信な物音を聞いて確認に来たのでしょうか?あっ、消火器を除けようとしています。そんなことをしたら扉が閉まっちゃいますよ。ほら、いわんこっちゃない。扉がゆっくりと閉まりはじめました。中の少女は気付いているのでしょうか?
「よかった。やっぱりここで落としたんだ。」
 中の少女は、お財布を発見して喜んでいます。そんな場合じゃありませんよ。扉が閉まりますよ。
「きゃっ、扉が動いてる!!なんで?しっかり止めてたのに!!」
 あっ、やっと扉が閉まりつつあることに気付いたようです。慌てて出口の扉に駆け寄ってます。間に合うでしょうか?

 間に合いませんでした。どうやら少女は閉じ込められたようです。
「えいっ、えいっ。」
 かわいい声で扉を押していますけど、ピクリとも動いていないですね。
「はあはあ、やっぱり内側からは開かないみたい。どうしよう?」
 さすがに表情が曇っています。かわいい子はどんな表情をしてもかわいいですね。
「だれかー、だれかいませんかー。」
 白い息を吐きながら、助けを呼び始めました。

 おや、外で先生が温度調整のダイヤルを握りましたよ。あっ、温度調整ダイヤルをカリカリと〔低〕の方へ回し始めました。そんなことをしたら中の温度が、マイナス40℃になっちゃいますよ。あっ、手を離した。どうやら、ダイヤルがそれ以上回らなくなったようですね。中から扉を叩く音が聞こえますが無視しています。本当にそれでいいんですか、先生?えっ、もう帰っちゃうんですか。少女はどうするつもりです?先生ったら、先生?ああ、行っちゃいました。
 冷凍庫の中では、温度設定に合わせて、冷気排出口がうなりをあげて白い冷気を噴出しています。
「寒い。寒いよお。」
 一瞬しゃがみこもうとした少女でしたが、先生の言葉を思い出したようですね。
(しゃがみこんだらすぐに凍り付いてしまうよ。)
 少女は何かに弾かれたように立ち上がり、再び冷凍庫の金属の扉を叩き始めました。
「だれか、だれかいませんか。私、冷凍庫に閉じ込められたんです。助けてください。」
 少女はいつ来るかわからない誰かのために、必死で扉を叩いています。気付いてくれることを信じて…。
 トントン、トントン、トントン、トントン、トントン、トントン…。

 どれくらい時間が経ったのでしょう。外はもう真っ暗です。冷凍庫の中で、少女はまだ扉を叩いています。でも、最初のころの勢いはなくて、動きも少しぎこちないです。
「た…す…けて…くだ…さい。」
 声も小さくなっていますが、少女自身は気付いていないようですね。唇を震わせながら必死に扉を叩き、助けを求める声を絞り出しています。肌は寒さから真っ白に染まり、ところどころ氷が結晶化してますね。髪の毛も凍りつき始めてますよ。目も少し虚ろになってきています。吐く息が、最初はアレだけ白かったのに、今では僅かにしか色がついていません。
 扉を叩く音の間隔が、少しずつ開いてきました。少女は大丈夫でしょうか?まったく、先生は何を考えているんでしょう?
 トン……トン……トン……トン………トン…………トン……………トン……………。


(誰か、誰かいませんか?あれ、おかしいな、扉を叩いているのに音がしなくなっちゃった。目は白く霞んで何にも見えないし。私どうなっちゃったんだろう。ふわふわした、変な感じ。)

(あっ、なんだか暖かくなってきた。私、助かったのかな。助かったのか…な…。)


 夜が明けました。おや、先生が冷凍庫の前にやってきましたよ。冷凍庫の中からは、もう何も聞こえません。中の少女はどうなったんでしょうか?おや、先生が冷凍庫の扉を開き始めましたよ。ゆっくり、ゆっくりと。扉が開くと、あっ、少女がいました。ちょうど扉を叩こうとしています。ずっと扉を叩き続けていたようですね。元気そうでよかった、よかった…。いや、ちょっと待ってください。少しおかしいですよ。少女はピクリとも動きません。それに、少し体全体が白っぽいような…。あっ、わかりました。少女は完全に凍り付いています。一晩中冷やされ、どうやら助けを求めて扉を叩く姿のまま、凍り付いてしまったようですね。あっ、先生がニンマリ笑っています。なるほど、先生はこれを手に入れるために、いろいろと動いていたわけですか。

 先生は少女をじっくりと眺めています。
 真面目そうな彼女によく似合う制服は、霜でうっすらと白く染まりキラキラ輝いています。短めのスカートから覗くムチムチしていた太腿も、今では青白く凍てついてまるで金属のような鈍い光を反射してますね。扉を最後まで叩き続けた両腕は、扉が開いた今もその躍動的な姿のままに、そして、かわいい顔も閉じ込められた恐怖と寒さの苦痛そのままに、時間を止められたように凍り付いています。まさに、臨場感あふれるという感じでしょうか。最後まで叫んで開いた口と薄い氷に封じられた瞳が、より哀れさを誘います。全身のほとんどを包み込む薄い氷の膜が、時折、彼女を精巧な氷細工と錯覚させていますね。
 うわー、外の光を浴びた彼女は、キラキラと輝いていますよ。先生がニンマリするのも、これならわかりますねえ。
 あっ、先生がマネキンを抱えるように、少女を小脇に抱えました。完全に凍りついた少女は、人形のようにされるがままですね。少女は扉を叩こうと両腕を振り上げた立ち姿のまま、抱えられています。昨日まであんなに表情豊かだったのに、今は物のように扱われるそのギャップがたまりませんね。先生も満足そうな表情です。どうやら会心の出来だったようですね。先生が少女を抱えたまま、小走りに去っていきます。先生、さようならー。今日のところはここまでのようです。それでは皆さん、また会う日まで、シー・ユー・アゲイン。バイバーイ。


でっきたっかな、でっきたっかな、はてさて、ふふーん♪さて、ふふーん♪
ダバダバダバダバダバダバダバダバでっきーたっかーなー♪ できたかな?

おわり


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